そのままゆっくりと移動をして、旅館のある木立に隠れた庭園に、誰もいないのを確認してそっと横たえる。 「ごめん、子津くん。ごめんよ」 ぎゅっと身を硬くしたまま身動ぎをしない子津にそれはどんどん膨らんでいく。 先ほど浮遊感になれないと言われたばかりだったのに、準備も無しに急な降下を始めてしまった。 それも、少し息が苦しいくらいの。 降下の恐怖は自分には分からないが、息が苦しいという窒息感は分かる。 「・・・ごめんね」 何度謝っても、それを解消してあげられることは出来ないのだろうけど。 「・・・もうしないから―――」 横たえた格好のまま、自分の服をしっかり握って離さない子津の頭を撫でる。 ここまで反応が無いと、呵責はどんどんと恐怖に代わっていく。 「・・・嫌いになったー?」 嫌われたら、きっと生きていけない。 「・・・お願い・・・もう、しないから。ごめんね・・・だから・・・」 その上から重なるようにして思い出したように小さく震える躰を抱き締める。 「お願いだから、嫌いにならないで―――」 泣きたいのはもしかしたら子津かもしれないのに、自分が泣きそうになりながら、声をかける。 自分よりも小さなその躰にしがみ付くようにして、助けを求めるよにして抱き締める。 「・・・・・っ」 と、小さく声がしたかと思って、少し顔を上げる。 「・・・・・っの、バキャプテン!」 怒鳴られてびくりと身を竦める。 「びっくりしたじゃ無いっすか!・・・・うー・・・・怖かったっすよぅ・・・」 その時、とても情けない顔をしていたと思う。 声の限りに怒鳴って、最後は消え行くように絞り出す躰を抱き締めて、子津はその牛尾の首にぎゅうっと抱きつき返して、訴えた。 「ごめんね、もう、しないから・・・。本当に、ごめんよ」 謝ることしかできない牛尾に暫くすると子津は一つ頷いて、ゆっくり躰を離した。 「本当に本当っすね?もう嫌っすよ。風、切る音は凄いっすし、体に当たる風圧は重くて痛いっすし。キャプテンにはわかんないかもしれないっすけど、とっても怖いんすから・・・・」 自分が分からないものを考慮するのは、人にとっては大変だ。 それを知らなければ、そうとは感じず、それを認知することさえ出来ないのであれば、間違いは起きるし、起こしてしまうだろう。 だからと、詳細に、伝えようとする子津に牛尾は何度も頷いて誓う。 「うん、ごめん、ごめんよ」 「・・・・分かったら、いいんすよ。びっくりしたし、怖かったけど、もう何とも無いっすし――――、でも、こんな事じゃやっぱり大人だって言うのは認められないっすね!」 牛尾の呵責や自責を減らすように微笑んで軽口を叩く子津に、赦されたように牛尾は表情を改める。 「・・・そうだね・・・何年生きても・・・大人には成り切れ無いみたいだ・・・」 そうすると子津は慈しむように笑う。 「キャプテンは変な所で大人になろうとするっすからね・・・」 とさっと天を見るように横になった子津がそう言って牛尾の頬を撫でる。 「・・・怖かったっすけど・・・僕じゃなきゃあんなことしなかったっすよね?」 確認するように言われて目を瞬く。 「・・・ちゃんと答えて欲しいっす」 「・・・・え?・・・・えーと・・・。うん、そうだね」 考えるように言った牛尾に子津は少し膨れっ面になりながら、それでも笑った。 「歯切れが悪かったようっすけど、赦してあげるっす。今度は、ちゃんと即答してくださいね?」 両手で頬を挟んで言われた言葉に、不覚にも泣きそうになる。 ああ、ねえ。 そんなに僕を縛りつけないで? 僕はもう君なしでは生きていけないのに。 それ以上君でいっぱいになったら、僕は一秒でも君の傍から離れられなく、なる。 離れるなんて、 僕から離れていくなんて、 思ってもないけど、 思いたくもないけど、 でも、きっと僕はそれを赦してあげられない。 今でもそうなのに。 僕は。 それで君が苦しむ羽目になっても、 君を・・・。 だから・・・、 今直ぐに伴侶になってくれない君を・・・。 焦らすように聞いてしまうんだ。 だって、怖いよ。 もう。 もう二度と。 「疲れたっすよね・・・。血、早く飲んでくださいっす」 黒目がちの瞳の中に自分の顔が映って、その目は優しく牛尾を見つめていて。 「・・・でも、子津くんも疲れてるよ・・・・」 先ほどの恐怖と行為は体に負担をかけているだろう事は、少し疲れた表情を見れば一目瞭然だ。そんな彼の血を飲むという事は、次の日の子津の体調を悪くするという事で、どうしても、手をつけられない。 「・・・そんな事言って・・・、僕は少し休んで、何でも食べて療養したら、回復できるっすけど、キャプテンは僕の血じゃないと駄目なんすよね?だったら飲んで」 子供の我侭を咎める母親のような顔で、少し眉を寄せて睨む子津を、牛尾はまた困ったかおで見つめた。 「ちょっとでいいから。お願いっす」 お願いするのは自分の立場であろうに、そう言われて牛尾はごめんね、と小さく呟いた。 どうも、彼といると自分は謝ってばっかりのようだ。 草葉の香りの中に子津の匂いが湧き立って、牛尾はその首に唇を寄せた。 頬にあった手は何時の間にか背に回されていて、とても暖かくて。 彼の横についた手はしっとりと青葉の瑞々しさを伝えて、少し冷たかった。 夏の少し蒸し暑いはずの風は木々を擦り抜けて心地よい風に変わる。 管牙が白い肌につぷっと食い込んだ。 「・・・っ」 小さく身動ぎする子津の躰を感じる。 「・・・っぁ・・・」 噛まれる者が痛くないように、もし、抵抗されてもいいように、この牙からは、麻薬のような甘味と快楽を送りこむ。 月夜にも分かる、薄く色づいた頬に軽くキスをする。 ちょっと、と言ったので、本当にちょっと。 後で彼を苦しませないぐらいに、少しだけ貰って、子津の襟元を直す。 「有難う」 「・・・・いいえ」 少しあがった息を収めるようにしてから、潤んだ目を向ける彼に、息も出来なくなる程のキスをした。 next ………………………… …、全部書いてから、とか言ってたら、1年経ってました…。え? なんで?びっくりしてるよ、ワタシ! 早いな!1年!!数人の方ですが、楽しみにしてると仰ってくださってる方も、いるのに!! 何やってんのー!!!!!バカー!! まだまだ全部書いてないのですが、少し進めときます…。 水野八百起2005.04.04 [0]back [3]next |