■【タイム・リープ〜月の選択〜】■
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それからここ数日竜崎とキスをするのが日課になった。 人間とはタフに出来ている。 【タイム・リープ】 〜月の選択〜#6 「あの…」 「なに?」 竜崎おはよう、と竜崎がどんなに離れた場所にいても必ずそこまで行って目覚めのキスを頬に贈ることにした。 「こういうの、やめてくれませんか?」 一日目は月を揺さぶって起こす竜崎の唇を狙ってやった。びっくりして大きな目を更に見開いているのに笑ったが、二日目は竜崎がいつも座っている定位置から怒鳴るようにして起こされた。それで仕方なくそこまで張って行って、警戒してそっぽを向いている頬にキスをする。3日目にて、竜崎が袖でゴシゴシと頬を拭きながら不機嫌にそういってのけた。 「なんで?いいじゃん、別に減るものでもないし」 「私の今日一日のやる気がごっそりと減ります」 ああいえば、こういう。肩を竦めて「ディープキスは許すのに、変な話だよね」と月がいうと、「仕方なしにの話です。本来はそちらもしたくないんです」と刺々しく返された。 「竜崎、キスはキスだよ。それに僕の心の平穏を保つためなら安いもんだろ?」 「…私の心の平穏はどうなるんですか…」 「それは、年上だっていうことで大目にみてよ」 目的が決まれば下手にでるのも構わない。月はくすくす笑いながらささやかな朝食の準備を始めた。 月の狙いは竜崎に自分がされる方、という事をインプットづけることにある。 日々からそう体に教えこませてあれば、いざという時に幾分やりやすくなる。 月は竜崎に背を向けたままでニヤリと笑うと、今までそんな事を考えていた素振りも見せずにお茶を出して朝食を摂った。 そして吹雪の止んだ日中、外にでることになった。少しでも遠出をする時はテロ対策用に用意してあった機動服を着込む。これまで人にであった事はなかったが一応警戒してのことだ。勿論歩行時も竜崎と少しだけ距離を取って有事の際もなるべく二人ともが犠牲にならないようにしている。 そうやって歩きながら思わず先ほどのやりとりを思い出してクツクツと笑うと、珍しく前方を行っていた竜崎がおそらく胡散臭そうな視線を一瞬だけ寄越してから前を向いた。 まあ竜崎にも月の魂胆なんて分かっているだろう。けれども二人だけの世界では隠れることも出来ない。月が危惧しなければならないのは、逆に竜崎に襲われるパターンだが、生粋のノンケなのか今の所竜崎にその気配はない。ただ、相手は竜崎だからにして、手酷い制裁を加える為にその気を隠している可能性も有り得るから一応気をつけておかないと、と月は自分に言い聞かせた。 「月くん、あれを見てください」 「ん?」 竜崎が指差す方向を見て、月は「あ」と声をあげた。そこには枯れてはいるが樹木が見えた。捜査本部の近隣は殆ど事務ビルしかないが、歩いて少し、更に少し離れた群生の中に屋上に温室の建物を見つけた。。 「全て凍りの中かと思いましたが、上手くいくと自家栽培が出来るかもしれません」 本当だ、と月は微笑む。 「でも種があるかな…。あ、そうだ。マンションを探せばいい。最近は…っていっても10年前の話しだけど、自家栽培ブームってのがあってね、もしかしたらベランダ菜園をやってた家もあるかもしれない」 「そうなんですか。ではそうしましょう」 これまで殆どの建物の食料や紙類は空っぽといっていい状態だった。だが種なら残っているかも、しれない。 食料や紙類などの資源が空っぽということは、こうなって暫くは生存者を残していたということでもあるが、今でも生きているという保証にはならない。月たちは未だ生きている人間にあったこともない。けれど会わなくていいのかもしれない、と月は思った。人数が増えるということは、資源が減るという事だ。それは月と竜崎が生き抜くにはあまりいい条件ではない。食料にも資源にも底がある。 残酷な言い分だが、情報は欲しいが他人の面倒まで見ている余裕が今はない。 (最終的に南に下ればいいだけの話だけど、恐らく治安は極悪といっていいだろうしね。こういう非常時に真っ先に下がるのはモラルと衛生環境。燃料と食料が確保できるなら安全なねぐらを離れる理由は特にない) 竜崎さえいれば月は平気だ。むしろあの豊かな環境で毎日を送っていた日々のほうが、精神的には飢えていた。 とりあえず月達は生き残るためにそのビルに足を向けた。 「階段がどこにもないな…」 破れていた窓から侵入しビル内を彷徨ったが、肝心の最上階へ登る階段が存在しなかった。 「恐らく最上階にはエレベーターでしかいけないようですね…」 「一体上には何があるんだ?一企業のビルだろ?社長室とかか」 「そうかもしれませんね。で、昇る手段といえば、エレベーターだけなのですが…」 「動かないしね…。とりあえず、エレベーターが止まった階が氷の中じゃなくてよかったけど…」 月がふぅ、と溜息をつくと竜崎が戻りましょう、と声をかける。 「何?諦めるの?」 「とりあえず、なんの準備もしていないわけですから。万一昇れたとしても、持って降りる道具もありません。状況が把握できただけでいいです。あまり動かしたくないですが最終的にはヘリもあります」 「そっか、そうだね」 屋上に着陸できるだけの面積があるかが問題だが、あくまでもそれは最終手段だ。月は納得して頷くとどうやってこの建物を攻略するか考えながら建物を出ようとした。珍しくまだチラリとしか雪がちらついてもおらず、帰りやすいな、と漂った視線が何かを捉えた。目を瞠る。人影だ。その人影が銃を構えいるのが分かったが照準はどちらに向いているのか分からない。無意識に体が動く。 次の瞬間だった。鼓膜に乾いた音がした。 「月くん!」 咄嗟の判断で突き倒した竜崎に即座にぐいっと腕を引かれて壁の内側に引き込まれた。わき腹に鈍い痛みが走る。 「…怪我は」 「…大丈夫…防弾チョッキのおかげで、平気みたい」 「良かった。では悪いですが、早く行きましょう、恐らく、来ます」 「OK。どこに、逃げる?」 「外はダメです。どこか…エレベーター、エレベーターに隠れましょう」 「行き止まりじゃん」 「メンテナンスの為に上部に開口部があります。パネルを外して上に隠れれば外に逃げたと思ってくれるかもしれません。銃を持っている人間相手に外に逃げるのもナンセンスです。月くんは足場になるものを探して、先に上へ」 「竜崎は」 「私はコレで窓を一つ二つぶち破ってからゆきます。相手も銃撃音を聞けば進入するのにも慎重になるでしょう」 「分かった」 小さく頷くと月はわき腹を押さえながらエレベーターのあった3階上まで駆け上った。下でパン、パン!と竜崎が発砲した音が聞こえた。確かにこの静寂の中、相手に聞こえないはずがないだろう。 襲ってきた相手も、すぐに現れないところをみると相当警戒しているらしい。何しろ月たちが身につけているのは、機動服だ。テロリストに襲われた場合も想定して、何着も機動服が用意してあった。それを着ていたために、助かった。相手はこの服を見て、武器を持っているだろうと当然警戒する。多少離れた場所から隠れて射撃して、相手が死ねば恩の字。服と武器を手にすることが出来る。軽症でも手傷を負わせることが出来れば勝機はある、もし月達が無事に逃走したとしても、もしかしたら普通の人間よりも装備のいい月たちが上階に昇るための活路を開いたかもしれないし、戦利品を残していっているかもしれない。どの目が出ても損はない。そんなところだろう。 相手の射撃の腕が鈍くて助かった、と月は顔を引き攣らせた。頭や首を狙われたら、危なかったかもしれなかった。 エレベーターの止まっている階までいくと、事務用の椅子を引っ張ってきてそれを踏み台にする。いかにも登りました、というような体裁にするのは拙いが、竜崎がいるからそれも処理できる。竜崎は月が引っ張りあげてやれば証拠は残らない。 じくじくと痛むわき腹を宥めてから手袋を外すと懸垂の要領で登り上がる。もたもたしていられないので、思いっきり力を入れたところ、ぴりっと手の平に痛みが走った。月は顔を顰めるとそれも脳内から振り切った。気にする暇はない、何せ命が懸かってる。 無事にエレベーターの上に乗り上げると、すぐに竜崎が駆け上がってきた。 天上にかすかに付着した血痕を拭い竜崎が椅子を元の位置に戻し、小さな足橇を受け取ると、手を伸ばした。竜崎の手をガシリと掴む。 「せーの」という小さな掛け声と共に一気に引き上げた。ずしりと竜崎の体重が肩にかかる。一気にわき腹にも衝撃が走った。もしかしたら骨にヒビでも入っているのかもしれない。 竜崎が無事に一度で登ってくれて、月は緩く息を吐く。竜崎がエレベーター天井のパネルを仕舞うと一気に気が抜けたが、すぐに警戒心を呼び戻すと、竜崎と二人息を潜めた。 身動きの出来ない静寂は、なんと長く感じることか。月たちは唾を飲み込むことにさえ注意を払いながら来襲者を待った。しばらくして声が聞こえる。 「…いたか?」 「いや、いない」 声は複数で時折女の声も混じる。 カツカツと歩き回る音と声が彷徨う。月たちの足元にもそいつらはやって来たが、気づかずに戻って行った。 「もう外に逃げたんじゃないか?」 「新しく窓も割れているしな…一応戦利品がないか探してみようぜ」 「だから撃つのが早いといったんだよ」 「でもー」 そんな内容の言葉が微かに耳に入る。月は皮肉に口許を吊り上げた。 命がかかっているとはいえ、なんて醜い。 キラが新世界を示してみせても結局これか、と思わずにはいられなかった。 「大丈夫です。正義は負けません」 ぎゅっと唇を噛み締め考えていると、竜崎が密やかな小声でそう呟いた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |