「あ、おはようっす。猿野君」 いつもの通り朝練に向かう道の途中で子津に声をかけられて天国は振り返った。 「おう・・・子津っちゅー・・・・」 「・・・・なんか元気がないっすね・・・大丈夫っすか・・・?」 「あー。ははは。大丈夫だと思うんだけどよ・・・・」 「・・・・顔色悪いっすよ?」 横から顔を覗き込まれて天国は苦笑を返した。 「まあ。あんまり気にすんなよ。ただの貧血だからさ」 あと鈍痛。 「えっ?!貧血っすか?ダメじゃないっすか!!ちゃんと朝ご飯食べてきたっすか?」 「あー・・・うん。食べた、食べた」 朝になってみればあれは夢だったんじゃねーのか、とか常識人のように思うワケだが、明らかな貧血と、更に明らかな鈍い痛みに夢だと思う考えは払拭される。 やっと慣れてきた早起きに倦怠感を感じながら起きると体の奥が疼いたので、シャワーを浴びる。そこで・・・まあ初めてだった天国は・・・まあ、声も無い悲鳴をあげる羽目になった分けだが、それはまあ置いておいて。兎に角ふわ〜と途切れがちになる意識に、これは貧血だなあ・・・と確信した天国は取り敢えずは食事を摂った。 だがそんなに早く貧血なんてもんは治るものでもなく。 「これ、飲んでくださいっす。グレープフルーツジュース。貧血にはこれがいいっすよ。ちょっと苦いけど」 「・・・ああ・・・サンキュ・・・」 鞄をごそごそやっていた子津に渡されたジュースを手に取って天国は「ん?」と首を傾げた。 「いつも用意がいいなーとは思ってたんだけどよ。これは・・・用意良すぎねえ?」 「・・・・えっ・・・・・」 「いつも持ってんのか?」 「えっと・・・・」 「しかもちゃんと魔法瓶にいれてあるし。好きなん?」 「そ・・・そうそう!好きなんすよ!グレープフルーツ!!」 「今どもらなかったか?」 「聞き違いっす!」 「ふーん」 子津の言葉に本当かよ、とか思いながら、違ったとしても別段どうという分けでも無かったので簡単に流す。ともあれ、これは結構効いたので理由がどうあれ感謝したい気分でもあったし。 ともかく一旦は抑えられた貧血に、残るは鈍痛と戦いながら天国は朝練に望んだ。 「わ〜〜〜猿野くんっ!」 望んだのはいいが、貧血・鈍痛の連続アタックで来られては、体力のあるほうの天国であっても、そうそう耐えられるものでは無かった。 ウォーミングアップ中に天国はそのまま視界がフェードアウトするのを感じた。 「おい、バカ猿。いつまで寝てやがる」 「はあああああっ!!!」 そよそよと太陽に暖められた風が頬を撫でて、気持いーなーとか思っていたら、突然声をかけられて天国はがばっと覚醒した。 「いいいいい・・・犬飼っ?!」 「起きたか、猿」 静かな声に天国は目を瞬かせると辺りを窺った。鼻腔を消毒薬の匂いが掠める。 「あ、猿野くん。目覚めたっすね」 「良かったよ。突然倒れたまま目を覚まさなかったからね」 ベットの脇に無表情に突っ立っている犬飼の後ろの白いカーテンが開いた隙間から、子津と牛尾が入って来るのを見て天国はそちらに顔を向けた。 「え・・・・と・・・・?」 「猿野君、朝練の時に倒れちゃったんすよ、覚えて無いっすか?」 荷物を机の上に置いて聞いてくる子津に天国はそういえば、と記憶を取り戻した。 柔軟体操とかの天国の相手は実は犬飼で。それは背の高さを測ってみればそうならざるを得ないのである。犬飼との身長差を考えれば、せいぜい一頭分くらいしか違わない司馬・牛尾・蛇神・三象・・・・それから天国ぐらいしか釣り合う人間はいない。 そこで、三象を背負う事の出きる唯一の人間である蛇神と三象はパートナーであるし、牛尾・司馬・犬飼・天国は別段誰でもいいのでこの4人の中でシャッフルでパートナーが変わったりする。 今日は偶々。犬飼だった。 嫌そうな顔をした犬飼に同じく舌を出して喧嘩の技を仕掛けるようにしてやったブリッチの途中。視界が反転したのである。 「あー・・・・」 そこまで思い出している間に子津はテキパキとパイプイスを出して犬飼と牛尾に勧めていて、それから保健室の簡易冷蔵庫の中から栄養剤を取り出していた。 「はい。どうぞ、猿野くん」 「・・・・え?いいのかよ。勝手に」 天国が戸惑いながら栄養剤の瓶を受け取ると子津は「保健委員っすから」と言う。 そういわれて見ればなんとも適役だな、と思う。 「あんがとよ〜〜〜〜・・・・」 礼を言って蓋を開けようと手に力を込める。 「う〜〜〜〜〜」 「貸せ・・・・」 貧血も相俟って中々蓋を開けられない天国の手からすっと犬飼が瓶を取って行って、天国は驚愕に口をぱかっと開けた。 