■【らぶラブらぶ】■ 18

… side ルートヴィッヒ …

負けた。
その感情がルートヴィッヒの眉間に大きな皺を刻ませている。
「ヴェー、そんなに自分を責めなくてもいいじゃんかー」
「そうですよ。向こうは三年生なのですし、凄く善戦したと思いますよ」
「しかしだな…。あんなハチャメチャなチームに負けるなど…」
それでも決勝戦に上がれたことを担任は喜んで、兄のクラスと同じくアイスを配ってくれた。
それを受け取りはしたが納得がいかずにアイスを睨みつける。
まさか兄があんなに上手いとは思わなかった。
チームワークは最悪だったが、個人としての技能はズバ抜けていた。昔から運動神経はいいと思っていたが、あそこまで出来るのならば帰宅部になどならず、どこかその才能を発揮できる場所に所属すればいいのにと思わざるを得ない。宝の持ち腐れだ。
しかしまあ、終わった事である。スポーツマンシップに則って、その健闘を称えるべきだろう。いくら相手が『褒めろ!称えろ!』と頭に乗っていてもだ。
チラリと兄がいる方へ視線を向ければ、菊が「おめでとうを言いに行きますか」と微笑んだ。
それに頷いて近寄ると「おう、ルッツ!」と気軽に手を上げられた。
「どうだ、お兄様の偉大さが分かったか!」
「……優勝おめでとう」
祝いの言葉を告げると、兄は快活に、しかしウザい笑い声を上げた。隣に座ったアントーニョがフェリシアーノに「一緒に食べよーや」と誘いをかけているので円座を組むように腰を下ろした。
「一年やのに大健闘やったね」
「そうね〜、お兄さんちょっとびっくりしちゃったよ」
きさくに話しかけられて、ルートヴィッヒは小さく頷いて礼を言った。アントーニョはともかく、フランシスとはそんなに話したことはない。友達という割りには二人とも家に遊びに来たことがないので話す機会がなかったのだ。そもそも学年が違うとクラブが一緒でも無い限り親しくする事は滅多にない。
「菊がこっちだったらウチももう少しマシになるのかもしれないのにねー」
フランシスの言葉に菊が御冗談をと口元に手をあてて目を細めている。
「私一人ぐらいでは何も変わったりはしませんよ」
「そうか?」
「そうですよ」
菊は元々フランシス達と同じ歳なのだ。小等部までは一緒の学年だったので比較的親しいようである。フェリシアーノも彼らとは親類関係だったりするので、慣れたように笑っていた。
なんとはなしに周りを眺めてからルートヴィッヒは聞き役に徹してアイスを齧る。ふと、兄とアントーニョがこそこそ話しているのが聞こえて首を捻った。一体なにをこそこそしているのだろうか。二人の視線はある一点に向いているようだ。
釣られるように視線を流せば、その先にはアーサーがいた。木陰で一人で食べているらしい。
流石は栄誉ある孤立中の人物である。
けれどもここには菊もいるのだし、呼んではどうだろうかと思った所で、ルートヴィッヒは頬を赤くさせた。兄達がひそひそ話している理由に合点がいく。
(…なんという…)
「あれ?二人ともどうしたのー?」
フェリシアーノも二人の内緒話に気付いたらしく、首を傾げてアントーニョの顔を覗きこむ。彼はニヤリと口元を緩めた。
「いや、大したことじゃあらへんのやけど、まあ、あれ見てみぃ」
視線で促されて、一同の視線がアーサーに向けられる。
「あら〜」
「………」
「うわぁ」
上から順番にフランシス、菊、フェリシアーノである。
フランシスはにやにやとだらしの無い顔をしてがん見しているし、菊は顔を赤くして視線を下げた。フェリシアーノはうろうろと視線を泳がせながら、時々チラ見している。兄はというと、顔を赤くして俯いたままだ。
「えっろ〜。なんやあの舌使い」
アントーニョが皆の気持ちを代弁した。ルートヴィッヒは黙り込む。確かに何か卑猥だ。
(もう少し男らしく食べられないのだろうか…)
アーサーはその大部分を舐め取っているようである。時折、唇で摘まむように周りを齧りとってもいるようだが、それがなんかまたなんというか口淫を思い出させるような仕草に見える。
擬音語でいるなら、ばくっではなくて、はむっという感じである。
「な〜に、ギルベルト。あの程度で反応しちゃたわけ?」
ニヨニヨと兄をからかうフランシスは赤くなりもせずただ可笑しそうな表情を浮かべている。
「さすが童貞や」
