■【らぶラブらぶ】■ 02

住み込み、という事なので以前の家政婦が使っていたという部屋を割り当てられる事になった。
キッチンのすぐ横の一階である。
ルートヴィッヒやギルベルト、殆ど帰ってくる事の出来ないこの家の主の寝室は二階である。彼らと寝室が離れていて、家事の同線が近いというのはアーサーにとって行幸といえた。
乾燥機があるから下着を外に干すことはしなくていいが、洗濯物には細心の注意を払うべきである。人目につく可能性がなければない程いい。
「しかしカークランドのお坊っちゃんに家事やらせていーのかよ」
いいのか、と言っている割にはケセセと楽しそうに笑われて、アーサーはひょいと眉を上げた。見遣れば隣に立つ男はにやにやと口角を上げて興味深そうにこちらの様子を窺っている。
からかうような態度だが、特に不愉快な気分にはならなかった。それは好奇心旺盛といった雰囲気が醸し出されているのと、普段から誰に対してもこうだからと知っているからだ。騒がしいのでよく目につくし、腐れ縁であるフランシスの悪友である。それまで一緒のクラスになった事はなかったが、一応面識はあった。
関係性でいうと知り合い以上、友達未満。
アーサーの評判を気にするでも無く、「よっ!」と気軽に声をかけてくる男だから、鼻もちならないという感情が産まれないのだろうな、と思いながら口を開いた。
「まあ、うちは母親が徹底して自分の事は自分でって方針だったからな。今までずっとやって来たし、今更何でもねーよ」
「ふーん。使用人仕事なくて大変なんじゃねーの」
「まあ、お前ん所と同じで、『いる』事が重要ってのはあるからな。面子の問題っつーか。…それに親父とか兄貴達は家事とか一切できねぇから仕事がねーってことは無いな」
そんな人間が経営者だから、家庭科なんぞウチの学園のカリキュラムには一切ない。女子部の方はお飾り程度にあるみたいだが、こっちには関係ない話である。
「あー、そりゃそっか」
納得した風なギルベルトから家の間取りや必要品などの説明を受けながら歩いてまわる。
そんなに大きな家ではないが、細部まで確認していれば結構な時間がかかった。
アーサーはその一つ一つを頭に留めながら感心して言った。
「しかしまあ綺麗にしてあるな。男やもめとは思えねえよ。本当に家政婦なんざ必要ないんじゃねえのか?」
実質二人で暮らして数カ月経つんだろ?と聞けば「だからいらねーんだって」と苦笑が返って来た。
「俺様もルッツも小学校までは普通の学校行ってたし、家政婦の婆さんもマジで自分の婆さんみたいな存在だったから、婆ちゃんっ子っつーか、家事手伝うのなんて特別な事じゃなかったんだよな。俺様の周りにいる奴はともかく、学校のやつらにこんなこと言ったらバカにされるだけだろうけど、家事は得意だぜ?」
「確かにこんな特技はバカにされるのが落ちだろうが…。…まあ、いいことなんじゃねーの」
『家事が得意』とアーサーが言えば、褒めそやす人間は多いだろう。だが、おそらく親父も含めた学園の人間の大半は、家事なんてのは使用人や庶民のするものだと思ってはばからない。腹の中で何を思っているかなんて想像がつくってものだ。
だけど、アーサーは自分の手でする日常の些細な事が嫌いではない。だからそう言えば、ニカッっとギルベルトが笑った。
「まさかカークランドのお坊っちゃんに『分かる』って言われるとは思わなかったぜ!」
「それは偏見だぞ、と言いたいところだが、事実だな」
実際アーサーもこんな事情がなければ、周りと同じな思考になっていただろう事は容易に想像がつく。
「そういえばフランシスも変わってるよな。アイツの作る菓子は天下一品!」
フランシスの菓子を持ち上げられて、アーサーは苦笑した。遠縁の幼馴染。腐れ縁と呼んでいるフランシスの所業は近くで見ていたので、そのどうしようもなさは良く知っていた。
「あー、あいつのアレはなぁ。メイドの気ぃ引く為のもんだからな…」
「ああ、悪戯するよりも仕事手伝った方が効率がいいっつってたか」
「動機が不純だ」
「でも、それだけであの腕にはならねーだろ」
確かにそれだけであの腕前にはならないかもしれない、と渋いながらも認めて頷く。フランシスは鼻もちならない相手だが、時々せしめる奴の菓子だけはアーサーも好きだ。そのフランシスと同じくらいの腕前かと問われてアーサーはこてんと首を傾げた。
「…そうだな…認めるのはしゃくだがやっぱアイツの方が上手いんじゃねーか?家事全般が出来るとは言ったが、料理はあんまりしたことねーし」
