■【冬の陽だまり・夏の影】■ 11

【冬の陽だまり・夏の影】
―10―

 クリスマス前のデパートには幸せを絵に描いたような客の笑顔や、一つでも多く高い品物を売ってやろうとの企みを柔らかい表情の中に押し隠している店員、彼女に催促をうけて迷い顔の男性などさまざまだ。
 だが、きっと仏頂面の中学生を宝石店前でみかける事はまず無いだろう。
「お、お客様〜〜…」
「……」
 最初は戸惑っていた店員が見かねて声をかけたが、照は気付かずにショーケースの中をネックレスに釘付けでふむ。と目を細めた。
(一体何をやったらいいんだ…)
 乙女心なぞこれっぽっちも理解出来ない照ではあるが、流石にこのクリスマスが重要であることは分かる。
(クリスマスにミサ以外の意義を見つけるとは…)
 照は敬虔なクリスチャンだが敬虔過ぎるというわけでもない、…と照自身は思っている。毎年イエスの誕生を祝うミサには参加していたが、今年は場合によってはそれを放棄してもいいとさえ思うくらいには。
 だから、日曜日の今日も、あちこちを歩いて回ったり、こんな所で突っ立っていたりするのである。
 何をやれば喜ぶだろうか。
 どうすれば、もっと距離を縮めることができる?
 そうして照は顔をあげた。


「それじゃすぐ来れる人はそのまま集合!」
「保護者の方の都合はついたのか?」
「もう、バッチリ!今日は楽しくなりそうだね〜」
「おい」
「「「「!!!!!!」」」」
 楽しそうにこの後の計画を話す役員に声をかけると、皆一様に竦みあがった。
「あ、あ、あの、あのですねっ!ちゃ、ちゃんと、ほほほ、保護者を…」
 どう見ても怯えている表情であちこちに目を泳がせながら役員の一人が声を絞りだした。
 今しがた聞こえた内容では、保護者の対策をしている事も間違いではないだろうに、何もここまで挙動不審にならなくてもよさそうなものだと、照は思う。
(真実を話していても、そうとは思えない態度をとるとは…。もう少ししゃきっとすればいいものを)
 カラオケなどという娯楽に現を抜かしているという現実は確かによくない物事に思えたが、きちんと規則に則っていれば、他人の事にそこまでうるさく言おうとも思わない。
 それに、今年は――…。
 そこまで思って、随分と変わったものだ、と照は緩く息を吐き出した。
「羽目を外し過ぎるなよ」
 短く言い置いて、照はさっさと職員室に足を向ける。終了の時間と、その後の戸締りなどの話などをして、生徒会室に戻る道すがら、今日のプランを頭の中で描く。
 これで、えるに何か予定があったりすれば、見事に計画が崩れるのだが、何故だか用意周到な自分がえるの予定を確認する事に戸惑っていた。
(断られることが怖いとは…、私も臆病になったものだ…)
 一人苦笑して、自分も華やかな空気に漏れず浮かれているようだ、と足早にえるがいる生徒会室に急いだ。



 解散を宣言して、付き合う形を取っているために席を外さないえるに戸締りを頼む。
 そして、どんな言葉でえるを自分の家に誘おうか、と考えた。
 家族との予定があれば、そちらを優先させなければならないだろうが、プレゼントくらいは今日か明日に渡したいものだ。
 学校に持ってこれればよかったのだろうが、生憎学業と関係ない私物を持ち込むのは禁止している。
 とりあえず、予定を聞くことが先決かと、振り返って照は動きを止めた。
 えるが固まっている。気付かせない程度にゆっくりと腰を浮かせると、下校していく生徒達がいた。その中には他校の生徒の姿も垣間見える。
(あれは―……。)
 姉妹校の生徒。しかも、その中には高田の姿も見えて、月の腕をとっているのが視認できた。
 視線を上げると、透ける窓ガラスにえるの顔が映り、いつもは静かな揺ぎ無い瞳がゆらゆらと陽炎のように揺れている。
 何も言わない。
 照に何のリアクションも起こさない。
 ここに、少しでも気を紛らわせることのできる人間がいるにも関わらず、えるはぐっと奥歯を噛んで、彼女の中の衝動をやり過ごすことに専念しているようだった。
 照が背後で立ち尽くしていることさえも気付かずに。
(辛いのなら、辛いといえばいい…)
 初めて抱いた翌日、保健室で「苦しい」と言ってくれた時のように、口にしてくれた方がずっとマシだ。背後の存在も消してしまうくらいの煩悶に囚われるくらいなら、利用されてでもいい、頼られたほうが…。
(距離が縮まったと思ったのは、私だけなのだろうか…)
 あの日以来、少しずつえるとの距離は縮まっていると思った。
 それはえると夜神月が二人だけで過ごしている場面を見ていない照の、ただの錯覚だったのだろうか。
(いや、そんな事はない…。ない筈だ。…ただ…)
 簡単に忘れられないだけなのだろう。
 簡単に忘れてしまえる筈がない、それだけなのだ。
 えるという、何事にも無頓着な人間が、誰かを『好き』だと…高まった思いを認めた、そんな想い人への気持ちをそんなにすぐに消し去れるはずがない。
(抱きしめるのに、抵抗されなくなったというだけで、随分舞い上がっていたのだな…、私は)
 そう思うと、気道をずしっとした重りで塞がれたかのような息苦しさを感じる。
 何が似合うかと、喜んでくれるだろうかと、歩きまわって、考えあぐねた自分が途方もない馬鹿者のように思える。
(気軽に誘うなどせずに正解だったようだな…)
 ゆるく瞑目してから、再びゆっくりと椅子へ腰掛ける。
(…忘れ物か?)
 途中で何かが視界に入って立ち上がりかけて、やめた。
(あれは―…夜神の…?)
 流石に個人個人の持ち物までは把握していないが、夜神の席においてあれば、思い出すことくらいは可能だ。
(…取りに戻ってくる可能性はあるか…?)
 そう思いついて、一瞬頭の中が真っ白になった。
 いつもは一定の鼓動しか刻まない胸がドッドッ、と強く脈うつ。
 浅くなりがちな呼吸を緩めようと努めながらも、それから目が離せない。
 刮目したままで、動き出したえるの気配を察知して、なんとか机の鍵を閉める。
 『こちらも終わりました』との声を聞くと同時に、照はその躰に腕を伸ばした。


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