■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 06

通信によると、世界がこうなったのは一年半前、という事だった。
温暖化による異常気象の連続の後、ピタリと世界はその姿を変えた。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#6


「無事でようございました」と言うワタリの涙ぐんだ声に、柔らかい声で「はい」と答えた竜崎は、「何が起きたんですか?色々と事情がありまして、私達の記憶は10年前で止まっています」とすぐさま情報の収集にでた。
ワタリによる現状の報告は理路整然と簡潔なものだった。おそらく何度も説明させられたのだろう。
先進国・準先進国の都市開発に伴って温暖化が続き、もう止めることの出来ない異常気象に世界中が恐慌に来たした頃、火山という火山が噴火し、北半球から世界は分厚い雲に覆われた。そこに救出も困難な止まない豪雨が続いたかと思うと、一気に凍りついたらしい。
こうなるかもしれない、という凡その予測は諸国とも検討ついていたらしいが、国家として規制を敷くにはその力が及ばなかったそうだ。人口が多く、人は既に豊かな時代を知っている。人間は弱い。知ってしまった富を棄てることが出来ない人々に、世界は報復し、やがて国土は沈黙した。
それでも少数の人間が生き残れたのは、密かに対策を練っていた国家の特殊機関と優秀なワイミーズの生徒と特別講師を筆頭として設けられたプログラムがあったからだ。それは最低限の人員を護ることに成功した。多くの知故と人脈、そしてLというシステムを築いたワタリが残っていたからこその未来だった。
竜崎は、ニアとメロ、そして多くのワイミーズの生徒が生き残っている事を聞き、「そうですか…」とひっそり微笑んだ。そして状況が整い次第迎えにゆく、というワタリに「いいえ」と首を振る。
隣で会話を聞いていた月は驚いて竜崎を見遣ったが、竜崎は窓の外を見ながら否定の言葉を口にした。
「ニアとメロは立派にやっているのでしょう?そこに貴方がいれば二人が仲たがいをする事もないでしょうし、現状ではあの二人の方が現状を理解しているでしょう。指揮官は何人もいりませんし…、こちらにも生き残っている人間はまだいるようです。私達はここで他の生き残りの救済を試みたいと思います」
緩やかに告げる竜崎に「ですが」とワタリが戸惑う。それを「大丈夫です」と宥めると、「貴方が残してくれたものが沢山あります」と竜崎は笑う。
「そちらも必ずしも安全というわけではないでしょう?大丈夫です。人間はマンモスでさえ凍りついた氷河期を生き残りました。これだけの備えがあればこちらで生き残る術はあるでしょう。いい発明品があれば送ってもらえると助かりますが」
分かりました、とワタリは観念したように絞りだした。でも本当に宜しいのですか?と重ねるワタリに竜崎は過保護ですね、と笑みながら「そちらに行くともう一つ大変なものが待ってそうですし、いいです」という。
「そういうワケでニアとメロ、それからマットもですね、寄越すのは止めてください」
「…分かりました」
「では、私達も探してみますが、夜神さんたちに連絡がついたら、出来ればこちらに誰かを派遣してくれるように言っておいてください」
「はい」
そうして通信を切ると、「そういうワケです」と月に告げる。
何も相談せずに決めてしまって竜崎らしいと思ったが、月は何だか安心してしまって、肩の力を抜いた。
別のフィールドに移って足場を固めるというのは存外骨の折れることだ。特に月にはニアにしてやられたという記憶がある。運命が変わってしまったことによってニアとメロ達は月の事を覚えていないだろうが、ワタリの話を聞けばあの二人ならば月をキラだと思うだろう。お互い溝が出来るのは目に見えている。そういう事も考慮してくれたのかな、と思い竜崎を見ると竜崎はさっさと立ち上がって、「ほら、月くん、私の分もしゃきしゃき働いてください」と宣言した。

ニアからの通信が入ったのは1時間後、更にメロから猛然とした抗議が入ったのは2日後の事だった。
備え付けの家具以外を運び出して空っぽになったワンルームを栽培地にするべく作業に没頭していた竜崎は、呼び出し音がなると、その手を休めて部屋の隅に座り、成長した二人の言い分に目を細めながら「ですから…」と少しだけ楽しそうに話しかけた。
ニアは渋々と納得したものの、メロは今の仕事を片付けて1週間後には必ずそっちに行くと言い残して通信を切った。
竜崎はそれにやれやれといった様子で通信機を眺めてから立ち上り、作業を再開する。
「なんて?」
「やはりLの後継者です。一筋縄にはいきません。メロは一週間後には物資と共にこちらに来るそうです」
「…そっか」
「二人とも大きくなりました」
その姿がなんだか楽しそうなので、月は少しむっとする。この感情の起伏が少ないLという存在に帰れる家があったというのが、意外で少々嫉ましい。
月の同類は竜崎しかいないと思っている。それはニアとメロと戦った記憶を残している今でもそうなのだが、竜崎の方はどうなのだろう、と思う。
竜崎は月とここに残る選択をしてはくれたが、それは現状を分析してそれが一番良いと判断したからだ。何も月のためにここに残ってくれたわけではない。先日なんて月をけしかけて一人帰らせようとした。求めに応じてくれたのだって、月がそう言ったからにすぎない。竜崎はいつも『こうであるべき』という最善に則って行動している。一体竜崎自身の本心とはどこにあるのだろうか。
以前月が泣いた時に、竜崎は自分にはそんな機能が備わっていない、と言ったが、それは『悲しい』とか『嬉しい』とかいう感情を持っていないというのとイコールではない筈だ。竜崎は非常識で捜査上では表情も乏しく状況によっては色んな建前を使い分けるが、それでも、何も感じていないということではないだろう。
注意していれば、会話の端々に竜崎の感情を感じとることが出来る。
では、『こうしたほうがいいから』という理屈ではなく、竜崎自身が月のことをどう思っているか、という感情も必ずどこかにあるはずで…。
「竜崎」
「どうしましたか?」
聞いて簡単に答えて貰えるものでもないと分かっている。けれど聞かずにはいられなかった。
「…僕のこと、どう思ってるの?」
「…どう、と言われても…。夜神月18歳、キラ…ですかね」
「そういう事じゃなく。はぐらかしてんの?」
「いえ、別に」
だったら尚更性質が悪い、と月は溜息を吐いてから「好きとか、嫌いとか、そういう話」と続けた。
「…嫌いではないと言いました」
「だから、その嫌いじゃないってのは一体なんなの?」
「言葉通りの意味です」
「好きじゃない?」
「嫌いではありません。というか、よく分かりません」
応酬に拉致があかない、と思いながら竜崎を見据える。
「相沢さんには好きだって言ってたじゃないか」
「月くんが聞きたいのはそういうことですか?」
「違うけど…」
確かに相沢に対していった『好き』は恋愛感情のものではないだろう。人として好きか嫌いか。月が聞きたいのは恋愛感情の好きか嫌いかだが、人として好きかどうかさえ竜崎がどう思っているのか、月は知らない。
言葉を濁して僅かに俯いた月に竜崎は「まあ」と続ける。
「ただ測りかねているだけです」
「…どういうこと?」
「月くんに対する私の気持ちというのが、自分でもよく分かりません。好きかと聞かれても、嫌いかと聞かれても、『嫌いではない』としか答えようがないんです。何しろ月くんは私が出会った初めての同胞だから、前例がないのでイマイチどこに当て嵌めていいのか分からないのです」
「……竜崎にも分からないことがあるの?」
答えは月の望んだものではなかったが、それでも月を特別だと捉えてくれているのが嬉しくて、見上げるようにして竜崎を視界に捉えた。
「それは、私も人間ですから、苦手な分野もあります」
相変わらず竜崎が淡々と答える。月は「そう」と答えて目を伏せた。
苦手なら、仕方ない。


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