■【裁きの剣】■ 30 「やっほー、メロ、ニア！」 「…こいつで大丈夫かよ…」 「同感です」 朝日の国。 【裁きの剣】 「うっわ、ひでぇ」 大袈裟に嘆いて見せるマットにメロは頭を抱えたい衝動に駆られた。 先ほど密かに接触した朝日の国の女将軍ハルに案内されたのは、後は沈むしか道の無い国の、不釣合いな豪奢な建物の、唯一寂れた離宮。 その召使の部屋。 誰もが寄り付かない忘れ去られたこの部屋は確かに密会の場には相応しい場所だったが、その場で待っていた王の言葉がこれでは、気が抜ける。 だがメロは明るく挨拶を返すことに努めた。 「…久しぶりだな、マイル」 「マットでいいって。その方が気楽じゃん？で、Ｌは？」 上座のおんぼろ椅子に座り、机上のチェスボードを眺めていた赤毛の少年が落ち着きの無い様子できょろきょろと入り口を見渡して、最後は椅子の上で背伸びをしてみせる。 そのせわしない小動物めいた動きは、前に逢った時との差がちっとも見受けられない。 メロは緩く息を吐きながら嗜めるように口を開いた。 「…気楽だとかそういう話じゃねーだろ。もうお前は王なんだ」 「えー？」 「『えー？』じゃねぇ。つか、お前報告聞いてないのか？」 「…お伝えしましたけど」 「そーいや聞いた気がする」 「オイ」 メロの突っ込みと共に一同が深くため息を吐く。それにマットは悪い悪いと気軽に謝った。 「お前がそんなだから、皆が不安がってるじゃねーか！バカ！」 もっとちゃんとしろよ！と曲がりなりにも王を罵るメロにマットは破顔一笑。 「あー、やっぱお前いーわ。大好き♪」 「ちょっと、今のは聞き捨てなりませんよ」 「え？何なに？俺、大モテ？」 「何マイルのホラに食いついてんだよ、お前も！話が進まねーだろ？！」 ただでさえ頭痛ものの会話に扱い辛い男が参入して、メロは声を荒げる。 (くそっ！Ｌの命令じゃなけりゃ誰がこんな事…！) そうは思うものの、旧知の仲であるマットの力になってやれるならなってやりたくて、未だ「ホラじゃないんだけどなー」と呟いている本人を目の前に、呼吸と共に気分を入れ変えた。 「お前そんなんで大丈夫かよ。戦いになりゃ先頭に立つ事だってあるんだ、死ぬぞ？」 「あ、心配してくれてんだー…」 軽く笑って答えたマットだったが、真剣な表情のメロと視線を合わせて言葉を途切らせた。 「もうお前しかいないんだ」 「…本当に？」 「マット！」 「やっとマットって呼んでくれたな。そーなんだよ、俺はマット。マイル・シーヴァスじゃなきゃいけない理由って何だろう。親父があんな暴君で、息子はいるかいないか分からないような国でも、それでも生きてるんだぜ？王が名君だったらそれでもいいけど、民を虐げる王だったら最悪だ…っていうか実際そうだった。俺は色んな国を見て回ってみた。小さい部族から大きな国まで。確かにまとめ役は必要だけどー…『王』がいる意味なんてあるのか？」 場につと沈黙が落ちる。 忘れさられたような寂れた召使いの部屋はとても王宮の中とは思え無い。 その場の上座に座るのが、王だとも、 その話の内容さえも。 しかしそれこそがこの国の真実のように思えた。 王はもういらない、王の時代はもう終わった…と全てで訴えられているように思えてメロは目を眇めて目の前の人物を見据えた。 『王』なんてもういらない。 確かにこの国には、もう王なんていない…のかもしれない。 王宮の中でさえ、マットを知る者は限られている。その数人が葬られてしまえば、彼が次代の王なのだと告げても誰も信じはしないだろう。 昔もけして表には出てこない王子に、王子はもう死んだのではないか、などという噂があったはずで、 今も、新しく即位した王は上が画策した虚構ではないかと囁かれている。 確かにこの国に連綿と続く血の王はもういない。 (ここにいるのは反旗を翻した革命家じゃねーか) だがその言葉にリドナーは、最後に縋る藁さえ取り上げられたみたいな表情で口を覆った。 それでもまだ王が必要。それもまた真実なのだ。 メロは通された部屋の入り口から数歩。粗末なテーブルに添えられた椅子を引いて、どかっと座る。 「だから、それをお前が確かめればいいんだろ。でも、その為にはこの国にはまだもう少し絶対なる王の力が必要だ。そんでそれはエデンの女王じゃ無い」 肘を机について、頬を預け、片足を椅子に上げてある意味色を削いだ男の顔を覗き込む。 （王で革命家だなんて、今のこの国が進むべき道にぴったりじゃねーか） 「お前だ、マット」 ≪back SerialNovel new≫ TOP