就寝の時間が近くなっているからか、合宿場の裏手は静まり返っている。 昼間ならば聞こえて来る筈の鳥の囀りも、夜の間は聞くことは出来ず、夏の風物詩といわれる蝉の声も、今夜は死に絶えたかのように、声を絶っている。 「・・・ぁ、・・・ウ・・・」 ねっとりとまとわりつくような熱気はどこ吹く風、肌を晒す風は思わず首を竦めそうなほど冷たい。 それでも、情事の熱は肌をうっすらと覆っていたし、被さる温度は心地良い程暖かい。 子津はぼんやりと、秋や冬のほうが、距離が縮まっていいな、と思った。 それが、肉体だけの距離だとしても。 「キャプ・・・テ・・・」 月の光に照らされた彼の髪は、薄い燐光を放つように柔らかい色を保有していた。 「うしお、さん」 泣きたくなるくらい悲しい絡みあいを、自分は笑って受け止めることしか、出来ない。 それが、先ほどまで怒っていて、突き放したいと思っていたとしても、強いようで弱いこの人を見ていると、それを引っ込めなければならないように思ってしまう。 (・・・ちがう。・・・・そうする事でせめて僕の事を必要だと思ってもらいたいんすね) 無理やり強要されているワケでは無い。 仕方なしの行為では無い。 自分が望むが為に望んでしている事だった。 綺麗な無垢なものは、汚いものを知らない分だけ強くて、汚れもせず、とても強い。 しかし、強い分、とても脆い。 「・・・だいじょうぶ、っす。だいじょうぶ」 ちっとも大丈夫なんかじゃなくても、自分は大丈夫だと微笑んで言う事に慣れている。 子津だって、弱い。 弱い所を決して見せないように、踏ん張って立っていた。 感動して泣く事はあっても、人前で悔し涙なんか、絶対見せてなんかやらない。 共感して泣く事はあっても、自分を哀れんでなんて、絶対泣きたくは無い。 いつでもきっと。大丈夫では無い時だって、自分は大丈夫だって言い聞かせて、立ちあがって来た。 転んでも、置いていかれても。 痛くなんて、無い。 「だいじょうぶ。いたく、なんて ない っす」 そこが買われて傍にいられるなら、それでもいい。 牛尾も良く「大丈夫だよ」とかよく口にする。 同じような事を口にする。 『野球が好き』も『努力は大切』も『きっといつかは報われる』も『貴方が好きです』も。 でもその実、内容は全く違ったりする。 同じセリフでも言う時、雰囲気、声音、言い方、伝える人、一つ一つで、一つ一つ全く違う。 だから、子津と牛尾の言葉に込められた祈りも、実際には違う。 「だいじょうぶ、いつかは、きっと」 そんなもの、むなしい願いだと知っていて、自分はそれを口にする。 「ひとりになんか、したりしないっすから・・・」 例え自分の事を見てくれていないとしても。 「うしお、せんぱい・・・・」 内部を引きずり出すような熱に、喉が大きく仰け反った。 「ね、づ、くん・・・」 曝け出したそれをまるで狙うかのように、唇が寄った。 管牙が突き立てられる。 「んっ」 全身により甘い痺れが走った。 麻薬のように甘いそれが、噛まれた傷から広がっていくのを感じながら、絶頂に身を震わせる。 同時に牛尾の熱も内に感じて、ぐったりと、体を弛緩させた。 「・・・くん・・・」 「え?」 子津は牛尾の声に誘われるように顔を向けた。 (うあ!わわわわわ!!!!) 小さなうめきが聞こえて、猿野は顔を赤くさせた。 犬飼に問われてから、気配を殺し何事かと近づいた先にあったものに、思わず目を逸らす。先ほどまでの激情はうっかり遭遇してしまった微妙な場面に当てられて一時的にだが吹っ飛んでしまった。 (だだだだ、誰かに聞かれちまったとか、リンチか?!とか思ったけど全く違うじゃねーか!!つーかなんでこんな所でっつか、ああああ〜〜〜!もうどこに驚けばいいかわかんね〜〜〜!!!!) 金髪の青年といえば、この場には牛尾しかいない。 そして見間違いでなければ、その下に組み敷かれているのは、子津だ。 (やややや、ヤベ!とにかく見つかる前にー・・・、離れねーと、い、犬飼にー・・・) 同じ光景を見てしまった共犯者に、声をかけるべく、隣にいる犬飼の顔を見て、言葉を失う。 その肌の色は褐色で、変化は分かり難いのだけれど、どうみても、真っ青という表現が似つかわしいくらいに、血の気がひいているのが、分かった。土気色とでもいうのか。 「(お、おいー、犬飼、どうしたんだ)」 慌てて、その肩を掴むと、体は小刻みに震えていて、更に驚く。 「さ、る・・・・」 「(な、なんだ、どっか痛ぇとかか?!)」 「・・・頭が、割れそうだ・・・」 「(ま、マジかよ?!早く保健室に戻って―――、)」 犬飼の掠れるような訴えに対して、小声で対応していた猿野は、見つからないように、犬飼を保健室に連れて行こうと辺りを窺って、声を無くした。 (ア――――) 見よう、と思ったワケでは、無い。 友人のスキャンダル的話しをじっくり見たいと思う程、腐ってはいない。 ただ、視線が流れるようにそこに吸いよせられたのだ。 牛尾の口元から覗く、その管牙に。 それは間違いなく、子津の首筋に突きたてられた。 客観的に見た事は無かった、自分と冥との行為と同様のモノが目の前で起きている。 天国はその口元から、視線を離すことが出来ず、瞳を大きく見開いたまま、吸血が終わるのを見届けた。 (な、んで) 口は開かなかったと思う。 声に出してはいなかったと思う。 しかし、牛尾のやけに澄んだ瞳はゆっくりと天国を捉えた。 一瞬、体が竦む。 まるで、犬飼の瞳に囚われたかのような衝撃が体を襲った。 「・・・・くん――――」 驚いたような声が聞こえて、天国は呪縛から解かれて、小さく後退さった。 「猿野、くん・・・・」 「え?」 子津のぼんやりした声が聞こえて、罪悪感にさっと目を逸らした先に、胎児のように丸くなって苦しんでいる犬飼を見つけて、天国は声をあげた。 「犬飼っ!!!」 next ………………………… ストック切れそう!水野です。 あわわ…実際には続きを半年以上書いてないです。ごめんなさい。 ノロマでごめんなさい。 今回はちょっとアレですみません。 読み返して、恥ずかしかった…!!!(恥) えーと、次回は牛尾さんの過去話がちょっと出てきます。 屑桐さんとの出会いのお話になります。 よければまたお付き合いくださいませ。 水野やおき2006.07.23 [0]back [3]next |