ひんやりとした印象の屋敷だと思った。
 とういうか自分が住んでいる地域にこんな所があったというのが不思議だ。
 まるでどこかに迷い込んだみたいな、非現実。
 蒼い月を背後に淡い光に照らされた黒色の緑が魔物のようにざわざわと蠢いて、石造りの建物は一層冷たく感じられた。
 そこの一際大きい窓へ向かって犬飼が飛んで行った。
 眩暈を感じた飛行にも慣れると風がどこかしら気持良く感じた。
 こんな体験をするのは世界できっと自分一人ぐらいのものだろう。
 そう思うとちょっとドキドキした。
「ついたぞ」
 目的であったのだろう、その大きな窓から建物の中に入ると犬飼はすとんと天国を床に下ろした。
「ああ・・・。うあ・・・っ?」
 下ろされて普通に立てると思った天国の足はどうした事かカクンと膝を折った。
「・・・どうした」
 不自然な落下を犬飼の腕で止められて、天国はほっと息をついて考えた。
 思い当たる原因は一つ。
「どうしたって・・・お前がいきなり空飛んだりするから腰が抜けたに決まってんだろ〜〜〜〜!!!」
 恨みがましく声を張り上げると犬飼は「そうか」と頷いて、再びひょいっと天国を抱えあげた。俗に言うお姫様だっことかいうやつで。
「〜〜〜!!」
 びっくりしたやら何やらで天国が声を出せないでいると、続きの間になっているやたらと大きなベットがある寝室(だと思う)に運ばれた。
 なんとなく年代物なんだろうなーと思ったベットはちゃんとスプリングが利いていて、とても体に柔らかかった。
 そこで天国は一つ息をつく。
「・・・なあ、犬飼」
「なんだ」
「なんで俺をこんな所に連れて来たわけ?」
 他にも色々と聞きたい事はあった。というか在り過ぎて、順序よく答えを聞くには、どこから聞いていいものだか分からなかった。
 それで、一番。
 なによりも一番に気になっていた質問をぶつける事にした。
 平生の犬飼なら、
 犬飼冥ならあんなにも気軽に自分に触れはしないだろう。
「・・・・なんでと言われても・・・とりあえず・・・」
「とりあえず?」
「とりあえず・・・お前が俺の伴侶だからだ」
「・・・・・・」
「聞こえたか?」
「・・・・・・」
「おい、お前・・・」
「・・・・・・」
「『猿』によく似たお前・・・。ああ、もう『猿』でいいな」
「・・・・・・」
「おい、猿。聞いてるのか?」
「・・・・・は?」
 あっけにとられたとはこの事だろう。突拍子も無い答えに俺が口をぽかんと開けて声を発すると、犬飼は心なしかむっとした表情で言った。
「お前が聞いたくせに。聞いてなかったんだな・・・はあ」
 溜息なんか吐いたりしてから言った。
「これだから、猿は。いいか?また聞かれるのも面倒だからな。もう一度だけ言ってやる」
「・・・・」
「伴侶だから、連れて来た」
「・・・・」
「今度はその脳みそにもちゃんと届いたか?」
「・・・・」
 確かに届いたと言われれば、届いたのだろう。
 届いたけれど。
 理解は出来なかったが。



『は・・・伴侶・・・・?何言ってんすか・・・・?』
『おやおや。流石に猿野くんに驚き上手だと言われるだけはあるね』
 くすくすと喉を鳴らして笑う声に子津はかあっと赤面した。
『そ・・・そんな事はどうでもいいっすよ・・・!そんな事よりも・・・伴侶?』
『そう。伴侶』
『意味は・・・・』
『ふふふ。今君が考えているのであってると思うよ、子津君』
『つまり・・・』
『僕の花嫁さんになって下さいって事だね』
 なーんて。あれにはびっくりしたっすよ。
 そうかい?・・ああ。でもあの驚き顔は一生覚えてるだろうね。
 ・・・早く忘れて下さいっす・・・。
 何で?僕には最高の日だったんだから。簡単には忘れられないよ。
 僕も・・・簡単には忘れられない日っすね・・・。
 そうだろう?
 キャプテンの背中に羽が生えてたりして・・・すっごいびっくりしたっすよ。
 そっちなのかい・・・・。
 そっちもです。



「つまり・・・なんだ」
 しばらくフリーズしていた天国はやっとの思いで言葉を吐き出した。
「・・・・・」
「伴侶・・・は・・・。分かった。意味は分かる・・・」
 辞書に書いてある所の意味はショック状態に陥った天国にでも少し経てば理解出来た。
「・・・・で?」
「『・・・・で?』?」
 察しの悪い犬飼に天国はがりがりと頭を掻きつつ言った。
「何で俺なんだよ、犬飼」
「・・・・・なんとなく」
「はあっ?!」
 ぽつりと返ってきた言葉に天国は目を剥く。
「なんとなくだあ?!!」
「・・・・ああ」
 こくんと頷く妙に素直な犬飼に天国は戸惑いを覚えつつ身を引いた。
「なんとなくだ。・・・でも分かる。これだ。・・・・お前だ」
 焔の色をした目が静かに闇を裂いて天国を射た。
「お前には分からなかったのか?俺は・・・お前を見た瞬間分かった」
 ドクン、と心臓が波打った。
『お前を見た瞬間分かった』
 なんで、と天国は漏らしてしまいそうになる。
 なんで。なんで同じ顔で言うんだよ、と。
 分かったさ、と。言ってしまいそうになる。
 お前に射ぬかれた瞬間分かってしまった。
(お前は俺の相対だと)
 天国にして冥。天国にして闇のような意思を孕み、冥にして光のような激情を孕む。
 バッターにしてピッチャー。投げる者と、打つ者。何もかもが正反対。
 こんな気持を抱いていることに対して犬飼はそんな事一欠けらも。
 いや・・・。『沈め』と言っていたように正反対に想っていることだろう。
 あいつからは一言も聞けないような言葉。
 言葉は渦のように底へ、底へと天国を誘う。
 まるで漕ぎ手を失った船のようにくるくると線を描いて中心地に巻き込まれる。
「だから、連れて来た。猿・・・・?」
「・・・え?ああ。悪ぃ・・・・」
 怪訝そうにしている犬飼の顔を見て笑う。
 あいつならばこんな表情すら見せてくれないだろう。
 自分ならば、こんな表情を浮べることすら想像がつかないだろう。
「悪ぃ・・・犬飼。それで?伴侶になるって・・・何すりゃいいんだよ」
「・・・・。伴侶になってくれるのか」
「・・・なってくれるのかって・・・今更そんな言葉言われても」
 強引に連れて来た癖に、と溜息を吐いて言う。
「分かるわけねーじゃん。だから聞いてんだよ。ボケ犬」
「・・・・・」
 犬飼は逡巡した後、何かに躊躇うように口を開いた。
「・・・・それは、分かった。ちゃんと説明する。だから・・・・」
「だから?」
「犬飼って呼ぶな」
「・・・・へ?」
「冥って呼べ」
「ええ?」
 犬飼は何かを考えるように眉間の皺を増やす。
「『犬飼』って呼ばれると変な感じがする」
「『犬飼』なのに?」
「・・・・ああ。何か・・・がぐらつく感じがする」
「・・・ふうん」
「それにお前は伴侶になる猿だ。下の名前で呼んだほうがらしくなるだろ」
「・・・・じゃお前も『天国』って呼べば?」
 ちょっと皮肉な笑みを浮べて言うと犬飼・・・冥はこくんと頷いた。
「『天国』」
 嘘だろ?と思う。
「そういう事で俺は腹が減った」
「は?」
「伴侶にはならねーから気にすんな」
「え?」
「いただきます」
「あ?」
 自嘲気味な考えは畳みかけるような冥の言葉に遮られた。
 ついでに行動も遮られた。
 ばすん、とベットの空気が逃げる音が聞こえて、天国はそこに倒れこんだ。
 端整な顔が近付いてくる。
 ちくりと首筋に痛みが走った。



