「おー!合宿日和だな〜♪」 天国がバスから身を乗り出すようにして笑うと、隣の席に座った子津が窘めるように小声で服を引っ張った。 「危ないっすよ」 「平〜気!平気!でーじょーぶだって!」 「大丈夫じゃ無いから言ってるんすよ。・・・具合悪いくせに・・・」 ぽつりと加えられた言葉に天国はちょっと眉を顰めた。 ひそっと子津の耳元に口を寄せて小声で聞く。 「・・・俺、さあ。そんなに具合悪そうに見えっか?」 「・・・多少は」 聞かれたく無い事なんだろうかな、と悟ったのか、そう言えば端から子津は小声で窘めていた―――は置いておくとして、幸いなことに小声で小さく頷かれて、天国は息を吐いた。 「・・・多分、あんまり気付いて無いと思うっすけど・・・、キャプテンとか、監督とか、辰羅川くんとか兎丸くんとか司馬くんなんかは気付いてると思うっすよ?傍にいれば、なんとなく分かるし、兎丸くんなんか最近あまりタックルかまさないっすよね?知ってるからだと思うっすよ?」 列なる名前に天国はそっか、と呟く。 他にばれて無いことに安堵するべきか、そんなにもの多くの人にばれていた事に溜息をつくべきか。 「・・・犬飼くんも・・・」 その名前を聞いて天国は小さく震えた。 「・・・そっか」 確かに犬飼は分かってるだろう。 一番最初に指摘したのはヤツで、アイツの前で天国は二度も倒れたのだから。 それっきり子津が喋らなかったので、天国も喋るのをやめた。 目的地について、降りる寸前に子津が 「犬飼くんに言われたからじゃなくて、僕自身が心配してるから・・・、あの人が泣くのが嫌だから・・・、この合宿中は体調管理しっかりさせて貰うっすからね」 と、呟いた言葉の意味を、天国は瞬き一つで受け取った。 体が疲れた、と言って休息を求めていた。 あの、髭め、と天国は心の中で舌打ちする。実際にはそうする体力が無かったからで。 二度もやれば恒例と言っていいと天国は思う。 その恒例のクロスカントリー。 どこぞの山に置いてきぼりにされて、旅館まで辿りつく、と言う。 今回の天国のペアは兎丸だった。 (あー、あいつが『僕の野生の勘によるとこっち!』って言って連れまわしてくれたおかげでくたくただ・・・) お互いあまり頭脳派では無い事は知っている。 しかし、ゲームに慣れた兎丸には簡単だと自分で豪語していたのにも関わらず、迷いまくった。 最後はまあ、普通に上位に食い込んで旅館で寝られる特典を与えてくれたのだが。 本人は『Sランククリアじゃないとね〜!』と笑いながらぴょんぴょん跳ねていたので、大した事は無かったのかもしれない。 まあ、そんなワケで天国はとても疲れていた。 いつも視界がブラックアウトするような眠り方では無く、すうっと寝られる程に疲れていた。 それでも、眠れなかった。 隣にいる、犬飼の寝息のせいだ。 天国は犬飼が冥である事を確認するようにじっと見張っていたかったのかもしれない。 (コイツが起きて、冥になったら・・・) それで自分がどうするつもりなのかは知らないけれど・・・。 それを確認する事で、自分の中の何かが変わりそうな気がした。 ごそっ・・・。 「・・?」 暗闇の中で何かが起き上がって、天国は反射的に声体を竦めた。 一瞬冥が起き上がったのかと思ったが、それは犬飼とは反対側であった。 (子津?) トイレに起きたのか、と緩く息を吐くと、どうした事か、子津は誰かが起きて無いか確認し始めたので、慌てて息を潜め、たぬき寝入りを決め込む。 特に天国の所で眠っているのを確認してほっと溜息をついた。 これは、まあ、自分の体調が悪いのを知っていての行状なのだと思えないことも無いが。 そんな事を考えていると、そのまま子津は外に出て行ってしまった。 「???」 こんな時間に自主練だろうか、と首を傾げる。 「・・・ふぁ・・・」 そして、意識が犬飼から逸らされたせいか、大きな欠伸と共に、天国は眠りに落ちた。 結局確かめる事も叶わずに。 「お待たせしたっす!」 「やあ、子津くん。今晩和」 回廊と音が出ないように走り寄って来た子津に牛尾は月光の中で微笑みかける。 「・・・今夜は月が綺麗っすね」 「そうだね、特に空気がいいから、かな?綺麗に見える」 「澄んで見えるっすね。キャプテンと一緒に空で見る月も綺麗っすけど」 「・・・・はは。上に昇ってみるかい?」 「え?でも疲れるっすよ」 「大丈夫だって。後で貰うからね」 「・・・///。じゃあ・・特別に今日だけお願いするっす」 顔を赤くして俯く子津に牛尾はゆっくり微笑みかける。 「・・・ふふ。耳まで真っ赤だね」 「そういう事は知ってても言っちゃダメなんすよ!!」 ばしっと強く叩かれたが牛尾は柔らかく笑った。 「分かった、ごめんね?子津くん」 「・・・謝れば許されるもんじゃないっすよ!」 「ふふ・・・。じゃあ、機嫌直してもらう為に月まで行こうか?」 「・・・空気なくて窒息死っす・・・」 「じゃあ、途中まで、ね」 ふわり、と体が宙に浮く感覚が全身を包む。 「・・・・」 一瞬無重力になると五感が背中にすうっとしたものを伝えて、子津は思わず目を瞑る。 「まだ慣れないかい?」 牛尾の腕の中で、頭上から降り注ぐ柔らかい声に、子津は小さく頷いた。 「・・・ちょっと」 それから少し笑う。 「翔び始めたら気持いいんすけどね・・・、やっぱり最初と最後が・・・」 風と重力の抵抗と摩擦による奇妙な浮遊感にどうしても慣れないでいる自分に、少しだけ引け目を感じて、繕うように子津は言った。まあ、気持がいいという言葉も本心だったが。 「やっぱり体質が違うからなのかな?僕にはちょっとよくわかんないんだけどね」 牛尾はそう笑って一定の位置まで到達すると、ゆっくりと空を移動する。 「エレベーターとか乗ってる時も分からないんすか?」 子津が首を傾げてそう聞くと、牛尾はそうだねえ、と言いながら子津を横抱きにした。 いわゆるお姫さま抱っこというヤツで、子津は少しばかり膨れた。 「もー、これ恥ずかしいから止めてくださいって僕言ったっすよね?」 「ごめん、でもねえ・・・こうでもしないとよく見えないんだよ、子津くんの顔がさ」 「・・・・・」 「ああ、だからって黙らないでくれよ・・・」 「・・・・」 「ねーづーくんっ」 「・・・・別に怒ってるわけじゃないっすよ・・・」 「怒ってるじゃないか」 「・・・・・。照れてるだけっす」 「そうなのかい?」 「無神経」 「・・・・今のはちょっとグサって来たよ・・・」 「そうっすか」 「・・・・」 「・・・で?」 「・・・『で?』?」 「だからエレベーターとかに・・・・」 「ああ、それ」 膨れながら子津がもう一度だけ繰り返すと途中で牛尾が頷いた 「うん、よくわかんないね。でも平気な人もいるんだろう?」 牛尾のような空を飛ぶ吸血一族は別として、人間にだってすぐ慣れるもの、最初から分からないもの、ずっと慣れないもの、色々いる。 「・・・そうっすね・・個人差なんでしょうけど・・・。僕はどうもダメっぽいっすねえ」 子津がそう、態度を戻して喋ってくれたので、ほっと息をついてから笑った。 「いいじゃないか、別に」 「どうしてっすか?だって、慣れたらもっと気持良く空も飛べるっすよ?」 そう、素直に思っている風な言葉に牛尾は苦笑する。 「・・・そうだね・・・。でもそれも同じ事だよ。それを感じなくなったら、感じてた日々が懐かしく思う事もある。そういう事もあるよ―――」 言葉に隠された過去や、自責とも言えそうな痛みを伴う声音に子津はじっと牛尾を見る。 「―――「そう」」 その正体について、子津が問おうかと口を開きかけると、それを先制するように牛尾が声をだして遮った。 「それに、それって五感が優れてるって事だろう?だから子津くんって敏感なんだねえ?僕にはそっちの方がいいよ♪」 「・・・っな!!!!」 暗に情事を指して言われた言葉に子津は用意していた文句を止めて言葉に詰まった。 「ちょっとした所だって性感帯じゃないか、君の体」 「・・・・〜〜〜〜!」 夜目にも分かる程顔を真っ赤にして、ここは空中なので、臍を曲げて飛び出すことも出来ない子津に牛尾は笑いかける。 「そんなに怒んないで?」 「・・・・ムカツクっす」 「仕方ないじゃない。本当の事なんだから」 恋人が臍を曲げてることを知っていてもその上でからかう牛尾に、子津は更にムッとしたものを抱えながら睨む。 「うっさいっすよ・・・」 どうにかして反撃したいが上手い手が浮かばない。 「・・・」 どうにかして狼狽させてやりたいと子津は牛尾を睨みながら考えるが、牛尾は暢気に子津の思惑をも楽しそうに微笑むばかり。 その余裕が少し勘に触る。 「・・・っす」 これじゃあ負けになるような気がしないでも無いが、一瞬でも牛尾が真っ赤になって狼狽するのが見たいが為に、今回は負けてやる事にする。 「・・・?何だい?」 何を企んでいるのかな?という余裕の笑みに子津はにっこり笑いかけてから・・・いずれも本心には変わりは無いので・・・恥を掻き捨てて蕩けるように微笑んだ。 「キャプテンだからっすよ?だから僕の躰は全部感じるんす。触れられるだけで、声聞くだけで・・・、御門さん・・・」 最終奥義の『御門さん』まで使用して首に手を回し、お互いの唇に湿りを与える。 柔らかい、熱交換。 「・・・・」 牛尾が何も聞いて無かったかのように子津を見たまま表情を変えずにいて、子津はちょっと腹を立てた。 (せっかくここまで言ったのに反応ナシっすか?!) ご立腹、という感じにまで怒りが到達しそうになった所で、いきなり牛尾の顔がぼっと赤くなった。 「・・・あれ?」 子津はそんな牛尾をじーっと見て首を傾げた。 「・・・・っ」 「・・・・・っぷ」 それから吹き出す。 「キャプテン〜、顔真っ赤っすよ〜?」 「な・・・な・・・」 それを見て機嫌をよくした子津が更にからかいの手を伸ばす。 「僕キャプテンがそこまで真っ赤になったの、見たこと無いっすよ?何かかわいーっすねえ」 「・・・か・・・かわい・・・・」 言語不能状態に陥ってりる牛尾の唇の端にちゅっとキスをする。 「へへ・・・あんまり子供みたいで可愛いっすから!」 普段に無い牛尾の姿に子津は気をよくして笑いかける。 「・・・・・・・・・」 その反面、牛尾は普段に無い表情を晒してしまった事にむすっとした様子で、(それでもまだ顔が赤かったので、面白かったが)ふいっと顔を背けた。 「・・・キャプテーン?」 「・・・・・・・・・」 「牛尾先輩―?」 「・・・・・・・・・」 「まさか怒ったっていうワケじゃ無いっすよねー?」 これぐらいで怒られて堪るか、というようなニュアンスを含めて子津は牛尾の首に手を回したまま、背けた顔を見ようと身を乗り出した。 「・・・・・・・僕は怒った」 「・・・・・」 今度は子津が沈黙する番だった。 「・・・・・・・大人をからかっちゃいけないね」 「・・・・な・・何が・・・っぎゃ!」 大人っすか、と続く言葉は、がくんと急下降した事によって阻まれた。 思わずぎゅうっと牛尾に抱きつく。 牛尾は自分の意思によって下降しているし、この空気抵抗にも慣れているから、子津が我を忘れて必死にしがみ付いているのを余裕を持って感じた。 こうでもしてないと、この子は自分から抱きつくなんて事、あまりしてくれないから。 だから、とても、この空のデートが大好きで。 グングンと目的地に近くなってふわり、とスピードを緩める。 「大丈夫かい?」 「―――――・・・・」 いきなりの降下に言葉も紡げ無い子津にゆっくり声をかける。 「・・・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな・・・?」 「――――・・・・」 「でも、君がからかうから・・・・。凄く嬉しかったけどね?」 痴態を晒すのが、そんな風になるのが自分だけだと言われて、嫌じゃない男がいたらお目にかかりたい。しかも、自分の最愛の相手に。 だから、みっともなく、真っ赤になったり、してしまうのだろう。 「ねえ、ごめんね?」 あの時は凄く恥ずかしくて、こんな事をしてしまったが、ここまで怯えていると凄く可哀想なことをしてしまったと、呵責を覚えて口を閉じた。 next ………………………… こんにちわ〜水野です!更新遅くなって申し訳ありません!! そんなワケで更新〜。 やべえよ!書き溜めないよ!!(焦) 早く書こうよ、オイラ!! っていう感じで頑張ります〜(どんどん更新が遅く・・・)うう 水野八百起2004.02.09 [0]back [3]next |