「うるせえ!」
アントーニョもその尻馬に乗ってつついている。兄が怒鳴るのを眺めながらルートヴィッヒは成程、と心の中で頷いた。
アーサーの仕草を面白そうに直視しているのはフランシスとアントーンニョだけである。
フランシスは学園切っての色男なので言うまでも無いが、アントーニョも今の発言から推測するにそれなりの経験があるようだ。あの程度ではびくともしないらしい。
「まあ坊っちゃん、顔は可愛いからねぇ。…顔だけだけど」
フランシスが呟いて、アントーニョが「ひょろいしなぁ」と付け加えた。ルートヴィッヒは内心頭を傾げる。
ひょろいと言えばひょろいのだろうが、なんだかその単語がしっくりと来ない。女性的というにはまるみに欠けて骨っぽい気もするが、パーツで見るとその表現でもあっているような気がするので、どちらかというと華奢と言い替えたい。
そんな事を思っていると、食べ終えたらしいアーサーがペロリと唇を舐めた。どうやらまた視線をやっていたらしい兄が膝を抱えてしまった。
(まあ、兄さんは視力もいいし…)
現代人ではありえない、両眼2.0という驚異の視力を維持している兄である。遠目であるとはいえ、よく見えるだろう。しかも好きな相手の事だ。その破壊力はハンパではないのではないか。
ルートヴィッヒ自身、もう少し近くで見ていたとしたら、反応を示さない自信はない。それくらいアイスを食べるアーサーが卑猥なものに見えた。
「もしかしてお前、あいつに気でもあるわけ?やめとけって。ボコられて終わりだぞ」
「そうやで〜。エリザベータよりあかんやん。望みないうえに男やて」
「えっ、ギルベルト、アーサーが好きなの?うわっ、それじゃあ本当に未来がないよ!」
思わずおい、と言いかける。その話は他言するなと言わなかったか、と思ったが、なんだかもろバレのような気もするし、周りにはこの話に聞き耳を立てているような奴もいない。急に割り込む方がおかしな雰囲気になりかねないし、ここは聞き流した方が良いだろう。
ルートヴィッヒがそう判断して口を挟まずにいると、アントーニョがからからお気楽に笑いながら
「ほんまや。バレたら即人生終了やで。未来ないわ」
ギルベルトをツンツンとつっついた。
「お前ら俺をからかって面白いかよ」
「そりゃ楽しいでしょ」
「楽しいに決まっとるやん〜」
憮然とした兄に対して両脇に座っている二人から即答があった。なんだか微笑ましいというよりも不憫だ。
「…で、実際どうなの?アーサーが好きなの?」
「………」
フェリシアーノが話題を戻すと、兄は口を噤んでしまった。どう返せばいいのか悩んだだけなのかもしれないが、誤魔化そうと思うのならそれは致命的な空白である。またも両脇から「えっ」という声が重なった。
「何、お前、本気なの?」
「そういやさっきどさくさに紛れてほっぺにちゅーしよったけど…」
なんという事だ。学園内でそんな事をするとは。本当に鬼の生徒会長に存在を消されかねないのではないか。
思わず兄を凝視する。しかし、兄は膝に顔を埋めたままうんともすんとも言わない。
それに年長組が口を開きかけた時、「おい」と当のご本人の声が近くでして、ルートヴィッヒは思わず飛び上がるかと思った。
「ななななな、なによ、坊っちゃん!」
「…何驚いてんだよ。停学でもくらいそうな話でもしてんのか」
ゴミをぽいと真ん中に置いてあった箱の中に投げ捨てて腰に手をあててアーサーがこちらを見下ろしている。
「いやっ、別にぃ〜?」
「…本当かよ」
アーサーが訝しげにフランシスを眺めてから菊に視線をやると、菊は「そうですね。そのような話しではありませんから大丈夫ですよ」と曖昧に笑った。
「…ならいいけど」
「信用ねぇなあ」
「普段の素行を思いだせよ」
すぐに通常運転に戻ったフランシスにアーサーは冷たい視線を投げつけると、目の前にあった箱に手を伸ばした。どうやら箱を回収して戻るらしい。
「あっ、アーサー、ダンパの事なんだけど」
「なんだよ?」
箱を抱えたアーサーがフランシスを見下ろす。フランシスは「それがさぁ」と頭を掻くと、とんでもない事を口にした。
「お前ら女装してね」
「「「「「「はあっ?!」」」」」」
見事に声が重なった。その後バラバラに質問と攻撃が始まって、フランシスが降参とばかりに両手を上げる。
