「おや、猿野くん、子津くん・・・一体どうされました?」
 明け方。
 真夏の為か、夜はしらじらと急ぎ足で朝を運ぶ。
「あ、辰羅川くん」
 子津と天国は部屋の外の廊下に出たまま、不可解な出来事と、お互いの気まずさに、顔を突き合わせたまま、朝を迎えた。
 そもそも、2人が遭遇したのは明け方近くでそんなに時間は経っては無いが、その時間は途方も無く、長い時間に感じられた。
「もしかして、眠ってらっしゃらない?」
 2人に色濃く現れているのは、『疲労』という2文字で、子津から見ても、猿野の容態は会った時よりも、悪化してるようだった。
「・・・えっと」
「最近、特に猿野くん・・・具合が宜しく無いようですが・・・お二人で何か特訓でも?」
「・・・その・・・」
 答えに詰まって、どういう返事をしたらいいのだろう、と子津が思考を巡らせていると、天国の笑い声が聞こえて、はっとそちらに顔を向けた。
「ッチ、ばれちゃあしょうがねえな!まあ、ちょっと今日はヤリ過ぎたっていう感じ、モミー、心配すんな?」
 天国の笑い声に少し顔を顰めながら、仕方ないですね・・・と呟く辰羅川に「スミマセン」と小さく謝って、子津はふと疑問を口に出した。
「あの・・・僕等の事もっすけど・・・犬飼くんも、特訓で帰って来てない・・・んすよね?」
 天国の言葉を信じるならば、自分には見えないが、そこには犬飼はいない筈で。
 どういう仕組みでかは知らないが、自分に犬飼が見えないならば、他に聞いてみるしかない。
「え?犬飼くんですか?」
 明快な答えが返って来る事を期待して投げた質問は、更なる疑問しかもたらさなかった。
「ずっと隣で寝てらっしゃいますよ?」
 隣で息を呑む音が聞こえ、素早い動作で天国が部屋の中を確認するのが感じられた。
「・・・何でッ!!」
 小さな悲鳴のような呟きを聞きながら、辰羅川が驚くのも構わず、子津も天国の後に従う。
「・・・っ!」
 そこには、唯一の入り口である筈の扉を通らずに、帰省している犬飼の姿があった。
「・・・、猿野くん!!」
 ぐらっと疲労の蓄積の為か意識を失った猿野の体を抱えて、子津は途方に暮れた。



 そよそよと、開けっぱなしの窓から風が入って来て、ぼんやりと子津は其方に顔を向けた。
『今日は貴方もお休みなさい。猿野くんの付き添いも必要でしょう?』
 辰羅川の一言で、別室にて寝かされた天国の付き添いという形で練習を休まされ、部屋に安置されているソファに少しばかり重い体を預けた。
 天国の顔色は、悪い。
 普段は豪快ないびきをかく事もある天国の寝息が、すー、すー・・・という、か細い小さい呼吸音しかしない。
(・・・いびきかく程の体力も無いんすね・・・)
 森林からは、普段の生活では考えられない涼しさと清涼感を与えてくれて、心地よい。
(・・・猿野くん・・・昨日は体調が良かったみたいっすのに・・・)
 前日の朝、へたりこんでる猿野を見つけて声をかけたが、あの時は呆然としてるだけで、具合が悪そうには見えなかった。
(・・・犬飼くんと・・・何があったんすかね・・・)
 2人の関係は、子津から見れば光の軌跡のように、明らかなのに、当の本人達にすれば、色々あるらしい。
(形が違うんすよね・・・)
 それで猿野も犬飼も悩んでるようで、子津としては、力になってあげたかったけれども、当の本人達がそれを拒んでいるようなので、そっと時間を待つしかできなかった。
(・・・でも、)
 今日の出来事は、今までのものとは違う、と思い、子津は天国の顔をもう一度よく見る。
(猿野くんのあんな顔、初めてみた気がするっす・・・)
 いつでも彼はポジティブだ。
 1番中心にあるものが本当は何なのか、子津にはおよそ見当もつかないが、それでも子津にとっては、猿野天国という人物は強い人間に思えた。
(・・・)
 じっと、天国の顔を見つめ、今日の出来事は一体何だったのだろうか、と頭を悩ませる。
(猿野くんはいないって言って、僕は見えなくて・・・辰羅川くんはずっといたって言ってる・・・)
 誰が正しいのだろうか。
 眉間に深く皺を刻みながら、頭を軽くトントンと叩く。
(僕のは正しいって言えないと思うっすけど・・・)
 果たして犬飼はいたのか、いないのか・・・。
(僕等の前には誰も通らなかったっす・・・。窓から出入りすれば・・・、分からないけど・・・)
 皆が寝ている大部屋への扉は一箇所だけで、窓はあったが、鍵がかかっていたはずだった。
(もっとも確認したわけじゃ無いっすけど・・・・)
 もし、犬飼が窓から出入りしていたとして。
 それならば、寝ていた辰羅川はずっとそこにいた、と思うだろうし、天国のいない発言もちゃんと辻褄が合う。
 それで解決する筈だ。
 ・・・自分の見えないという発言が無いのなら・・・。
(オカシイんすよ・・・、何か・・・何かが・・・)
 見えない、という現象を、普通ならば自分の目の錯覚としか判断しないだろう事実が、ヴァンパイアという生物が本当に存在するのだと言うことを知った今では、唯の目の錯覚として片付けられなかった。
(僕の『見えなかった』は結構重要っすよ・・・)
 深く深く入りこんだ思考が迷路に入りこんだ頃、天国のうめき声で子津は顔をあげた。

「・・・めい・・・」

「?」
 最初は羊の鳴き声かと、本気で思いかけたが、
 ふっと何かが繋がった気がした。
「・・・よく、分からないっすけど・・・」
 一つ発見したことがあった。
 突如の貧血。
「それって僕とよく・・・似てる・・・」
 呟いた声は、すぐに発したものとは思え無いくらいに掻き消え、
 そこには沈黙だけが残った。




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…………………………
確信に迫っているのか、いないのか。まだ3章ですがな。(苦笑)
1年以上も前から書いているのに(ノロノロですが)未だ終わらないのに、時折続きが気になりますというメッセージをいただいたりして、とても嬉しく思っています。
本当に有難うございます♪
ゆっくりですが、前進したいと思っていますので、やはり気長にお付き合いいただけると、嬉しいです♪

水野やおき2005.08.25


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