■【Lovers】■
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 仏 プロイセンがスペイン相手に講釈垂れてるのを聞きながら、フランスは自棄っぱちな気分で『なーる程ねぇ』と思う。 これはイギリスが惚れるはずである。 イギリスはプライベートでは素直になれないだけで素直になりたいと思っているタイプだからして、プロイセンのこの態度はイギリスの心にクリーヒットだっただろう。 イギリスは愛されたがりなのだ。だからこそ小さいアメリカにあんなに心を砕いたのだし、日本とだって平素のアイツが信じられないくらいのデレデレっぷりを披露する友達になったのだ。 そこにこんな風に甘やかしてくれる相手が現れたら、それはくらっとするだろう。イギリスは元々惚れっぽいし、プロイセンは多少アホの子だがなかなかいい男である。 (ってゆうかギャップ萌え?) 甘えたがりの癖に世話焼きでもあるイギリスが、プロイセンをバカにしながら甘やかす情景が容易に想像出来て、フランスは半眼であらぬ所を睨みながら『嫌になっちゃうねぇ』と心の内だけで呟いた。 プロイセンのやり方は今のフランスには出来ないアプローチの仕方である。 幼い頃は蝶よ花よと育てられたのでどっちかといえば高飛車に接した記憶があった。そんな過去があるから、酸いも甘いも経験した今になっても、いきなり態度を変える事など出来る筈も無い。 そもそもフランスはイギリスがああいった性格で人を遠ざけるのを好都合と思っていた節がある。 ずっと一緒にいれば、フランス相手にだって物凄く可愛く笑いかける事もある。その笑顔がフランスは大層気にいっていて、同時にそんな笑顔を自分以外の他人に見せたいとは思えなかった。そこでフランスが思いついたのは、このまま他人に見せる機会など無い方がいい、という結論だった。醜い独占欲だと思うが、今更どうしようも無い。 フランスはしまったなぁ、と思う。 イギリスの心の壁というのは、相当に分厚いが、中々に低いのである。 それはもう、ひょいと越えられる程度のものだ。 二の足を踏んでいる間にその低さをイタリアとドイツはクリアしてしまったようで、フランスは大層複雑な気分になってしまった。 その壁の低さとて、フランスが容認して来たものだから、嫌気がさす。 (ああもうヤだなぁ…) あの二人はとても仲がいいので、タッグを組まれたらちょっとやそっとのアプローチでは近づく事も出来ないだろう。そもそもイギリスが意図的に避けるだろう事を考えると更に憂鬱だ。 しかも折り合い悪く長期休暇と来ているでは無いか。仕事を理由に呼び出す事もままならず、フランスは途方に暮れる。 奥手な二人だから、進展は遅いと思われるが、その分容易に心を絡め取られそうで嫌な予感しかしない。 イギリスはエロ大使でエロい事が大好きだが、それと同等かそれ以上にプラトニックな関係に安心するタイプでもある。 肉体関係にまで発展しやすいのはドイツかねぇと一人ごちる。あの体に抱きしめられるのは中々心地よさそうだ。 (しかも普段厳つい癖に中々可愛いんだよねぇ…) ギャップ萌は重要である。年相応の顔で頬など染められたら、きゅんとしてしまう事間違いない。フランスでもうっかりときめきそうだ。 「おい!聞いてんのかフランス!」 「…きーてますとも。」話半分にですけどね、とよりにもよってスペインに「俺様これからどうすればいいと思う」と相談している相手を一瞥すると、フランスはあーあと溜め息を吐いた。 「まー、よーするに。先ずはお前の弟と、イタリアちゃんをどうにかするのが先決なんじゃない?なんかドイツまでイタリアに行くって言ってたし…。あ、それとね、なんか書斎の金庫に今回の会議の資料が全部あるからまとめて上司に渡してくれってさ」 そして兄貴を頼むとと言ってイタリアについていってしまった。 