■【Lovers】■ 03

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英

(…あー、マジあり得ねぇ…)
イギリスは執務室で頭を抱えたまま、唸り声を上げた。
現在はプロイセンが泊まりに来た日の翌日の午後である。
妖精さんの言う通り、セックスをした後、しばらくして手を握れば、一時的に男に戻る事が出来たので、それを利用して上司には報告を済ませた。
女王は面白がって、首相は眉間に皺を寄せ、側近は国ならばそういう事もあるのかもしれませんねと素直に受け入れた。
諸所の問題はあるが、取りあえず国内に異変は無いので、様子を見る事で合致したし、次回の会議はプロイセンと手を繋いだままとか変な形になるが、一応男のままでかわす事で纏まった。取りあえずは手を離せない呪いだとかで乗り切れるだろう。
だからイギリスが頭を抱える問題はそこでは無いのだ。
(…惚れたかも…とか、マジねぇだろ!!)
思いだすだけで涙目になってしまう。
今まで無い程に感じたのは、そもそも感度は悪く無いのに魔法という皮が掛かったまま開発しまくったせいである。プロイセンだから特別気持ち良かった、というワケでは無い事は理解しているし、有り得ないほど気持ち良かったから惚れたとか流石にそれは無い。エロい事は好きだが、流石にそれは無い。
ただ、撫でられた手にドキリとしてしまっただけである。
(…いや、ねぇだろ。それもねぇだろ…)
どれだけお手軽なんだ、と突っ込みを入れてはため息を吐く。
(でも初めてだったんだよな…)
体だけの関係の相手はフェラチオの最中に頭を撫でてくれる事はあっても、終わった後に抱き締めて労ってくれる事は無かった。憎まれ口を叩いて可愛くないと言われた事はあってもそれでもいいと笑顔で肯定された事もなければ、ぐちゃぐちゃのドロドロにされた挙げ句、抱き枕にされて朝を迎えた事も無かった。
(涎垂らした寝顔が可愛いとか思ってなんて無いんだからな!)
…重症である。
(あーもー!どーすりゃいいんだよ!)
どんな顔をして帰ればいいのか分からない。因みに現在プロイセンはロンドンを気侭に散策中である。
恥ずかしくて赤面するのを止められない。プライベートで感情を制御するのは苦手だった。
だが、仕事中の今でさえ感情をコントロールする事が出来ないでいる。
それは未だに疼く体を持て余しているせいでもある。
(…あと二、三回もしなきゃダメとかマジ無理だ…)
肉欲に溺れて死ぬ。
もうこうなったら、女のまま参加して会議をダメにしてしまおうか…という考えが頭に過ぎる。しかし、今回は言いたい事があってそんな案は実行出来ない。自分がどうなろうが、腹を括るしか無いのだった。

