混乱するという事は、非常に大切な事だと、僕は思う。
 そうでないと、全部、全部、無くして   しまうから。

 いっそ気がふれてしまえば、楽だろう。


 天国は足早に冥の元から離れた。
 吸血の所為か、少し小走りに走っただけなのに、この身は煮えたぎるように熱を持っていた。
「・・・ははっ・・・。俺・・・何してんだろ・・・」
 建物の隙間で、天国はしゃがみ込んだ。
 醜い自己愛。
 傷つけた。
 そのつもりがある無いの問題では無い。
 傷をつけ、傷をつけられた人間がいる。
 目の前にあるのは、それだけだ。
 それだけだ。

 この際、犬飼が冥であること、それが重要では無い。

(知らなくて、いい・・・。)

 汚い、そう罵られてもいい。
 自分にはそれしか、無い。
 それに縋らなくては、生きていけない。
 多分。
 きっと。

 ひとりは。
 とても淋しいから。

 誰かといたい。
 一緒にいたい。
 傍にいたい。
 誰といたい?

 パンクしそうな頭を抱えて、頭がいつもよりも働かないのは、貧血のせいだと決めつける。
 今は何も無いところへ早く行きたかった。
 一緒にいたくて、傍にいたくて、一人じゃいたくないとしても。
 夢の中に訪れるのが、罪よりの咎だとしても。

 皆、寝ていると思い、そろりと襖をあけた。
 消灯したとはいえ、廊下にはほんのりと明るい非常灯がつけられている。
 その非常灯に目が慣らされたのか、妙に部屋が暗く見えた。
(誰か踏んじまわねえように気をつけねえとな・・・)
 今、誰かが起きてしまったら、なんだかんだといわれるに決まってる。
 『遊びに抜け出したんだろ?』くらいならいいが、この顔色を気付かれるワケにはいかない。
 明日の練習に出られなくなるから。

 犬飼の貫くような視線を見たくないから。

 また考えの渦に取り込まれそうになるのを、小さくかぶりを振って、やり過ごし、そろりそろりと、布団と布団の隙間を縫って歩く。
「ぉっと!」
 忍び足で、擦るように足を動かしていたが、危うく大の字で寝ている野木の顔を蹴っ飛ばしてしまうところだった。
(ったく!コイツはよお・・・。ま、俺も人の事いえる寝相じゃないんだけどよ)
 ここは流石、荒削りの野球部。
 一部の神に近いお人(牛尾とか、蛇神とか)と数名を除き、ここにいるのは荒削りなスポーツ大好きな野球青年である。
 寝相は誰もがあまりよろしく無い。
(きっとスバガキなんかも司馬の上に足のっけてたりするんだぜ)
 それを思うと、ちょっと可笑しくなって、口元に笑みを履く。
 そして、翌日兎丸がこう言って謝るのだ。
『ごめんね!ごめんね!司馬くん!!凄く呆れたでしょ??いいんだよ、ちゃんと本当のこと言ってくれて構わないから!!(っていうか俺にはなんて言ってんのかわかんねーっつー話だがよ)
え?本当に大丈夫??・・・でも、今日から離れて寝たほうがいいかも。
僕、また司馬くん、下敷きにしちゃうよ。
明日の朝にはウォークマン壊しちゃってるかもしれない。
そしたら、困るでしょ?困るよね。司馬くん、眠れなくなっちゃうもん。
だからー・・・』
 そこまで謝って、結局司馬に宥められて、その夜にはにこにこ笑って隣で寝るのだ。
(お熱いこって)
 友情とも愛情ともつかぬ、二人の仲は定義がつけられない。
 とりあえず、お互いがお互いを信頼してるのだけは、はっきりと分かった。
(・・・スバガキ、今日こそはMD壊してんじゃねーのかな・・・?)
 いいな、と思い、ふと其方を見たのが、
 間違いだった。
 知らなければ、
 気付かなければ。
 考えなくて済んだのに。

「・・・・・・・」

 犬飼の布団は、既に冷え切っていて、使われたような形跡さえも残していなかった。




「猿野、くん!」
 しばらく、声も出せず、佇んでいた。
「猿野くん!どうしたんすか?顔、真っ青っすよ?!」
 ゆさゆさと体を揺さぶられて、はっと視界が焦点を結んだ。
「ね・・・づ」
「こんな所に突っ立って、どうしたんすか?気持ち、悪いんすか?」
 暗闇にはっきりと、心配そうな顔が飛び込んで来て、天国は固くなった体を少しばかり動かして、頷いた。
「・・・大丈夫、だ」
「折角顔色、よくなってたっすのに・・・また真っ青っす、ね」
 訝しげに天国の容態を押し計らおうとする子津を『大丈夫』ともう一回言って、少し遠くへと押しやる。
「・・・子津―――・・・」
 押しつぶしたような声が、張りついた喉から這いあがって、抜け出した。
「はい?」
 寝息やいびきにかき消されそうな小さな筈の会話は妙に耳に留まった。
「お前・・・。ずっといなかったのか?」
 固く、下に向けていた視線を、ぎこちなく子津に向けると、慌てたような仕草で「ええっと、その」を誤魔化すように手を振った。
 それを天国はまた無理をして練習している、それについての言い訳、と取り、『違うんだ』と首を振った。
「犬飼を・・・」
「・・・犬飼くん?」
「・・・犬飼を見なかったかー?」
 緊張で指先が抑え切れず、震え出しそうだった。
「えっと・・・」
 見た、と言って欲しかった。
 子津が今トイレか何かから帰って来てる途中で、それでその間に、もしくは練習から戻って来た時にも。猿野くん以外全員いたよ。
 そう言って欲しかった。

「・・・犬飼くん・・・」

 希望はいつでも容易く打ち砕かれる。

「・・・どうなってるんすか?」

 それも、1番、嫌な結末で。

「・・・?」
 意味を図りかねて、顔をあげ、
 本当に驚いてるらしい子津の顔を見て、犬飼の布団を振りかえる。


 そこには、何も無いからっぽの空間。

「見えない。見えないっすよ?!なんか、雲がかかってるみたいな――・・・っ」
 一種の混乱だろう。
 普段ならば、そんな事言ったところで頭がオカシイとか、そのように片付けられる事は口にしないだろう。
 しかし、人間不意には弱い。
「・・・どういう・・・」
「だから―――!」
 いない、じゃない。
 見えない。
 そう言おうとして、兎丸の「うう〜ん」という寝言によって口を噤む。
「・・・あ、えっと・・・。ちょっと外に出ましょうか・・・」



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…………………………
あああ。。。。本当に申し訳ありません。えっと。何ヶ月ぶりですかね…(汗)
本当に終われるのか正直不安ですが、頑張ってゆきたいと思います!
よろしければ、これからもお付き合い下さいませ。

水野やおき2005.08.13アップ。


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