■【冬の陽だまり・夏の影】■ 09

【冬の陽だまり・夏の影】
―8―


 照には潔癖なところがある。
 それは夜神月と同等、もしくはそれ以上で、特に性関係については僧侶さえ驚くぐらいの倫理感を持っていた。
 元々、人生に快楽などいらないと思っていた照だからこそ、性への快楽など冒涜だと感じていた。
 人生に、苦しみも楽しみも、いらないのだと。


 甘い。
 口付けた唇の甘さが照の胸をいっぱいにさせた。
(人間とはかくも愚かなものなのか……)
 今の今まで好いているのだと気付かなかった相手との、口付け1つでこうも酔ってしまえるのだと、照は「離してください」と突っぱねるえるの腕を捻りながら思った。
 その急激な心情の変化に戸惑いながらも、えると幾つかの言葉を交換する。
「慰めてやろうと思っただけだ」
 言いながら、ずっと慰めたかったのだと理解する。
 もっと早く。照からでなく、むしろえるから。「どうして二人の仲を引き裂いたのだ」と詰ってでもいいから、他でもない自分に感情をぶつけて欲しかったのだ、きっと。
 嫌がる相手の唇を奪い、身体を強引に重ねる。
 涙を流させるのは本意では無かったが、今はそれこそが心地良かった。
(夜神はこの涙を見たことがあるのだろうか…)
 腕の中に閉じ込めた人間の、忙しない息遣いが身体にも伝わり、その温もりを暖かいと感じて、照は一層その腕に力を込めた。
(あたたかいな…)
 人間の、他人の温度とはこうも安らぎを与えるものなのか。そんな風に感じて、照は自分の感じた感情にまた1つ戸惑いを覚えた。
「…ぁっ」
 見よう見まねで愛撫を施すと、えるの唇が微かに震えて甘く啼いた。
(お前が好きで好きでたまらないと言った男と別れさせた、憎むべき相手でも感じるのだな)
 心の中で、冷たく一笑。そんな自分の醒めた感情に、胸のどこかがチクリと痛みを覚えた。
 慰めてやるなどと言ったのは、どこの誰だったか。
 だから、とても夜神月と抱き合っていた時に見せたような反応ではなくとも、甘い吐息のひとつで、嬉れしいと感じなければ可笑しいのではないか。
(――嬉しいと感じなくては可笑しいとは、一体どういうことだ?)
 何故嬉しいと感じなくては可笑しいのか。
 それは、相手に好意を持っていること前提の話しなのではないだろうか。
(――好意は、おそらく持っている。でなければ、こんなことはしない。そう、先ほど馬鹿馬鹿しくも、愚かしくも、ずっと惹かれていたと認めたばかりではないか)
 なのに、何故。どうしてその相手を卑下するような言葉が胸を支配するのだろう。
 えるが夜神月を好きで仕方ないと思っているのは、真実に違いないとしても。
 憎むべき相手にさえ身体が感じるのは、それだけえるが弱いという事だろうか?
(いや、弱みが無いとはいえないが、彼女は強い。憎むべき相手である私に一欠片の憎悪を向けないほどに…)
 そしてその小さな弱みにつけこみ、あまつさえ抵抗できないように力尽くで押さえつけているのは照であるのだ。
(ならば、なぜ―?)
 今まで知らなかったような疑問がどこからともなく、とめどもなく、沸々と照の脳裏に疑問を運ぶ。
 まるで血液が絶えず流れるのと同じくらいの自然さで、照を未知の疑問でいっぱいにしてしまった。
 しかも、厄介なことに、この問題は、とても難しい。
「何故、声を押し殺す?」
 最初に漏れた甘い声をあげたのが最初で最後。唇を噛み締めて声を殺すえるに、照は疑問をぶつけてみる。身体は紛れも無く感じているのに、どうして声を殺すのかも、また不思議だった。
(夜神と同じようにしているつもりなのだが…)
 それともやはりこれで満足するべきなのだろうか?
「………止めて、ください」
 純粋な疑問に、えるの眉間に皺が寄った。心底何を言っているんだという顔をされて照はそこまでおかしな質問だったろうか、と自分の疑問を反芻する。
「何故、拒む?身体のほうは――」
 口に出して絶句した。
『とろとろだよ』
 夜神月の声が脳裏に甦る。
 確認の為に指を這わせた秘所はじっとりと濡れていたが、その柔らかくなだらかなラインが照の身体を硬直させた。
 嫌だ、とは言われているが、夜神月と同じような状況にもっていくことが出来た。夜神月の見よう見真似で。
 ぐるぐると脳裏を回り続けた疑問があっさり解けた気がした。
(夜神月と同じようにし、夜神月にしていた反応を、私がし、私が受けてどうする)
 だから、えるが正しいのだ。照は夜神月ではない。夜神月と同じ反応をするはずがない。だが、照は夜神月に向けたようなひたむきな感情を向けてもらいたい。憎まれるのは、怖い。けれども、どうしても手に入れたい。
 盗みとってでも。
(…私は。…夜神になりたかったのか…?)
 だが、そんなのは無理な話というものだ。全く現実的ではないし、照は本当に夜神月になりたいわけではない。
「…っ」
 布地の上から指を這わせるとくちゅっと音が鳴り、えるが身を強張らせた。
 濡れそぼって張り付き形を露にしたそこに照は緩やかに指をスライドさせる。
「…本当に、それは―…ぁっ」
 隠れた若芽のような突起に指が当たると身体をビクリと震わせて喘ぐ。
「ここが気持ちよいのだな?」
 もう一度意図的に擦ると、喉を退け反らせたので、照は口許に笑みを刻む。
 その反応が可愛いなどと感じてしまうのだから、重症。恐らく、手遅れ。
「ぃや、魅上、せんぱっ」
 直に触ったほうが気持ちがよいのではないかと思い、下着を脱がせるように手を滑り込ませると、えるが震えた声で照の名前を呼ぶ。
(傷つくのが怖いからといって、相手を卑下してどうする―…)
「竜崎――…」
 照は猛々しくなった躰と感情に従い、再びえるを組み敷いた。


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