「…おい。家事の中で一番大事なところじゃねーか…」
「いや、でも菓子はよく作る方だし、失敗した事もねえし。レシピ見ながらやりゃ大概作れると思うぞ?」
「……大丈夫かよ……」
「大丈夫だろ。レシピ見ながら作ってそんな変なもんは出来やしねーよ。まあ、そのぶん融通が利かねーとは思うけど、暫くは我慢しろよな」
「まー、そうだけどよー」
言いながら部屋を回る。一階は終わって寝室が主な二階の探索に入った。
ガチャ、とギルベルトが彼の自室を開けると、ちょっとごちゃっとした物の多い部屋が視界に飛び込んでくる。
「んで、ここが俺様の部屋な。基本掃除は自分でやってっけど、部屋に入られて不味いもんは置いてねーから普通に入ってくれて構わないぜ。婆さんいる時も自室の掃除は自分でって感じだったから、リネンも自分で替えてたんだけど、面倒だからあんまやってねーんだ。けど、気になるようだったら替えてくれてかまわねーからな」
「OK、どのくらいの割合で替えてる?」
謎のパンダが2体も鎮座しているのを呆れた顔で眺めながら聞く。
「一、二カ月に一回?」
「…一週間に一回交換させろ」
「やってくれる分にはかまわねーぜ」
ケセセと笑ってからギルベルトは「あ」と呟くとおもむろにベッドの下に手を伸ばした。何だと思いつつ背後から見下ろしていると、ずるっと奥に隠してあった物を引っ張りだしてこちらを振り返った。にやりと笑う。
「エロ本は分かりやすくここに置いてあっから」
成程、家政婦が思春期の子供の部屋を掃除しない理由はこの辺にあったのだろう。性別なんぞ関係ない年齢になっているとはいえ、あまり見たい物でも見られたい類のものではない。
そんな風に納得しながら「あー、この女いい乳してんなー」と呟くと、ギルベルトは嬉しそうに「だろだろ!」と返して来た。
「な、お前何か持って来たか?秘蔵ものとかあったら貸せよ」
「他人の家に来るのにわざわざエロ本持参する奴があるか」
苦笑して否定するとギルベルトは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「まー、普段お高く止まった生徒会長がエロ本読むってだけでも収穫か」
「なんの収穫だよ」
お高く止まって見えたのか?と思い返せば、確かにそう取られかねない態度ばかりだったような気がした。何しろ入学してからずっと生徒会長だの学級委員長だのをやって来たし、学園理事の孫である。人間関係も疎遠だ。
「つーか、フランシスが何か言ってねーのかよ。アイツ人の事をエロ眉毛とかってしょっちゅー言ってんだぜ?」
(メシマズとか貧相だとかよくも言ってくれるもんだぜ)
まあ、アーサーもハゲだのヒゲだの罵っているのが当たり前の関係になっているのでお互い様ではあるのだが。
「まー、時々な。でも今のは初耳だぜ。よくつるんじゃいるけど、休み時間ってそんなに長くねーだろ?あいつ大抵昨日の女はどーだったとかそーゆー話ししかしてねーし。まあ、学園の女子の話しはあんましてくんねーけど」
「学生間の不純異性交遊は禁止の筈だが?」
ニヤリと笑うと、ギルベルトは一瞬しまった、という顔をしてから「フランシスの話しだからな!」と念を押した。アーサーが冷酷無比な会長と名高い事を思いだしたらしい。家でエロ本を読むくらいなら健全な活動範囲だが、不純異性交遊は見逃せない。特に名家の子女が集まる場である。妊娠、なんて事になったら学園の評判が落ちてしまう。
「フランシスの罪状を2,3話す事で手を打とう」
とりあえず、フランシスの弱みなら握っておくべきである。お互い弱みは見せないようにしているから中々尻尾は掴めないが、握っておくと便利なものなのだ。
「ちょっと待て!今のお前、俺様が校則違反やってんの前提で言ってるだろ!だから俺の話しじゃねーっての!俺は潔白だ!!」
「フランシスの事を庇うなら、まずはお前の身辺に探りをいれようか?」
ニヤニヤ笑って言うと、ギルベルトはやってみろよ!と大見栄を切った。
「何一つ見つかりゃしねーからよ!」
「…ふーん。そんなに自信があるのかよ。もしかして童貞とかいうオチか?」
「………ッ!!!!!」
カッと赤くなった頬を見てアーサーは噴き出した。ギルベルトは「なっ、なんだよ!」と唾を飛ばす。
「校則違反じゃねーってだけの話しだろ!!学則守ってるだけじゃねーか!」
なおもクツクツ笑っていると赤い顔をしたまま「お前はどうなんだよ!」と怒鳴られたので、笑いながら何と返事をしたものか考えた。
「…俺が喋らなきゃなんねー必要がどこにある?」
