「ふあ〜・・・・」 げしっ。 「ってえなあ!このバカ猿っ!」 翌朝はこんな風に目が覚めた。 「・・・・・あー?・・・げふっ」 スパコン!と旅館案内で殴られてゆっくりと目を開ける。 視界の中には焦げ犬一匹、と天井。 犬飼の額に青筋が立っており腰を押さえているところを見ると、どうやら寝ぼけ眼で一発蹴りをいれてしまったようだった。 「っに、すんだよ!この犬!!」 それでも寝ている相手に起きている相手が殴るのは、ちょっと大人気無いんじゃ無いかとむくっと起き上がって、いつもの通りに突っ掛かると犬の飼主よろしく辰羅川が「まー、まー、犬飼くん」と窘めにかかった。 「猿野くんも別に悪気があってやったワケではございませんし・・・」 「悪気もクソもあるかっ!寝てるとはいえ、コイツ思いっきり蹴りやがったんだぞ!?打撲でもしてたらどうしてくれんだ!」 「まあ・・それはとても困るんですがね・・・」 「っていか起きてやってたら今頃ミンチだ、とりあえず」 「まー!暴力反対〜!」 「テメーが言うなっ!」 「朝っぱらから喚くなよ、犬。カルシウムが足りてねーんじゃねーの?」 「・・・・!(ムカ)このっ、猿、言わせておけばっ!」 蹴ってしまった事に多少(本当に多少)は悪気を感じて下手に出てみれば、つけあがった感じの犬飼に天国は両腕を後ろで組んでつーん、とそっぽを向いた。 確かに、ゲンコが来なかったのは以外というか、まあ、ちゃんと分かっててくれてんのかなー?と(犬にしては)思わないでもなかったのだが。 いつもこうなのだから仕方あるまい。 「ほら、犬飼くん、落ちついてください!クールダウン!クールダウンですよっ!」 「辰っ!黙れ!離せ!コイツは一発殴らなきゃ気が済まねえ!」 後ろから羽交い締めにされている犬飼を横目でちらりと見ながら、考える。 (こいつ・・・本当に・・・ずっとここにいたんかな・・・) 犬飼が冥に変わるなんて事は無かったのだろうか。 不覚にもあの後寝てしまったために、それを確認することは出来なくて。 少しイライラが心を支配して、暢気なつらをした犬飼に、自分こそ一発入れたくなって来る。 (人の気もしらねーでよ・・・) 「あーら、素敵な姿ね?コゲ犬ちゃん♪モミーの旦那でかした!」 「え?!さ・・猿野くん冗談は――――!」 にやりと笑って犬飼に魔の手を伸ばそうとする。 怒る犬飼の顔、焦る辰羅川の顔に不敵な笑いを向けて・・・・と。 バッコーン! 何かが天国の頭を襲った。 「いい加減にして下さいっす!」 「・・・子津・・・・」 こいつこういうキャラだったっけ・・・とか何とか、心の中で呟きながら、頭にあたってずるっと滑り落ちた枕を掴む。 「もう兎丸くんも司馬くんも準備して席を取りに行ってるっすよ!早く二人共、顔洗ってきてくださいっす!」 こちらも既に布団を畳み、まだ浴衣姿ではあるが、ユニフォームもちゃんと用意してある子津に注意されて自分の格好を見る。 朝ご飯までは浴衣着用なので、顔を洗うために枕元に置いたタオルを取る。 子津は切れたら怖い。 「へーい。分かったよ。でもな、俺の頭に奇襲をかけて来たのはあの犬の方なんだぜ?」 辰羅川に宥められた犬飼が同じくスポーツバックからタオルを出しているのを指しながら言うと、子津がしらっとした目で一瞥してからにっこり笑った。 「思いっきり蹴ったのに、旅館パンプで良かったっすね♪」 「・・・っぐ」 こいつ聞いてやがったのか、と小さく唸って子津を見る。 「ちゃんとご飯の前に謝るんすよ?っていうか、着崩れし過ぎっすよ」 ちょいちょいっと呉服屋の息子が天国の浴衣を直してくれて、『何で俺が』というタイミングを逸してしまった天国は溜息をつく。 「顔色は悪くないっすね!昨日はちゃんと寝れたみたいで良かったっす!」 「・・・・・」 むうっと気遣いをする子津を見て、何も言えなくなる。 「・・・と。お前のが顔色悪い気がするけど、大丈夫か?」 見下ろした顔に疲れの後が薄く残っていて首を傾げる。 「え?!あ・・・ちょっとよく寝つけなくて・・・」 それで昨日あんな真夜中に起き上がってたのか、と小さく合点して子津の頭をばふっとやる。 