■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 02

少し眠った方がいいです、と竜崎に薦められた。
感情の全てを口にした事で少し落ち着いた月は、頷くとその場で少し横になった。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#2


「いや〜よく寝てますねー。最近竜崎みたいになってたんで、どうしようかと思ってたんです」
「…どういう意味ですか、松田さん」
頭上から抑えた声が降ってくるのを捉えて、ふと意識が浮上した。
「あはは、言葉の綾ですよ〜。もう、竜崎ったら!あ、そうだ。ほら、竜崎も寝ないと!月くんはよく寝てるから寝袋に移してもきっと大丈夫ですよ、起きないです」
松田がわざとらしく話題を変えて、竜崎が「まあ、いいでしょう」と呟くのが聞こえた。
「…しかし、松田さん一人で月くんを移動できますか?」
「え?それは流石に無理でしょー。竜崎も手伝ってくれないと」
「…今は、無理です」
「え?どうしてですか?」
「…足が痺れたので…」
ひそひそと密談が交わされる。どうやらあのまま寝入ってしまったらしい。久しぶりに睡眠に落ちると、頭がガンガンと割れそうに響いた。意識が浮上しようと揺蕩うが覚醒しきらない。それでぼんやりと会話を盗み聞くハメになった。
「え、ああ!そういえば、竜崎が足を下ろしてるの、初めて見ました。膝枕って確かに足が痺れそうですよねー」
…膝枕?
「足、触ってみてもいいですか?」
「殺しますよ…まあ何も感じませんけど」
…膝、枕?
…誰の?
「冗談ですって!目が怖いですよ〜竜崎ってば!でも、いいなあ。世界のLの膝枕って宝くじに当たるよりも貴重ですよねー」
…竜崎の?
………竜崎の??
そういえば、僕は…
「ぅ…」
「…あ、月くん起きましたか?だったら…」
「うああああああー//////」
一気に思考が覚醒して、月は竜崎の言葉を遮ると、飛び起きた。

「月くんて、案外シャイなんだね」
「……。」
「そんなに照れることないよ。膝枕って男の夢だよね!」
「……。」
「まあ、可愛い女の子にしてもらうのが一番だけどさ。月くんはやっぱりミサミサとかにも膝枕とかしてもらったの?」
ドキドキ、ワクワク、といった表現が適切だろうか。
跳ね起きて数十分後、足の痺れから開放された竜崎は月を置いてさっさと眠りに落ちた。
月といえば、あまりの恥ずかしさに再び「じゃあ僕ももう少し寝ます」と言うことも出来ずに、膝に顔を伏せたままだんまりを決め込んでいた。
気のない相手になら、いい。
気のない相手になら、今まで身につけた処世術でいくらだって軽く流すことが出来るが、これだけ心を奪われ、散々みっともないところを見られた相手に対して、そんな態度はとれなかった。二人きりの時ならば、ともかく。
(ああもう、膝枕なんて頼むんじゃなかった…!)
竜崎に行き場の無い思いを吐露して、心が少し軽くなった。けれど、眠れそうというほどでもなく、眠ってしまえない自信があった。でも竜崎の傍でならまどろむことができるかもしれないと、渋る竜崎の膝を借りたのだが…。
(この間はワタリさんに…今日は松田さんに…)
顔から火が出そうな、とはこのことだ。
推理力が落ちるからと、極力足を下ろそうとしない竜崎の膝上を占領している姿を見られるなんて、不覚中の不覚。
(…竜崎も起こしてくれればいいのに…。いや、いつもの傍若無人さで膝の上から突き落としてくれれば…)
あの竜崎が月のことを気にかけて、その膝が痺れても月を寝かしつけてくれたというのが、酷く痛い。…嬉しいのと恥ずかしいので、痛すぎる。
(…少し借りるだけだったはずなのに…。)
「ねえねえ、月くんてば」
松田、うざい。
少しだけだがぐっすりと眠れたお陰で、悪態をつく余裕が出て来た月は、心の中でチッと舌打ちしてから、ふと思いついて顔を上げた。
「…そういえば、ミサは?」
「…ミサミサはハリウッドで仕事をしてたからよく知らないんだ、ごめんね」
「…いえ。そういう意味じゃないので気にしないでください…」
話を変えると松田がころっとついて来る。いつまでも騙されやすい人だよな、などと思いながら、心底申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝る松田に首を振った。撃たれた記憶はあっても、今は憎むことができなかった。
むしろ、月が憎まれて当然だ。松田は騙されやすいし、流されやすいが、悪い人ではない。時に無神経な言葉も使うが、基本的にはバカがつくほどお人よしだ。きっと月が死んだ後も好意を持っていた相手を感情に任せて撃っただけではなく、危うく殺しかけたことに悩んだはずだ。物事をすぐに忘れてしまう松田が、ずっとずっと悩んだに違いない。その記憶は今の松田にはないだろうけど。
「松田さん…すみません…」
「…え?!なになに?僕はミサミサのこと可愛いとは思ってたけど、本気じゃなかったよ?」
「…いえ、そうじゃなくて…」
「あ、もしかして粧裕ちゃんを探したら、今度はミサミサ探しに行くって話?いいよ、いいよ。僕でよければ、一緒にいくよ!」
「…ええと、松田さん。そうじゃなくてですね…。ご好意は嬉しいんですが、僕はミサを探しにはいきません。」
「え、なんで?ミサミサ喜ぶよ?なんで?…あ、もう、好きじゃなくなっちゃったの?」
いちいち話を確信にもって行けなくて、うんざりする思いが先に立つ。キラであった時ならこのバカがと思いもしただろうし、ノートを拾う前ならば望ましい会話など諦めていたに違いない。それをぐっと我慢して多少の寄り道もいいかと口を開いた。
「…もう、というか、最初からミサのことは好きじゃなかったんです。嫌いではなかったですけど…」
「え?!そうなの?だって…」
「松田さん。」
松田の驚きの声に、月は人差し指を立てて声を落すように示す。今ので竜崎が起きたかと危ぶんだが、よく考えたらそもそも最初から寝ているかどうかも怪しい。
「僕は松田さんや皆さんを色々と騙していたんです…。…すみません」
「え?!え?!どういうこと???」
「松田さん、声」
松田が目を白黒させて考え込んでいる。月がキラであるということを伝えたかったわけではないので、そこで会話を終了させると、「それに」と付け足した。
「…僕は竜崎が好きなので…」
「えええええええー!?」
松田の絶叫に、キレた竜崎が「松田うるさい」と脅しをかけた。


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