「ははーん!そんな事を言ってお前も童貞なんだろ!そうなんだろ!」
ムキになって食いさがってくるのが面白くてアーサーは答えた。
「まあ、童貞ではないけどな」
くすりと笑うと、悔しそうな顔をされた。「いつ、どこで、誰と!」と矢継ぎ早に質問を浴びせかけられたが、それにはノーコメントを貫く。
「見栄張ってるだけだろ!」とか「お前自分が校則違反やってんじゃねーか!」とかがくがく揺さぶられながら突っかかってくるギルベルトに「事実だ」「『学生間』が禁止なだけだろ」と返すと壮絶な顔をして落ち込んだので、アーサーは喉の鳴らした。
「ったく、そんなにそんなに気にする事かよ」
両手を腰に手を当てて、してしゃがみ込んでいるギルベルトを見下ろせば「余裕ぶりやがって…!」と潤んだ目を向けられて苦笑した。それが癇に障ったらしくジロリと睨みつけられて、肩を竦めた。ちょっとかわかい過ぎたのかもしれない。
しかし、社交用ならともかくまともに友人のいないアーサーである。どうフォローすればいいのか分からずに「早く次を案内しろよ」と話題を変える事で手を打つと、ギルベルトは盛大に唇を尖らせて「俺様の方が格好いいのに」とか「チビなのに」とか「眉毛なのに」などとブツブツいいながら立ちあがった。しかしチビと眉毛は見過ごせずに軽くローキックをお見舞いしてやった。
「くっそー、いつかお前の弱点を暴いてやる」
「ふんっ。出来るもんならな。因みに荷物の中にエロ本は入ってねーし、基本弱みになるもんなんて持ってこねーから荷物を漁るのは無駄だぞ」
「…まあ、あんなに少ない荷物じゃなあ。つかあんだけで足りるのかよ」
涼しい顔で嘘を吐く。本当は荷物なんざ見られれば一環の終わりである。しかし疚しいことがある所で疚しいですという顔をするわけにはいかない。さらっと釘をさしておけば、ギルベルトは先程までの落ち込みようはどこにいったのかあっさり納得して不思議そうに聞いて来たので乗っておく。
「基本的にあんまり物持つ方じゃねーからなー。最低限あればいい」
私服は決まってズボンとシャツ、ブレザーにベストとあまり学校にいる時と変わらない。しかも夏場も長袖を着用するので、更に物は少なくなる。体育もほぼ病弱でという理由で見学ばかりしているから、暑苦しい格好をしていてもそんなに不思議には思われないので便利である。
「ふーん。俺様とは正反対だな。ルッツに物増やすなって言われるし」
「確かに全体的にごちゃっとした部屋だったよな。謎のパンダとかいるし。あれお前の趣味かよ」
実に怪しげなパンダが鎮座していた事を思いだして(しかも二体も!)突っ込むと、ギルベルトは唇を尖らせた。
「いや、あれはだな、持ってると幸せになれるっつーんだぜ!」
「おいお前大丈夫かよ!変な宗教とか引っかかんなよ?」
あんなパンダで幸せになれたらこの世から全ての憎しみは消え去っている筈である。呆れてギルベルトを眺める。前々から『俺様』とか子供っぽい事をいう男だとは思っていたし、今着ているものも全体的に中二病くさいと思ってはいたが、こんな男がバイルシュミットの長男坊で大丈夫かと、ちょっと心配してしまった。
(…道理で弟がしっかりしてるワケだよ)
2つ年下であるのにルートヴィッヒの方が落ち着いて見えるのはこいつの所為か。
溜息をつきながらルートヴィッヒの部屋に入るとプロイセンが早速エロ本の在り処を教えてくれた。弟をも巻き込もうという根性が凄いとアーサーは思う。
(兄貴なら弟のプライベートくらいそっとしておいてやれよ)
と、思いつつどれどれと拝見してしまうのは長いこと生徒会長だの委員長だの取り締まる側にいたからなのかもしれない。
「へーアイツSなのか」
緊縛モノなどアブノーマルな雑誌を数冊発見してちょっとびっくりする。何かストレスでも抱えているのだろうか、主にこの兄に対して。
(まあ弟の性癖を俺に晒すくらいだからな)
今日だって『面白そう』の一言でアーサーの事を隠しておくほどである。何かと思う所があるのだろう。
(ってゆーか、二年だったら生徒会でこき使ってやったのになー)
融通は利かなさそうだが、優秀だ。何しろ今年の一年総代である。事実成績もギルベルトと違って常に3位内にいる。部活にも精を出しているし、中々有望な人物であるといえよう。
ルートヴィッヒの部屋を確認して、後は主人の簡素な部屋を確認すると、アーサーは早速夕飯の準備に取りかかった。


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