■【冬の陽だまり・夏の影】■ 16 【冬の陽だまり・夏の影】 ―１５― 「私は、もうだめです…」 「どうした？」 　それからしばらく経った来学期を迎えようとする春のことだった。 　青い顔でフラフラとトイレからえるが出て来たので、照は読んでいた本から顔をあげて支えるように腕を取った。 「昨日から体調が優れないと思ったんです…。下血してしまいました。病院にいかないと…」 「……」 「救急車でなくても大丈夫だと思うのですがー…」 「竜崎」 「…はい」 「それは、月経では無いのか？」 「………」 　あまりもの真剣な顔で不調を訴えるので、言おうかどうか悩んだが、病院に行ってただの生理ではどうだろうと思い聞いてみる。押し黙ったので、どうやらアタリだ。 「…初潮か…」 「………」 「どうしたものだろうな…。用意はしてあるのか？」 「ええ…まあ、…はい。…そういえば、以前トイレに生理用品が増えていたことがあって、無言の気遣いにポーチの中に入れておくようには、しています。…ですから、ええ。鞄の中に入ってますので…って何でそんなに落ち着いているんですか！？」 「慌ててもどうにもならんだろう」 「…うぅ…何だかとても恥ずかしいです。下血とか言った私がバカみたいです…」 「確かにな。お前は頭はいいくせにどこか抜けている」 「…〜〜〜〜…今は言い返せないのが、ムカつきます…っ」 「で、トイレはいいのか」 「よくないです。行ってきます…」 　鞄の中からボーチを掴みだして、トイレに戻って行くえるに、思わず照は失笑する。まさか下血と言われて初潮を宣言されるとは思わなかった。 （そうか…なんとなくまだではないかと思ってはいたが…） 　普通はこういう場面でもっと動揺するのが普通なのかもしれないが、何故かなんとなく嬉しい気分になったことが不思議でならない。 （…しかし、『もうダメです…』とは…） 　不謹慎だとは思ったが思わず肩を震わせて笑っているとえるがトイレから戻ってきた。 「何を笑ってるんですか…」 　バツの悪そうな顔に「いや、済まない」と答えて「失礼です」と拗ねるえるの顔色をうかがう。 「大丈夫か？」 「…ええ。お腹がズンドコいってるだけで、恐らく平気です…」 　ふぅ、と肩の力を抜いて隣に座っている照によりかかるえるの重みを受けながらつと照は口を開いた。 「お前が高校に入るまでは…」 「はい？」 「節度を保とうかと思う」 「は？…えーと…、え？今更ですか？」 「まあ、そうなんだが…。初潮と聞いて、思った。やはり身体が出来上がるまでは…な。高校でも早いくらいなのだろうが…」 「………」 「どうした…」 　えるが俯いて黙ってしまったので、小さな頭に向かって問う。「いえ」と答えた肩が小さく震えているのを目にして、照は何か不味いことでも言ってしまったのかと、そっと手をその肩にかけた。 「…竜崎？…！」 　様子を窺おうと体全体をえるへと向けると、がばっと照に抱きついて来たので、ぎこちなく腕を回す。内心動揺してえるの反応を待っていると、小さく声がした。 「ほ、本当は…」 　耳を傾けるとすすり泣くような声がして、思わず息をつめる。 「本当は、怖かったです…」 　涙がジワリと胸元に染みこんで、照は一層切ない気持ちに駆られた。 「妊娠したら、どうしよう…って、怖かったです…。避妊なんて完璧ではないですし、月経も来ないから、毎月検査薬で試して…。買いにいくのも、ワタリに知られないように処理するのも、…怖くて…」 「…そうか」 「身体が変わっていくのも、正直怖いと思いました…。何か得体の知れない波に飲み込まれていくようで…」 「すまなかった…」 「いえ…。私も言いませんでしたし…、…気持ちが良かったのも、本当ですから…」 　漸く自分を取り戻したのか、えるが顔をあげて微笑む。 「…口付けは？」 「………歓迎しますよ」 ≪back SerialNovel new≫ TOP