「俺の心配の前に自分の心配しろよ?子津っちゅー?」 「うう・・・、大丈夫っすよ・・・」 はっきり言って子津の大丈夫は天国達的には大丈夫じゃあ無いのだが、それが男というものだから仕方が無い。 「んじゃ先行ってろよ。どうせ、司馬と兎丸は席取りに行ってんだろ?モミーの旦那と一緒にちゃんと確保しといてくれ。俺と犬もすぐ行くからよ」 「・・・本当にお二人で大丈夫ですか?」 心配そうな顔をしてる辰羅川に大丈夫だって、と返事して、横に立ってる長身を促す。 「おら、行こーぜ、犬飼!早くしねーとメシ食いっぱぐれっぞ」 「何を偉そうに・・・」 「くれぐれも喧嘩はしないで下さいっすねー」 「早くお願いしますよ」 むっつりとした犬飼を促しながら二人の言葉におー、と返事をする。 数歩歩いたところで。 「悪かったな・・・」 と呟いた言葉に、きっと犬飼は変な動物でも見てる顔をしているんだろう。 『悪かったな・・・』 天国からそんな殊勝な言葉が返って来るとは思わず、瞠目してその後ろ姿を見る。 (何でだ?) 今迄ならそんな言葉・・・言わなかっただろう。 その言葉自体は、猿の癖に、他のやつらには本当に済まなそうに言う。 自分に向けて、は言わなかった・・・・筈だ。 それは確かで。 (・・・・) 異変は、あの天国が貧血を起こして倒れた日からだ。 知らぬ間に立ち止まっていて、それに天国が怪訝に思って振りかえる。 「犬っころ、何つったんだよ!」 そんなに、珍しいか!と顔を少し赤くした天国が噛みつくように言った。 「・・・・」 何で。 何で。 これじゃあ普通の友人だ。 友人? そんなバカな。 そんなものであっていいはずが、無い。 「早く、行くぞっ!!」 天国は犬飼を待たずにさっさと足を運ぶ。 ああ、そうだ。それでいい。 前回の合宿では自分がヘマをやって、天国に負ぶわれたという不名誉な過去があったが。 あの時とは違う。 これでいい。 これで・・・・いいはずなのに、胸が痛い。 既に他の部員は朝食の為に食堂へ行ってるのだろう。 廊下に人気は無い。 ゆっくり足を踏み出す。 足の長さが違う、すぐに追いつく。 猿野は嫌そうな顔をして、(多分、こいつ10センチくらいしか身長変わんねーのに、反則なんだよ、とか思ってるに違いない)犬飼を見上げた。 洗面所の少し前。 廊下は無人。 「・・・・・だ?」 「は?」 「・・・・誰のもんになったんだ?」 「・・・・・・え」 「・・・・・」 両手を天国の背後の壁について。 唇を重ねた。 触れるだけのキスをして、顔を見ると呆然、と言った感じの表情で目を見開いていた。 「・・・・・・・・・」 もう一度、今度は深く合わせる。 壁に追い詰め、腰に手を宛て、頭を支え。 「・・・ん・・・ふ・・・・」 間抜けに開いた歯の隙間を縫って荒々しく咥内をまさぐる。 「・・・・あ・・・・んぅ」 確かに男の声であるのに、甘く、蕩けた、少し高い声をあげる。 慣れてる、感じがした。 「・・・・・・・」 「ん・・・ん――――」 突如犬飼は唇を離した。 「・・・・・め・・・・?」 眉根を寄せる。 誰だ?それは。 その場に天国を置いて、顔も洗わず踵を返して食堂へ向かった。 ずるっと壁にへばりついて、声を失う。 「・・・・」 アレは紛れも無く、犬飼だった。 触れ合った体温も、絡めた舌の甘ささえ一緒であったとしても。 「・・・・犬・・・飼・・?」 だとしたら、何故アイツは自分にキスなんかしたんだろうか。 可笑しい。 この間から。 いや。 冥が現れた日から。 何かが変わってしまった。 「・・・・どうしろってんだよ」 掠れた声はしんとした廊下に消えた。 next ………………………… 犬飼の心境が大分変わった所で、第2章終了。 次から、第3章。頼むから、早く書いてください、私!(笑) ネタを忘れつつ、あるからー!!!!(ダメだ…) いつも嘘吐きな水野ですが、連載だけは、必ず、終了させますぜ!(一体いつの話しやら) 水野八百起2005.04.04 [0]back [3]next |