「何締りのねーツラしてやがんだ・・・、猿。ほら、開いたぞ」 カタ・・・と音を立てて犬飼がイスを引く。 「え・・・あ。サンキュ・・・」 差し出された小瓶を受けとって呟くと、犬飼は小さく息を吐いて牛尾に向き合った。 「じゃあ、俺帰りますんで・・・お疲れ様っした」 「ああ。気をつけて帰るんだよ」 「はい・・・」 そのまま鞄を取って去って行く後ろ姿を呆然と見送っていると、戸口で犬飼がくるっとこちらを振り返ったので思わず息を止める。 「今度俺の目の前で倒れたら承知しねーぞ、猿」 天国は。 『お前のせいじゃんかよ』と小さく心の中で呟いた。 君は大丈夫かい、子津くん? え?何がっすか? 何・・・・って。その・・・・。 大丈夫っすよ。僕は。 でも最近はちょっと・・・疲れてるんじゃないのかい? 今出来る無理は・・・今したいんすよ。 子津くん・・・・。 何へこんでるんすか・・・。だって仕方ないっすよ。 でもね・・・・。 大丈夫っすよ。前みたいに倒れたりしませんっすから。 猿野・・・くんの時も驚いたけど・・・あんなのはもう勘弁して欲しいよ。 あれは僕も驚いたっすよ。貧血って顔が真っ青になるじゃないっすか。 まるで死んでるようで・・・生きた心地がしなかったよ。 嫌っすねえ、キャプテン。大丈夫っすよ。だってあんなにアレコレ気遣ってくれてるじゃ無いっすか。 だってね・・・・。僕の所為だし。 何て事いうんすか・・・。僕だってそうしたいからそうしてるのに。 ごめんね・・・・。 謝る暇があったらちゃんと飲んでくださいっす。 ・・・。 灰になったりしたら許さないっすからね。 「冥」 「何だ?」 あれから毎日のように訪れる夜の密会。 毎日、毎日見ていた空の月。 銀で編んだこよりのような月光を一人で眺める代わりに、今は毎日、毎日飽きもせずにその下で何かを育む。 それを冴え冴えとした月はまるで何かを見定めるように静かに見下ろしていた。 「冥ってドラキュラな分け?」 「・・・・知らねえ・・・」 天国が何日目かの夜にそう訪ねると冥はそう呟いて天国と共にいつもの屋敷に舞い降りた。 「知らねえ・・・ってどういう事だよ・・・?」 天国がそう問うと冥は「知らねえもんは知ねーんだ」と反復するようにして返す。 「・・・・少しは考えて答えてくれよ。俺って伴侶な分けだろ?」 『伴侶』という言葉を使うと冥は少し戸惑ったようにして言葉を捜した。 天国は冥に『伴侶』という言葉を使うと冥が困りきったような、途方に暮れたような表情をして考え込む事を知っていた。 それはそれは小さな変化ではあるが、いつもいつも無表情、しか無い犬飼をいつもいつも・・・それこそいつも見ていた天国だから、冥の些細な変化などは息を吸うのと同じくらいに普通に感じることが出来た。 「『伴侶』って何なんだよ、結局。お前あの日言ってたよな?・・・俺の血を吸う前。『伴侶にならないから』」 確かにこの耳で聞いて、それからは情事やら何やらと意識をすっ飛ばすような行為に縺れ込んだものだから、今まで忘れていたのだけれども。 冥という存在に慣れ、犬飼の存在に慣れた今だから、そこまで頭を回す事が出来た。 「確かにそう言った。・・・伴侶ってするもんなのか?俺には仕組みが分かんねえ。『なってくれるか?』だけでも分からねえ。本当は別に『ああ』って頷いても良かったんだけど、それじゃあ納得出来ねーよ・・・」 本当はあの時、あの時間に。何も問われず、何も聞かれず、唯の伴侶になってしまえば良かったのでは無いかと思った。 『犬飼冥の伴侶になる』 どういう事かは分からないが、そうすればこの胸の痛みが消えるような気がした。 諦められる気がした。 『犬飼冥の伴侶になる』 それは自分が望んで、望まなかったこと。 『犬飼冥の伴侶になる』 何も聞かれず、何も問われず、時間を空けなければ、迷うことなど無かった気もした。 俺はとても醜くて、意思の弱い人間です。 縋り付くようになんて求めたりしたくなかった。 僕はとても醜くて、意思の弱い人間です。 だから貴方を一人にはしたくなかった。 next ………………………… 皆様今晩和〜。もうそろそろ今年(15年)が終りますねえ。 なのに何故か、今剣猿のクリスマスエロ小説を書いております(何故だ) アップするのは多分・・・・ 正月?(うわあ・・) そこ、『うわあ』とか言わない。 いや・・・あたしが言ったのだがね? つまり・・・色々乗り遅れてる・・・わけなんですが、そんなびみょ〜なサイトも来年も宜しくお願い出来れば幸いでございます! 2003.12.28水野八百起。 [0]back [3]next |