「…た、ただいま…」
「よー。お疲れ」
小さく声をかけながら自分の屋敷に戻るとリビングから快活な返事が聞こえて反射的に叫ぶ。
「いっ今のは妖精さんに言っただけでお前に言ったワケじゃ無いんだからな!」
「マジかよ」
「…う」
今までに無い切り返しである。フランスならば「可哀想な眉毛だな」とか言うだろうし、日本なら「そうですか」と流すだろうし(そもそもきっちりアポイトメントを取ってくる日本を置いて外出した事などないが。)、アメリカなら「君は人には挨拶だ身なりだって言う癖に…」云々言ってくるだろう。だからイギリスは怒ったり、謝ったり、昔は…と反発するのが関の山で、こういった場合、どう対処すればいいのか検討がつかず、眉間に皺を寄せた。
カナダの時のようにすんなり受け入れられればいいのだが、もう既に反論してしまった後である。
「…う、その…ただいま…」
「おう。メシ出来てんぞ」
「…ああ」
仕方が無いのでぼそぼそと挨拶を仕切り直すとさらりと流され期待に胸が高鳴った。イギリスとて何も好きこのんでいつも怒鳴っているのでは無い。本来は妖精さんと過ごすように静かに穏やかに過ごしたいのである。
しかし、プロイセンとはこんな人格だったろうか?オーストリアやハンガリー、フランスなどと一緒にいる所からではちょっと想像がつきにくい姿ではある。
(…どっちかっつーとドイツと一緒にいる時のプロイセンに近いか?)
まあ、イギリスとてフランスに対する態度と日本に対する態度、アメリカに対する態度とカナダに対する態度では全く違うので、そういう事なのかもしれなかった。
とどのつまりは、穏やかに過ごせれば何でもいいのである。
「…お、俺も手伝う」
人ん家のキッチンを我が物顔で占領する男に申し出る。プロイセンはひょいっと片眉を上げてから「んならスープ温めなおしてくれ」と言って来たので張り切って頷く。温めなおすくらいワケないに決まっている。そしていつか、エイプリルフールのリベンジをするのだ。
イギリスは意気込んで鍋に火をつけ、隣でソーセージを焼くプロイセンに意識を向ける。キッチンで誰かと隣あって料理するなんて(温めなおしているだけだが)いつぶりだろうか。
アメリカやカナダが小さかった頃なので、軽く数百年ぶりだ。
機会がありそうなのは日本とカナダなのだが、日本はいつも下拵えを完璧にやってのけていて「イギリスさんとお話出来るのが楽しみで張り切って前日に用意を済ませているんですよ」と言われるのでどうにも手の出しようが無い。楽しみだと言ってくれるのは嬉しいが、少しばかり残念である。
カナダとは英連邦の複数人で会う事の方が多くて、夕食を二人きりで過ごす事自体が稀…というか無いのだった。自然、台所が定員オーバーになる。
そんなワケで軽く感動しながら、隣の気配を伺う。鼻歌なんぞを歌いながら炒める手付きは軽快なものだ。
(お、俺ん家の朝飯は凄いんだからな!)
プロイセンがイギリスを抱き枕にしたまま爆睡したので、今朝は食いっぱぐれたが…。
そうだ、明日は作ってやろう、と決意する。以前は張り切って作り慣れていないものも作ったから失敗したのであって、流石に毎日食べている朝食ならば大丈夫だろう。
しかし、今朝みたいな展開になったら、頑張れる自身が無い。体は怠いし、体温は心地よいし、抱き締める腕は力強いしで抜け出せる気がしない。

そこまで回想して、ぼっと顔が赤くなってしまった。たかが抱き締められたくらい、しかも抱き枕にされたくらい、一体何だと言うのだ。こちとら場数を踏んだエロ大使(勿論認めてはいないが)である。そんな事でほだされてはいけない。
「…いてっ!」
そこまで妄想した所で、頭頂部に痛みが走って我に返った。
「何しやがる!」
「…鍋が吹いてるつってんだろーが」
プロイセンはチョップをかましたまま呆れ顔である。
「へ?!」
思わず鍋に視線をやるとなるほど、コンロに汁が溢れていた後があった。因みに消火済みだ。
「お前、キッチン、基本的に立ち入り禁止な」
「…なっ!ここは俺ん家のキッチンだぞ?!そ、それに、これはたまたまなんだからな!いつもはこうじゃないんだからな!そりゃたまにはこういう事もあるけど、朝飯くらいはまともに作れるし、お前が抱き潰すから、今日も作れなかっただけで、明日は作ってやりたいとか思ってないんだからな!」
「…何言ってんだお前。」
「………」
言われてみれば我ながら意味不明である。しかも言わなくていい事まで暴露してしまった気もする。
「…つまり、なんだ。今はカッコいい俺様が隣にいてドキドキしてしまったって事でいーんだな?」
「なっ!」
視線を逸らして黙り込んでいると、何を調子に乗ったのかプロイセンがケセセと笑いながら聞き捨てならない事を言い出してイギリスは思わずガンを飛ばしてしまった。
「まぁ俺様はカッコいいしな!その気持ちも分かるぜー」
「っな!なっ!誰もんな事言ってねーだろーが!!!」
によによとしたにやけ顔でこちらをからかって来るプロイセンに、イギリスは唾を飛ばしかねない勢いで反論した。誤った事実は訂正しなくてはいけない。
(くそっ!むかつく!)
「じゃあ、赤い顔で百面相してた理由は何だよ。エロい事でも考えてたのか?」
「はっ?!」
「顔、赤いぜ?」
「ぴゃっ!」
頬を撫でられて、飛び上がる。急に体温が上がったのを悟られるのが嫌で、キッチンの隅っこまで避難した。
「きゅ!急に触るなよ!誰が触っていいっつった?!」
「いや、これくらいスキンシップのうちだろ…。」
本格的に呆れ顔をされて言い返したい言葉がぐっと喉の奥に詰まった。ここで反論したら、軽いスキンシップを取る奴もいない可哀想な奴みたいではないか。
それに、確かに小さい頃のアメリカやカナダにはそんな風にして触れた覚えがイギリスにもあった。
プロイセンもドイツを育てた経緯があるからこんな風に気軽に触れてくるのだろうか。それともこれが世界の標準だったろうか。
(いや、ラテン系でもあるまいに…)
某髭やパスタのような気軽さでは無いもののイギリスもアジアに比べればボディータッチに寛容な方だろう。だがイギリス自身は滅法スキンシップに弱かった。
しかしそれを隠そうとすれば今度はプロイセンを意識しているみたいではないか。このお調子者をこれ以上増長させるのはいただけない。
とどのつまりイギリスは
「スキンシップとか慣れてなくて悪かったなバカぁ!」
こう叫んでしまったのであった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普