「…あー…」 プロイセンにとっては一番厄介な二人組みである。しおしおと萎れている相手にフランスはどーでもいーけどさぁ、と告げる。 「…お前諦めたんじゃなかったの?」 「…うっ!」 「せや。どーするもこーするもあらへんやんか」 「うぅ…。いやでもよー…。あんな事聞かされて引き下がるワケにはいかねーっつーか…。……………やっぱ好きだし」 素直な言葉に関心する。こうも素直に告げられたら、イギリスはとても嬉しいだろう。愛の国の名が廃るとは思うが本命相手にはからっきしなフランスには出来ない事である。 「くそー!やっぱり好きだああ!もー知らねぇ!本当知らねぇ!イギリスが誰を好きでも、怖くて耐えられなくても知るか畜生!あいつの幸せとか気持ちなんか優先させてたら誰も幸せになんかなれねーよ!なぁ?!」 ここで恋敵に同意を求める所がバカな所である。フランスが自分の都合のいいようにプロイセンを丸めこむとは思わないのだろうか。 しかし、フランスはこの実直さとお馬鹿加減が嫌いでは無い。伊達に長年悪友をやってはいないのである。 「…ま、そーかもねぇ」 フランスが肩を竦めてみせると、プロイセンは「だろ?!」と勢いづく。待ってろよイギリス!と啖呵を切っているプロイセンに苦笑すると、フランスは気を取り直して声をかけた。 「ねぇプロイセン」 最大のライバルであるが、弟分達の鉄壁の守りははっきり言って厄介である。 しかしそれを計略は得意な癖に特に使いもせず、真正面から白タキシードでも着て突破された日には目も当てられない。 だからフランスは悪い笑みを浮かべつつ、囁いた。 プロイセンは嫌いじゃ無い。けれども利用しないワケでも、邪魔をしないワケでも無いのである。 「一時休戦して手を組まない?相手はお前の最愛の弟とイタリアでしょ?お前だって骨が折れるでしょ」 フランスがそう提案をするとプロイセンの顔から表情が消えた。こいつだって伊達に欧州を生き抜いていない。漁夫の利を狙ってるのバレたかしら、と思ってると、ニヤリとプロイセンが笑った。 「構わねーぜ、フランス?」 目を細めてそれを受け入れると「なんや知らんけど親分も混ぜたってー!」と気の抜けた声がした。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英 「それでね、イギリス」 すぐ隣に座ってイギリスに構っているのは先日まで「イギリス怖いよぉおお」と何かある度泣きながら逃げていた筈のイタリアである。 女になったから、というのもあるのだろうが単純明快なイタリアは、『怖いヤツってだけじゃないかもしれない』という理由と、あまりにイギリスが酷い様相をしていたからだろう。イギリスの荷物を持って帰って来て以来、番犬よろしく隣からずっと離れない。 (まさか本当に振り切って来れるとはな…) 相手はイタリア2号機とはいえ、イギリスが長年非常に厄介に思っている相手でもある。イタリアは『ウチにおいでよ!』と言ってくれたけれど、そんなに簡単に逃げられるワケがない。それが、イタリアが勝手知ったるドイツの家の浴室にイギリスを押し込めて戻ってくるまでのイギリスの感想であった。 (…アイツ、一体何を考えてんだ?) プロイセンは兎も角、フランスは一体何を考えているのだろう。 イタリアに手を引かれてリビングに赴いた時、イタリアがフランスの視線を遮ってはくれたけれど、泣きやんだイギリスに何か一言くらいはあると思ったのだ。けれど、フランスからは一言も無かった。 こちらの意向などまるで無視して、あんな風に強引にイギリスを組み敷いた男だ。もっと何かあると思っていただけに、少し拍子抜けしてしまった。 まあ、ドイツが―…ドイツが、まさかのドイツがプロイセンの盾だけではなく、フランスの盾までしてくれるとは思わなかったが、それにしても拍子抜けである。 もしかしたら、愛されているのかもしれないなどと思ったのは大変見当違いな勘違いで、『知らないことがあるのが嫌なのだ』という言葉通り、イギリスがフランスの誘いを退けた事と、イギリスの初めてがまたしてもフランスで無かったことに腹を立てただけの事だったのかもしれない。 世界のお兄さんなんて言ってはいるけれど、あれはなんだかんだ一番でないと嫌だと思う我儘な男だ。 言われても困ると思ったけれど、『愛してる』の一言もなかったのは、もしかしたらそういう事かもしれないな、とイギリスはそっと息を吐いた。 (畜生あの髭どうしてくれんだよ…) 女性化してしまったが、まだ少しばかり関節の太さなどが純粋なる女というには角ばっている指先で神経質に膝を叩く。 イタリアに押し込められたバスルームで、煮凝った混乱と汚れを流しながら、イギリスは自分の気持ちを確認する羽目になってしまった。フランスがそんな軽い気持ちで自分に手を出したのならば、今度会った時にぼこぼこにしてやらないと気が済まない。 フランスにつけられたキスマーク。まるでプロイセンとの情痕を消すように唇を落とされていたのは覚えている。でもちゃんと見てみたら、それは消す為の行為ではなくて、明確な対立を表す行為だった。 上書きをされているのではない。隣にきっちり並んで、つけられている鬱血。より深い執念を感じてビビッたイギリスだったが、どれがプロイセンがつけた痕で、どれがフランスがつけたものか、見分けられる自分に愕然とした。 会議の朝はとても忙しかった。前の日に予定されていたフライトをドタキャンしたのだ。朝イチで空いてる空席を二人分用意しなければならなかったし、体だって綺麗にしなければならなかった。なのに腰が立たない。絶望的だった。 プロイセンを詰りながら自分の代わりに色々用意させて。その間になんとか身を清めた時にみた、痕の位置を正確に覚えている。 逃げなければ、と思いながら、くすぐったく思った執着の証を、自分がどれだけ喜んでしまっていたのか、こんな形で確認させられるとは思わなかった。 プロイセンへの気持ちにしたってそうだ。 フランスに、まるで愛されているように抱かれて、酔って惑って心を揺らして裏切ったみたいに思って…。でも一度冷静になれば、愛してくれれば誰でも良いというわけでは無かったのだな、という事を理解した。 心が揺れた事は否定はしない。だがそれは揺れただけというか、一時の気の迷いというか、そのようなものだった事を突きつけられた。 だって今更フランスに愛されたいとは思わない。 それはフランスを退けた時にも思ったことだったが、愛されるのが怖いから、という理由に基づくものではなくて、ただ単純に『彼ではない』と判じての事だった。 フランスの事は嫌いではない。どんな理由であれ、愛して欲しいと思ったこともある。愛していると思ったこともある。 でもそれはイギリスにとって全て過去の出来ごとだった。 寂しさも、恋しさも、全て過去のものだった。 今欲しいのはあの手ではない。 幾ら優しくしてくれても、幾ら体を熱くしてくれても、 欲しいのは違う手で、プロイセンの熱だった。 フランスに抱かれて気がついた。 もう、プロイセンでなければ満足できない。 (こんな気持ちになるなら、まだ板挟みになった方がまだマシじゃねーか…) 心が揺れ続けるのであれば、それはプロイセンでなくともいいと言うことだ。 プロイセンでなくてもいいのなら、心の逃げ道は少ないながらもある。 だってそうだろう。フランスを同時に愛せるのならば、プロイセンを失ったとしても、半分だ。イギリスはきっと立っていられる。 でも、千年の執着を見せられて、『愛してる』に相当する『嫌い』を言わされて、それでもフランスに明確に『好き』と言わなかった。もしかしたら、イギリスがそれを言うことで、何か変わっていたかもしれないのに、いくら罪悪感があったとはいえ、格好の逃げ道を自ら潰してプロイセンの名前を呼び、プロイセンを好きなのだと告げた事を考えれば、いくら心が揺れたとしても、どうしても譲れない一点が存在したということだとしか考えられなかった。 それはもうどうしようも無くプロイセンに惹かれているという査証でしかない。 それに何度も頂点を極めたというのに、自分の体の熱がプロイセンでないと収まらないのを知ったのも、イギリスにとっては大きな衝撃になった。 (セックスなんて、体の相性が良けりゃ、誰とヤったって同じだったのにな…) それを悟ってイギリスは余計プロイセンが怖くて仕方なくなった。 プロイセンでなければダメだと思うのに、 この情愛を捨ててしまわなければならないと思うと 昨日より辛くて、とても悲しかった。 酷く寂しくて、だから余計に優しくして貰いたい。 自分の気持ちを認めないイギリスに何度も何度も愛してるを繰り返して、イギリスがI Love youを返さずにはいられないように追い詰めてくれたみたいに、 愛してると言って思う存分甘やかして欲しかった。 逃げたいという気持ちと矛盾しているのは分かってる。逃げたいと思っているのは真実だ。 でも、捕まってしまえば、いつかイギリスの心は崩壊してしまうだろうと分かっているのに、同時にそれでもいいから捕まりたいとも思っている。 実際、捕まることはとても簡単な事なのだ。 だって、それはイギリスの前に差し出されている。 (ああ、くそ……) 無いものをねだっている間はまだ良かった。 切ないけれど、無いものは無い。仕方ない。 でも、目の前にあるのに我慢しなければならない苦痛は、贅沢であっても目の前にあるだけに、それはそれで苦しかった。 プロイセンが差し出してくれたもので、一時的だがイギリスは心も体も満たされた。 今もうその腕に甘やかされたくて、仕方ない。 これ以上溺れるのが怖い。一色になってしまうのが怖くて仕方ない。 これ以上溺れて、失ったら、もう二度と立ち上がれる気がしない。 でも、欲しい。 欲しいけれど、無くす覚悟をつけて受け入れることは、今のイギリスには到底出来ることではなかった。 堂々巡りだ。分かってる。 でも、何度もその結論にしか辿りつけない。 だって、自分はどこまでいっても国の化身で、いつまで生きるかも分からず、自らが止める選択肢すらも与えられていない。だからいつか壊れてもいいからと言って捕まることなんて、出来ない。 (全部捨てることさえ出来るなら、今すぐあの手を掴むことが出来るのにな…) 国の化身とは本当に厄介な代物だった。 「大丈夫?」 「え?あ?」 とんとんと肩を叩かれて、ハッと我に返れば身捨てられた犬のような顔をしたイタリアが視界にドアップで映り込んで、イギリスは反射で背筋を伸ばすと「だだだだ大丈夫だ」と何度も頷いた。 「俺、うるさかった?疲れちゃった?」 首を傾げて上目で見られて「そんなことはない!」と断じると、イタリアはへらりと笑って「良かったぁ〜」と花が咲いたように笑う。 その笑顔を見て、イギリスは少しだけ気分が紛れるのを感じて微笑み返した。 先程から何度も上の空になっているというのに、変わらず話しかけてくれるのを見て、いいやつだなぁとイギリスはしみじみそう思う。 プロイセンが彼を好きになるのもよく分かるし、 成程、日本の友達だ、とも納得した。 日本はいいやつだ。 でも、とても遠い。 よく考えてみれば、日本の友達もいいやつに決まっているから、 もしも、イタリアと友達になれたら、 何故かイタリアまでついて来てくれるドイツと友達になる事が出来たら。 少しばかりは友人と会いやすくなって、 そしたらこの焦燥の激しい恋心も今みたいに落ち着いてくれるだろうかと、 そう思いながらイギリスは相槌を返した。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |