■【冬の陽だまり・夏の影】■
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【冬の陽だまり・夏の影】 ―3― いつえるに確認を取ろうかと思っていたところで、だが、そのチャンスはすぐにやって来た。 その日の内の昼休憩。 「魅上、先輩」 人気のない校舎内の放送室。 ガチャ、というノブを回す音と共に入ってきたのは放送委員ではなく竜崎えるだった。 少し驚いた風に目を瞬かせるのに、照は「どうした」と声をかけた。 「いえ、代替で」 「お前が?」 「はい」 「分かった」 必要最低限の会話を終えると、えるは照の隣の椅子をひく。 「私、やりましょうか?」 「…出来るのか?」 「出来るもなにも、この原稿を読むだけでしょう?」 ぴらりと、二人の真ん中にある用紙をおかしな手つきで摘んでかざす。 本来なら、代替する者が読むはずだった放送内容をえるが読むという提案に、照はしばし考えた上で頷いた。 「そうしてくれ」 「折角のお昼休みを辛気臭い放送で促されてはご飯が美味しくありませんからね」 「………」 一般常識を兼ね備えない失礼なヤツだと思ったが、照も内容事態は賛同してしまったので、黙殺する。 時計が時間になったのを見計らって、えるが放送のスイッチをいれて柔らかく滑らかに2度ほど口上を読み上げ、スイッチを切った。 「これでよかったですか?」 「上出来だ」 正確に答えてやると、目尻に少し皺を刻んで柔らかい視線を送ってきたので、視線を逸らす。 「さて、お弁当にしましょう」 「…ここで食べるつもりなのか」 「いけませんか?」 「悪くはないが…」 どうして家族と食べないのかと思って、事情に思いあたる。こういうケースは大概そうだ。だが、えるの場合は夜神家と食事を共にするものだと思って、さっさと弁当の包みをあけているえるに視線を戻す。 「魅上先輩は食べないんですか?」 「何故私がここで食べると思う」 「だって、そこにお弁当があるじゃないですか」 「………」 確かにそうだ。愚問だった。 端の机に置いてある弁当箱をぴっと指先で示されて納得する。自分で弁当箱を持参しているだけで、一人で食べる可能性は高い。友人が少なく、仕事人間な照ならそれは一層というところだろう。 黙って、照は再度確認していた本日のプログラムの書類を置くと弁当に手を伸ばした。 本来なら、実行委員であり、放送委員の吉田が放送をしたあとに退室したこのほう喪失で、魅上は見張りも兼ねて一人で食する予定だったのだが、なんだか妙なことになってしまったな、と思いながら包みを解く。 「あ!」 「…なんだ」 「それ、松屋のお弁当じゃないですか」 「………」 この女は心臓に悪いと思いながら、開けた箱を机に置いた。 「そこのお弁当のデザート、とくに薩摩芋の茶巾絞りは天下逸品です。この甘党の私が、そこのお弁当の甘味の控えめな甘さは好みだと思ってます」 「………」 「やはり、芸術的でおいしそうです…」 じぃっと熱い視線を弁当箱に注がれては、食べにくい。 (なんなんだ、この女は…) 苦手だ、と思いながら熱心に照のデザートを眺めるえるに舌打ちしたくなった。 (夜神はよくこんなのと付き合えるものだ…) だが、夜神月なら笑って「食べる?」とあげてしまうのだろう。 照は溜息ひとつ、弁当箱をえるの方に差し出した。 「…?」 きょとん、とした丸い目が照を見上げた。 今にも涎をたらさんというばかりに、口許に親指を咥えて見上げてくるえるに、照は眉間の皺を深くして、弁当箱をもう一度つきつけた。 「くれる、ということですか?」 「そんなにジロジロと眺められては食べ辛いだろうが」 照の言葉に、えるがぱっと破顔一笑した。 「有難う御座います」 思わずドキリと心臓が跳ね、固まっている照からえるが遠慮なくいそいそと茶巾絞りを失敬していく。 えるという人間はけして多弁雄弁な性質ではない。観察通り、どちらかというと、人間関係には疎いはずだ。他人に馬足をそろえることはなく、浮くタイプ。 それを夜神月という人当たりの良い人間がフォローしている、という印象が強く、先日生徒会に勧誘した時に、そのイメージの原因の一部を理解したつもりだった。 「やっぱり美味しいです」 弁当に手をつけるまえに、照に貰ったばかりの茶巾絞りを箸で割ってぱくりと食いつき、うっとりと余韻に浸る。 えるは、その性格からして、引っ込み思案というわけではないから、必要なことは話す。だが不必要なことは殆どカットする、照と似たタイプの人間だと思った。 だが、どうやら違うらしい。 (そういえば…) 「準備は進んでいるか?」 「…主語が抜けていますが、まあ、ほぼ終わりました」 「そうか」 その言葉に頷いて、やっと弁当に手をかける照をえるが箸を咥えたままで凝視するので、照は息を吐いて問いただす。 「何だ。行儀が悪い」 「ああ、すみません。…なんというか、融通が利かないというか、せっかちな人だと思いまして」 「………、悪いか」 「いえ、理解できますが、そこまで何事にも無感動に物事を処理してると人生楽しいのかなと」 「…人生は楽しむものじゃないだろう」 「なる程、義務ですか」 「お前は違うのか」 「それだけじゃありませんね。楽しんでなんぼのものだと思ってますよ。例えばこのお菓子。甘くて、口の中でとろけて、とても幸せな気分です。一口いりますか?」 「…いるか。というより、それは元々私のものだったんだが」 「そうでした」 ペロリ、と舌で口許を舐め取ってえるが笑い、本当に幸せそうにまたぱくりと含んだ。 そこで、ふと気がついた。 (ああ、夜神の苦笑の意味はそうだったのか…) なんでもないと答えた夜神月の苦笑の意味を悟って、やっと普通の食事を摂りだしたえるを見遣る。 こんな風に真正面の言葉を交わしたことなど、一度として、誰一人としてなかった気がする。 まっすぐに見つめてくる、竜崎える。 苦手だと思う意識は否めないが。 (嫌いではない) そう思って、照は少しだけ口もとを緩めた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |