■【Lovers】■ 18

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英

シャワーを浴びて部屋に戻ったら何故かフランスがいた。
「…なんでお前がここにいる…」
眉間に皺を寄せて睨みつけると「コーヒー淹れて来たんだってば」とフランスが笑った。
「いらねえって言った筈だが?」
「お前のいらないはいるって意味だろ?」
「いるって言ったら?」
「譲れないくらいいるって意味だろ?」
「…………」
あっけらかんと言われて脱力した。
イギリスは無言でフランスの対面側にある椅子に座り、コーヒーを啜った。別に飲めないわけでは無い。
「………で?」
喉を潤し、部屋に来た意図を探ると、フランスはカップをテーブルに戻して口を開いた。
「坊ちゃん今日から休暇だよね?久しぶりにウチに来ない?」
「…………」
どう考えても夜のお誘いである。
「何食べたい?おにーさん腕奮っちゃうよ?」
飯については魅力的なお誘いである。
しかし
「悪いけど…」
「おにーさん、お前の事で知らない事があるのが嫌なのよ」
『止めとく』という言葉が即座に遮られて、イギリスはフランスを睨めつけた。しかしどこ吹く風とばかりにフランスは口角を器用に吊りあげて言う。
「お前だってそうだよねぇ、イギリス?」
確定事項のように言われるのは業腹だが、確かに間違ってはいない。
イギリスは視線を外して押し黙ると、腕を組んで瞼を下ろして考え込んだ。
意味も気持ちもわからないでも無い。大変不本意だがコイツの隣国をやって幾星霜。既に千年を越え、その長い間ずっと隣にある相手の事を意識し続けてきた。
最早、相手の事を知ることはライフワークの一部でもあり、本能のようなものである。
癪な話だが、心も体も浅からぬ関係だと認めてもいい。
フランスの事で知らない事があるのは、許せない、そんな思いがイギリスの中にもある。
「……………」
しかし、気分が乗らないのも確かである。別にプロイセンに義理立てしようと思っているワケではないが、フランスとヤる気分では無い。これがスペインなら乗らないでは無いが、フランスは駄目だ。
(…近過ぎる)
他のヤツと寝ることは別に構わない。
昨夜プロイセンはイギリスの頼みに否とは言わなかった。
だからあれはサヨナラのキスだったのだと思うのだけれど、是と言われたワケでもない。
もしも、諦めてくれていなかった場合、嫌われるように仕向けなければならないだろう。その為にプロイセン以外の人物と関係を持つ事は必要な事だと思えた。布石を打っておくのは重要なことだ。
イギリスが誰とでも寝るようなヤツだと実感すれば、きっと呆れて馬鹿馬鹿しいと思うだろう。
嫌われるのは悲しい。それはイギリスの本意ではない。でも、それでも好きだと言われ続けられるよりかはいい。
好きだと言われるたびに、惹かれる心を押し殺さなければならないくらいなら、何度も引き攣れる心を押さえつけて「ごめん」と言う辛さを思えば、嫌われる方が遥かにマシだった。
だから、嫌われる為の準備をする事は構わない。
誰かと床を共にする事自体は構わない。
その為にフランスを利用するのは悪くは無い。けし悪くて無いはずなのだが…。
(…なんつーか…)
昨日ドイツに本音を吐露したせいか、フランスは論外という気分である。
はっきり言って、イギリスは他人よりもちょっとばかり執念深く出来ている。
だから、終わった筈の昔の恋心を少しだけ引っ張りだしたくらいでも、感傷的になれる自信がある。
現に、こうやって目の前にしてみれば、胸の辺りがもやもやしているのを感じてしまうのだから、相当執念深いのだろう。
まあ今現在、心を占拠している奴は別にいるので、流石に寝ても覚めてもフランスの事を考えるというほどではないが、それでも肌を合わせるとなると、躊躇いの方が先に立ってしまうのは仕方のない事だろう。
ややこしいことは御免だ。
(不味ったか…?)
本音を話た事を後悔しかけて、イギリスは内心で首を振った。
ドイツに本音を話したのは、万一の協力を得たかったからだ。
プロイセンを止められる存在があるとすれば、それはフランスよりもドイツだろう。ドイツはあれで情に甘い男だ。それはイタリアとの関係を見ていればイギリスにも分かりうること。
今日無事に逃げ切る事を考えても、これからの事を考えても、ドイツを味方につけることは大変重要な事である。
ああやって情に訴えかけてしまえば、ドイツは今回の事に限っては、イギリスを優先してくれるだろう。
優しさにつけ込むようで気分が悪いが、イギリスは現在いっぱいいっぱいなのである。逃げる為にはなんだってする。それがフランスと寝ることで確実になるというのなら考えないでもないが、そんな保証はどこにも無い。それにフランスと寝たという事実をドイツに知られるのは、大変不味くもある。
(恋が怖いだの何だの言ってて、初恋って言った奴と寝るとか…、信憑性に欠けるだろ…)
万一嘘と判じられてしまえば、そちらの方が痛手である。
それに個人的にも、嘘だと思われるのは避けたい所だ。
今まで三枚舌だのと揶揄られて来て、どう思われたとて今更だが、イタリアと一緒に相談に乗ってくれると言ってくれた事や、『すまない』と抱きしめてくれたのは純粋に嬉しかった。それを裏切りたくは無いし、イギリスとて、何も利用するためだけに本心を明かしたわけではなかった。
僅かながら良心の疼き。
やはり、身内が傷心しているのを見るのは忍びないだろうと思う。だからと言ってドイツに諭されても、プロイセンと関係を進めるのは無理である。
だから、疑問があるのなら、聞きたいとドイツが望むのなら、答えくらいは満足に差し出してやろうと思った。
国としては譲れない事の方が多い。でも、イギリス個人としては、プライベートでドイツの胃を痛めさせるつもりは毛頭無かった。
出来れば信頼を裏切って、その心に傷をつけるような真似はしたくなかった。
(だったらどう甘言を弄されても、フランスの誘いを断るしかねぇよな…)
二人の間には長い固執があり、それに見合うだけの情報も持っている。でも、だからと言って本当に全てを知っているわけでもない。勿論知らないことだって沢山ある。その一つが増えるだけだ。
イギリスは結論を導きだすと詰めていた息を緩く吐いて視線を向けた。
断固とした断りの文句を口にする為に唇を開きかけて、しかしイギリスは口を噤んだ。眉根を寄せて窓の外を眺めているフランスをジロリと見遣った。
(………こいつ)
頼みもしないのに煩く喋るフランスが、今回に限って大人しく待っている。
いつものように変態を晒したりしてくれたら断りやすいのに、窓の外なんぞを眺めながら静かにコーヒーを啜るだけだ。
(…………)
無言の圧力を受けて、イギリスは言葉に窮した。
フランスも本気のようである。
皺が寄り過ぎた眉間を揉みながら、適切な言葉を探る。『お前だってそうだろ』なんて言われて、この雰囲気では、流石に『やっぱ嫌だ』だけでは断りにくい。
少しは譲歩するべきかもしれない。
だが、今日抱かれて心が動かされない保証はない。随分ナイーブになっている自信がある。何せプロイセンとの交際を断っておきながら、その相手に自ら触れる夢を見る程である。今だってフランスの対応に困っている癖に、気を抜けばプロイセンの事を考えてしまいそうになっている。
意識がハッキリしている状態でこれなのだから、それがセックスという頭がバカになる行為を前にして曝け出されない保証はない。
フランスに抱かれながら、みっともなく泣きながらプロイセンを呼んでしまうのは嫌だ。それに過去の幼い恋心が引きずりだされないとも限らない。そうなれば最悪だ。御免被る。
フランス相手に弱みは見せられない。どれだけ、弱みを知られていたとしてもだ。
イギリスは大きな溜め息を吐いた。しかしフランスは無反応である。
仕方なくイギリスは妥協案を口にした。
「…今度じゃあ駄目か」
「…………」
目線だけで『今度って?』と尋ねられて困る。今度は今度だ。明確な時期なぞ決まってるはずもない。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
朝の清々しいはずの陽光が差し込む中、重い無言の攻防を繰り広げる。イギリスはこれ以上譲る気は無い。
いくらそれが今までの慣例のようなものであったとはいえ、義務ではないのだ。積年の腐れ縁とはいえ、譲れない一線はある。
そんなイギリスの意思が伝わったのか、折れたのはフランスだった。
「んじゃ今キスさせて」
(…………)
どんな代案だ。
まあでもセックスよりかは幾分ましである事は確かだ。
「…仕方ねぇな」
呟くとメルシ、とフランスが微かに笑って自らの膝の上を叩いた。
(上に座って俺からしろと…)
しかし背に腹は変えられない。
溜め息を吐き、場所を移動する為に立ちあがる。数歩という短い距離を殊更ゆっくりと歩いてフランスの横に辿りつくと、その膝に横座りして頬を取った。次いで唇を重ねる。
軽く口付けて、少しずつ深くしてゆく。
お互いキスの巧い国の1位と2位である。何にせよフランスに負けるのが嫌いなイギリスは下手なプライドが高じて些か本気になってしまった。
「んっ…ん、…はぁ…」
そうなれば息が弾んで来るのが道理。
喉が鳴って、キスの間に深い息が漏れた。
腰骨の辺りからじわじわと快感が這って来て、イギリスは思わず身を捩る。徐々に無視できない熱さになって、体の至る所から熱が湧きあがって来て、限界とばかりに唇を離した。
「ぁっ、…ん、やっ、…?!」
それでも快感が追って来て、はっと気付く。
(ちょ!何やってんだよ!コイツは!!)
