■【Lovers】■
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英 「ねっ、イギリス。ちょっと買い物してかない?」 「買い物?俺は別に構わないが…」 イタリアのローマ郊外にあるフィウミチーノ空港に降り立つと、イタリアのくるんが母国についたからなのか、元気にぴこぴこと揺れているのが視界に映った。どういう原理で動いているのか理解は出来ないが、このくるんはイタリアの機嫌の善し悪しを反映しているらしい。 わくわくした表情のイタリアを一瞥して、面白いヤツだなと思いながらイギリスが了承の意を表すと、 「やった!はい、じゃあ、荷物!」 「…荷物?」 イタリアが笑顔でさっと手を差し出したので、イギリスは頭にクエスチョンマークを掲げて首を傾げた。 「うん、荷物」 その言葉の意味を理解出来ないでいると、イタリアが「荷物あったら邪魔でしょ?」と続けて 「兄ちゃんが先に持って帰ってくれるって」 へらりと笑った。 ぱちり。 イギリスが瞬きをしてロマーノに視線をやると、彼は顔を背けたままつまらなさそうな顔をしている。 「いや、でも…」 「一週間も家空けてたからさ、簡単な掃除とかしときたいんだって」 「ええと…」 『しておきたい』という事は、ロマーノだけが先に彼らの家に帰るというのは、ロマーノ自身の提案なのだろう。 その言葉は、イタリアが告げたそのままの意味なのか、はたまたイギリスと一緒にいたくないから別行動したいという意味なのだろうか。 ロマーノの表情を見るにつけ、限りなく後者のような気がしてならない。…と、するならば、『先に持って帰ってくれる』というイタリアの言葉は、自身に掛けられた言葉を拡大解釈してしまったのではないかと類推出来た。実際イタリアの荷物は一泊しかする予定のなかったイギリスの小さめのトランクよりも、確実に少ない。 1週間近くもドイツにいた癖になんで…という疑問は、飛行機に乗る前に既に解決済みで、イタリア曰く、『俺、ドイツん家によく泊るから〜』という事であった。…因みにドイツによる翻訳というかフォローによると、よく遊びに来るイタリアの荷物は『客室が一つ潰れた』というくらいにドイツの家に置きっぱなしにされているらしかった。 だからそんなイタリアの手荷物を彼の兄であるロマーノが持って帰ってやる、というのは理解できないでもない。…が、イギリスの荷物となると話が変わってくるだろう。 「…別に構わねぇよ。そんな大荷物ってワケでもないしな…」 「ええ〜?絶対手ぶらの方がいいってー!試着する時とか邪魔じゃんかー」 「…、試着?」 イタリアの言葉や行動は突飛過ぎてよく分からない。どういう意味だとイギリスが眉間に皺を寄せると、イタリアが「だって着替え持って来てないじゃん!ちゃんと補充しなきゃ!」と言って両手をバタバタさせたので、イギリスは呆れて口をぽかんと開けてしまった。 (いや、その気遣いは有り難てぇけどな…) 確かにすぐに母国に帰る予定だったイギリスは必要以上の着替えなど持ってはいなかったが、それはもう過去の話である。 「…お前、今朝買って来てくれたじゃねーか…」 身を清めてから部屋で意気消沈していたイギリスの元に、イタリアが大量の荷物を抱えて戻って来た事は記憶に新しい。 実際今着ている服も、イギリスが元々用意していたものではなく、イタリアが購入して来たもので、それこそ、頭からつま先までイタリアコーディネートなのだ。イギリスを目の前にしてその事実を忘れるなど相当な鳥頭でもそうは無いだろう。 (つか、なんでこいつは俺のスリーサイズを見事に把握してるんだ…) 恐ろしくくらいのピッタリ具合には口ごもるしかない。フランスならば『気色悪いだよテメェ!』とぶちのめすのもやぶさかではないが、相手は何しろイタリアだ。 いつも花を飛ばしていそうな能天気な仕草を目の前にすれば、どうにもこう手を出しかねてしまうし、それに…イギリスなどに優しくしてくれた相手だ。なんだかそんな事をしたら罪悪感を覚えてしまいそうで、結局その疑問は今もまた呑みこんで、イギリスはイタリアを窺った。 「あれくらいじゃ足りないよ〜!」 「いやでもお前…3着くらい買ってただろ?」 「うん。でもさ、会議疲れもあるし、ちょっとは家の中でゆっくりしたいかもしれないじゃない?そしたら買いに行くまで足りないじゃんか。まぁ近くにいい店いっぱいあるから服の補充なんて簡単だけどさ、確かにお家は一週間も留守にしちゃって埃っぽいだろうし、どうせだからこの機会に買っとこうよ!」 「ええと…」 「じゃ、兄ちゃん任せた〜!」 「おお。とりあえず、1時間は確実に潰して来いよ」 「了解であります!」 「あ」 戸惑っている間に奪われてしまったスーツケースは流れるような動作でロマーノにパスされて、(何だこの手癖の早さ、とイギリスは思わずにはいられない) 件のロマーノはというと、特に拒否感を表すこともなくイギリスのスーツケースを持ったまま停車していた特急列車に滑り込むように消えて行ってしまった。 「じゃー、俺達も行こうかー!」 荷物を追いかけたまま上げられたやり場の無い手をどうする事も出来ないでいるイギリスをイタリアが華やかに笑いながら引っ張って行く。 (…なにがなんだかわからない…) スーツケース云々の話はイタリアの勘違いでは無かったのだろうか。 イギリスは苦笑するドイツの顔を眺めながら、引きずられるがままに電車に乗り込む羽目になった。 「えっと〜えっと〜〜〜あ〜〜〜どれも良くて迷っちゃうね〜〜〜!」 ショッピングセンターに着いて、連れ回される事1時間。イタリアのハイテンションやその他諸々についていけなくて若干ぐったりしていると、イタリアが「疲れちゃった?じゃあもうちょっと買ったら休憩しよっか」とにこりと笑った。 「いや待て。まだ買うつもりなのか…」 ぐったり、というか、げっそり、というか。 今はイタリア最大級を譲ってしまったパルコレオナルドに到着すると、真っ先に連れて行かれたのはランジェリーショップで。 売り場を理解するなり『その辺で待っているからな』と離れてしまったドイツを恨めしげに思いながら、『何でお前はそう恥ずかしげもなさそうなんだ…』と遠い目をしてイタリアを眺めた。 エロ雑誌などでその魅惑のボディを覆うランジェリーを色を含んだ視線で眺めることはあっても、フランスのように変態では無いイギリスはこういう場所に足を踏み込む事にはかなり抵抗がある。初っ端から、何か色んなものを削られてしまった。 女性化して、今日までの間、身につけていた衣服を用意したのはイギリスの国民だったから、このような場所に足を運ぶのは初めてといっていい。 遠い昔には、腕のいい職人に頼んで婦人の服を作って貰い、贈り物をする事くらいの事はあったりしたが、こういうのには慣れてはいない。 ましてや自分が着用するために選ぶなんてもってのほかだ。 『彼氏の為にとってもセクシーなの選んであげるわね』なんていう店員を退けながら爆発しそうな頭を抱えてつば競り合いをする事しばし。 なんとか無難なものを購入するという偉業を成し遂げさえしてしまえば、洋服売り場をうろつくのにもあまり抵抗がなくなるのだから、不思議なものだ。 しかし、だからといって、全く平気になったワケでも無い。むしろ精神的疲労はピークに差し掛かり倒れそうな気さえするのでそう返すと、光り輝くような笑顔で「うん!」と返事した。イイ笑顔過ぎて突っ込めなかった。 いつも元気で明るいイタリアだが、今日の笑顔満開度は半端無い。 これはあれか、と無言でイタリアを見上げる。 (女を口説かないのは失礼に当たるとかそういう所から来るアレなのか??そうなのか??) 挨拶みたいなものだろうから、軽く受け流せばいいのだろうが、試着する度に、「太陽が落っこちてきそうなくらい眩しいよ!」とか言われるのは大変キツイものがある。時々ドイツが見るに見かねて「少しは控えてやれ」とイタリアに言ってくれなければ、イギリスは既に憤死していただろう。 イギリスの沈黙をどう思ったのか、イタリアが急に「ごめんね!イギリスっ」と手を掴んで来たのでイギリスは思わずビクリと仰け反った。 「声も出せないくらい疲れてたなんて気付かなかったよー!ちょっとカッフェでお茶して、それから家に帰ってシエスタしようね!」 「あ、あー、…そうだな」 仰け反った体勢のまま、イタリアの勢いに押されて頷いたものの、かなり疲れが溜まっている状態だったので、日頃はしないシエスタの申し出も休憩も有り難い。 「じゃあ、…あ」 フードコーナーに足を向けようとしたイタリアが立ち止まって開眼している。 どうやら、気に入りのアクセサリーを見つけたらしい。…女物の。 これがイタリア自身のモノなら特に待つのもやぶさかではないが、この場合イギリスにつけろという話になるのだろう。気にかけてくれるのは嬉しいが、色々と限界である。 「ヴェー!これ、さっき買った服にすっごい似合いそうだと思わない?これつけたらアーサーが女神様にも嫉妬されちゃう事間違いナシだね!」 「いや…フェリシアーノ、いや、ほんと、もう、いいから…。な?」 「ええっ?そりゃ今でも充分綺麗で可愛いけど!…あっ、でも、そうだよね、先にカッフェだよね」 「いや、先にカフェとかじゃなくてだな。流石にアクセサリーとかいらないからマジで。絶対つけねぇから…」 下着も洋服も必要なものだから仕方が無いと諦めたが、日常生活を送るにおいて、アクセサリーなどは必要ない。昔はイギリスも富と権力を主張する為にジャラジャラしていた事もあったけれど、今はそんな時代ではない。女として、ファッションでアクセサリーなど言語道断である。 「だからサプライズなプレゼントとかしないでいいからな?!」 先程アーサーが試着している間に帽子のプレゼントをされたばかりだったイギリスが釘をさせば、イタリアはどこか寂しそうな顔でちらちらとイギリスと品物を交互に眺めて「ヴェー」と鳴いた。 「まあ、そんなに欲張らなくとも良いだろう。俺は今のままでも充分だと思うぞ」 「おお、ほんと、色々真剣に選んでくれたのは、嬉しかったし、お前がセンスいいのは充分分かったから、今のままで充分だからな!」 ドイツの助け船に便乗すると、ふぇっと妙に可愛らしい吐息を漏らして「じゃあ、イギリスがつけたいなーって思うようになったら俺に言って!一番素敵なの選んであげるから!」と言って笑った。 「兄ちゃんただいま〜vV」 木製の扉を大きく開いてイタリアが嬉しそうに声を上げた。 自国についた時からいつもよりそこはかとはなしに元気そうだったが、やはり自分の家となるとより恋しいものだろう。 「上がって上がって!」と誘導してくれるイタリアの後ろをついていきながら不躾にならない程度に辺りを見回した。おしゃれ、には抜かりのなりイタリアらしく家の中もこじゃれてはいるが、それでも住む人を癒してくれる優しくおちついた感じがした。 「…へぇ、いい家だな」 イギリスの素直な賛辞にイタリアがぱぁっと顔を明るくさせる。その様子を見てイギリスは小さく笑った。イタリアと一緒にいて、ちょっと騒がしいと思うこともあるが、なんだか妙に心が和むのも確かだとそう思う。ヘタレヘタレだと散々言ってきたし、実際ヘタレだが、愛すべきヘタレである。流石は皆に好かれる事はあると納得してしまうのだった。まあ、今までだって別にイタリアの事は嫌いでは無かったが。 (…ま、フランスの言う事も妥当か) 先日の胸を抉られた言葉を思い出してイギリスは少しだけ顔を曇らせた。イギリスだって分かっているのだ。イギリスの渋面を見ているよりも、イタリアのこの底抜けに明るい笑顔を見ている方が気分が晴れるって事は。誰が見たって一目瞭然だ。フランス自身がそう言っていたのだし、プロイセンだってイタリアが大好きだ。 そして、今その癒し効果を体感して、どうしてもイギリスは思ってしまう。 (適わねぇなぁ) と。 自ら遠ざけて、想像に嫉妬するなんて呆れるばかりだが、でも、ドイツの事が大好きなイタリアがドイツの家に遊びにいく度に、きっとプロイセンはイタリアに癒されるのだろう。その内に今までと同じ感情以上のものが育たないかなんて、考えられない事ではない。 (諦めては欲しいんだ。…けど、他のヤツを好きになって欲しくない、なんて…) 随分身勝手で笑える話じゃないか。 (でも、好きなんだ) プロイセンに引きずりだされて自身でも認めた感情は、フランスの前で口にしてしまった事によって、イギリスを更に追い詰める事になった。 (あのクソ髭…) いつも中途半端な優しさを施しては、イギリスにそれ以上の傷をつけて行く隣国を思って舌打ちしたい気分になる。 千年来の腐れ縁に、イギリスの初恋の、当時は髭面ではなかったアイツに、あんな事をされて、もっと混乱していいはずなのに、思いだすことは、プロイセンの事ばかりで。 (クソッタレ…今度髭ぶち抜いてやる…) それが堪らなく歯がゆくて、思っていた以上に浸食されている自分が、恐ろしくて仕方が無い。こんな調子で本当に逃げ切れるのだろうかと思うと指先がかじかんでくるくらいだ。 「イギリス、疲れたか?」 指先をきゅっと握って感情の波をやり過ごしていると、隣を歩いていたドイツが心配そうな顔をしてこちらを窺ってきて、イギリスははっと現実に意識を戻した。 「まあ、ちょっとだけな。でも今は昔を思い出してただけだから気にすんな。この家とか結構年代物だよな」 「…お前は欧州の古参だからな」 ドイツが会話を合わせてくれて、イギリスは微かに笑う。どうも昨夜からドイツが優し過ぎる。 イギリスはドイツを利用する為に(多少の罪悪感も手伝って)過去を打ち明けただけなのに、こんな風に接して貰えるとプロイセンの身内だけに余計に引け目を感じてしまう。けして嘘は言ってはいないが、気にかけて貰える仲でもなかった筈だ。 (ああそういえば、コイツの前で認めた時はこんな風には思わなかったのにな…) プロイセンの身内ということで、他人とは思えなかったからだろうか。 ベッドの上で認めたプロイセンへの気持ちをドイツに向かって口にした時は、既に身の内にあった想いを伝えただけだった。それでも他人に向かって形にして表したぶんだけ、思わず泣いてしまう程、好きだという気持ちを知らされてしまったものだったけれど、それでも今より酷くは無かった。 イギリスは出来るだけ笑みの形を保ったまま、辺り障りの無い会話を続けつつ、内心で溜息をついた。 これならば遠い昔、フランスへの想いに翻弄されていた時の方がマシだった、と思わずにはいられない。 口に出して、態度に表して。形にしたぶんだけ、抜き差しならなくなってしまった感情が煩わしい。 フランス相手の時でさえ、こんなものいらないと、何度殺してねじ伏せても、忘れた頃になってふと甦ってしまったのだ。しかもより強力になって戻ってくる。 まるで性質の悪い病のようでイギリスは眩暈を感じてそっと息を吐いた。 薬で誤魔化しても誤魔化しても、感染した事を突きつけてくる。 (これだから恋だとか愛だとかは嫌なんだ…) この感情はイギリスをイギリスでなくしてしまう。 そしてとても重すぎる。 (忘れたい…) 忘れられるだろうか、と思う。 忘れなければならないんだ、と思う。 あんな事をしてしまったのにドイツが、優しい。 今朝、悲惨な状況を見たのに、イタリアが笑ってくれる。 ロマーノは、なんだかんだ言ってやっぱりイギリスの事をよくは思っていないのだろうけれど。でも、今まですぐさま逃げていた時よりも嫌われていないのだとしたら。 もし、イギリスが努力すれば、関係が変わるというのなら、その時は。 (こいつらと友達になれたら、そしたら…) きっともう、寂しさに負けないで済むのではないだろうか。 そして、こんな想いと決別できたらいい。 イギリスはそう思って少しばかり眉を下げた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |