■【裁きの剣】■ 32

お前がその気持ちに気付く時、
恐らく僕と同じ戸惑いと喜びを手に入れることだろう。
そしてその時、僕はニヤリと笑って言ってやるのだ。
「やっと気付いたの?」と。そして…


【裁きの剣】


小鳥の囀りと、微かに忍び込んで来る朝日に刺激を受けて目を覚ました。
(あ…)
L。
久しぶりに泥のように眠った自らの腕の中には、安らかな呼吸で目をとじるLがいた。
(初めてだな、寝顔を見るのは)
瞼を落とすといつもより少しだけあどけなく見える、などと思いながらその顔をじっと眺める。
もう少しだけ、と思うものの欲望に素直なこの体はLを抱き寄せ深く口付けた。
「ぅ…んん…!」
朝っぱらから息もさせない口付けに、覚醒したLが月の髪をぐいっと容赦なく引っ張った。
それで仕方なく解放すると、ぜぇぜぇ言いながら酸素を貪るのに、月は涙目で笑いながら「痛かったよ」と声をかけた。
「あんな力で引っ張ったら、髪が抜けちゃうよ」
「髪の百本や二百本、なんです。私は殺されるかと思いました」
「最高の死に方だよね」
「今すぐ殺して差し上げましょうか?」
「悪くない」
「……」
のれんに腕押し、糠に釘。
相手にしてられないと思ったのか、Lがやれやれと床から這い出る。
「おい、どこに行くんだよ」
「水を浴びて来ます。ベタベタしてて気持ち悪いんです」
「…じゃあ僕も」
同じく身を起こそうとした月の頭を小突くようにして阻止するので、月はLを見上げる。
それをLは横目で見ながら月の服を拾って身につけた。
「月くんは私の服を誂えるのが先です。それにまた襲われては今度こそ立てなくなってしまいます」
分かりましたか、威圧してくる男に、月は分かったよ、と肩を竦めた。
その姿がまた可愛らしいと思うなんて、どうやら相当ヤキが回ってる。
暫くLには頭が上がらない。
「着替えは持って行くからゆっくりしておいでよ。…と、その前に。お早うのキスは?」
にっこりと月が微笑むと、Lが冷たく見据えて来る。
「月くんは先程私を殺しかけたのを忘れたんですか?」
「ううん。でも、あれは僕からの挨拶であって、Lからじゃないわけだし」
「あれを『挨拶』と呼ぶとは頭、ふやけたんじゃないですか?その認識力を訂正して差し上げたい所ですが、…正直疲れました。色惚けも大概にしてくださいよ、調子が狂います」
Lが心底嫌そうに睨みつけたが、月はふわりと笑うばかり。
初めはLのそうした態度が、征服欲を刺激して好ましかった。
嵌ってからは、いっかな崩れないその態度に苛立ちもした。
でも、もう、大丈夫。
「…ん?」
上目で強請り、余裕を見せて瞼を閉じた。
このまま逃げるのなら逃げても構わないけれど。そしたらちょっとバカみたいだけど。
それも楽しいかもしれない。
「全く…変わり過ぎです」
呆れたような声。
でも、その声に優しい色が混じっているのを見逃さない。
さら、と月の前髪を掬う仕草。
「お早うございます、月くん」
柔らかな唇を額に感じて、月は『まあ今日はこれで許してやるか』と心の中で思い、そして晴れやかに笑ってみせた。



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