■【らぶラブらぶ】■
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… side ルートヴィッヒ … ダンスパーティとは、学園側が主催する交流会である。 普段は敷地が離れて別運営されている兄弟校・姉妹校の交流を持たせる為の催しで、同時に未来における社交界で役立つ知識を身につけさせる特別科目でもあった。 その中の通称『余興』はパーティの挨拶が終わってすぐに催されるお手本のようなものだ。学園各部の会長と中等部の新一年生総代が代表として踊る。 まずは年長者に導かれて踊るのを見て、慣れない者にも安心して貰おうという腹である。 余興後も、それは続く。強制ではないが、上級生が下級生と踊るのは伝統のようなもので、高等部の面々は中等部のフォローにまわる。中にはダンスが得意ではない者もいるのでその辺りは立食形式で用意されている食事を取りながら踊りを眺める事になる。失敗しても笑われない同士で踊ることもあるが、大抵前半は下級生と踊っている。 後半、音楽が砕けた感じになる頃にやっとフリーになって、男女とも意中の相手を誘いだす、というような仕組みになっていた。 ルートヴィッヒも去年までは中等部に属していたので、年上の者と踊っていた。誘いをかける事はなかったが、上級生の方からお誘いがかかれば踊ったし、去年は中等部代表として余興にも出た。因みに、その時付き合ってもらったのは、高等部2年の総代だったエリザベータである。高等部の3年が中等部の1年と踊らなければならないのと違って、中等部は年上ならば誰でも構わないことになっている。ルートヴィッヒは気安さも手伝って、エリザベータに頼んだのだった。 (今年も余興に出るとは思わなかったが…) 不得意とはいわないが、得意とも言い難い。去年は散々動きが堅い、と言われてしまったが…。 「アーサー」 学園を出てしばらくした所で帰宅中のアーサーに追いついたらしい。 「ルートヴィッヒ」 「今日は遅いんだな」 「さっきの一件で色々とな」 アーサーが疲れたように息をついて、ルートヴィッヒは「大変だったな」と労わりの言葉をかける。 「…事務系が忙しいのは別に構わねーけど…」 「…とんでも無いことを思いつくものだな…」 アーサーが色濃い溜息をつく。普通男子校生が女装して踊りたいなどと思わないだろう。同情して口を開けば「本当にな」と再び長く息を吐きだした。 「…まあ、でも…他にも大勢いる事だし」 「…人数が多い事が救いではあるな」 逆に断れなくなっちまったけどな、と肩を落とすアーサーの背中を励ますようにぽんと叩く。 「頑張れば結構さまになるだろう」 「…それ何のフォローにもなってねぇよ…」 がっくりと項垂れるアーサーにすまないとルートヴィッヒは謝罪を口にする。どうにもこういうフォローは苦手である。確かにさまになっても何の嬉しい事も無いだろう。フェリシアーノなどは「よ〜し、ベッラになるぞ〜」と開き直っているようだったが、アーサーではそれも難しそうだ。 「…お前も付き合わせて悪かったな…」 鬱々とした声で言われて、ルートヴィッヒは首を振った。 「いや、俺は別に」 女装するわけでなし。 「だけど、全校生徒の前で男と踊るのお前だけだぜ?晒し物じゃねえか」 「お前ほどではないだろう」 「…だよなー…」 「それに」 「?」 「本当にそんなに嫌なわけではないのだが…」 「マジかよ」 こちらを窺い見られて、ルートヴィッヒは僅かに言い淀む。 「いや…下らないとは思うのだが…、そういう勤めだから、とでも言えばいいのだろうか…。仕方ないというか…。確かに去年は凄かっただろう?あれを解消する事が出来れば、それもいいのではないかと…思ったりするわけだ。…俺が代表として踊る事で仕方ないと思う奴がいれば、それも総代の勤めなのかもしれないと…だな…」 考え考え捻りだした言葉をアーサーは真顔で聞いた。それから少し沈黙があって、悪い笑みを浮かべる。 「じゃあいっそお前が女装して俺が普通に踊った方が笑いが取れるんじゃねーか?」 「………」 「案外名案かもしれねぇけど」 確かにそうかもしれないと黙り込んだ。提案した側はどうせなら少しでもそれっぽい感じになって欲しいと思っているようだったが、余興は物凄く残念な仕様の方がその後が砕けた感じになるのではないだろうか。 頭はでそう理解しているものの、激しい拒否感に襲われる。そこまでしなくてもと思わずにはいられない。理論と感情の板挟みになっていると「冗談だ」とアーサーが苦笑した。 「それなりに威信がかかってるからな。遠目で見りゃそんなに違和感ないってぐらいの奴じゃねえと仕方ねぇだろうな」 「…そうか」 「まあ、決まっちまった事だ。仕方ねーと思うことにするよ。まあ、ちゃんとリードしてやるから頑張れよ」 「…俺がリードされるのか…」 「俺のが年上だからな。そういう企画だし。それにお前下手じゃねえけど、まだぎこちないっつーか動きが堅いし、やっぱり俺がリードするんだろ」 あっさりと言われてルートヴィッヒは口を噤む。言い返せない。 (俺は二年連続でリードされる側なのか…) 3年になれば嫌でもリードする側になるのだから、練習だと思えばいいのだが、なんだか少し気が滅入る。 「まあ、どうせ練習しなきゃなんねーんだし、ある程度叩きこんでやるよ」 覚悟しろよ、と言われてルートヴィッヒの中にある少女の顔が思い浮かべられた。同期の代表の少女は去年アーサーと踊っていた。彼女曰く、「あの眉毛厳し過ぎるんすよ」、だ。どうやら今年はルートヴィッヒがその洗礼を受ける番であるらしい。 だが、それで技術が身に着くのなら悪いこともあるまいと、ルートヴィッヒは「頼む」と口にした。 … side ギルベルト … 「うう〜〜〜〜ん」 ギルベルトはおたまを持ったまま唸り声をあげていた。 今日はアーサーの帰りが遅いので、一人楽しく夕食作りである。 鍋の中を掻きまわしつつ、眉間に皺を寄せて瞑目する。本当は弟が帰ってくるまでの間に活躍のご褒美と称して一発キスなりアレなりして貰おうと思っていたのだが、どうもその目論見は敗れ去ったようだ。しかし、それは今日目撃したエロいアーサーをおかずに一人でヌいて幾分すっきりしているので、その事は残念だけれども、仕方ないと割り切っている。…因みに全世界の俺様のファンのお嬢サン方、ご心配をおかけしましたが、ちゃんと一人で出来るようになりました。(笑) 問題は、 (俺様、ダンパで踊った事ないんだよな…) あの後、アントーニョも女役の相手として手伝ってくれないかと頼まれていたので、「え、俺様は?」と尋ねたのだが、さっぱりと断られてしまった。 曰く 「何言ってんのギルちゃん踊れないじゃない。連れてったらこいつらの練習にならないから。むしろお前の指導しなきゃいけなくなるっていうか…」 あの場にいたギルベルトを除く全員が練習に参加するというのに、なんというのけ者っぷり。 (一人楽しすぎるぜー!) 普段なら大抵、唇を尖らせてお得意の言葉を吐いてすんすんしているだけで済ませているが、此の度の一件はそれで終わらせるわけにはいかない。 (だってお前!アーサーがドレス着るっつーんだぞ?!) どこの誰ともしらない架空の誰かに向かって突っ込んでから、ふぅと息を吐く。 あいつらの練習に参加できないのはいいとして、問題はギルベルトがどうやって上達するかなのだ。ああいう場なのだから、ギルベルトがアーサーに声をかけたとしても、そうおかしなことではない筈だ。頼めばアーサーも踊ってくれるに違いない。 (最近好感触だしな!) 日曜日を境に、アーサーがこちらを意識しているのが感じられた。ルートヴィッヒがいる時や、学園なんかではほぼポーカーフェイスを保ってはいるが、二人きりの時にべたべたすると、頬をりんごのように赤くさせて俯いたりする。可愛い。 これは絶対いけるだろうと思う。あの日に『好き』だと言った告白は、付き合って欲しいという意味合いでは無かったけれど、こうも好感触なら近いうちにお付き合いができるようになるかもしれない。卒業するまでは無理じゃないかと踏んでいたのだが、そうで無いのなら嬉しい誤算だ。 ともかく、そんないい感じになっているのに、相手をして貰わない手筈などないだろう。折角お膳立てされた状況なのだ。どうしても一緒に踊りたい。 けれど、ギルベルトは学園の練習の時以外ワルツなど踊ったことは無いのだ。練習の時も足を踏みまくっている。運動神経は我ながら素晴らしくいいはずなのに、ダンスだけはどうしても苦手だった。 だが、克服しなければならないだろう。社長を目指すなら必要なことでもある。 (…仕方ねーか…) ギルベルトは携帯を取り出すととある番号を電話帳から呼び出した。 コール音がしばらく続いてからプツッと回線が切り替わって「何よ」と愛想の無い声がする。 「お前、俺様のダンスの指導してくれよ」 その声に向かって単刀直入に切り出すと、電話先の相手は「はあ?!」と遠慮なく嫌そうな声を上げた。 「何で私がアンタの面倒見なきゃなんないのよ」 「いや、俺様踊りたいヤツがいるんだけど…」 「その娘の迷惑になるからやめた方がいいわ」 「決めつけんな。つーか、アーサーなんだけど」 「仕方ないわね、ちょっとだけよ。でも、あんたローデリヒさんはもういいの」 「………」 (なんで俺様、コイツの事を好きだったんだろうな…) こういう女である。見た目も好きだし、性格も…まあ、ぶっちゃけ言うと好きである。幼馴染で気心も知れているし、今も別に嫌いになったわけではない。好きだ。しかし、なんだかがっくりと肩を落としてしまう存在でもあった。 エリザベータは多分ギルベルトの気持ちを知っていた。知っていて半ば本気でギルベルトがローデリヒに気があるとも思っているようだった。なんか泣ける。 ギルベルトが黙りこんでいると相手は勝手に結論を出して納得したらしい「でもね」と続けて来た。 「私本当に忙しいのよ。平日は無理よ?」 「ああ、俺様もメシ作ったりしなきゃいけねーし、別に構わねーよ」 「あれ?アンタんとこアーサーのとこからメイドさん雇ったんじゃなかったの?」 「……料理がマズくてだな…」 何故知っていると思いながらも、こういう伝達も早いのがこの世界である。親戚だというのも大きい。とりあえず誤魔化そうと思ったが、口から出たのは事実だった。真実が一番誤魔化しやすい。エリザベータは「…ああ」と納得した。 「…お茶は美味しいけど料理は時々ちょっとアレなのあるわよね…。しかもあそこのメイドって家政婦っていうのとはちょっと違うし…」 「…まあな」 実際来たのはメイドですら無かったのだが、まあ、その辺は告げる必要などない。そう思っていると、エリザベータが先を続けた。 「因みにね、日曜だって午後はフェリちゃん達の指導しなきゃいけないから…休日の午前中にちょっとだけしか取れないわよ」 「………それで構わねー」 なんという事だ。それで上達などするものだろうか。 だがしかし、やらないという選択肢はあり得ない。出来る所まででいいからやるべきだ。そして華麗に踊れるようになったギルベルトはアーサーの手を取って… やけにキラキラした想像をしているとエリザベータに「気持ち悪い」と一刀両断されてしまった。どうやら笑いが漏れていたらしい。それから「日時は追って連絡するわ」と通話が途切れる。 ギルベルトは携帯をポケットに仕舞うと料理の続きを再開する。帰ってから一人楽しくしこっていたりしたので手をつけるのが遅れてしまっていたのだ。 (ああ…今日のあいつエロかったなぁ…) 当面の問題が解決したらすぐに脳内がピンク色の妄想に染まった。仕方ない、お年頃だ。 (つーかアレを平気でガン見しやがるとかどういう神経してんだよ、あいつら) フランシスなんか顔色を一切変えなかった。アントーニョにしても、少し目許を赤くして唇を舐めたくらいでギルベルトや弟達のようになったりしない。それがちょっと悔しいが、あの手の早い悪友がギルベルトのようにならないというのは行幸でもある。アーサーはあれで押しに弱いし、あいつらの押しの強さは折り紙つきである。うっかり流されかねない。そこだけはちょっとほっとする所だ。 しかし、 (あいつは外で何つー事をしやがる…) 今後あんな事をしないように注意してやらなければならないだろう。無暗にあんな事をしていたら襲われかねない。この学園にはそっちの気のヤツも結構いる。 恋人(予定)ならば、危ないことにならないようにフォローしておいてやるのも勤めではないだろうか。 (まあ、注意したせいでくびれはなくなっちまったけど…) 幸いこの間押し倒した時にした『腰がくびれてる』という喚起には気づいてくれたようだ。あんなのひょんなことで抱きついたりでもしたらすぐに訝しく思われてしまう。むしろ今までよく平気だったな、というのが正直な感想だ。今回もアーサーの無防備さを恋人(予定)としてどうにかしてやらなければならないだろう。 (ついでにエロい事できれば一石二鳥だぜ!) ちゃっかりとその予定を組み込んで鼻歌を歌っていると、アーサーが弟と一緒に帰宅した。ギルベルトを見るなりアーサーが眉を吊り上げる。 「お前、今日のどういうつもりだよ!」 しかし顔が真っ赤になっているので怖くはない。 こんな小競り合いは日常茶飯事なので弟が気にせずに自分の部屋に直行するのを見届けながら「雰囲気は守ったって!」と軽く答える。 「雰囲気じゃねえよバカぁ!あんな事して…もし今度やったらどうなるか分かってんだろうな!」 「はいはい」 「はいを二回繰り返すな!」 「へーい」 今度は「間を伸ばすな!」と叱られたが、ギルベルトはおざなりに返事してアーサーの手をむんずと握る。ぴゃっ!っと飛び上がるのを可愛いなぁとニヤけた事を思いつつその手を引く。 「おい、どこに行くんだよ」 ぐいぐいと引っ張るとアーサーが戸惑った声を上げた。 「ちょっと俺様、お前に話があります」 「…ここですればいいだろ…」 「ここでも出来るけど、お前の部屋の方がいいかと思ってな」 「…するのは話だろうな…」 声を低く牽制するように唸ったので偲び笑う。勘が鋭い事で。しかし押しに弱いのが玉に瑕だ。今もギルベルトに手を引かれてついて来てしまっている。着替える為に仕方なくかもしれないが。 ギルベルトはアーサーの部屋を開けると、先にその身を滑り込ませた。アーサーは扉口でなんともいえない顔をしながら入室していいものか迷っているのでぐいっと引き寄せた。 扉を閉めると、ギルベルトはすぐにアーサーの唇を塞いだ。 「!」 扉に押しつけ逃げ場を封じると、舌を潜り込ませる。 「…んん!」 嫌がるように声を上げられたが、そんな事には頓着しない。だってアーサーは顔を背ける事もしなければ、ギルベルトの腕をぎゅっと掴んでいる。 「んっ…ん…」 頤の裏を舐め、歯列をくすぐり、たっぷりと可愛がってやると、鼻から抜けた声を上げ出した。素直に嬉しいと思うが、同時に激しく心配だ。このエロ大使を外で一人にしておいても大丈夫なものだろうか。 自らギルベルトの舌に触れて来た所で、唇を離した。 「…ぁっ」 何こいつエロい。 どうやら咥内が寂しくなってしまったらしいアーサーがとろんとした目でこちらを窺う。ギルベルトはそれに笑いながら「あのよぉ」とアーサーの頬を撫でた。 「お前、あれ、わざとか?」 「…?」 「アイス食べてた時、凄くエロかったんだけど、わざとかよ?」 ニヤリと笑うと鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。やはり無意識下の事だったのだろう。注意して良かった。あれが、ギルベルトを煽るためにしたのなら構わないが、絶対にそんな甘ったるいものではないと思っていたのだ。だってこいつはアーサーだ。天然ちゃんだ。 ギルベルトの指摘に、我に返ったアーサーが「そんなのお前だけだ」とむっとして言った。アーサー自身は普通にアイスを食べているつもりだったらしい。しかしこいつの普通は時々とんでも無いところにあるので油断がならない。 「いやいや、俺様だけじゃねーって。アントーニョもエロいって言ってたし。むしろ最初に気付いたのあいつだし」 「お前ら何の話してんだよ!」 とろとろした雰囲気を一掃させて怒鳴られた。ギルベルトは「お前の話」と冷静に切り返してアーサーの手を取ると、見せつけるようにベロリとその手を舐めた。 「っ!…な、なに!」 咥淫を模すように舌先を強調して舐め上がる。指の付け根をちろちろと擽るとアーサーが息を詰めてふるっと震えた。もしかして感じているのだろうか。 (感度いいな…こいつ) くすぐったいくらいはあっても、こんなにあからさまに息を詰めるとは思わなかった。しばらく舐めたり咥えたりしていると、こちらの気分も盛り上がる。口元を押さえて耐えるようにしているアーサーの指から唇を離すとギルベルトはズボン寛げてその下にある堅くなった性器までアーサーの手を導いた。 「お前、あんな明るい所でさっきみたいにしてたんだぜ?俺様つい反応してあいつらにからかわれちまったんだけど」 「そっ…そんなの…」 「お前には関係ないって?本当にそう思うか?」 今の凄くエロかったろ? そう言うと、アーサーがぐっと詰まった。客観的に見せつけられて、どうやら認識したらしい。しかし往生際悪く「でも、」と言い募ろうとするので目を細めて笑いながら額をくっつけた。アーサーが接触にひるんだ隙に口を開く。 「なあ、アーサー、俺様お前が『頑張れ』っつーから今日すっげー頑張ったんだぜ?それのご褒美もくれよ」 「あ…あれは一般論っていうか、」 「でも俺様かっこ良かったよな?」 「…べっ別に!」 「お前俺様の視力なめんなよ。顔赤くして逃げたくせに」 「!」 赤い顔が更に紅潮する。その唇に音を立てながらキスしてから鍵をかけた。 「なぁ、ベッド行こうぜ」 直接的に誘うとアーサーの視線がうろうろと彷徨う。 「この間と一緒だって」 「…でも」 「すっげーしたいって分かるよな?」 服の上から撫でさせるとこちらを睨んで来る。でもそんな涙目で睨まれたって逆効果だ。 「アーサー」 つよく名前を呼ぶと観念したように分かった、と呟いた。ギルベルトは素早くその頬にキスを送るとベッドにまで連れていった。 ≪back SerialNovel 後書き≫ TOP |