■【裁きの剣】■
18
「…松田、叩っ斬る!」 「メロ」 Lのフォークで松田に『あ〜ん』事件を反対側の店の影から目撃したメロが、低く呟き剣を片手で鞘から抜きながら雑踏に足を踏み入れようとする。 それをニアが止めている間に不穏な影が店内に侵入した。 【裁きの剣】 ガシャアアン! と、派手な音を立てて、侵入者が押し入った。 丁度、上手い事を言って、Lのフォークでケーキを『あーん』させて貰った直後だった松田は、目をかっ開いて、入り口を直視した。 「金を出せ!」 賊は数人だったが、数えるには片手では足りない数。 身なりなどからして、おそらく街の外れ者の類だと窺うことができた。 (…どうしよう) 松田はこの街の警邏(ケイラ)を司る者では無い。 一応、この一辺を統率するエデンの官房官ではあるが、即座に手を出すには躊躇いが生じる。 相手が酷い狼藉を働いているのならばともかく、今は金をせびっているだけだ。店主にとっては大変な損害になるだろうが、迂闊に手をだすと逆に周りを巻き込むだけだ。 …そう以前月に叱られた事があった。 松田さんは猪突猛進なんだから、少しはちゃんと考えろ…と。 「あ、なんだ、テメー」 「え?僕ですか?」 あまりに注視していた為か、仲間の一人がツカツカと寄って来て、根性の悪そうな唇を歪めさせた。 「俺ぁ、お前みてーなのが一番気にくわねぇんだよ!!いい所に産まれたってだけで何の取り柄もなさそうな面してやがる、お前みたいなのがよ!金にモノを言わせて、自分だけ楽しもうってのがなあ…!!」 まくし立てると、男がテーブルを蹴り飛ばし、松田はというと突然の出来事に呆気に取られ、ふっ飛んでいくテーブルと、衝撃に従って散乱するおびただしいケーキの数々を眺めるしかできなかった。 「………あ、ちょっ」 思わぬ手出しに言葉を失いかけた松田の襟首を、男が掴む。 彼の仲間が「その辺で止めておけ」という制止の声が聞こえたが、男はそれに耳を貸す様子も無く、力任せに松田を引きずり上げた。 「…っ」 思わず、眉間に皺が寄る。腰に帯刀した剣に手を伸ばそうかどうか迷った瞬間、胸の圧迫が消えた。 突然解放された松田は、たたらを踏んで、がくりと崩れた男の前で踏み留まる。 「…私は…」 状況が巧く分析出来ない頭で、横たわる男を眺めていると、低く地を這うような声が聞こえて顔を上げる。 ……足が、あった。 「…私は、物を。特に…甘いお菓子(!)を粗末にする輩の方が、とりあえずは、許せませんっ!!!!」 だんっ!と宙に浮いた足を強く地面を着地させる音と共に、ギロリと鋭い眼光が入り口にたむろっている男達に向けられる。 「…こんな素敵な食事処に押し入るだけでも許せないというのに…、この悪行っ!覆水盆に返らずというのはこの事です!落ちたケーキは元には戻らないんですよ?!覚悟して下さい!」 気合の入りまくった啖呵に、一瞬男たちはぽかんとLを見つめた。それから嘲るような笑いを口許に浮かべてLを宥める仕草を見せた。 「…まあまあ踊り子さんよぉ、そんなにカリカリしなさんな。そんな細腕で俺達に刃向かって何になる?甘いモノが食べたいってんなら、いくらでも食べさせてやるぜ?俺達の上で踊っては貰うが…、な…?!」 「待ッ……あ!」 Lの腕に気軽に触れた賊を見て、松田が剣に手をかける。 だが、松田が抜刀する前に、Lがその手を容易く振り払い、実にスマートなモーションで再び脚を蹴り上げた。 「私に触れると怪我しますよ」 側頭葉に打撃を受けた男がぐらりと揺れる。ゆっくりと傾いだ体が派手な音を立てて地面に激突するのに、「きゃっ!」とお客の小さな悲鳴があがった。 「…私、結構強いですよ?」 松田には背中しか見えなかった為表情は窺えなかったが、声音は不遜な強いもの。 コケにされた男共の顔が怒りに染まる。実に定番通りな「ヤれ!」という合図と共に咆哮を上げながら襲い掛かって来る。 客はそれと同時に悲鳴を上げて店の隅に走り寄った。 どうなる事かと凍りついたまま固唾を呑んでお互いの肩を抱く。 「…あぶな…っ!」 一斉に飛びかかる屈強な男達を前に、Lはそれでも引く様子は無い。松田は急いで抜刀する。 (間に合わない…!) どんなに松田の腕が立ったとしても、この人数では守り抜ける筈が無く、またLの腕が常人にしては良かったにしても、獲物を持った相手に敵う筈が無い。 「…こっのぉ!」 松田は右脇から迫る剣を凪ぎ払い、そのまま切り結ぶ。 