■【Lovers】■ 01

あ〜〜神様、俺なんか悪い事したかも…。


【Lovers】

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普

「…っあ、あー、えーと……」
沈黙が辛い。
イギリスの屋敷は郊外にあって、庭…というか、むしろ森?といえなくも無い立地上にある。
その為、家主が黙り込むと、それはそれは恐ろしいくらいの静寂に包まれてしまうのだった。
…沈黙が辛い。
一旦口を開きかけたプロイセンは何を言うでもなく、少しだけ呻いてから再び口を閉じた。
声をかけられなかったのは、目の前のソファーに座っているイギリスが灰のようになっていて何と言っていいか分からなかったからでもあるし、プロイセン自身ショックから立ち直ってはいないからである。
(…あー、マジ何でこんな事になったんだろうなー…)
奇っ怪すぎるぜー、と、心の中で呟い溜め息を吐くも、事態は一向に進展も後退もしないのだった。プロイセンはともすれば遠くなる意識の中で両手をワキワキさせながら事の発端を思い浮かべる。

「兄貴は明日からイタリアで一週間ほど休暇だ」
「へ?」
ポテトチップ、まじうめー、フリッツ親父最高だぜ!…と、ソファーでポテチをつまみつつ、とある日本製の漫画雑誌を読んでいたプロイセンは間抜けな声を上げて弟であるドイツを見上げて眼を瞬かせた。
今、不思議な単語を聞いたような気がする。
「兄貴は明日からイタリアで休暇だ」
意味を理解していないのに気付いたのだろう、もう一度繰り返された。
「休暇ぁ?」
プロイセンは現在弟の元で自宅警備員という職務(つまりはニート)に励んでいる。国政に口を挟んだりはしないし、公務だってない。なのにどうして『休暇』という単語が出てくるのだろう。
一体どういう事だと弟の顔を見やると「むっ」と小さく唸った弟は少しばかり逡巡してから、彼らしい実直さで白状した。
「その…明日から、フランス・スペインとの三者会談があるのは知っているとは思うが…」
「おー」
なんちゃらショックの煽りを受けて欧州も大変な時期である。それはEUという巨大な枠組みをも脅かしているから、筆頭国であるフランスとドイツ、それから議長国に就任したスペインは以前よりも忙しなさそうに顔を突き合わせていた。それが今更どうしたというのだろうか。…まあ、言われなくともなんとなく見当はつくけどな!
「…緊張感に欠けるという事で上司が兄貴に休暇をやれと…」
「まじかよ。上司も粋な計らいをするじゃねぇか!あいつらのむさ苦しい顔を見ずにイタリアちゃんの所でバカンス出来るなんて一週間といわず1ヶ月くらいあってもいいぐらいだよな!」
「1ヶ月は長すぎるだろう」
「お、なんだヴェスト!やっぱり俺様がいないと寂しいか?!」
ケセセセ!と高笑いすれば、そういう事では無いと律儀に訂正が入ったがとりあえず聞かなかった事にする。一人楽し過ぎるぜー!
かくしてそういった事情でプロイセンは翌日空港に向かったのだが…
「…ストライキ?」
イタリア側で大規模なストライキがあり、空港が閉鎖したらしい。
「マジかよ」
イタリアには陸路でもいけなくはない。けれども少しばかり遠い。
「どーすっかなー」
普段なら悪友であるフランスとスペインの所に遊びに行くのだが、当人達がこれからドイツに来るのでそうはいかない。オーストリアの所で暇を潰すべきだろうか。それも悪くないが、フライパンがしょっちゅう飛んでくるのでいただけない。1日2日程度ならそれも楽しいのだが一週間は少し長すぎる。それに折角上司公認の旅行だ。おこずかいだってあるし、オーストリアじゃ普段の生活範囲過ぎてつまらない。
この一週間を限りなくエンジョイするにはどこがいいだろうか。ロシア?却下。バルト三国も一週間顔を突き合わせる程仲良くもない。
(酒盛りに付き合ってくれねーだろうしなー)
ラトビアはうわばみだと聞いた覚えもあるけれど、1週間もビクブルさせるのは可哀想だ。
消去法でいくつかの国に絞り込まれる。
(…まー、この辺で妥協しとくか)
そうしてプロイセンはイギリス行きの飛行機に乗ったのであった。