「…死にたい」
イギリスの口からはぼそぼそと、じめじめした言葉が絶え間なく零れている。
「…死にたい死にたい死にたい。あのプロイセンに憐れまれるとかマジ最低過ぎんじゃねぇか…」
「そりゃ随分な言い草だな」
ぶつぶつと呟いてはいる相手は死にそうな顔でフォークを握りしめ皿を無駄につついている。ドイツではポテトはぐちゃぐちゃに潰して食べるのが一般的だが、これは見るに忍びなかった。
「つーか、メシはもっと旨そうに食えよ。作り手に失礼だろうが」
「………。………。……悪かった」
最近は自身も人に振る舞う事を覚えたからかイギリスは大きく溜め息息をついた後、素直に謝って来た。
「…別に不味いわけじゃない」
しかしここで旨いと言わないのがイギリスである。もっと素直に『旨い』と言えれば、もう少し交遊関係も広がるだろうにと思いつつプロイセンは肩を竦める。
イギリスのあまりの不器用さに呆れた…というワケではない。自分自身の勘違いがバカらしくなっただけだ。
イギリスの付き合い下手は知っていたつもりだった。
それは普段の面子の付き合い方を見ていても分かるし、アメリカと一緒にいる時は特に顕著だったし、幼少時のアメリカに対する溺愛っぷりはフランスに聞いた事があったし。…だから知ってたつもりだった。
ある時のフランスの言葉が脳裏に蘇る。
『お兄ちゃんって呼ばれたぐらいであんなにでれでれになっちゃって、本当にしょーがねーよな』
とか言ってたフランスの言葉からしても相当不器用でかつ寂しがりやなのは容易に想像がついた。
だが普段は『国』を背負って政治中枢にいる事もあって打算計算の混じるおべっかや擦りよりには神経質なのもまたイギリスを構成する一部で、プロイセンはまたそれもよく知っていたから、
(知ってたつもりで忘れてたってな…。いくら不器用つってもそこまでじゃねーって誤解したっつーか、忘れてたっつーか…。…こいつもしかして俺様に気があるんじゃねぇの…とか、どんだけ勘違いしてんだよ)
しかもそれがちょっと嬉しかったとか、とんだ糠喜びである。
(下手に色事だけ覚えて精神構造はガキのままとか手に負えねー…)
顔を赤く色づかせて、擦りよって、献身的に触れて来て、「こんなに感じたのはお前が初めて」とかなんとか言って身も世もなく悦がって、隣にいたらそわそわしているし、なんだか嬉しそうでもある。
これで誤解しない奴がいたらお目にかかりたい。
だがなんて事はない。スキンシップに嬉し恥ずかしく戸惑っていただけとは。
(…悪魔だ)
プロイセンはこちらをチラチラ伺っているイギリスに一瞬だけ視線を向けて、盛大な溜め息をついた。



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