光り無い、闇夜に祈る。 どうか、月の光りが辺りを照らして。 そして私を見つけて、下さい。 この、真っ暗な夜に。 手を伸ばして。 顔の無い月が昇り、私は手を伸ばした。 月は優しく笑いかけ、 私に温もりと、愛情と。 だから私も、惜しみ無い愛情を。 生涯、貴方を思わない日は有りませんと。 月はそれは綺麗に笑って。 「猿野くん?貧血っすか?」 ただ、ぼんやりと、どうしていいのかも分からずその場に座り込んだままでいると、声と共に視界にばっと誰かの顔が入った。 「あ・・・ね・・・子津っちゅー・・・」 「犬飼くんだけ先に帰って来たまま、猿野くん帰って来ないっすから・・・」 心配になって見に来た、という子津の方を見る。 「・・・あ、ああ。悪い」 思わず『犬飼』という言葉にびくりと体が震えてしまったが、帰って来たのはただの沈黙で、気づいてないのかと安心して、顔をあげる。 「・・・・・犬飼くんと何かあったんすか?」 ぽつりと子津が言うのに表情が固まる。 「っあ、いえ。何でも無いんす!!言いたくない事なら・・・聞かないっすよ・・・」 慌てて手をぶんぶんと振る子津に、それじゃあ『犬飼と何かあった』事を確信してるんじゃねーか、と思ったが何も言わずに苦笑する。 「悪いな・・」 「・・・いや・・・。猿野くんが謝ることじゃないっすよ・・・。誰にだって言えないことはあるっす・・・」 同じく苦笑して言った子津に、天国は笑う。 「そだな。っていうかそれじゃ、子津もそういう事があるっぽいじゃねーか」 「・・・えーと」 「そういや前の合宿の時も一人で全部抱え込みやがって」 「・・・う゛」 「そーいう猿野くんだって、部活いきなり辞めちゃうっすし」 「・・・う゛う゛・・・」 「・・・ま。まあ、そんな感じで・・・。もし、誰かに言いたくなったら、僕で良かったら聞くっすから」 にこりと笑って、顔洗ってないでしょう?と言う子津に笑いかける。 「あんがとよ。っていうか、何で顔洗って無いの、分かったんだ?」 「涎の跡、残ってるっすもん」 「!そういうこたぁ早く言いやがれっ!」 「今言ったんすけらいーじゃないっすか」 「・・・・。」 「さ!さくさく顔洗ってご飯食べに行くっすよ!」 じゃないと食いっぱぐれるっす!と急かす子津の言葉に従って、そのまま洗面に行く。 「わーったから、押すな」 じゃあーと冷たい水が出てきて、うひゃ〜気持い〜と顔に浴びせる。 「あー、そうそう、子津っちゅー。俺の心配すんのもいーけどさあ、昨日夜中に部屋出てったろー?」 「・・・・・・・起きて、たんすか?」 少しの空白の後に答えがあって、それに天国は内心少し首を傾げるような違和感を感じたのだけど、そのまま顔を洗う。 「あー、ちょっとなー」 その違和感は子津の顔を見ていれば、それは確信になったのだろうが。 「どーせ、トレーニングでもしてたんだろー?やるのはいーけど体調崩すなよ〜?今日おめーの方が顔色悪いじゃん」 「・・・え?あ、あはは。そうっすね。うん。そうするっす」 天国が言い切ると子津はまた間を空けてから今度はほっとしたような声で笑いながら喋った。 「はい、猿野くん、タオル」 「おー、サンキュ」 天国はそれに別段気付くことなく、タオルを受け取った。 「ですから、どうして貴方はそうなのです。犬飼くん」 「・・・」 ぺしぺしと子津がいない為に辰羅川が自分たちのご飯・・・・と言っても遅れてきた犬飼の分だけだが、を盛りながら、言う。 「それに最近可笑しいですよ。ぼーっとしてる事が多いですし。以前に増して何も食べなくなりましたね」 辰羅川がそう言うと犬飼はふいと目を逸らす。 確かに、最近、食が細くなったと思う。 燃費の悪いディーゼルエンジンにガソリンを注ぎ込んだ感じ。 「・・・そんなにいらねえ」 「駄目ですよ。練習中に倒れたいのですか」 辰羅川が睨むように言うから、犬飼は眉間に皺を寄せた。 「大丈夫だ。夜になれば――――・・・」 ぱっと口に手をあてた犬飼に辰羅川が怪訝そうに器に米を盛る手を止めた。 「は?夕食だって貴方ちゃんと食べないじゃないですか」 「・・・」 一瞬キィン、と冷たく、それから凄く痛みを感じた。 背筋が寒い。 寒い、寒い、寒い―――・・・ 冷たいシーツを思い出す。 窓の開いた部屋を思い出す。 月、暗い夜、それから。 「メシ、いらねえ」 「ちょっと待ちなさい!!犬飼くん!!!」 辰羅川の制止を振り切るように犬飼はその部屋を出た。 どうにも最近、意識の混濁が見られた。 天国に対する複雑な感情もそれから発症しているような気がした。 今までも、食に対する執着なんて無かったけど。 今は更に。 何も食べなくても、いいくらいに、お腹が空かなかった。 これは変だと思っても。 自分の内で何が起こっているかも分からず。 犬飼はゆっくりと練習場に足を向けた。 