■【裁きの剣】■ 17

雑踏の中、その一団の演舞は一際人々の目を惹きつけた。
仕事の為に現地調査に来ている松田とて例外ではない。
「うわわ〜、見て下さいよ、伊出さん!すっごい綺麗ですから」
「はぁ?!松田、お前真面目にー…」
エデン近隣の情勢の調査に駆り出された松田は、比較的真面目な伊出の腕をぐいぐいと引っ張った。こうまでなると、"松田とて例外では無い"というよりも、好奇心旺盛でお調子者である松田だからこそ、と言いたくなる。
…ともかく、松田はごねる伊出を見物人の群れの中に押し込んだ。
「ほら、これも情勢を知る一部ですって!…見て下さいよ、このエキゾチックな音楽・歌声、そして綺麗な踊り子!…はぁ、艶やかで素敵ですよねぇ…見て下さいよ、あの細い腰、柔らかな肢体」
松田がしゃらんしゃらんと涼やかに鳴らせている人物を目で追ったまま溜め息を吐くのに、とりあえず一行を眺めていた伊出が眉間に皺を寄せて呟いた。
「…全員男だぞ…?」
「あ〜!伊出さん解ってないなあ〜!そりゃ僕だって女の人の方が良いに決まってますけど、あそこまで綺麗なら話は別っすよ!それに兵士の中では衆道こそが汚れ無き情なんだって言ったりもするんですから!まぁ、僕はそこまで思いませんけどね!伊出さん遅れってる〜!」
「…俺はそういう話は嫌いだ…」
「えー?相手が相沢さんでも?」
「ばっ…!俺はあいつを信用しているし、友だと思っているが、そんなのじゃ無いに決まっているだろう!それに相沢は妻子持ちだぞ?!滅多な事を言うもんじゃない!」
「えー?まあそうですけどねー。女の子の間じゃあこれもまた結構流行ってるんですよ?相沢さんと伊出さんとか、僕と月くんとか、僕と夜神さんとか。月くんが女役でね、あの秀麗な顔が苦痛に歪むのを見てみたい〜♪だそうです」
「………」
「月くんの耳に入ったら僕殺されそうですから、秘密ですよ?」
「………」
「…だから、月くんは好きですけど、ゆっくりお茶なんか飲むのならこういう人ですよねぇ〜」
「でしたらご一緒しましょうか?」
話ている間に演舞が終わり、人々が解散して行く中、何時の間にか近くにやって来た踊り子の言葉に、松田は飛び跳ねるくらいに驚いた。



「…以上で宜しいですか?」
ウェイトレスの言葉に、松田は引きつった顔で小さく「はい」と返事した。
テーブルに並ぶおびただしい量の菓子類は、一体何人で食べるのだと言う程の量だ。…しかしこの場には黒髪の踊り子、そして松田しかいない。
(…なんだか騙された気がする)
先程まで、とても魅力的だと感じた踊り子は、今はただの変人にしか見えないし、浮かれて「奢ります!」と言ったはいいが、会計が心配な程の注文数。
「松田さん?」
Lに―――踊り子の名前はLと言った―――に声をかけられて、松田は「はいっ!」と背筋を伸ばした。
「どこか具合でも?」
変わらない表情の中に、少しだけ気遣うような色を見つけて、松田は慌てて「何でも無いです!」と愛想笑いを振りまいた。
「…ならいいですが」
Lは言って片っ端からケーキに手をつける。
けして行儀のいい食べ方だとは思わないが、何だか子供の頃に憧れていた食べ方だ。
(そっか、Lは子供っぽいんだな)
むぐむぐと口いっぱいに頬張る様を見ていたら、何だか愛想笑いでは無い笑みがこぼれた。
あながちあの踊りに騙されたワケでは無いらしい。変人だと思った顔もよく見るとまた整って見える。
「…美味しいですか?」
コーヒーを口にしながら問うと、頬張り過ぎたからだろう、「はい」という返事の変わりに少しだけ目尻を優しくした笑顔が返って来て、松田は胸をトキめかす。
(今日の仕事はもう終わり。しかも、明日も情勢調査だから、今日は泊まり…なワケで)
この間フラれてから、バーの店主であるアイバーに紹介された店も、トラブルに遭ってしまい、とんとご無沙汰だ。
松田は男を相手にした事は無いが、何せLは方々を旅する踊り子。それなりの経験はあるだろう。
(…って、あー!今からこんな事考えてどうするんだ!)
「あの、L、僕も少し貰ってもいいですか?」
「ええ。では半分こにしましょう」
とりあえず他の事を考えて気を紛らわせるんだとばかりにLと菓子に向き直り、返答を聞いてフォークを差し向ける。
甘いケーキを口に含んで、幸せかもしれないと、ケーキと一緒に噛み締めた。



To be continiued



…あとがき…
再びまっつー登場。
こんな話を書いてるから先が進まないんですよね。
本当すみません。
終わらせる気があるのかというくらい長くなる予定でごめんなさい。

とまあ、こんなやつですが、よろしければまたお付き合いくださいませ。

水野やおき2006.06.16


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