■【Lovers】■ 23

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普

「プーちゃんどないなっとんねん!」
「どういう事なの?プロイセン!」
プロイセンがドアに凭れかかったまま寝落ちしていると、悪友二人の怒鳴り声と共に勢いよくドアが開いて、プロイセンは吹っ飛ばされた挙句に床に頭をぶつける、という悲惨な目の覚まし方をした。
「〜〜〜〜〜〜〜ってええええ!!!何すんだよお前ら!!」
「プーちゃんこそそないな所でどないしたん??」
自分がどうなったのか自覚してすぐに起きあがって文句を言うと、こてんとスペインが首を傾げて不思議そうな顔でもっともな疑問を投げつけて来たので、プロイセンはぐっと言葉に詰まった。
『何か色々疲れてしまって寝落ちしてました』なんて、情けなくて言えない。
プロイセンが押し黙って一緒に入って来た筈のフランスを一瞥すると、若干涙目だったフランスはパチパチと瞬きしてからシニカルに笑った。こちらにはどうやら事態を把握されてしまったらしい。
プロイセンは恋敵と視線を合わせて見つめあって数秒、小さく溜息を吐いて、部屋に奥にあるベッドまで移動すると腰を掛けると、
「…で、一体どうしたんだよ」
顎をしゃくって二人を座るように促した。
「どーもこうも!イタちゃんとロマーノがイギリス連れて帰ってしもーたわ!」
スペインが備えつけてある椅子の背凭れを前にして座ると、拗ねたように唇を尖らせてそう言ったので、プロイセンは僅かに瞠目してフランスを見遣った。
イタリアに『俺が貰っちゃうよ!』なんて宣言されたとはいえ、まさかあのままフランスがイギリスを逃がすとは思えない。
イギリスの性格なんてのは、フランスが一番良く理解しているだろう。
ある一定のラインを越えてしまった場合、『今』というタイミングを逃して放置すればイギリスがどれだけ厄介な方向に進んで行くかというのは自明の理といえる。
フランスが本気を出してイギリスを口説いたというのなら、いくらイギリスが表面上『嫌い』だと言ったとしても、皆の前でそういう態度をとったとしても、そうやすやすと引き下がりはしない筈だ。そもそも、付け入る隙は与えてくれる男でも無い。
だから、それは我が弟を味方につけたイタリアでも至難の業と言えただろう。
例えばどんな邪魔を受けたとしても、フランスが一言『イギリス』と本気で名前を呼んでやれば、イギリスはすぐに身動きが取れなくなってしまうに違いない。内面は物凄くソフトに出来上がっている奴だ。イギリスさえ懐柔してしまえば、周りがそれ以上口を出す権利だって無い。
それなのに、どうして。
フランスはプロイセンの視線を受けて僅かに眉間に皺を寄せると、大きく溜息をついてスペインと同様に椅子に腰かけた。因みにこちらは至って普通に背凭れに背を預けて、優雅に足を組みプロイセンに改めて視線を寄越す。
「…なんか、ドイツに近寄るなって牽制されたよ。お前がイギリスの相手として適役では無いって言うんなら、アイツの傍にいるのは自分達でも悪くないだろってね」
「………」
微妙に視線の問いをはぐらかされたが、まあこういう男だ。プロイセンはふん、と鼻を鳴らして考えた。
どうやら弟は不甲斐ない兄の代わりにイタリアの味方につく事にしたらしい。
ここまでは想定の範囲内だ。しかし、腑に落ちない。
「…お前ドイツに何言ったのー?」
少しばかり考え込んでから口を開こうとしたがフランスに先を越されて、視線を上げると、「イタちゃんにもや!」とスペインにも続けられた。
プロイセンは二人から責められるような視線を向けられて、眉間に皺を寄せた。
なんでこんな風にこの二人に責められなければならないのだろうか。
むしろ、フランスには感謝されるべきだろう、とプロイセンは思う。別にフランスの為に身を引いたわけではないが。
「…何って…」
「お前ってもう諦めたワケ?それ知ってたらお兄さん、こんな性急に動かなかったのにー…」
口ごもっていると、フランスに気だるげに言われて、プロイセンはその一方的な言いがかりに「んな事知るか!」と声を上げた。
「っつか、テメ、何人ん家で朝っぱらからヤってんだよ!俺が諦めようと諦めまいとデリカシーがなさすぎんだろ!」
プロイセンがフランスを睨みつけてそう返すと、フランスも負けじと鋭い視線を寄越して声を張った。
「俺だって最初は自分家に誘いましたよ!でもイギリスが断わったんだもん!!その上俺を目の前にしながらお前の事考えるとか!ムカついたんだから仕方ないじゃない!!」
「はあっ?!」
あまりの言いがかりに怒る前に、思わず顔が赤くなった。そんなプロイセンを見てフランスは今にもハンカチを噛み締めそうな勢いで「俺と寝てんのにお前の名前呼ぶとか、お兄さん意味分かんない!」と叫んだ。
カッと全身が熱くなって、毛穴という毛穴が開く感覚に陥った。
「えっ…おまっ…!」
(ちょっ、何だよ、それっ!!!俺はそんなの聞いてねーぞ!!)
感情が一瞬で歓喜に湧いたが、プロイセンはいやいやと首を振った。糠喜びはよくない。特に対イギリスに対しては警戒してかかるべきだ。
「でっ、でも!!イギリスは泣きながらちゃんとお前の名前呼んでたの俺様は廊下で聞いたぞ!」
「そうなんだけどね!でも好きだって一言も言ってくれないし!その癖お前の事は好きだって言うんだぜ?!」
「なっ…!そんなの知らねーよ!つーか、あの『嫌い』は、ほぼ『好き』と一緒じゃねーか!それに俺様今日イタリアちゃんとヴェストにイギリスの初恋はお前だって言ったって聞いたぞ!」
「はぁっ?!」
お互いぷっつんして一通り言いあって状況を整理すると、今度は互いに黙り込んだ。なんとなく今の状況が朧気ながら掴めて来た。
「あんなぁ…」
状況に置いてけぼりにされたスペインが途中からどうでも良さそうに二人を眺めていた。それからポツリと言う。
「…俺に分かるんは、お前ら二人ともアホやっちゅー事だけや」
身も蓋も無い正論にプロイセンもフランスも口を噤むことしか出来なかった。


「…で、だ」
こほんと咳払いしてプロイセンは二人の顔を順に眺めた。
大体現状は理解したものの、肝心のイギリスの気持ちを理解しきれていない。
かなり、けっこう、プロイセンが思ったよりも、イギリスはプロイセンの事を好いていてくれているみたいだけれど。
「…イギリスは結局誰が一番好きなんだ?」
真剣な顔で問うと、二人は顔を見合わせて
「お前やろうなぁ」
「非常に不本意だけどね」
と口々に言った。
プロイセンはカッカと体を熱くさせながら軽く咳払いをして続けた。
「けれども俺様避けられてるし…、付き合うのは無理だって泣かれたし…」
「追い詰め過ぎたんや無いの?」
「イギリスは臆病だからね」
しらっとした返答が返って来て、プロイセンは唇を尖らせながらも反論はしなかった。追いつめた自覚はある。非常に不本意だが。
「…んじゃ、フランスの事はどうなんだよ」
「…初恋やって言っとったそのままとちゃうの」
「…まさかイギリスに自覚があったとはお兄さん知らなかったけどね…」
フランスがそっぽを向いて溜め息を吐いて、
「…嫌われてはいないと思うけど…」
と付け加えたので、プロイセンは難しい顔で思ったままを告げた。
「俺様には物凄く好きなように聞こえたぜ?何せ千年ものだしな。あのイギリスでもちょっと信じたくなる月日だろ」
「まぁ…そうやんなぁ。」
「俺様にゃ、フランスに『好き』って言われてこんな風な展開になるとは思えねーんだけどよ」
「そうなん?せやけど、イギリスめっちゃ目ぇ腫らして衰弱しとったでー?」
「………」
「イギリスのコトめっちゃ怖がってたロマーノもほだされてまうくらいやもん。プーちゃんの思いこみちゃうん?」
言われて考え込んだが、イギリスの思考回路が複雑だといってもその行動には一定の規則くらいはある。
だから、いくら付き合いが浅いとはいえ、ある程度を理解していると自負しているプロイセンの推測が外れているとは思えないのだ。
そもそも、どうしてフランスがいてイタリアや弟がイギリスに取り入る事が出来たのだろうか。
「…なぁ、もしかして一回イギリスは一人になったのか?」
顎に手をあてて問うと、スペインが呑気な声で「そうやろな〜。」と答えたので、ふむ、と思考を進めてみた。
イギリスに一人にしてくれ、と言われたとして、先程も考えた事だが、そこで引いてはダメなのはフランスが一番よく分かっているのではないだろうか。
だが、フランスの言によると、イギリスはフランスにプロイセンの事を好きだと言ったらしい。プロイセンにとっては嬉しい事に名前も呼んでくれた、と。
理屈は分かっていても、我慢出来ないこともある。
だから、フランスがその場面に措いて手を引かざるを得なかったというのは、まあ理解出来なくもない。
だが、イギリスがフランスに『嫌い』としか言っていないようなのが、腑に落ちない。理解出来ない。
あのイギリスのこと。フランスが幾ら好きだと言っても、『なんで今更そんな事言うんだよ、嫌いだばかぁ!』みたいな意味合いでそう口にしてもおかしくないが、実際甘さたっぷりの『嫌い』はどう考えても『嫌い』では無い。それは相対していたフランスが一番よく分かっていただろう。あの状態から『好き』を引き出せないなんて、変だ。
まあ、実際プロイセンもイギリスの口から『好き』を引きだすのに苦労したけれど、その経験があるから逆に、『好き』を引きだすのが無理ではないという事もよく理解している。
なのに、だ。
「……フランス」
「……なによ」
「お前、もしかしてイギリスに『好き』って言ってやってなくねぇ?」
「…………」
ビンゴである。
「「「…………。」」」
沈黙がずん、と部屋を支配して、一瞬ののち、プロイセンは思いっきり声を上げた。
「冗談だろ!!!言ってねーのかよっ!!!!!」
「信じられへん!それでようイギリスが好きって言ってくれへんとか言えるわ!」
二人がかりで責めるとフランスの眦に涙が浮かんだ。
「仕方ないでしょ!千年言えなかったのにそんなほいほい言えるワケ無いでしょーが!しかも他の男に心を奪われてる相手によっ?!フられたらそこで終わりじゃん!!」
「お前かてイギリスが臆病とか言えへんやんか!寧ろイギリスが臆病になったんはお前の影響とちゃうんかい!お前が育てたようなもんやろ!」
スペインが珍しくいい事を言ったので、プロイセンは溜息をついてから「だよな」と相槌を打った。
「つか、そこは俺様も問いたい。お前ら昔から結構一緒にいただろーが。何でイギリスはあんなに不器用なんだよ」
「何それ酷い!坊っちゃんは最初会った時からああでしたけど?!」
「けど、俺様がメシ作って、何か言いたそうにしてたから促してやったら顔真っ赤にしながら素直に旨いとか言ってたぜ?次も作ってやるよって言ったら楽しみにしてるっつったしな」
「へ?イギリスそんな事言うん?」
スペインが興味深そうにこちらを見るので素直に頷いた。
「そりゃま、最初は『悪くねーよ』とか言ってたし、『ただいま』って言ったから『おかえり』って言やぁ『お前に言ったんじゃねえ!』とか言われたけどよ…」
「ああ…それが俺の知っとるイギリスやで。まあ、俺ん時は最初猫被っとったからなぁ。『ただいま』って言ったら『おかえり』とは言ってくれとったけど…、まあ、ツンツンしとったっちゅーか、事務的やったっちゅーか」
スペインが安心したように頷くのでプロイセンはもーやだと思いながらぼりぼりと頭を掻いた。
「そーゆー時どうせ『素直じゃ無い』とか『可愛く無い』とか言ったんだろ」
「…何かあかんかった?」
「だからお兄様もああなんだろーが。素直になれない相手を余計にはっぱかけてどーすんだ」
「せやかて何て言えばええねん」
「状況もしらねーのにそこまで知るかよ」
「なんや為にならへんな!ちゅーか、お前はそん時なんて言うてん」
「『え、マジで?』」
「え?マジで?」
「……………俺様に言われも…」
オウム返しで戻って来てプロイセンは眉間の皺を揉んだ。頭が痛い。
「ええー、まじで意味分からん!それで何が変わるんや!」
教えたってー!と叫ぶスペインにまだこいつの方がましかとプロイセンはフランスを見る。フランスは拗ねたように唇を尖らさせている。自覚があって治せないだけフランスの方が酷い。
なあなあとうるさいスペインにプロイセンは長く息を吐き捨てると「あのなぁ」と続けた。
「素直になれない相手が素直になりたくないかっつーとそーでもねーわけ。そういう奴らは反射的にそう答えちまうだけで、責めずに時間さえ与えてやりゃあ多少は素直な事を言ってくるんだよ。そしたら『珍しい』とか突っ込まねぇでこっちも素直に喜べばいい。そしたら向こうだって素直な気持ちを口に出してもからかわれたり拒否されたりしないって安心するだろ」
溜め息混じりに説明すると「なる程なぁ」とスペインが関心したように頷いた。
「イタリアちゃんのお兄様の反応がイギリスよりも幾分ましなのはお前がその後に『それでも嬉しい』とかフォロー言ってるからじゃねーの。お前がそれをフォローだと思ってるかはともかく」
「あー確かになぁ」
「試しに『お前のそういう所も嫌いじゃ無いぜ』とか言ってみろよ。最初は気持ち悪がられるかもしれねーし、素直になれない奴ってのは敏感だから本気じゃ無いと伝わらねーけど、それでも気持ちを込めて言い続けてりゃ、少しずつ最初から素直に接してくれるようになるぜ」
「……………なんや、イギリスがプーちゃんに惚れたの分かった気がするわ」
「お?ようやくお前も俺様の偉大さが分かったのか?崇め奉ってくれてもいいんだぜ?」
持ち上げられてケセッと笑うとスペインが残念そうな顔で「それが玉に瑕やけどなぁ」と呟いた。どういう意味だ。
「せやけど、なんでそこまで分かっとって何でそないに色々不憫なん?」
不思議そうに聞かれて詰まる。
「不憫言うな。…でもそれは俺様が聞きたい」


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