■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 11

【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#11


一同はきょとん、と南空ナオミを眺めた。
『キラ』という言葉が、10年前に神と呼ばれ、大量殺人者として追われた『キラ』に即座に当て嵌めることが出来る人間は、真実を知っている月と竜崎以外にいなかった。
「南空ナオミさん、私はLです。」
『L』という言葉にも、皆はそれがどういう意味を持つのかが分からなかったようだったが、やっとその言葉の意味に思い至った相沢と松田がLに視線をやった。
ナオミは突如降りかかった静かな声に、我に返ったように竜崎の方を向く。
「ロサンゼルスBB殺人事件ではお世話になりました」
「…L…?」
ナオミの唇がぶるぶると震える。それに竜崎が小さく頷きながら視線を粧裕に流した。それを追って見て、ナオミがぎゅっと唇を引き結ぶ。
「…別室でお話を窺っても宜しいでしょうか?」
「―はい」
ナオミの瞳に知性の閃きが戻るのを見せつけられて、月は息も止まる思いだった。FBIとしてLの信頼を得ていた南空ナオミ。月も一度彼女を軽く見て裏を掻かれた。
「おっ…おい、竜崎!いきなり現れてそれは無いんじゃないのか?…というか、キラというと…あのキラだろう?キラは火口だったじゃないか、それを…」
「そうっすよ!竜崎はいつも強引なんだから…」
「相沢さん、松田さん。竜崎に任せましょう。竜崎が適任です」
「でも、月くん…」
ゆるゆると『キラ』と『L』を認識して来た大人達の瞳に動揺の色が走った。不安が伝播して室内の気温が落ちていくような感覚で満ちる。
「行きましょう、ナオミさん」
コクリと頷いたナオミが竜崎の後についていく。
「月くん、まだ竜崎に疑われてたのかい?!あれは火口の仕業だったじゃないか!もしかして、二人がいなくなったのも、竜崎に監禁されてたとか?おかしいと思ったんだ!竜崎はともかく月くんが――」
「松田さん!!」
二人が出て行った後、松田が飛びつくようにして月に純粋な瞳をぶつけてきて、非難する叫ぶ。半分は八つ当たりだと思う。月が悪いのだ。そう仕向けた月が…。
けれど知らないのは罪だ、と思った。何も知らないから平気で悪者にする。竜崎に非が一点も無かったとは言わない。竜崎ほどの才をもってすればもっと上手く立ち回れただろう。それを竜崎はしなかった。竜崎は自分のやり方にこだわった。それはある意味非ではあるが、それは自分を『神』の位置に祭り上げなかったという事でもある。竜崎は『L』の権力を絶対のものとして振舞わなかった。『L』は『L』の仕事をする、そのスタンスにこだわった。それはむしろ褒められるべきことだ。
月は捜査本部を操るために、そして日常を不愉快なく生きるために聡明で穏やかな人間を装った。その結果、皆自分で考えているように見えて万事が月任せだった。ニアやメロが現れなければ、死ぬまで一生そうだったろう。
(もしかしたら、僕の考えすぎかもしれない。竜崎はただ人と関わるのが面倒だからそういう態度をとっただけかもしれない…。僕は竜崎じゃないから分からない――けど、竜崎には竜崎の意図があったのかもしれないじゃないか。それを綺麗さっぱり考えることもせずに誤解する方に非はないのか?何の重みも背負わないこいつらに非は―…竜崎…竜崎、僕はまた分からなくなっているよ…)
半分は自分の責任であるにも関わらず、月を心配する目の前の人間が憎い。お前らは竜崎の何を理解してそんなことを言うのか、と怒鳴りつけてやりたくなった。僕がキラだと、叫べたらどんなにか楽だろうか。日和見の深く考えもせずに表面しか見ない人間共に真実を叩きつけて絶望の底に落してやりたい。
(…竜崎、僕は。)
でも、彼らの思いを助長させたのは他でもない月だ。月に彼らを詰る権利はない。
(…ごめん…)
人と人が関われば、必ず齟齬が生まれると言っていい。裁くというのなら尚更だ。だから人はその反面性を噛み砕き、平たくして答えを出す。本来、実をいうならキラの裁きも、法の裁きもそんなに変わりはないのだ。キラだって情状酌量の余地を検討するではないか。それは殺された人間の側からすれば許されざるものではないか。本質は同じなのだ。けれど、月は神をきどっていた。いい気になっていた。自分にしか出来ないと思い、月の行為を穢れたものだと言い切った竜崎を貶めた。
(…ごめん…)
「月くん、月くん、顔が真っ青だよ、大丈夫?!」
先ほど発作を起こしたばかりで、頭がくらくらと回った。呼吸が細る。相沢は思い当たるところでもあるのか、少しだけ不審そうな顔をしている。粧裕は泣きそうな―…。
「…大丈夫です。大丈夫。…皆さん、今からまた吹雪になるので、外出はされないよう…。松田さんは相沢さんに父さんや伊出さんの事、吹雪が去った後の話をしてあげてください。…僕は二人の様子を見てきますから…、ああ、大丈夫。僕一人で。竜崎が上手く説明してくれています。」
そう告げると、絶対に部屋から出るなと言明して、月は制止の声を振り切って部屋を出払った。


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