左右・そして正面から来る攻撃を一度には如何(いかん)ともし難い。せめて無事に避けてくれ!と祈った端からLの体が沈むのを五感が感知した。 「…L!」 思わず目の前の敵から視線を逸らして、地に倒れ込んだLを見やる。 その体が地に触れるか触れないかの所でパン!と手の平が床を叩く音がした。ぶわっとLの体が浮き上がった。 床への落下の反動で浮いた足が螺旋を描き回転し、敵へと向けられる。猫背のLは、松田が思った以上に柔らかい体を捻って、その両足で捕まえ挟んだ相手を地面に叩きつけた。 (コエー!!!) それからLの目が正面上方の敵に向けられる。微かに松田とも視線が合って、それからLの唇が開かれた。 「松田さんッ!」 舌を噛まないように早口に松田の名前を呼んで、上方から繰り出される斬撃を体を捻って斬撃を避ける。 「…え、わっ!」 切り結んだ松田の相手がいつの間にか大きく振りかぶっている。 思わず体重を後ろ足に乗せ、目についたがら空きの胴体に剣の柄を渾身の力を使って叩きつけた。 (もう一人!) ギンッ!と高い音を上げて剣先がぶつかり合う音がした。 最初に倒した男の剣で応酬したLの相手を、取って返した刃の峰で打ちつけた。 頸部を打撃された男があっさりと気を失って倒れ込む。 計5人。 残りのリーダー含む3人が戸惑いを見せてお互いに視線を配った。 入り口に視線が逃げる。 「待てっ…!」 こうなったら全て取り押さえようと、逃げを打った男共を追って足を踏み出す。 だが、幾らか倒れてしまっている店内の奥にいる松田は追いかけるのには不利だ。 案の定すぐさま入り口に消えた二人に、松田は舌打ちする。 (逃げられる!) 悔しさに思いっきり顔を顰めたが、先に消えた二人の男の姿が即座に再び松田の視界に戻ってきた。 ドタン!と大きな音を立てて床に転がる。 「え?」 「無茶すんなよL!」 「私、…こういうの苦手なんですけどね…」 逃げられたと思った瞬間、仰向けに倒れた男達の後から、二人の少年が共に顔を覗かせる。 その二人の少年には見覚えがあった。先程Lの後ろで唄っていた黒衣の少年と、紡ぎ手の白衣の少年だ。 「…申し訳ありません、看板に血糊が…」 白衣の少年ニアが、打ち付けた衝撃で痺れた手を振りながら店の看板を捨てる。 「さて…どうします?」 残るはリーダー一人。 Lの声に彼の視線はL、松田、ニア、メロの順番に彷徨った。 帯刀していないのはニア一人。 一か八かニアに向かって素早く伸ばされた手が、メロの手刀によって叩き落とされる。 「…私の身内に手を出しました、ね」 先ほどよりも低く冷たい濃度を増した声が、リーダーの背後に忍び寄ったLから紡ぎ出された。 思いっきり強くLの膝が跳ね上がる。 松田含め、L以外の男が一様に顔を背け痛そうな顔をした。 「とんだ災難だった、ですね」 夕刻、橋の上。 街の警邏の者に引き渡して一通り感謝されてから、店を出た。 それから店からすぐの夕陽が綺麗な橋の上で、松田は隣に腰かけているLの横顔を見ながら話題を振る。 「それにしても、強いんですね。あまりに格好よくて僕びっくりしちゃいました」 「松田さんも格好良かったですよ」 「ほ・本当ですか?!」 その返事にLが笑う。 (こ、これは脈有りって見ていいかな…?!…でも…間違ってて、潰される…のは…) 思わず賊のリーダーの末路を思い出して、ぞっと身を竦める。 「松田さん、お願いがあるのですが…」 そんな松田に控えめに声がかけられて、思わず松田は「はい!」と大きな声で返事をしてしまった。 「…?」 案の定びっくりしたらしいLが、きゅっと膝を折り曲げて膝の上に片手を置いて、指先で唇に触れ松田を観察している。 上目遣いの瞳に見つめられて、松田の脳内で祝福の鐘が鳴り響いた。 (これは間違いじゃない!僕にも!僕にもやっと春が…!) 「な、何でもききますよ…!」 「…本当ですか?有難う御座います。優しいんですね」 少し首を捻ってLが微笑む。 その白い頬に夕陽が射して赤く染まって見える。 松田はその肩にゆっくり手を伸ばした。 Lの唇が受け入れる為に薄く開かれる。 それに覆い被さるように顔を近づけた。 To be continiued …あとがき… 凄く久しぶりの裁きの更新です! でも月くん出て無い!ごめんなさい! 水野やおき2006.12.16 data up 2006.12.26 ≪back SerialNovel new≫ TOP |