■【らぶラブらぶ】■
12
… side ギルベルト … 風呂を上がるともう寝るだけである。 ギルベルトは乱暴に水気を拭きとるとリビングに戻った。そこには緊張している風のアーサーが座っている。髪は乾かし終わったようで、テーブルの上に置かれたドライヤーは沈黙していた。ぎゅっと握られた拳が膝上に鎮座しているのを見ながらギルベルトは「アーサー」と声をかけた。 「…!早かったな!!」 「そうか?じゃあ行こうぜ」 声をかけた途端にパッと顔を上げたアーサーにそう促すと、アーサーは若干顔を強張らせたまま、 「…あ…うん…」 と頷いた。 ここで「うん」って言っちまうのかよ、と思いながら近寄ってアーサーの手を取る。びくりとアーサーの体が揺れたが気にしないことにした。 「っていうか、お前は髪乾かさなくていいのかよ…」 「放っておきゃすぐ乾く」 そう言いながらもう片方の手でドライヤーを掴んで所定の場所に戻すと、そのまま自室のある方へ連れて行く。アーサーも相当緊張しているようだが、ギルベルトだって余裕があるわけではない。ギリギリ顔に出ないようにしているだけで、心臓はバクバクと脈打っている。手は汗ばんでいないだろうか、とか、心音は聞こえていないだろうか、などと頭の中は混乱を極めている。 あまりアーサーを見ないようにしながら階段を上り寝室に入ると手を離した。所在なげに立っているアーサーを一瞥してから部屋に鍵をかけると脇をすり抜けてサイドベッドの明かりに手をやった。 「そっち消していいぞ」 「………」 無言でアーサーが入り口のスイッチを切ると部屋は一層落ち着いた雰囲気になる。 「ほら、来いよ」 ベッドの奥に詰めて隣を示すと硬直した体が少しずつであるが近付いてきた。 ここまで緊張しているにも関わらず前言を撤回しないというのは、もしかしたらアーサーにもその気があるのだろうか。 (…考えがまとまらねぇ…) ここに来た理由には検討がついたが、そこで思考が止まっている。アーサーは全てを理解した上でここにいるのだろうが、それからアーサーがどうしたいかまでは考えが及んでいない。 アーサーがベッドに腰掛けて、緩慢な動作で潜り込んで来たのを確認してからサイドの電気も消す。緊張した体をぐいっと抱き込んで心臓がいよいよやばい事になっているな、とどこか冷静ぶった頭で考える。アーサーの鼓動も自分と同じように逸っているのだろうか?しかし、正直自分の心音が耳に響いてアーサーの心音なんてとてもじゃないが聞こえない。 (ああくそ…) いっそテンパッて殴って落としてくれないだろうかと思いながら体を密着させる。棒状になった体を感じながらふと違和感に気がついた。 (あ、こいつ…) やっぱ女だと確信してそれでなくともヤバい鼓動が二割増しになった。もう体中が心臓になってしまったような気さえする。 しかし、どうやらアーサーは胸を隠すのを忘れたらしい。 (忘れたのか、わざとなのか…) わざとの筈が無いと思いながらも、この家に来た目的が頭を過る。だが論理的に思考を組み立てることが出来ずに眉間に皺を寄せた。 もしも誘われているのなら頂かない手筈などない。 しかし、しかしだ。ただ単純に混乱して忘れてしまったという事もありうるというか、有り過ぎるのでちょっと迂闊に手が出せない。アーサーは結構迂闊なのだ。 (ちくしょー!) 心の中で叫んで小さく息を逃す。 一応さっき抜いたのが良かったのか、それとも緊張しすぎているのか、熱は持っているが我慢ならないというレベルではない。…というか、なんか失敗しそうな気がして二の足を踏むしかない。ヘタレだということなかれ。きっとチャンスはまたすぐに巡ってくるだろう。 (これは抱き枕抱き枕抱き枕…) 呪文のように繰り返しながらとりあえずギルベルトは寝ることに専念した。 … side アーサー … 一緒に寝るなんてアリかよ! 混乱した頭でベッドに横たわりながらアーサーは今にも爆発しそうな頭でそう思った。 もうずっとギルベルトに対する文句で頭が占められている。 (くそっ…こいつ何考えてんだよ!) ギルベルトはアーサーを抱き込んだまま身じろぎもしない。もしかしてもう寝てしまったのだろうか。 寝てしまったのならそちらの方がいい。息を殺して心臓を逸らせなくとも済む。 アーサーには『普通』がよく分からない。普通この年頃の男が、友達同士で一緒に寝るだろうか。 (そっち系の奴ってんなら分かっけど…) ウチの学園は男子校だ。姉妹校がすぐ近くにあってそっちは女子校になっていて、年に幾度か交流会などもあるから完全に男子校とも言い難いが一応男子校だ。 学則では不純異性交遊は禁止と書かれていたりするし、アーサーも目を光らせているが、中には親公認というか、相手校に許嫁がいるなどという例も多々あり、羽目を外してない限りは容認している面もある。ただ、女子の全体数が少ないのも手伝って外でひっかけられない奴らの中には幾らかは男色に走るやつも出てきたりするのだが…。 (こいつもそっち系なのか?) けれどベッドに入った後に何か仕掛けてくる様子はない。というか卒業するまでにいい雰囲気にならなきゃいけないとはいえ、今の状況で誘惑されるっていう事はイコールそれって男色ってことにならねーか、とアーサーは思う。 それは大変不味いのではないだろうか。 とにかく、こいつがそっち系なのかどうか確認するのが重要だ。いきなり襲われて秘密がバレた上に男色でしたじゃ踏んだり蹴ったり過ぎる、とアーサーは焦った頭で考えた。 (なんかこの間も舐められたりしたしな…) 「ギルベルト?」 ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思い、とりあえず、寝ているかどうかの確認をする。 返事はない。どうやら寝ているみたいだ。 (だったら…) アーサーはごくりと息を飲むと布団の中でそっと腕を伸ばした。大体の位置を頭に描いて、指先を滑らせる。 触れた途端ビクリとギルベルトの体が跳ねて、一旦指を離す。 「………」 「………」 どうやら起きたのではないようだ。となると、単純な体の反応だろう。 アーサーはもう一度ギルベルトの体にそっと触れた。 正確にいうと股間のナニを触ってみた。 (…ううん……これって勃ってんのか?) 触ってみたけど、いまいちよくわからない。アーサーは首を傾げながら服の上から丹念に調べてみた。幾許もしないうちに手の中の容積が増えてほっと息をする。 (今勃ったって事はさっきまでは特に反応してなかったって事だよな!) つまり、アルフレッドと同じで単純に怖かったから添い寝を所望しただけのようだ。 アーサーはほっと肩の力を抜いて苦笑した。 (なんだ。ったく驚かせやがって) アルフレッドのように叫んだり泣いたりしていれば分かりやすいものを、いつもしないような真面目な顔をしてこちらを見てくるので変な誤解をしてしまったでは無いか。 (怒りも過ぎたら逆に冷静になるってのと一緒だな、きっと) なんか多分そんなのと一緒に違いない。 (つーか、よく考えてみりゃ、こいつエリザベータに惚れてるんだから男色なワケねーじゃねーか) フランシス達とナンパに行っている事を考えてみれば男色のだの字も無さそうだ。 (エロビデオも巨乳だったしなー) いらん心配をしたとアーサーは手を引っ込めると警戒を解く。安心すると一気に眠気が襲って来たので、アーサーは欠伸を漏らすとぬくもりのある方へと擦り寄って、それからかくんと眠りに落ちた。 体内時計が朝を告げているのか、アーサーはいつも同じ時間に目を覚ます。起きたては若干ぼーっとするが、それでも同じ時間に目が覚めるので我ながら便利なもんだと自画自賛する。 