合宿二日目の日中をどうにか乗り切って、体調もよくなった体を足取りも軽く歩かせた。 冥に会える。 そう思うと、天国の体は軽く、気分は向上した。 「アイツきっと腹すかせてんだろうな。たっぷり飲ませてやんないと」 小さく微笑みながら、冥の事を想って波立つ心を落ちつける。 今は、 今は犬飼のことを考えたくなかった、 (犬飼・・・・) それでもふと、ふとした瞬間に天国は犬飼のことを考えて空を見上げる。 空は綺麗に高く、高く。 森に囲まれた都会とは違った清浄な空気を胸いっぱいにして考える。 少しシン、とした空間を漂う水の粒子は体内にゆっくりと浸透して天国にいつかの想いを甦らせる。 初めて。 初めて人を。 凪さんに想うような柔らかいだけの感情では無く。 もっと深い。 もっと激しい。 もっと苦しい。 もっと醜い・・・。 狂おしい恋慕。 初めてお互いの前に立ったときに感じた衝撃。 2人で迷ったクロスカントリーを。 ここは。 野球漬けのここはそれを容易に思い出させる。 悲しいくらいに。 「冥・・・、冥・・・。」 犬飼は、変わった。 冥にあった頃から少しづつ。 以前であったら考えつかないくらいの眼差しを。 (どうしてだ・・・っ) もし、犬飼と冥が同じ顔をしていなければ。 こんなにも悩むことなんて無かったのに。 (・・・なんでっ) ぐっと噛み締めた唇から微かに血の匂いがした。 夜の森は昼間と違ってかなり涼しい。 盆も過ぎればきっと少し寒くなるんだろうと思われるその森を黒い翼を持つものはゆっくりと見下ろす。 探さなくとも、冥からすれば天国は光のように感じられ、すいっとその光輝を目指して速さも遅さも感じさせない身のこなしで舞い降りた。 「天国」 ついっと寄った冥を天国は闇の所為で瞳孔のひろがった目で、捉える。 その虹彩にどこか不安のようなものを再び感じて冥は首を傾げた。 「どうした?」 静かに聞くと、天国は「なんでもねえよ」といつものように笑ったので、それ以上を追及せずに唇を寄せる。 1日ぶりとはいえ、冥にとっては凄く久しぶりのような感じがして、ほんのー・・・、ほんのとしか言い様が無い夜の逢瀬を色濃くしようと、冥は迷いなくもう何度交わしたか分からない口付けを天国に捧げる。 「・・・」 「・・・」 「・・・冥?」 捧げ、ようとした。 ほんの僅か数センチと言うところでピタリと止まった冥に天国が不信気に閉じた目を開けた。 「・・・どうか、したのか?」 不思議そうに、不安そうに・・・その視線を受けて冥はキツク目を閉じる。 確かな違和感を感じたと思った。 天国は・・・。 天国は、会って、少しして見せた、キスの前の1秒を再び今この時に再現して見せた。 天国には癖があった。 キスするほんの少し前に、微かだが抵抗するように震える。 固く閉じた瞼を尚キツク瞑り。 強張らせた肩をびりと震えさせる。 それを最初は吸血鬼ゆえの拒否反応だと考えていた。 だから、時間をかければ、それはなくなると思っていたし、それは事実そうだった。 冥には天国しか、いない。 それは、確かにこの体を流れる冷たい血が正確に、正確に教えてくれる。 これは間違いない真実だと思う。 だから冥は天国をどんな方法で持ってしても手に入れると思っていたし、それしか無いのだとも知っていたので、天国が自分の腕の中で屈託無く笑ってくれた時は天にも昇る気分だった。・・・まあ実際吸血鬼が天に昇るのはとても困ることなんだけども。 それが今になって。 何故今になって。 「冥」 ぐちゃぐちゃになった感情を持て余し、天国を問い詰めようとしたところで、酷く静かな声がした。 「冥」 少し泣きそうな声に目を見張り顔を覗きこむと、そのまま天国が抱きつくようにキスをして来た。 柔らかく、冷えた冥の唇に熱が移った。 ともかく、それは心の奥の何かを突き動かすのには充分で、冥はそのまま天国を押し倒した。 「・・・ん」 ぴくり、と腕の中の躯が震えた。 「ぁっ」 上がった息はすぐに周囲に溶けこんだ。 「・・・あっ、あっ、ぁあッツ!」 月光に白い肌が僅かにかいた汗に真珠のような光沢を映し、 濡れた瞳を怪しく照らした。 「・・・めい・・・」 天国の中で果てた冥が、天国を隠すように抱きしめた。 「アリガト」 天国が言った言葉を、訳も無く痺れた胸の内に収めようとした。 アイツが、あいつなのか。それがわかったところで、俺はどうしようというのだろうか。 薄い煩悶を押し抱き、夜が明けたら困るからな、と笑い、その場に冥を残して、天国は足早に、ともすれば逃げるように皆の眠る大部屋に小走りで戻って行った。 next ………………………… 第3章の始まりです。 冥VS犬飼(笑) どっちも犬のはずなのに、対決しとります(笑) 終わりに向けて頑張るぞー!! 水野八百起2005.04.15 [0]back [3]next |