■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 16

【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#16


視界を白で埋めたのは、サーチライトの光だった。
強烈な光に目が潰れて、立ち尽くした月の体に誰かが体当たりしてきたと思ったら、ガクンと後方に引っ張られて危うく鞭打ちになりかける。
「そのまま!」
「無茶言わないでくださいー!!ひーっ!!!」
鋭い声に、焦った声。
危うく南空を落しそうになりながら月と南空の腰に抱き付いている松田の悲鳴を耳元で聞く。
車のように疾走する躯体に半分取り込まれてはいるが、現在月達の命綱は松田の腕のみで月は焦って自由な片手で辺りを探る。彼の腕が重量に耐え切れなくなったら一貫の終わりだ。
滑走スピードによって、足が宙に浮く。下手を打てば風圧に吹っ飛ばされる足場のない不安定な感覚にぞっとしながら開口部のドアを探りあてた月は「松田さん!」と叫ぶ。
「松田さん!少し動きますので、よろしく!」
「ええええ!?」
未だ雪崩れが追いかけて来る恐怖とも戦いながら、松田を機体にくくりつけてある命綱を掴むと思いっきり片足を上げる。開ききった扉に足をかけることに成功すると、手と足に思いきり力をこめ、体を引き上げた。
「くっ…」
半分、南空と共に機体に乗り上げることに成功してほっとした途端、今度は竜崎が怒鳴るように警告を発した。
「飛びます!どこかに捕まってください!」
「え…っ、うわっ!!!」
浮遊感に襲われた途端、強風に煽られて声を上げた。振り落とされないように冷や汗をかきながら体全身に力をこめる。足元では雪崩れが間一髪のタイミングで通過した。
その後もいつ墜落するか分からないくらいの揺れに辛酸を舐め耐える。すっかり肝も冷え切ったところでヘリが着陸した。
「…もう、大丈夫です…」
疲れきった声音で竜崎が告げる。松田が「助かった…」とグタリと力を抜いた。
月も九死に一生を得て溜息を吐く。それでも開けっ放しの扉からごうごうと雪が降り積もりこのままではいけないと、未だ霞んで見える眼を擦りながら松田を解放し、南空を早く手当てするように言い含めると月も立ち上がった。
「竜崎…」
覚束ない足取りで操縦席に向かうと、竜崎も大変緊張したのか、ぐたりとエンジンを停止させた操縦席に身を預けていた。月の声でゆっくりと振り返ると大きく溜息をつく。
「全くあなたという人は…。…無事でよかった…」
「竜崎っ!」
ぎゅっと操縦席ごしに抱きつく。
「もう、会えないかと…」
「…私も間に合わないかと思いました…」
今更ながら寒さに拠らない精神的な震えが襲って、月はきつく目を瞑る。
お互いの無事を確認してしばらく立ってから月はゆっくりと体を離した。
「…どうして分かったの」
「…どうして、じゃないですよ。命綱が張ったかと思ったら急に地面に落ちたので焦りました…。怪しいと思って何メートルか引っ張ってみても案の定手ごたえはないし、貴方の発信機はどんどん進んで行くしで…。万一にと思ってスノーモービル以外の移動手段はないかを考えたり、ワタリに連絡をとったりしていたのが幸いしました。まだ試験的な機能だそうですがヘリの足の部分ランディングスキッドにワタリの発明品を皆さんに取り付けてもらったんです。ヘリでも走行できるように改良しました。空を飛ぶよりかは危険性はすくないかと思いましてね。…でも、本当色々と一か八かです。…あまり心配をかけないでください」
濃い疲れの滲む声音に月はごめんと呟いた。巻き込まれると思った時に、またこの声を聞けなくなるのだと思った。
思い起こせば一人はとても辛かった。毎日とっても退屈で、毎日生きている気がしなかった。過去は振り返らないと決めていたけど、何度も手錠生活の頃をなぞった。
隣に竜崎のいない日々…。
あれを竜崎に味あわせるのは、嫌だった。月の時と意味合いも違う。…本当に、助かって、良かった。竜崎を一人にしてしまわないで、良かった―…。
再び腕に力をこめる。竜崎が溜息をついた。
「…まあいいです。月くん、我々も早く中に戻りましょう。南空の容態も気になりますし、相沢さんもそろそろ戻ってくる頃合いです」
促されて月は「ああ」と顔を上げた。暴風雪に首を竦めながらシェルター内に戻ると、中はてんやわんやの大騒ぎで、粧裕があれこれと声をあげている。途中から既に意識はなかったから、命が危ういのだろう。
南空の凍った服を脱がすのに、男共は部屋の外に追い出され、月は祈るような気持ちでそのドアを見つめた。
中で、竜崎や粧裕、お婆さんや、小さい娘子が忙しく動き回っている音が聞こえる。
(どうか、死なないでくれ…)
初めて、人の生を願った。
他人の生死がこんなに辛いものだとは思わなかった。
月は沢山の死に関与してきた。
竜崎の間際も、総一郎の間際も月は自分の手の中で見送った。
自分の死さえも体験したけれど、まだどこか人の生を望む気持ちがリアルではなかった。
(…どうか…)
不意に喝采のような喜びの声が聞こえてドアを見つめる。しばらくして粧裕が「お兄ちゃん!」と笑顔で扉を開けた。
まだ朦朧とはしているようだが、南空の瞳が彷徨って月を捉えた。
「夜神…さん」
「…はい」
掠れた声は、キラと呼ばなかった。
ありがとう、と小さな声で呟いた。

月はこの言葉を一生忘れないだろう。


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