「ふぁっ…」 大きな欠伸を漏らしていつもと風景が違う事に気がついた。 (えーと?) バイルシュミット家に家政婦しに来たのだったと思ってから、いやいやと心の中で首を振った。バイルシュミット家で宛がわれた部屋とも違う。というか、なんか…。 (背中?) アルフレッドの家…は行ったことはないし。 (あ) ギルベルトだ。 (そうだ、昨日コイツのベッドで寝たんだった) ゆっくり身を起こせば、ギルベルトは壁の方を向いて寝ているようだった。 (はは。こいつ色気ねーなー) 他人とベッドを共にしているのだから何も壁の方を向いて寝ることはあるまいにと思って思わず笑う。これがひっかけた女と一夜を共にした後だったらきっと次回にはお呼びがかからないだろう。 流石に『一人楽しすぎるぜー!』とか豪語しているだけあるな、と忍び笑って、ギルベルトの目の下に隈が出来ているのを発見した。 (あ、隈) 指先を伸ばして目の縁をなぞる。昨日はアーサーよりも早くに寝てしまったのに何で隈なんぞを作っているのだろうか。 (魘されて途中で目が覚めたとかか?) なんかありそうだ。やはりかなりの怖がりなのだろう。 (怖いなら見なきゃいーのに) だが、毎回怖いと泣きながら見ている奴が身近にいるのでこいつもそのタイプなのだろうと見当をつけて、アーサーは一人納得すると物音を立てないようにベッドから抜け出して上着を羽織った。 (いつも鍵とかかけてねーくせに) 部屋を出ようとして鍵がかかっているのに気がついた。朝用があってノックしてから部屋に入ることが時々あるが、いつもはかかっていないよなと記憶を反芻してクツクツと喉を鳴らす。お化けが怖くて鍵を閉めるなんてどこの子供だろう。 (まあ弟よりも精神年齢低そうだしなー) 鍵を開けて階下に降りる。洗面所で歯と顔を洗って部屋に戻ってからとある事に気がついてアーサーはざっと血の気を引かせた。 (!!!!!!!!!) 昨晩パニックに陥ったせいで特殊ベストを着こむのを忘れていた。あわわと胸を触る。こんなの一発でバレるではないか。 (え、っちょ…!!!!) 上着を羽織っている時はまだいい。アレで体型がばれないように工夫してある。しかしベッドに潜り込んだ時には脱いだ筈だ。その時明かりはついていただろうか。 (えっと…ああ、どうだったっけか。ついてたか?!) 挙動不審に辺りを見回してみるも何の解決にもならない。 (つーか、脱いだ時に明かり云々よりもだな!) ベッドに入った時に抱き寄せられて、あれで気付かれていないとは思えない。 (いや、でもあいつすぐに寝たし…!!!) 股間に触れた時もどうにもなっていなかった。貧弱な胸にその気になれなかっただけという可能性もあるが、オバケに気を取られて気付かなかったという可能性もなくはない。 (そうだよな!気付いたら何も言わねー筈もねーし!!) そうだと思いたい。気付いていて見なかったフリをしているのではないと思いたい。 (いやまあ黙っててくれりゃあ最悪気付かれても構わねーんだろーけど…) 一緒に暮らせないとかなったら大変困る。大事になるのが一番困る。 (下手に他人に相談したりされるよりかは先んじて聞いてしまった方がいいんだろうけど…) 女だとバレたか、とか聞けない。もしも気付いてなかったら自ら暴露する事になる。 かと言って何か気付いた事があるか、などとも言えない。隠し事がありますよと言っているようなものだ。 (ああああ〜〜〜〜どうすりゃいいんだ!) 部屋の中をうろうろと歩きまわる。本当は答えなんか分かり切っているが、ウロウロせずにはいられない。 (何事も無い顔して相手の異変を窺うしかないんだろうけど…!) だが、それが難しいのだ。 相変わらずウロウロしていたら、ノックの音が聞こえて「何だ?!」