■【冬の陽だまり・夏の影】■ 10

【冬の陽だまり・夏の影】
―9―



『愛』とは、なんだろう。
 照は自分の中の疑問を反芻する。
 辞書の説明ではいまいち納得がいかなかった。
 夜神月はえるの事を愛や恋ではないと言い切ったが、えるは夜神月の事を愛しているのだと、好きなのだと恋心を語った。
 では、私はどうなのだろう。
 初めてえるを抱いた日に、照はえるに「愛してしまったようだ」と囁いた。
 あの時のえるは本当に驚いた顔をしていた。
 それはそうだろう。『愛や恋は人を堕落させる』とえるや夜神月に言い放ったのは他でも無い照だ。
 それが、校内で無理やり行為に及び、その挙句「愛してる」のだと告げた。驚かれて当然。
 だが、それ以外説明のしようがなかったのだ。
 できるだけ、自分を落ち着かせて、はじき出した理論を挟みながらえるに告げた。
 けれども、信じられないと訴えるえるの瞳をうけて、信じてもらうために、とばかりに照はまた行為に及んだ。
 至る所にまるで自分のものだとでもいうように痕をつけ、抱きしめ、口付けた。
 妊娠する可能性を理解しながら、その身の内に放埓した。
 その時は、それでえるを自分のものに出来るのならば、それでも構わない気がしたのだ、残酷なことに。
 だが、それは、後で思いっきり後悔した。
『苦しい』のだと、初めて自分の感情を吐露したえるを見て、後悔した。
 ぽろぽろと零れる感情の詰まった涙を流し、少しだけ照を受け入れた風なのを見て、もっと優しくしてやらなければならなかったのに…と照は思ったのだった。


「お早うございます」
「ああ。………竜崎」
「なんでしょうか?」
 文化祭という大きな行事が終わると一気に生徒会の活動は少なくなった。
 お互い朝も放課後も大概部活がある。今日はその中のほんの少ない例外の、お互い朝練の無い日だった。
 一緒にいる時間が短いのなら、朝・迎えに行って一緒に行くことぐらいしても良さそうなものだったが、生憎照にはそんな考えが浮かばない。
 だから、今日という日も生徒会室でご意見箱に入っていた文書を読みつつえるを待っていたのだが、ここ数日すっかり冷え込んで昼でも寒いと感じることが多くなった今日、冬服のセーラーだけという寒そうな格好に照は片眉をあげた。
「寒くはないか?」
「そうですね、寒いですね」
「…何故コートを着てこない?」
 尋ねると、発注間違いで遅れているのだという返事が返ってきた。
 1年時には2学期に入ってから学校指定のコートを注文することが大半だったが、それを取り扱っているのは数箇所のデパートや専門店だから、たまにこういう事が起こる。
「大きい分にはまあ我慢が出来ますが、Sサイズはどうにもなりません」
 平たい声音で告げて来るのに、照は「そうか」と呟いて、それから立ち上がった。
「?」
「少しこれでも着ていろ」
 男女共に同じデザインであるので、自分のコートを手渡すと、大きな目がぎょろりと照を見上げて来る。
「何だ?」
「いえ、意外にフェミニストなんだと思いまして」
「何だそれは。困ったものがいたら手を貸す。その程度のことだろう」
 えるの手に預け、さっさと自分の席に戻った照のコートを、えるがじぃっと眺め眇めている。
「どうした?」
「いえ。私が男でもこうしますか?」
「震えていたら貸したかもしれないが、外でも走って来いといっただろうな。…着ないのか?」
「いえ、お借りします」
 そう言って、そっと袖に腕を通す。照は別段大柄というわけでは無いが、身長もそこそこあるので、どうやらえるには大きすぎるようだった。それに照は思わず口許を緩める。
「…手が出ません…」
 着衣して腕をあげ、困ったように袖口を眺めるえるに、照は座りかけた自分の席からえるの元にゆっくり近寄って背後から腕を回してみた。
「……!」
 ビクリと腕の中の身体が竦む。反射的に逃がすまいと力を込めそうになったが、どうにか踏みとどまった。今、えるに必要なのは、強引なだけの気持ちではなく、しっかりと包み込めるような優しさではないだろうか。
 明確にそう思ったわけでは無かったが、そんな風に捉えて『優しさ』というものを考えた。
 どうすれば傷つけずに手にすることが出来るだろうか?
 そんな風に考えていたら、えるの体が少しずつ緊張を解いてゆくのが布越しに伝わって、照は目を細めた。
 ”愛おしい”
 気持ちに、戸惑う。
 胸が焦がれる。そんな思いは今まで一度だって経験したことなどない。
 少しだけ、腕に力を込めた。
 でも、えるは身を強張らせない。
 それが、照の心臓を熱くさせた。
 高まった熱は綻びから零れるように全身へと蔓延する。
「竜崎…」
 その熱を逃がすように、照は唇からそっと押し出した。

 寒い冬の冷気から、身を守るように、抱きしめた。
 体温を分かち合うかのようにして、抱きあった。
 寒い冬に、その温度に倣うのではなく、暖めあいながら生きることが出来るのだと、知ることの出来た、冬が来た――。


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