「お前ら全員で喋るなって!ちゃんと順追って話するから、まずは黙って!」
確かに説明は聞くべきである。とりあえず全員が黙ってフランシスをみやる。彼は「えーっとさー」と間延びした口調で前置きをした。
「お前ら去年の出来ごと覚えてる?女子が少なくて散々苦情が出たってやつ」
言われてルートヴィッヒは頷いた。どうやら全員覚えているようである。
「そんでね、今年は中等部女子の新入生が去年より少ないんだよね。そんで卒業して行った先輩方が一番人数多かったわけ。この理屈お分かり?」
「去年よりカオスな事になるというわけですか」
「だからっつって、何で女装なんだよ」
菊が難しそうな顔で言えば、それに被せるようにアーサーが苦言する。フランシスはそれに頷くと説明を続けた。
「泣きつかれちゃったんだよねぇ。高等部のヤロー共からさぁ。どうにかしてくれって。考えてみるって返事したけど、あまり期待しないでねって言ったらさぁ、なんか署名持ってこられちゃった」
「署名?」
「そう。全員分では無いけど、これがかなりの量なわけ。半数超えてるっていうか、7割越えてるのよ。やつらもさ、どうにかならないってのは分かってるんだよね。だって、この学園の男子部と女子部の交流会って名目がついてるでしょ?他の学園の子引っ張ってくるわけにはいかないってちゃんと分かってて、だったらせめて学園の中の綺麗どころ集めて女装させてやろうって思いついたみたいなんだよねぇ。目星つけてる奴とか反対しそうな奴以外の署名根こそぎとってきてるって感じ」
「………」
その執念に思わず閉口する。フランシスは「それにさぁ〜」と肩を竦めた。
「女子だってどうせならお兄さんみたいないい男と踊りたいじゃない?そうなるとただでさえ女子が少いから、お鉢が回ってくる事なんて無いって思っちゃったんだろうね。顔がいいなら、女装させてもある程度見栄えがするし、同時にライバル蹴落とせるでしょ?一挙両得って思ったらしくてさぁ。流石に中等部は巻き込まなかったけど、高等部の女装して欲しいリストまで作って渡されちゃったよ」
「首謀者誰だよ」
アーサーが低い声で唸って、フランシスが「やめたげて!」と叫んだ。
「堂々と闇打ちするのやめてちょうだい!後でお兄さんが困るんだから!」
「知るか変態。お前向こうの肩持つのかよ。お前だって女装しなきゃいけねーんだろうが」
「そうなんだけど、仕方ないじゃない。去年が去年だったんだしさ。しかも今年はそれを上回るっていうんだぜ?お前も見ただろ?壁の花っていうか、壁の芋共っていうか…。流石にまあ可哀想っていうか…。女子部の方からもどうにかして欲しいって苦情が上がってるみたいだったし」
「聞いたのか?」
「うん。エリザちゃんに確認取ったら、確かに上がってるって。ちょうどお前に相談しようと思ってたところだったんだってさ。それでこっちの事情話したら、凄く助かるって言われちゃった。疲れているのに何度もしつこく誘われるのを考えたら、女装男子が混ざってても一向に構わないってさ」
「………」
フランシスが言い終わると沈黙が落ちた。恐らく皆、去年の出来ごとを反芻しているのだろう。ルートヴィッヒは頭痛を感じて眉間を揉む。確かに去年は酷かった。高等部のあぶれた男共の恨みある視線といったら…。それで空気が悪くなったのを覚えている。あの険悪感が増すのかと思えばフランシスが折れようと思うのも仕方のないことと言えるかもしれない。しかも女性に負担を強いるのもよくない。
「ヴェー、でも俺だって女の子と踊りたいよー」
「お前は毎年可愛がって貰ってたじゃない」
「今年は今年だよ〜!可愛い新入生が入ってるかもしれないのにー!」
「…諦めろ。…しかし女装とは…」
フェリシアーノの泣きごとに口を出して唸ると、フランシスが「ああ、お前は違うから」と手を振った。
「?違うとは?」
「さっきお前らって一括りにしちゃったけど、女装するのはこの中で言えば俺とアーサーとフェリシアーノと菊だけよ」
「あっそーなん?」
「お前もねぇ。希望はあったらしいんだけど、すぐにドレスの裾踏んずけて破りそうっていうか、空気読めさそうっていうか…。なんか奴らも本気で踊ってもムナしくならなさそうな所をチョイスしてるんだよねぇ…。王とかそのままでも女の子みたいだしさぁ。ライヴィスなんかもそうだよね。フェリクスに至ってはしょっちゅう女装してるから知っての通りだけど。後はそこそこの奴でも、雰囲気壊さそうな奴は結構入ってたよ。奴ら本気だ」
「そうなのか…。確かに俺や兄さんなんかが女装しても気持ち悪いだけだろうしな」
「そーゆーこと。アントーニョも顔はいいんだけどねぇ…」
「褒めても何もでぇへんで!」
「あー、うん。ソウダヨネー」
的外れな台詞にフランシスががっくり肩を落とす。控えめに菊が口を開いた。
「それはもう決定事項という事ですか?」
「そうね、こいつが何を言ってもひっくり変えらないところまでは来てると思うよ。事実上決まったも同然かな。嫌だって拒否するのは無理だろうね。男だから体力あるし踊って踊って踊りまくらなきゃなんないみたいよ。アーサー、お前でもね」
先程からしかめっ面をしていたアーサーが、大きく溜息をついた。
「…分かったよ。やりゃーいいんだろ、やりゃー」
「でも俺、もー女の子のパートなんか忘れちゃったよー!」
「私も女性のパートは踊れませんが」
「それについては女の子が放課後に指導してくれるってさ。」
「ヴェー、そうなんだー。それじゃあ、向こうの女の子と仲良くなれるチャンスでもあるね!」
俄然張り切り出したフェリシアーノにフランシスがそうねと笑いかける。
「大体6人でチーム作って欲しいって言ってたから、ここにいるのと、後はローデリヒにロヴィーノかな」
「俺はいらねーぞ」
「ん?練習いらないって?」
「ああ。女性パートも一応出来る」
「そうなんですか?」
菊がアーサーを見上げると、アーサーは面白くなさそうな顔をしたまま頷いた。
「女性をリードするなら、女性の目線も知るべきだっつって」
「ははっ、あの母親らしいな。でもそれだったらお前指導手伝ってよ」
「はあ?」
「向こうも好意で指導してくれるんだけど、やっぱり人手が足りないようだったから、お前手伝ってよ。おにーさんも手伝うんだからさー」
「そういやお前、よう女の子の格好して踊っとったなあ」
「そうなのか?」
ルートヴィッヒが問いかけると、「お兄さん小さい頃本当に美少女だったからさ〜。昔はずっとドレス着て踊ってたんだよねー」という答えが返って来た。
「で、どうよ。お前が手伝ってくれるなら、ウチかローデリヒの所でも出来るでしょ?そしたら向こうのホール、他の奴らに譲ることが出来ると思うんだけど。これから中間テストもあるし、大して練習時間とれないだろうからさ、出来るなら譲ってやりたいと思うんだけど」
「…練習くらいウチの校舎でも出来るだろ。解放して助っ人は外部から呼べよ。練習くらいは別に外部の手を借りても構わねーだろ。元々ダンスの科目はいつも協力者が来るじゃねぇか」
「まあねえ。じゃっ、一応そういう事で手配するか。なんか喧嘩になりそうだけど…。まあ仕方ねーか…。でもそれにしたって、人数は限られてるから、お前も少しくらいは手伝えよ?」
「………」
「あとさー」
「…まだあるのかよ」
「一年女子と踊るのはサディク辺りがいいんじゃねーかなって思ってんだけど、どう?」
「それは構わねーけど」
「そう。で、余興はお前、誰と踊る?俺はルートヴィッヒがいいかなって思うんだけど」
「「は?!」」
フランシスの言に声を上げて思わず顔を見合わせる。
「いや、お前女装するんだから、当然踊る相手は男なワケよ。んで、普通高等部の会長は中等部の一年生を相手にすんだろ?今回はこっちの会長が女装で代役がやってくれるからそこはいいんだけど、じゃあお前は誰と踊るんだって話なのよ。流石に中等部一年男子は色んな意味で可哀想だと思うんだよねー。だからこんな提案して来た高等部の奴らからかなって思うんだけど、元々ダンパって上級生が下級生をフォローする仕組みだし、それだったら高等部一年総代でいいんじゃない?って思ってさ。ルートヴィッヒだったらお前とも面識があるし、去年中等部代表として踊ってるし。ルートヴィッヒには男役として練習に付き合って貰って、お前にも指導して貰うのと同時にお前ら自身もそこで練習すれば一石二鳥でしょ?」
説明を受けて再び顔を合わせる。
「俺は別に構わないが…」
困惑気味に返せば、アーサーは一度溜息をついてから「分かったよ」と吐きだした。



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