呼び鈴が鳴り響くとしばらくして、イギリスが顔を出した。
「よお!俺様が来てやったぜ!」
「…プロイセン?何か用か?」
出て来たイギリスは怪訝そうな顔でこちらを見ている。特別気安い仲では無いから当然の反応だろう。
何か予定あったっけ?と仕事関係のスケジュールを思い浮かべているだろうイギリスがとりあえず家に上げてくれた。その背中を追いながらプロイセンは陽気に口を開く。
「一週間泊めてくれー」
「はぁ?!」
イギリスが勢いよく振り返る。顔には『何言ってんだ、こいつ』といった感情がありありと浮かんでいた。
「いいじゃねーか。お前が仕事の間は勝手に観光してるしよ」
「はぁあ?ちょ、おまっ…なんで俺がお前を泊めなきゃなんねーんだよ。観光ならホテル取れよ」
「いいじゃねーか、お前ん家ゲストルームあんだし、堅ぇことゆーなよ」
「そういう問題じゃねぇだろ。アポも取らずに押しかけといて勝手なこと言うな」
「仕方ねぇだろ。空港つくまではイタリアちゃんとこに行く予定だったんだ」
「あ?」
「上司がよー、フランスとスペインがユーロ通貨対策で集まるの邪魔すんなって休暇と小遣いくれてよ。んでヴェストがそれならイタリアちゃんとこがいいんじゃねーかってイタリア行こうとしたら、空港ストライキだっつー」
「…だからってなんで俺のとこなんだよ。オーストリアのとこでも行けばいいじゃねーか」
立ち話も何なのでイギリスを追い越してリビングのソファーに勝手に座る。イギリスは何か言いたそうな顔をしていたが、とりあえず話しを進めることにしたらしい。どかりと向かいのソファーに座った。茶の用意をしないという事は客人として認められてはいないらしい。
「まーな。でも折角休暇っつー名目もあんだしよー。普段と同じじゃつまんねぇだろ。お前だったら一緒に酒飲めるしよ、ホテル泊まる代わりに浮いた金でビール飲もうぜビール!」
「…………」
「お前んとこも大変だろうけど、ビール飲む暇くらいあんだろ?なんなら俺様特製ホットケーキを作ってやってもいーぜ」
「…………」
ケセセと笑うプロイセンの前でイギリスは小さく頭を抱えている。それからしばらくして、何度か何か言いたそうに口を開いたり閉じたりしていたが、ようやく「…どうしてもって言うなら」と呟いたので「ダンケ」と返したのだった。
それから、とりあえず紅茶を飲み、夕食はカレー(レトルト)をとる事になった。その後は酒盛りだ。奴の家にあるエールやウィスキーを飲みながら弟談義に花を咲かせ、そこそこ小競り合いもしながら(主にどちらの弟の方が可愛いかったとかで言いあいになったが、カナダはいい奴だよな、メイプル旨いし、という事で決着がついた)愉快な時間を過ごした。
そこまでは、予定と違う事もあったが楽しい旅行の幕開けと言っても差し支えは無かったのだ。
しかし転機は訪れた。訪れてしまったと言うべきだろうか。
宵も深まった頃、イギリスが途中で小さく呻いた。
プロイセンはアメリカの事を思い出したイギリスが泣きのスイッチを入れたのかと思ったのだが、どうも違うらしい。
「どーしたよ」
「…いや、なんでもねぇ」
「ふーん?やっぱりリーマンなんとかの影響あんのか?」
「…よく見てんな。」
お前本当は俺の体調探りに来たんじゃねーのかよ、とイギリスは皮肉を言って(イギリスの体調なんて彼自身を見に来なくとも、株価を見るとか、フランスに聞く方が早いに決まっている)それからちょっとな、と呟いた。
「最近、ちょっと心臓…つか胸の辺りがおかしくてよ。時々なんだがズキズキするっつーか、もやもやするっつーか…」
言いながらも、そんなに体調は悪くなさそうだ。世界が広がってから、経済は一蓮托生な所がある。他国の余波で熱を出さない代わりに、そういう事もあるのかもしれない。それか、俺様さえぶっ倒れるほどの生物兵器である彼自身の料理の影響か。
しかしいずれにしても深刻そうには見えなかったので、プロイセンはニヨリと笑いながら、弱点みっけ!と笑い飛ばす為、おふざけを決行した。
「ケセセセ…ぇ、え?えーと、あれ?こ…この感じは確か…っておおおお?!」
ふよふよとした感触は今まで明らかに存在しなかった感触である。…と、いうか、イギリスは揉まれたからといって甘い声を上げるべきでは無いだろう。さすが世界のエロ大使。って違う。そうじゃねー!
「…おっ、おまっ…お前、これ…」
「ふぁっ…ぁ、ふざけんんっ…ちょっ、待てこらぁ、お前、いつまで…ぁっ…んっ…んんんん?!なんだこりゃあ!!!!」
ぎゃああああ!
自身の体に突如として生えたものに仰天したイギリスから悲鳴が上がる。なんつー声だと、ようやく素晴らしい感触のふよふよから手を離したプロイセンは両手で耳を塞いだ。
「どーしたの、イギリスっ!」
ぱっとファンタジーな生き物が空間にいきなり現れた。しかも次々となんだか小さい者達が集まってくるではないか。
プロイセンは絶句して目の前の一番有り得ない人物を凝視した。変化は胸に留まらず、身長と髪にまで及んでいるではないか。
「おっ、おっ、お前ら…」
「あらまあ、大変!魔法が解けちゃったわ!」
「あら、本当。もう少しは保つはずじゃなくって?」
「どーしてかは分からんが、何かに根こそぎ持っていかれたようじゃのう」
「まあ、どうしましょ。耐性がついててもう魔法をかけられないわ」
「どうしましょ」
「どうしましょ」
「いいじゃない。イギリスもそろそろ女の子に戻るべきよ」
「そうかしら」
「そうかしら」
「そうじゃのう。どちらにせよ、もう限界じゃったしのぅ」
(なんだ俺様、夢でも見てんのか?)
「…それって…」
茫然自失としたままイギリスが口を開く。すると周りの小さな人々は口を揃えて宣言した。
「イギリスは女の子だったのよ!」