気がついたら衣服は肌蹴られているし、素手で胸を揉まれていて、イギリスはぽかんと口を開いた。
あまりにも自然な動きだったので、いつから脱がされて揉まれていたのか気づかなかった。さすが節操ナシの変態…と感心している場合ではない。
「このバカ!…やめっ!」
キスを迫って来るフランスから無理やり顔を引き剥がしてその手を掴むと熱くなってしまった息を逃して睨みつけた。
「キスだけって言ったろーが!」
「お兄さんは『キスして』って言ったの。キスだけで止めるとは言ってないけど?」
ハメられた。
しかし気付いた時には後の祭りというもの。
ちゅうっと首筋を吸われれば、熱を持った体が反応する。
「こらっ!やめろフランス!ここがどこか分かってねぇのかよ!」
それでもどうにか逃れようとするイギリスの腰を拘束したままフランスはイギリスの体に唇を落として行きつつ笑っていった。
「プロイセン家」
「ドイツの家だバカぁ!」
「間違いじゃ無いでしょ」
「………。」
アイツがいる土地で、アイツがいる家だよね、と言われてイギリスは思わず押し黙った。名前を引き合いに出されるだけで過剰反応してしまう。
まして今いる場所がドイツだと、プロイセンと繋がっていると認識してしまえば否が応でも意識せざるを得ない。
今身に纏わりついている空気も、吸っている空気でさえ国の性格や体を構成する気候そのものである。
そう思うと、目の前の男に手を出されているにも関わらず、間接的に触れられているような気さえして、イギリスは首を振った。
「や…」
かぁっと体内が熱くなって、頬に朱が上る。フランスから身を離そうとした所で、胸の頂きに吸い付かれて、体が反った。
「あっ!…ぁ…ん…、」
くにくにと舌先で突起をこねられて体が抵抗を忘れた。
その間に、ズボンのベルトを緩められ、前を寛げられてしまった。下着の中に指先が潜り、濡れた中に埋められる。
「んあっ」
「…もう濡れてるよ?相変わらずのエロ大使ぶりだねぇ」
意地悪な言葉に「お前の所為だろ馬鹿ぁ!」と詰れば平たい声で「それ、ほんと…?」と言われてイギリスは言葉に窮した。
何が『本当?』なのか、分からない。
「…、煽ってくれてんの?ってコト」
「ちがっ…!ぁっ、ぁっ…」
戸惑っていると、少しばかり柔らかさを取り戻した声が耳元でそう囁いて、イギリスはそれを否定しながら甘い悲鳴を漏らした。
くちゅっといやらしい水音が耳に届いて余計身悶える。
「ほんと、やらしー体…」
「やぁっ…ぁっ…ひっ」
囁かれて、首を振る。だが縋り付きながら喘いでいれば否定にはならない。
「や、やめ…っ」
懇願を口にすると、弄る指先が止まった。イギリスがほっと胸を撫でおろしたのも束の間、腰を強く抱き寄せられると、愛液で濡れそぼった指が後孔に滑らされた。
「!?…あっ、くっ」
そのまま、よく知った感覚が体を走りぬけて、イギリスは息を詰めると共に指先を締め付けた。それでもひくんと後ろが蠕動してフランスが微かに笑う気配がした。自分の体の浅ましさに思わず熱が上る。
「ああ、こっちはお兄さんの知ってる反応なのね」
くすくすと笑われて、後ろを解かれて、藻掻くも、快感で力の抜けた腕と、女性化したせいで筋力の落ちた腕では勝負になんてなりはしない。
「や、だぁっ」
自然濡れた声だけで否定しても、煽っているようにしか聞こえずに、イギリスは体を震わせた。
「坊ちゃん凄く美味しそうよ」
お前の料理はあんなに凄い味なのにねぇ、などと言われても答えようがない。後で恨みつらみを込めてぼこってやろうと決めて、イギリスはとうとう観念した。
フランスがどうしてもヤりたいというのなら、してやってもいい。だけど、
「なっ、分かったから…、今晩だったら、行くから…だから、」
今は止めてくれ、と言えば、フランスは人の中を弄りながら冷めた声で「ふぅん」と言った。
「でも、我慢出来るようには思えないけど?」
体内を擽られて、体を震わせた。確かにここまで来てしまえば、イギリスには自分の体をどうする事も出来ない。解放せずに終わらせることなんて改めて考えてみれば有り得なかった。自分の体がいかに浅ましく卑しい体質をしているのかは、遠い昔から思い知っている事だ。
ここがドイツだということが気になりはするが、ここはもう諦めてさっさと終わらせてしまった方がいいのかもしれない。焦らされれば焦らされるだけ、どうしようもない疼きに翻弄されるばかりである。それだけ引き出されるものも多い。それはプロイセンとの経験で身を以て知ったばかりである。
(プロイセ…)
ずくりと体が疼いて、やはり早々に終わらせてしまった方がいいと結論付けて、イギリスはフランスに縋った。今はプロイセンの事を考えたくは無い。けれど、ここ数日で慣れてしまった膣への愛撫の物足りなさが、否が応にもプロイセンの情事を思いださせてしまう。
「フランス…早く…」
「もう入れて欲しいの?」
そういうワケではなかったが、刺激があればこの際なんでもいい。
「じゃーズボン脱ごうね」
言われて、コクコクと頷く。すると指が後ろから出ていって、イギリスは即座に邪魔なズボンと下着を取り払った。フランスはといえば、胡散臭い笑みを浮かべてにこちらを眺めているばかりである。
イギリスは舌打ちしたい気持ちを抑えて、自らフランスのベルトを外すとその前を寛げた。飛び出して来た熱いモノを完勃ちさせるべく性急に2、3度扱いて、それからフランスを跨ぐ。
椅子の端に膝を立てて、自分からフランスのモノを充てがった。
「…んっ」
あまり馴らしていないからかどうにも入り辛い。腰を揺らして位置を整え再び腰を下ろす。
少し沈んだ感覚と共に抵抗が大きいのを感じて、呼吸に合わせて意識的に力を抜いた。ぱくりぱくりと食べるように少しずつ飲み込ませて、熱い息を吐く。最後は一気に腰を下ろす。
「…っ!」
奥まで届いた熱に身震いする。
「はっ…はっ…」
フランスに体を預けて呼吸を整えていると、また後ろを解されて、イギリスは眉を寄せた。受ける刺激は以前と変わらないように思えるが、体が変わった故か、どこか違和感を感じる。欲しい刺激はそちらではない。
「やぁっ…あんっ…あっ」
なので自分で中と花芽がこすれるように腰を揺らした。そのたびにに這い上がる快楽だけでは足りなくて、体をごと擦りつけた。
「いやぁっ…フラン…スぅ、、後ろ、いいから、動い、て…っ」
「………」
いいから、と言ったのに後ろを解されてながら緩く突き上げられた。望んだ愉悦に気持ちいいかと聞かれて素直にうんと頷いた。
「んっ、いいっ…もっと…」
もっと強い刺激が欲しい。フランスが苦笑する気配がした。
「いつもお前の初めては他の誰かのモノなんだよねぇ…」
「…?」
「後ろより、もうこっちの方が気持ちいいの?」
「あっ…ん!もっと…」
グラインドされてイギリスはこくこくと頷いた。「もっと」とおねだりして体を揺すると、望み通りに突き上げられて、イギリスはぞくぞくするままに声を上げた。
「あっ、あっ、そこっ、もっと…!」
揺さぶられながら快感を追っていく。フランスとの交わりはいつもそうだ。
ただお互いがお互いを使って快楽を得るだけの行為。獣のように己の事しか考えない。
イギリスは慣れた体臭を嗅ぎながら、いつものように頭をからっぽにして気持ち良さだけを追う。そこには恋も愛も無い。いつも通りの、ストレス発散。
「ね、坊っちゃん、ここ、いい?」
「ん。いいっ…」
「ねぇ坊ちゃん、俺の事、好き?」
「ん。す…、…、え?」
熱で熟れた頭が、言葉を理解した途端冷や水を浴びせられたように冷静になった。
「…なに、言って…」
震える声でそう問えば、もう頭の中を空っぽにして答えることは出来ない。
『お前のセックス悪くねぇよ』
普段ならば気付かずにそう答えたかもしれない。もしかしたらうっかり反射で『好き』と言ったかもしれない。
だが、どれだけ意識を飛ばしていようとも現実にはフランスの常にない言葉に気付いてしまった。
だから、イギリスは答えることが出来ない。
だから、
「俺の事、嫌い?」
などと悲しそうに問いなおされても、『嫌いじゃない』とは言えなかった。
その間も揺す振られて、突き上げられて、考えが上手く纏まらなくて、どうしようもなくなって、
イギリスはいつものように「嫌いだばかぁ!」と言いながら、泣きそうになるのを堪えることしか出来なかった。


だから、嫌だったんだ。コイツと今日するのは。


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