■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 05

運命というものがあるなら、信じてやってもいいと思った。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#5

しばらく部屋でしけ込んでいたのが良かったのか、外の吹雪が止んでいた。
そしてここに来て初めての太陽を見た。
「竜崎太陽だ!」
「そうですね」
相変わらず愛想のない返答も気にせず、窓の外を確認して、二人はいつもの出入り口としていた階へと降りたが、そこはもう完璧に出入り口が塞がっていた。憐れな凍死体も、開きっぱなしだった窓から雪崩れ積もった雪に覆われていて、竜崎は瞑目を、月は合唱をして死者を悼むと、一つ上の階に新たな出入り口を作った。
竜崎が「誰かさんのせいでだるいんです」というので、月が竜崎のぶんも頑張って、出入り口を拵えると、二人で外に出る。久しぶりの太陽に目を細めた。
「どうする?」
「どうしましょうか」
しばらくそうして天を仰いでから、顔を合わせる。
とりあえず、自然の驚異も人的な驚異も去ったのだが、憂いは残っている。
「あんななりふり構わない奴らでさえ物資がないって言ってたってことは…」
「他に生き残りがいたとしても…危ないですね…。色んな意味で」
竜崎はしばし黙った後で「ニアとメロは…」と呟いた。
「メロは…。でもニアは僕が死んだ時までは確実に生きてたよ」
「…そうですか…メロ…。………、ニアに連絡がとれるといいのですが」
「どっちにしても早めに警察庁行ったほうがいいかもね…」
「そうですね。とりあえず、一度部屋に戻りましょう。一度凍結してしまったみたいなので…危ういですが、今なら晴れているのでまだ起動している衛星とつなげることができれば写真でも…」
竜崎がぼろぼろになった爪を幾度も噛むので、うん、と頷いてその手をとった。
「とりあえず、戻ってから考えよう?」
竜崎は何かいいたげな顔をして、それから大人しく「はい」と頷いた。

モニタールームに入るなり、「月くん!」と竜崎が声をあげた。
その声に驚いていると、竜崎は机に駆け寄り、「手紙です」と告げ、黄ばんだ一枚の封書を示した。
「…これは…。こんなもの、ここには…」
竜崎に遅れること、手紙がおいてある場所まで走り寄ると、竜崎が指先で持ち上げて検分している手紙を食い入るように眺め、月はごくりと息を飲んだ。
「ありませんでした。…歴史が…変わった?」
そう呟くと、竜崎は手紙を月に押し付けて猛然とコンピューターを起動させようとし、それでも動かないのを確認すると、身を翻した。
「竜崎!」
月はそれを追うことが出来ず、その黄ばんだ封書へと視線を戻すと、震える声で呟いた。
「…父さん…」
手紙の筆跡と署名は紛れも無く月の父、総一郎のものだった。
日付は月たちが散歩に出かけてから5年後。
期待か恐怖かで震えそうになる指先を叱咤しつつ開封し、手紙を広げる。相変わらず達筆な流れるような文字で月へのメッセージが綴られていた。
『竜崎と月へ。
お前たちが姿を消してから、5年が過ぎた。私たちは必死に探し回ったが、なんの足取りも掴めず、キラ事件も解決し、新たな問題が立ち上がったことからワタリも本部を離れざるを得なくなった。そこでお前たちが生きていると信じてこの手紙を置いて行く。私は何かの事件に巻き込まれたかもしれないお前たちの消息を捜し続ける。一時はキラの手に落ちたのかという話も出たが、私もワタリもお前たちを諦めたりはしない。もし』
「もし…生きていて、本部に戻れるようなことがあればー…」
『この手紙を読んだのなら、何の事件に巻き込まれて私達の安否を気遣うようなことがあっても、そんな事は気にせず必ず連絡をとるように。私はお前の親なのだから 夜神総一郎』
脳裏に、月とミサがキラでないかと確かめる為に総一郎がとるように命じられた表情と言葉が過ぎった。
『息子を殺して、私も死ぬ』
あれは全てが演技というわけではなく、おそらく総一郎の本心でもあったのだろう。
(親だから…か…)
月はいかにも父さんらしい、と思いながら、その手紙を封筒に戻すとそっと懐にしまい、一度目を閉じ呼吸をし、思考を入れ替えた。
それから月は竜崎の後を追った。

竜崎はキッチンの一つ手前、月たちのリビングルームに置かれた沢山の食料と資材の中に埋もれるようにして、珍しくペタリと座り込んでいた。
背後にゆっくり歩み寄ると、膝をつく。
「月くん…」
「うん」
振り向いた竜崎の眉間にはこれ以上ないというぐらいの皺が刻まれていた。
その手に握り締められていたものを見て、月は頷いた。
「生きてます…」
「うん…」
「ワタリが生きてます…」
うん、と三度頷いてから、月は竜崎の頭を抱きかかえた。

しばらくして「すみません」と月から離れた竜崎は泣いてはいなかった。
こんな時くらい泣けばいいのに、と思いながら「一回は一回なんだろう?」と言うと、竜崎が少しだけ笑う。
月もそれに笑い返すと、竜崎の手から零れた保存食の日付を確認して「一昨年まで更新されてるね」と辺りを見回し、運んだはずのない物資を目に留めて目を細めた。
「………運び込んだもの以外の物もあるな」
「…本当です。歴史が変わったことで、保管されていた品物も変わったということなのでしょうね…」
すっかり元に戻った竜崎と二人がかりで中身を検分すると、温暖化用、寒冷化用どちらの対策もなされているワタリの発明品やその他の品物がごろごろと出て来たので、月は思わず舌を巻いた。
「凄いな。室内でも栽培出来るキットまであるぞ」
「ワタリは天才発明家ですから」
告げる声音はどこか誇らしげで、その揺ぎ無い信頼をいいなあと一瞬羨み、そんなことを思っていても仕方ないと、月は「そうだね」と肯定してからイタズラっぽく笑った。
信頼なら、これからでも築いていける。
「だから、ほら、僕が帰らなくて良かっただろう?」
「………そんなの分からないじゃないですか」
「うん、まあそういう事にしておこう」
にっこりと笑うと、竜崎が悔しそうな顔をして、それから連絡用にと置かれていた機械を取り出し、電源を入れた。


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