■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■
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置いてきぼりを食らった子供のような顔に、 月の胸が切なく痛んだ。 【タイム・リープ】 〜凍結氷華U〜#7 「ねえ、お兄ちゃん、どうして?お兄ちゃんも粧裕達と一緒に南に行ってくれるんでしょ?それなのに一緒に住めないの?竜崎さんと一緒に住むからなの?だったらそんな事気にしなくていい。私は本気じゃない。お兄ちゃんの好きな人、取ったりしないから一緒に暮らそうよ」 いきなりある意味確信に迫られて、月はドキリとして粧裕の顔を見つめた。 月の面食らった顔を見て、粧裕が更に言い募る。 「それくらい分かるよ。竜崎さんと話してるお兄ちゃんの顔はとっても優しい。一番優しい。そんな人をお兄ちゃんから奪ったりなんてしないよ。だから…」 「うん、それは分かってる。だけど、そういう事じゃないんだ…」 月が苦渋に満ちた表情で告げると、一握の希望さえ失った粧裕の目が潤んだ。 「…また粧裕を置いて行っちゃうの…?」 「粧裕…」 「お兄ちゃんも、お父さんだってきっとまた粧裕を置いて行く…っ!また粧裕をひとりぼっちにするんでしょ?粧裕はもう一人で待ってるのなんて嫌だよ!もう帰って来ないんじゃないかって待ってるのは沢山なんだよ!もう嫌だ…!嫌だよ、お兄ちゃん!!」 粧裕の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。月が粧裕の事を未だに昔のような子供として扱っているからか、幼児返りを起こしたように粧裕の言葉が幼くなる。 「お兄ちゃんがどうしても行くっていうなら、粧裕も連れてって!お父さんとお兄ちゃんと一緒に粧裕も行く!連れて行ってよ!危ないからなんて、いわないで!」 粧裕の悲鳴じみた叫びを聞きながら月は口を噤んだ。 何が粧裕にとって一番なのだろう。南に連れていくことが粧裕の本当の幸せに繋がるのか。 総一郎もけして南には残らないだろう。キラの父の務めとして、各国を回る捜索隊に加わることでしか、おそらく生きる価値を見出せないに違いない。 あれだけの用意がしてありながら、生き残りは驚くほど少なくて、更に一年以上をもの歳月も過ぎた今、きっと捜索隊は取り残された人間を幾らも助けられないだろうと思う。けれど、それでも。粧裕を置いてでも父はそうするだろう。今の総一郎にはそうすることでしか生きる意義を見出せない筈だ。 だからどちらにせよ、粧裕と月と総一郎と、3人で一緒に暮らすことなんて出来ないのだ。叶うとすれば、総一郎と行くか、月についてくるかだが、…どちらにしても苦難の道しか残っていない。 ならばやっぱり粧裕は南で、少なくとも沢山の人々に囲まれて生きていった方がいいのではないか。切なくても、苦しくても、粧裕のたった一人にめぐり合うことも出来るかもしれない、その可能性に賭けるほうが。 「…粧裕は皆に凄く懐かれていたよな。…置いて行ってしまってもいいの?」 「……っ」 酷く残酷な言い方になってしまったと思う。けれど今の粧裕を思いとどまらせるにはそれしかなかった。 粧裕は一人ぼっちになる寂しさをその身で体験している。今もまた突き放されそうになっている。だから、親を失って粧裕に懐いている子供達を置いていくことが、子供達にとってどれほど痛手か、必要以上に分かってしまう。 「……酷いよ、お兄ちゃん」 ぽろぽろぽろぽろと、粧裕の瞳から涙が止め処なく流れ落ちた。 「私に選べようもないこと、…知ってて言うのなんて、酷いじゃない」 迸る感情を押さえつけるように、粧裕がぐっと唇を引き結んだ。月を責めるように見つめてから、兄が前言を撤回する様子がないと知ると、すっくと立ち上がりそのまま無言で部屋を出て行く。 (…ごめん、粧裕…) パタパタと走り去る足音が遠ざかって、月は重い溜息を吐き出した。勉強は出来なかったけど賢い子だから、建物の外にでるような真似はしないだろう。とりあえず今は一人で泣いてもらうしか月には術がない。 (…ごめんね、粧裕…) 何かを選び取るということは、同時に何かを犠牲にするということだ。何を選ぼうと、どう選ぼうと、何一つ犠牲にしないで済むなんてことはありえない。 粧裕を本部に一緒に連れて行くことは簡単だ。もしかしたら、粧裕に懐いている人々をそっくり本部に招くことも。月の一存では決められぬことだが、竜崎は本人達がそれを望めば否やを言わないだろう。 けれど月は粧裕をあの塔の中に閉じ込めてしまうことは嫌だった。あの箱の中に新しい出会いなどない。先ほどは松田の接触をわざと断とうとした月だが、粧裕が心底松田を思い、松田が心底粧裕のことを思うようになるのならば、それもいいと思っている。そういう可能性を…潰したくないのだ。 南に行っても沢山の苦労が待っていると思う。生き残りが多いがゆえにかの大地は新な生き残りを迎え入れるのを恐怖としてしか捉えられないだろうとも思う。南だって環境の変化についていくのが精一杯で余裕がない。新顔を手厚く迎えてはくれまい。おまけに言葉も通じない意思の疎通も容易ではないとなれば…。 どれだけの不安と苦痛が粧裕に付きまとうのだろうか。その上月は粧裕を守ってやれない。 (これは僕のエゴなのか…。僕は一体どうすればいんだ…) 「…お疲れですね…」 何度となく吐いた溜息を聞きつけたのか、竜崎の声がした。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |