■【Lovers】■ 12

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 独

イタリアがとんでも無い事を言いだしたので思わず怒鳴りつけると、イタリアは何で怒鳴られているか理解出来なかったらしく
「ヴェッ?!何、ドイツ!ドイツもぱふぱふしたかった?!一緒に頼んでみる?!」
と輪を重ねてとんでも無い事を言い出したのでその口を塞ぐ為に立ち上がる。途端に逃げ足ばかり早いイタリアが脱兎の如く走りだした。
「待たんか、イタリアぁあぁあ!」
「待てって言われて待つヤツなんていないよドイツぅー…!」
わあんと泣きながら、イタリアがちょこまかと店内を走り回る。
酒のせいで幾分か思考の低下したドイツは、貸切で他の客がいない事もあって全力で後を追った。
(イギリスとしたいかだと?!…出来るか馬鹿者ー!!)
イギリスがイタリアに隠れるようにした時、ちょっとばかり羨ましさを感じてしまった事は確かだが、それはもう男の性というものであって、イギリスだからどうこうというものでは無い。
(それにそういう事は愛と誠意を以てだな…!)
『男にして下さい!』などという気軽で単純なもので挑んでいいものではない筈だ。第一相手に失礼だ。
イタリアの言うように、イギリスの以外な一面を可愛いと思ったのは確かだし、兄の事を尋ねた時に醸し出された色香には正直くらっとしたが、兄の想い人に懸想するつもりなどドイツには無かった。
(…出来れば幸せになって欲しいと思っている!)
だからと言って兄を贔屓しようというワケでは無い。他人の恋路を邪魔しようとは思わない。だからイタリアが本気だというのならば、止めはしないが、だからと言って軽い気持ちなら引っかき回して欲しくはなかった。
まあ、本当はただのその場のノリで口にしているだけという事は分かっている。
(だが、コイツならやりかねん!)
ラテン系は時々思いもよらないような事をする。
あと、正直そういう直接的な事を聞くのは物凄く恥ずかしい。
そういうワケで
「貴様ぁあぁあ!そこに直れえぇえぇ!」
「無理だよドイツー!あっ兄ちゃん助けてぇえぇ!」
ドドドドと砂場であれば砂塵を撒きそうな勢いでイタリアを追いかけた。密室で逃げ場が無いからか、それとも酒の所為かイタリアのすばしっこさも半減されている。あともう少しで手が届くと思った瞬間、イタリアがかくんと90度、折れ曲がった。伸ばした手が空を掻いて、
「…っ!」
目の前に椅子に座ったフランスとスペイン、それから、イギリスの姿が視界に入った。突如として脳内に送りこまれた情報に、ドイツは度肝を抜かれつつ、慌ててブレーキをかけた。
三人のびっくりした顔。
突っ込まないように体重を背後にかけ、足に力を入れたが、そんなに急に失速出来るものでは無い。
せめて横に飛び退こうとしたが、ローテーブルに足が引っかかってダイブする方が早かった。
どんがらがっしゃんと、小説の中でしか起こらない展開で、小説の中でしか聞かない音と共に「うわっ」とか「ぎゃあ」とかいう悲鳴が耳に届く。
「…〜〜〜」
それを混乱の中で知覚しつつ、倒れ込んだドイツは向こう臑を打った痛みと、その他の打ち身など諸々の痛みに顔をしかめながら、惨劇の後の静寂の中で身を起こそうとした。
「…っ」
酒を呑んだ後の大激走だったからか急激に酒が回って、体に力が入らずぐったりとする。
それでも何とか起き上がって現状を確認しようと鈍った手足に力をいれた所で、ドイツの程近くから悲鳴が聞こえた。
「ひぁっ!」
「……………」
耳元で聞こえたソレに、途方も無く嫌な予感が脳裏を掠める。
若干ぼんやりとした頭で原因究明の為、一つずつ力を入れていく事にしてまずは奇妙な形に折れて下敷きになっている右腕に力をいれてみた。特に問題は無い。
「…っ!」
では一応自由を得ている左手はと思い、其方にそっと力を込めた所で、息をつめる音がした。
左手だ!問題は左手にあるのだ!ではその問題とは一体何なのか。
ドイツは考え、再び少し力を加えてみた。
何かふわっとした、だが弾力もあるものだ。
絨毯では無いだろう。声が上がる所をみると、人体のような気がする。
(そうか…人体か…。人体にこんなパーツあっただろうか?)
よく分からない。思い当たる事といえば、メタボリックな腹部ー…。手のひらサイズの丸みのある脂肪の塊ー…?
「あっ、ちょ、何時まで揉んでんだ馬鹿ぁあぁ!」
耳にきーんと来て余計に頭がぐらぐらした。
「つか、重い!圧死する!どけっクラウツ!」
「…イギリス?」
やっと先程の声がイギリスのものだと理解した。
では、これは…
「っ…」
ふにゃり、とした脂肪の塊の見当がついてざっと血の気が引く気がした。
火事場の馬鹿力で上半身のみだが何とか起きあがる。
「すすす済まないイギリス!」
脳内は一気に酔いが覚めたが体の方はあまり言う事を聞いてくれない。
胸を触っていた手の方をイギリスの頭の横に置いて何とか体重を支える。ぶわっと額に大量の汗が滲んだ。
混乱するドイツを余所に、イギリスは重圧から多少解放されたのか、目を閉じてほっと息をつく。
「…!」
ふわっとイタリアに食べさせられたジェラードの甘い香りの吐息が吹きかかってドイツは思わず呼吸を止めた。
しかも間近にある顔のその瞼がそっと閉じられてしまって、正直、声にならない悲鳴が口から洩れなかったのは奇跡だと思った。
(こんな間近で目を閉じてくれるな!!)
引いていた血の気が顔に集まって来るのを感じてドイツは現状に更なる動揺を覚える。
その緊張と混乱を察したワケでは無いだろうが、願い通り、ゆるりと翡眼が覗いて、ドイツの思考は一瞬止まった。
「…ドイツ?」
倒れる時にドイツがとっさ庇ったらしい頭は無事らしいが、背中をしたたかに打ちつけのか、涙の幕が張った瞳が至近距離でドイツを射抜く。
薄い唇がドイツの名前を呼んで、更に女性にしては少し骨ばった指先が頬を撫でた。
「…お前もしかして腰たたねぇ?」
「………」
「おい、クラウツ!」
「あっ、いや、その……、…面目ない…」
蔑称を聞いてはっと我に帰って質問の内容を理解した。気まずげに視線を逸らしつつ、込み上げる羞恥心からぼそりと答えると「そりゃ酒飲んであんなに走りゃあなあ…」と溜め息をつかれた。
「…すまない」
消え入りそうな声で呟く。イギリスが吹き出した。
「お前でもこういう失敗するんだなぁ…」
そう言って、僅かな隙間から器用に抜け出すと、手を取って体勢を整えるのを手伝ってくれた。
「〜〜〜〜〜〜」
本当は振り払ってしまいたかったが、善意の行為である為そんな事は出来ずに、無防備に近付けられた体温を意識しないようして、とりあえず腰を下ろす。それを見届けたイギリスが「あーこいつら皆伸びてやがる…」と周りを見渡した所で、
「うおっ!なんじゃこりゃあ!!」
タイミングがいいのか悪いのか用を足しに行っていた兄が戻ってきたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英

ドイツが突っ込んで来て皆をひっくり返したのは、まぁいいだろう。
それでほぼ全員が脳震盪を起こしたのも、許容範囲内だ。(因みにオーストリアやハンガリー達は既にいなかった)
こいつらは皆酒が入っていたし、ソファーごと倒れたから、気を失うのも仕方がないと言える。
許してやろう。
だが、
「いや、まだ腰のたたねぇお前がこいつら全部どうこうとか、どんだけ時間がかかると思ってんだよ」
トイレに行っていて無事だったプロイセンと先に奴の家に帰れとかは無理な相談だ。これが計画的犯行だったらとりあえずボコボコにしてやらないと気が済まない。だってどんな拷問だ。合わせる顔もなければ、問い詰められるのも困るのだ。
問い詰められて、見捨てられるのが怖い。だが愛を囁かれるのはもっと恐ろしい。またうっかり流さろとドイツは言うつもりなのだろうか。
取り憑かれた被害妄想を振り払いながら事態を回避するべく頭を回す。
どうにか状況を打破しなければ、困った結果になってしまう。
好きだと言って貰えるのは凄く嬉しい。イギリスだって好きだと自覚している。好き。好きだ。
けれども…イギリスの心情に問題があり過ぎた。
自分自身の感情に信頼がおけないという初歩から、それこそ別れまで。
特にプロイセンは亡国と言っても過言では無い。今すぐいなくなったっておかしくは無い状態なのだ。気持ちがなくなって嫌われるのは辛く耐えられないだろう。だが、死に別れるのはもっと、無理だ。だってそれからどれだけ生きればいいのかなんて、考えるだけで身が竦む。こんな状態で恋愛をしろ、なんて『死ね』と言われているのと同義だ。少なくともイギリスにとっては。
だから、恋愛はしたくない。特にプロイセンとは、したくない。出来ない。
失うのが、怖い。
だったら嬉しくて幸せな時間なんて最初から得られなくても構わない。その代わり、これ以上進めたく無かった。これ以上大切になんて思いたくない。思われたくもない。嫌われて構わない。ここで終わって構わない。
(今まで受け取ったものだけでいい。それ以上はいらない…欲しく、無いんだ!)
だからイギリスは弁を弄す。
「俺だってイタリア兄弟くらいなら運べる。酒も呑んでないしな。お前ん家に泊まっていいっつーなら、二台か三台に別れてタクシーで運べばすぐに事が済むだろ」
プロイセンと視線を合わせないように、伸びている奴らを見渡す。それから座り込んだドイツに「違うか?」と問いかけると、「む…」と低く唸った。
「いいんじゃねぇの?俺が助手席で後ろにフランスとスペインぶち込んで、もう一台の助手席にお前が座って、後ろがイタリアちゃん、お兄様、イギリスで収まるだろ。乗せる時も下ろす時も俺様が手伝えばいいんだろ?」
甘い含みなど一切無く普段通りのプロイセンの態度に安堵半分、しかし嫌われて構わないと思った癖に胸の痛みを感じてイギリスは自身を馬鹿じゃないかと嘲笑う。
見限らたのかもしれないというだけで、胸が痛い。不安で堪らない。
(…やっぱりこれ以上は無理だろ)
たった一週間でこれならば、これ以上好きになれば耐えらる筈などない。こんな身勝手な感情に振り回されるのは御免だと唇を引き結んでドイツの回答を待った。
ドイツが「ではそうしよう。迷惑をかけてすまないな」と謝るのを聞いてほっと胸を撫で下ろした。心の中だけでだしに使って悪い、と謝辞を述べてイギリスはさっさとイタリアの元に足を向けた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 南伊

鼻孔を擽る花の香りと、揺れる度に頬を擽る何かに覚醒を促されてゆっくりと瞼を開ける。
最初に視界に入り込んだのは、薄い暗闇。時々チラつく何かのライト。それから誰かの足だった。
時々揺れるのはどうやら車内にいるかららしい。
(…あー、頭痛ぇ…。何だ?この状況…)
頭はズキズキするが、ぼぅっともする。あまり体を動かしたくなくて、誰かに寄りかかったまま微睡む。
(…スペインか…?なら…)
適当に処理してくれるだろうと回らない頭で思って瞼を閉じる。ついでに意識を切り離そうとした所で平生から気に食わないと思っているジャガイモ野郎の声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「問題ねーよ。それよりお前は大丈夫なのかよ」
「問題ない。…面倒見がいいんだな」
「は?!」
「ロマーノの事だ。たんこぶが当たらないように支えているんだろう?」
『ロマーノ』、自分の事だ…とロマーノは思った。しかしその話題に返答するのはスペインでは無い。
「こっ、これは、隣で呻かれたら煩いからであって、別にコイツの為じゃ無いんだからな!俺の為なんだからな!」
「そうか、まぁそんなにむきになるな、イギリス」
「むきになってなんかねぇよ!」
『イギリス』
(隣に座ってんのイギリスか?!)
背筋がぞっと冷えて、一気に思考が覚醒した。しかし微動だにしなかったのは流石だと自分の本能を讃える一方で、
(何だってイギリスの野郎が隣に…)
肝を冷やしたまま記憶を探って、はたと思いついた。
(そうだ、あのバカ弟が飛びかかって来て…)
体重を支え切れずにベネチアーノ共々ひっくり返ったのだった。
星が散るような衝撃後の記憶が無いので、その時気絶したのだろう。
(後で覚えてろよ!)
拳骨一つでは済ましてやらないと誓って、それでもどうしてイギリスが…と思う。
(…ソファーごといっちまったって事か?)
それで運よく気絶を免れたイギリスに付き添われている…と。
(放置してくれた方がマシだコノヤロー!)
でなければ、後部座席に放り込んでくれるだけで良かったのに。
(…いっ!)
「あ…」
倒れた時に出来たのだろうたんこぶが、大きなカーブにさしかかって座席に触れた。
だが、たんこぶがそのまま座席に押し付けられる事は無かった。ロマーノの頭を支えている腕が強くイギリスの方に押しつけられたからである。
(う…あ…)
今までは肩の上だった頭がカーブの遠心力から守る為に強く引き寄せられた。そこはもう肩口というか胸である。
柔らかい所に鼻先を突っ込んでいる。コイツはイギリスだと思っても体温が上がった。
(な、何しやがんだコノヤロー!)
カーブを曲がり切ったが、体勢を整えなおすのが面倒だったのか、ロマーノの顔はイギリスの胸元に押しつけられたままである。つい先日まで男だったからかかもしれないが無頓着に過ぎるだろ、と内心悲鳴をあげた。
(マジで勘弁しろ!)
女の子は好きだがナンパが成功した事は殆どない。よくてお茶を飲んだ事くらいだ。こういうのには慣れていない。
だから普通でも緊張するというのに相手がイギリスとあっては、更に体に力が入ってしまうではないか。
(…つーか、今意識があるってバレたらどうなるんだ…?)
想像したくない所であるが、恐らくボコボコにされるのだろう。
思わず身震いをして、しまったと思う。イギリスが「ロマーノ?」と問い掛けてきたが、恐怖で舌の根が凍りついて返事は出来なかった。
「起きたのか?」
恐らく助手席に座っているジャガイモ野郎が聞いてきて、しかしイギリスは「いや、違ったみたいだ」と答えたのでほっとする。とりあえずはバレていないらしい。
しかし、いつ起きるかが問題だ。恐らくタクシーが止まる前後が理想的だろう。誰かに運ばれるのを誤魔化す演技力はロマーノにはない。
(シュミレーションしとかねーと…)
と、内心ビクブルしながら必死で色んなパターンを想像する。
どのパターンにせよ、ロマーノがイギリスに寄りかかっていた、という情報がうやむやに出来る状態が望ましい。そうするには…
などと考えていた筈の思考が、いつの間にかふっつりと途切れてしまった事にロマーノは気付かなかった。
何故なら、いつの間にか髪を梳きだしたイギリスの指先の感触が、あまりにも気持ち良くて眠気を誘ってしまったから。
ロマーノは幸か不幸か再び寝入ってしまったのだった。


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