そうして現在に至る…という事である。
目の前の一回り小さくなったイギリスと思われる少女はぐったりとうなだれたまま顔を上げない。
あまりにもいたたまれ無い雰囲気に、プロイセンも口を開く事が出来ない状況だ。
さりとて、ずっとこのままで…というワケにもいかないだろう。
プロイセンはイギリスの隣に移動すると、バンバンと背中を叩きケセセと笑った。
「ま、まぁ!命に別状があるわけじゃねーんだから良かったじゃねーか!ハンガリーの時だってなんだかんだいって普通に受け入れられたんだしよ!そんな気にすることねーよ!」
なっ!とバシバシやっていると、漸くイギリスが顔を上げた。
「ばかぁ!そういう問題じゃねーよっ!!男と思って生きてきたのと、実際に男だった俺が女になるのじゃワケが違うだろ!つーか、心の準備も出来てねーよ!本当どうすんだばかぁ!お前のせいだぞ!」
「なっ、なんで俺様のせいなんだよ!」
「お前が俺に掛かってた魔力持っていっちまったんじゃねーか!もーお前も一緒に女になれバカぁ!」
「意味が分からねーよ!」
「あら、本当。この人に魔力が移ってるわ」
「本当」
「本当ね。この人には何の影響も無いみたいだけど」
「そうね。女の子にするのも無理みたいね」
「そうね。効かないわ」
「効かないわ」
イギリスがうんともすんとも言わなくなると姿を消していったファンタジーな生き物が帰ってきた。かと思ったら、なんだか物騒な会話をし始めて内心勘弁してくれ、と思う。
「お、お前らぁ…なんでこんな魔法かけたんだよ…」
「イギリスを守る為よ」
「小さな頃沢山狙われたものね」
「男の子だったら少しはマシだもの」
「フランスに連れていかれちゃった事もあるけどね」
「イギリスと離れ離れになるのは嫌だわ」
「私もよ」
「私もよ」
鈴なりのように声が弾けていく。イギリスは感動してもいいのか分からないといったような顔をしている。
(確かに複雑だよなあ…)
気持ちは有り難いが勝手に性別を変えられても困るだろう。しかもそれを事前に教えてくれるなら兎も角、千年の単位で保って来た性別が変わるなんてショック過ぎる。俺様でさえ三日三晩は寝込みそうだ。
「…なぁ…これ、少しの間だけでもどうにかなんねーのかよ…」
「ごめんなさいイギリス、もう無理よ」
「そうね。殆どこっちの人が持っていっちゃったもの」
「あら、でも、この人の中には私たちの魔法が残っているのよね。どうにかならないかしら」
「そうね…」
「ほんの少しでもいいんだ。せめて来週の欧州会議の間だけでもいい」
「それくらいなら…」
「それくらいなら…」
「本当か!」
じっと沢山の目が集まって、じりっと後退る。
(俺様マジ生け贄とかにされそうな雰囲気じゃねーか?)
なんか怖い。とても嫌な予感がする。
「でももう移せないわ。無理に移動しようとしたら壊れちゃう」
「そうね。でも手を繋いでる間だけなら少しずつ消費できるわ」
「そうね。手を繋げばいいんだわ。でも急には無理ね。慣らさないと」
「そうね。イギリスの中に残っている残滓もきちんと還元しないと反発しちゃうわ。訓練が必要ね」
「そうね。訓練が必要だわ」
「訓練?どういう事だ?」
着々と進んでいく会話にイギリスが小首を傾げている。少しばかり小さくなって見た目も変わっているが、特長的な眉毛は健在で困ったように八の字に下げられている。プロイセンはそれを見つつじりじりと後退した。
こんな顔をしていたって、やる時は非常にえげつなくやる男だ。…いや、今は女か…。まあどちらでもいい。とにかく嫌な予感がする。そして大抵当たるものだと今までの経験から学んでいる。プロインセンは堪らず逃げ道を探した。
その間にも彼らの話は進んでいく。
「イギリスの中に微かに残ってる魔法を全部この人に吸い取って貰うのよ」
「変容しちゃった魔力の形を合わせてイギリスに戻さなきゃ効かないわ」
「…つまり?」
「胸を揉んで貰えばいいのよ」
「キスをすればいいのよね」
「つまりエッチすればいいんだわ」
「でも一週間もあれば大丈夫よ!」
「「……………」」
俺様ジーザス。
「あ、あーイギリス。俺様、そろそろ帰…」
「…待て、プロイセン。」
「…無理!無理だろ!どう考えても!なんでお前平気なんだよ!」
「無理じゃねぇよ!お前だって一度や二度は突っ込まれた事あんだろ?同じようなもんじゃねーか! 」
「ねーよ!あってたまるか!!」
どさりと押し倒されて暴れるも、人体のどこをどうすれば反撃を抑えられるかを熟知している元大英帝国様には通用しない。っていうか、復活早すぎるだろ!
「そうなのか?幸せな奴だな。フランス…は置いておくとして、スペインとかオーストリアも普通にあんだろ。…ドイツもあるんじゃねーのか?」
「ねーよ!」
「いや、スペインとオーストリアは確実だ」
「…………」
なんか嫌な想像しちまった…。
プロイセンがげんなりした顔を見せるのにも頓着せず、イギリスはヤル気満々に体重をかけて来る。
「まあ、ドイツについては言及しないでおくとして、…そういう事だ。自国民だと早々殴り倒すワケにもいかないからなぁ…アメリカとカナダ守る為にもかなりヤったし」
(…おいおいマジかよ…)
「まぁ、こうなったら仕方ねぇよ。つーかお前は別に突っ込まれるワケじゃねーんだ。協力しろよ」
「嫌だ!」
はっきりキッパリと断ると「あぁ?」とドス黒い笑顔で笑われてしまった。恐ろしい。さすが元ヤン。しかしプロイセンとて幾つもの修羅場をくぐりぬけて来た猛者である。そう簡単に折れてたまるか。
「マジで無理!!俺様にだって選ぶ権利はある!!」
「何言ってんだよ、お前に選択権なんてあるわけねーだろ?」
あくどい顔で宣言されて、横暴だ!と叫ぼうと思ったが、それよりイギリスの手癖の方が早かったようだ。するりと股間を撫でられて、息を詰める。
それを見てイギリスがにやりと笑う。
生理現象だ、仕方ねーじゃねーか、このやろう…
涙目で睨み上げたら、息子様を人質?にとったイギリスの顔が迫って来て、プロイセンの唇を奪っていった。


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