 ねえ、子津君。
 何すか?
 決心はついたかい?
 ・・・キャプテンはセッカチっすね。
 だって仕方ないだろう?
 仕方なくないっすよ。
 だって・・・決心はつくのかい?
 はは・・・何いってんすか、キャプテンは。子供みたい。
 それは・・・ちょっとショックだね。
 でも、本当のことは分かってるっすよね?
 そうであればいいなとは、思っているよ。
『ねえ、子津君』
『何すか?』
 ふと闇色の羽が消えるのを感じて、自分を抱きかかえている男の顔を見上げる。
『一緒に来てしまって良かったのかい?』
 突然、窓から訪問して告げられた言葉に頷いた子津に、牛尾はそう問い掛けた。
『いいんすよ。僕だってもう高校生っす』
『そっちじゃなくてね・・・・』
『だって・・・僕だったんでしょ?』
 くすくすと笑う子津に牛尾は困った顔で微笑んだ。
『意地が悪いね・・・。からかって楽しいかい?』
『・・・あんなに驚かされたんすから、ちょっとくらいは仕返ししないと』
『・・・・そうだね、驚かしてしまったね』
 空から抱えるようにしてやって来たのでまだ子津は牛尾の腕の中だ。
『もうちょっと・・待って欲しいんすけど。僕は・・・・』
 見上げるような体勢を直してぽふっと子津は牛尾の肩に顔を埋めた。
『・・・』




「んんんんん??????!!!!」
 ちうちうと血を吸われる感覚に天国は驚いて声を上げた。
「・・・・なんて色気のねえ・・・・」
 ぷはっと管牙が抜き、しかめっ面で天国を見遣る冥のデコに天国は渾身のチョップをお見舞いした。
「バカヤロー!!男に色気があって堪るかああああ!!」
「そうか?」
「そうに決まってんだろうがよ!バカヤロウ!色気っていうのは凪さんみたいなだな」
「『凪さん』?」
「ああっ?」
 疑問符に何忘れたみたいに言ってんだよ、と言おうとしてハタと思い止まる。
 よくよく忘れてしまうが、この犬飼のツラした、犬飼の声をした犬飼冥はけして『犬飼』では無い事を思いだす。
「好きな・・・女なのか?」
「あー。好き好き。大好きだけど?」
 それが何か?と聞こうとして鈍く光る目にぶち当たった。
「悪いな」
「あ?・・・?!」
 聞き返す言葉は冥の口に奪われていった。
「お前は俺の伴侶だからその恋は早く終らせろ」
「ああっ?!っていうか、お前っ〜〜〜〜〜っ!!!!」
 いちいち言葉を発しようとすると、その先から奪われるのはどうにかしてくれよ、と思いながら目を閉じる。
 生憎抵抗する程この熱が嫌いなわけでは無い。
 だって伴侶だったんだし?
 そう思うと、苦い想いがささっと心に影を作った。


「い・・・いぬかっ・・・・」
 切羽詰まった天国の声に一々訂正が入る。
「冥」
「・・・めっ・・・・」
 ぎりっと犬飼の背中に爪をたてる。
「・・・天国・・・・」
 まあ、ぶっちゃけ言ってその日の内に処女(?)が奪われちまったってわけだ。


 翌朝、天国は自宅のベットの上で目を覚ました。



next



…………………………
へっくし!
いきなり何だ・・な始まりでごめんなさひ。
後書き書こうと思った瞬間くしゃみがでました。(どうでもいい)
風邪かなあ・・・?・・・やだなあ。
天国食われるの早かったなあ(え)
っていうか、裏と言うものを作ってみたい(アンタあんなにどうどうと混ぜとって・・・今更・・・)
あ、うちのHP自体が裏なのか!何〜だ!!
水野八百起2003.12.22


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