と声を上げる。 「アーサー、起きているか?」 「えっ?あ、ああっ、ちょっと待てよ!」 気が付いたら、起きた時間から軽く1時間以上過ぎているではないか。どれだけ動転しているんだ、と慌てて部屋をチェックした。特に怪しげなものは出ていない。 アーサーは小走りで扉に近寄ると鍵を開けて顔だけ扉の隙間から覗かせ。 「悪い、寝坊して…」 真っ赤なウソだがそういう事にしておこうと思う。 「…別に構わないが、ホラー映画なんか見るからじゃないのか?」 「…ああ、そうだよな。今度から気をつけるよ」 「足音が聞こえたから寄らせて貰ったが、俺は今から学校だ。昨日頼んでおいたクリーニングの件を宜しく頼む」 「制服な、分かってる」 「今日も夕方に戻る。朝食はラップをかけておいてあるからそのまま食べればいい」 「悪い」 「では行ってくる」 ルートヴィッヒに「気をつけて」と返して扉を閉めた。一応いつものように対応出来たが、ギルベルトに対しても同じように出来るとは限らない。 しかし、このまま閉じこもっているわけにもいかず、服を着替えると朝食を詰め込んで家事に専念した。一階の汚れを親の仇くらいに撲滅させて、クリーニング屋に出かけ、戻って来る頃には大分落ち着きを取り戻す事が出来た。 時計は十時を過ぎている。二階の掃除をしてシーツも交換したいのだが、ギルベルトを叩き起こすのが躊躇われる。 (あ、明日でいいか?) 天気予報では明日も晴れだ。一日違うくらいでどうという事はないだろうと思っていたら、足音が聞こえてビクリと跳ね上がらる。 「よー…」 「お、おう。コーヒーでいいか?」 「…ああ」 それっきり沈黙が落ちて、いたたまれない。 ギルベルトは寝起きが悪いが、今日のような事は今までなかった。 (バレてたりするなよ…!!) 心の中だけで祈って、サイフォンにコーヒーが溜まり終わったのを確認するとカップに移した。それをギルベルトの前に置くと、いつにない声音で「あのよ」と声をかけられる。 「…なんだ」 「昨日の事なんだが」 (やっぱりばれてたのか?!) ざっと血の気が引いた。 では、昨日は気が動転して寝たフリをしていただけだったのだろうか。 「あれは一体どういうつもりだよ」 終わった、と思った。どっと冷や汗が出て、めまぐるしく思考が空転する。 どうしよう、どうしよう、どうすれば。 (まず、説明して、納得してもらって、あとは口止め…だよな) これ以上下手をうつわけにはいかない。どうやってでも納得させなければならない。 アーサーが覚悟を決めて顔を上げると、そっぽを向いてコーヒーを飲んでいたギルベルトが溜息混じりに口を開いた。 「お前は他人の股間を触る趣味でもあるのかよ」 「………………………………………………………………へ?」 「『へ?』じゃねえよ。昨日触っただろ。俺様マジびびったぜ」 「………………え?え?あ、ああ!!」 「お前人様の大事な所弄っておいて忘れるんじゃねえよ!」 「いや、悪い!ああ、うん。そういう事な。っていうか、お前寝てたんじゃなかったのかよ」 「あんなところ弄られたら起きるだろ、普通」 「そ、そうだよな!ハハっ、いや、悪い。なんかお前、そんなに怖がってるように見えなかったのに、俺の冗談に頷いちまうから、そっちの気でもあんのかと思って…」 「で、確認したってワケか?」 「いや、本当、マジ悪い」 乾いた笑みを貼り付けて謝ると、ギルベルトは腹の底から…というような溜息を吐いた。 「お前、他所であんな事するんじゃねーぞ」 「わ、分かってる」 悪かったともう一度謝ると、ガリガリと頭を掻いてまた溜息を吐いている。 道理で背を向けて眠っていた筈だ。隈を作っていたのも、怖かったのではなくて、いきなりそんな事をされて考え込んでいて眠れなかったという事なのだろう。 アーサーがギルベルトの事を同性愛者かと心配したのと同じで、ギルベルトもアーサーに同じ疑いをかけていたのだと思うと悪いなとは思ったが、アーサーは心底安心した。 「悪かったって。今度何か詫びするからそれで許せよ」 「詫び…なぁ」 笑って言えば胡乱な視線を寄越されて、慌てて付け加える。 「あ、因みにそっちの気はないから安心しろよ!」 「そっちの気って?」 「同性交遊?」 嘘は言っていない。 「ふーん」 ギルベルトはずずずとコーヒーを啜るとぽつりと漏らす。 「俺様、誘われてんのかと思ったぜ」 「そんなワケないだろ!」 出来れば誘惑しておかなければならないのだろうが、現在色んな意味において押し倒されるのは大変困る。今回の事でハッキリしたように、今後深めるのはとりあえず親睦のみだ。 間違っても他人の股間なんぞ触ってはいけないだろう。 (つーか、俺、意外と抜けてんだな…) ベストの着用の件でもそうだが、夜にベッドで股間なんぞを触られたら確かに誘われていると勘違いしてもおかしくはない。ベストはうっかりだが、そっちはうっかりどころの話ではない。根本的に色んな所が駄目だろう。 自分ではしっかりものだと思っていただけにちょっとショックだ。 アーサーは今後はちゃんと気をつけるぞ!と気合を入れるとギルベルトにコーヒーのお代りを注ぎたした。 話が終わると朝食を摂っているギルベルトの許可を貰って、二階の掃除に取りかかったアーサーは満足に仕事を終えて簡単な昼食を取り、それから授業の予習と復習をするために部屋に籠った。 数時間勉強に費やして、その後洗濯物の後始末とクリーニングの受け取りと買い物を済ませばちょうどいい時間になるだろう。 今まで習った所で分からない所などは無いがテキストを開いてざっと目を通す。それから予習をしてみるが、特に分からない問題も苦手な問題もなかった。アーサーは既に家の家庭教師に大学までの知識を詰め込まれている。 (新しい本が欲しいな…) 家から解放された途端手持無沙汰になってしまった。課題も既に終わっているし、必要最低限の学園のテキストでは物足りなさすぎる。簡単過ぎて一時間程度で飽きてしまった。明日あたり専門書が並ぶ書店にでも出向いてみるかと頬杖をついてぼんやりと思う。 (そういえば、ギルベルトに何か詫びをしねぇといけなかったな) 街に出るついでに何か見繕ってもいいかもしれない。 (でもアイツの好きそうなものって言ってもなぁ…) フランシス辺りに聞いてみるかと思ったが、いきなりそんな事を聞けば不審に思うだろう。別に急ぎではないし、明日じっくり店を回ってみてピンと来るのが無ければ本人にそれとなく聞いてみてもいいかもしれない。 そんな風に思っていると、ノックの音と共に声が掛けられて、鍵を外しにいく。 「どうした?」 扉を開けると、まだ気まずそうな顔をしたギルベルトが「外出してくる」と言ったので「分かった」と頷く。 「ちょっと遅くなるかもしれねえから、ベルリッツ達の散歩頼めるか?」 「別に構わねーよ。夕食までには帰って来るんだろ?」 「ああ。支度にも間に合うようにするつもりだけど、間に合わなかったらルッツと作っておいてくれ。絶対一人で作るんじゃねーぞ」 「OK。分かってる」 それだけ言うとギルベルトは踵を返して家をでた。 家に一人きりになったアーサーはこれから何をしようかと首を傾げた。 (犬達と遊んでも構わねーし…、庭木の手入れでもいいよな。久しぶりに刺繍をするんだっていいんだけど…布までは持って来てねーから…) 犬か庭かだ。 布は明日でかける時に見繕えばいい。アーサーには自分名義の手持ちのカードがあるからお金の心配はしなくていい。そんなに派手に使わなければ数年は遊んで暮らせる程の金額だ。それもアーサーが幼少の頃から与えられた仕事の正統報酬といえるから、没収される事もなく、また気兼ねなく使えることが出来た。 とりあえず、散歩も兼ねて犬達を公園にでも連れて行こうと思って玄関に足をむけて、ふと階段に注意が向いた。 今、ギルベルトは部屋にいない。この家には誰もいない。加えて以前ポルノビデオを「貸してやってもいいぜ」とか言っていたのを思いだした。 掃除以外で勝手に人の部屋に入るのは気がひける。人のモノを漁るのもだ。しかし場所を教えて貰った上に『貸してやってもいい』というお墨付きまで得ているのである。ちょっとお邪魔をして趣味のリサーチくらいしてもいいんじゃなかろうか。 ギルベルトの欲しいものなんて考えてみれば質のいいポルノビデオくらいしか思いつかない。この間はわざわざ生徒会室まで漁りに来たくらいだ。需要はあるだろう。 それにアーサーがいい感じのビデオを詫びにプレゼントすれば、彼が心配しているアーサーの同性愛者疑惑を払拭させる事が出来るに違いない。 (それにこれの話だったらフランシスにも振れるしな) こういう系のいいの無いか、と聞けばいいだけである。アーサーは生徒会室でそっち系の雑誌を読んでいる事もあるし、きっと疑問には思わないだろう。からかって来たらしばき倒せば済むことだ。 思いついてみるといい案に思えた。そのほかにギルベルトの好きなものといえば、エリザベータくらいしか思いつかないが、エリザベータはローデリヒの婚約者である。いくら向こう側の会長をやっている仲とはいえ、ちょっとメシにでも付き合ってやってくれねーかなどとは頼めない。流石に失礼である。 ならば、ポルノ一択である。 アーサーは意気揚々とギルベルトの部屋を訪れるとベッドの下を探った。すぐに目的のコレクションが出て来て上の方から検分する。 ビデオと雑誌と写真集。一番多いのはビデオである。 (一番需要があるってことだよな) ふんふんと頷いて、一番上に置いてあったパッケージを開いてDVDを取り出す。 一番上だから、きっとお気に入りか、最近見たものだろう。 アーサーはテレビとビデオを拝借して取り出し口を開けてみた。 「ん?」 既に中身が入っていて、しかもそっち系だったのでちょっと笑ってしまう。よく見ると昨日映画と一緒にレンタルしたもののようだ。 (あー、レンタルして、良作だけ買うってか) 確かに片っ端から買っていったら処分にも困るだろうし、結構な値にもなる筈である。いいのだけ買って、後は友人同士でまわす事によって需要と供給のバランスをとっているらしい。 アーサーは入れようと思っていたDVDをパッケージの中に戻して、とりあえず最近見たであろうDVDを再生してみた。 (…んー?) 傾向をつかめればいいだけなので早送りで見ながらふと疑問に思う。昨日借りて来たビデオが今日にはプレイヤーの中に入っているとはこれいかに。 少なくとも、昨日帰宅してから見たか、起きてからリビングに降りるまでに見たのか、それとも昼食後なのか、この3択しかない。 随分お盛んなんだなーと思ってやっぱりコレで決まりかと、飛ばし飛ばし最近のお気に入りであろう物件を幾つか観察してみた。 (この間自慢してたのは巨乳の姉ちゃんだったけど…) パッケージをみるに大多数が巨乳のようだが、普通から貧乳ものもあるようだ。 (あるようだっつーか、昨日借りてるの巨乳じゃねーし…) 見飽きたのだろうか? お気に入りの女優だから、というわけでも無さそうだから、そういう気分だったのかもしれない。 (ふむ…) リサーチしていたら何時のまにか夕方になっていて、アーサーは元にあった所に戻して部屋をでた。 (んじゃとりあえず二種類頼めばハズレはねーだろ) と、とんでも無いことを思いながら。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |