■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 01

ドッドッドッド…と激しく強い鼓動が耳に響く。
何かに急かされるように、走って、走って、走って…。


【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#1


「ここは、どこだ…?」
ふと曲がり角を曲がると、目の前に真っ黒な闇に白い道が延々と一本伸びていた。
月は突然のことに戸惑って走り出していたはずの足を止めて、一歩後退する。
「月くん、」
呼ばれて声のするほうを見遣ると、そこに見慣れた青白い面があって、手の平に少しひんやりした感覚を覚えて、月はその繋いでいた手に目をやった。
「走りましょう、早く」
ぐいっと手を引かれて、何事かを理解する前に足を踏み出す。
「早く、呑まれます」
強い声にふと後ろを振り向くと、前にはまっすぐ伸びている白い道が、背後ではボロボロと漆黒に飲み込まれているのが分かって息を飲む。
「竜崎、あれは…」
「さあ、知りません、なんでしょうね?けれど、捕まったら終わりだと本能が告げてます。捕まったら、終わりです。私は多分ずっと、…ずっと走ってます。出口があるのかすら、知りませんが」
「なんだっ…あ、竜崎、光が…」
言った瞬間、寧ろ光が迫ってくる印象を受けた。
目を開けば―…。


「月くん!」
「わっ!」
竜崎の声にドクン!と強く心臓が飛び上がって、月は勢いよく上半身を起こした。
「……どうしたんですか、お疲れなら部屋で休んでは?」
「…ああ、いや。大丈夫…」
言いながら額に球のように浮かんだ寝汗を拭う。
ふぅ、と一息つけば膨大な記憶がすとんと脳内に収まった。
(ああ、そうだ…。一昨日僕はノートを取り戻して…。…フラッシュバックを起こしたか…)
記憶を戻した障害かと月は緩く息を吐き出して体勢を整えると、時刻を確認し、まだ月を見下ろしている竜崎に向けて笑みを作ってみせた。
「本当、大丈夫。この間死神なんて見たせいで、まだ体がびっくりしているだけだから」
「…はあ」
探るように表情の裏を読もうとする探偵に、月は更に笑みを深くすると、「ちょっと散歩にいかない?」と声をかけた。
「?…散歩、ですか。お一人で行かれてはどうです?もう手錠もないことですし」
「おいおい、そんなつれない事を言うなよ。運命を共にした仲だろ?ノートが残ってる限りキラを一掃ってわけにはいかないけど、戦勝祝いに一緒に散歩くらいしてもいいじゃないか。付き合えよ」
「……はあ」

2004年11月。
火口を逮捕して既に3日が経った。
月は月をどんな魂胆があるのかと疑っている、当座は竜崎と呼んでいる男、
流河、竜崎…、コイル、ドヌーブ、そしてL。
色んな嘘も真も含む名前を持つ男に向かってそんな提案をした。
もうすぐチェックメイト、という所で何故こんな馬鹿らしい誘いをかけたのか。…実のところ自分でも定かな答えは持っていない。
ミサがノートを掘り返し、裁きを行うまでの数日の間ならば竜崎も応じてくれるだろうと思い、切り出した。
もしかしたら、ただの感傷かもしれない。そう、おそらくそうだろう。
本来、どのような理由があったとしても、外になんて出るべきではない。
それは、絶対の逃れられない運命を敷いた道がなんらかの理由でご破算になったとしても、夜神月はキラではない。キラになれる時間などなかった、という逃げ道を作っておくべきだからという理由の他に、又レムがついてこれない範囲を一人で歩いてはならないというノートの所有権に関わる直接的な理由も含む。
なので、本来どのような理由があったとせよ、ましてや自ら竜崎と外に出ようなんて誘うべきではなかった。
けれど、そう切り出してしまったのは、一度ノートを棄てた月の中に芽生えてしまった何かがあったからだ。
バカは大抵それで失敗する。
それを知ってはいたけれど、もう寸分も狂いようの無い計画を前にして、少しくらいは情けをかけてやってもいいような気がした。
竜崎への餞というよりも、キラだと少しも信じてはいなかった月自身への手向けなのかもしれないが。
記憶のない自分も自分自身に他ならないが、明確に線引きされた意識の差は思ったよりも遠い。まるで他人のように。
「……別にいいですが、一体どこへ?」
「散歩だから、近所だよ。ここから歩いて気晴らしに」
これならレムもついて来ないで済むから、と腹の裡で考えながら微笑んで目の前の真っ黒の底の無い闇を孕んだ瞳と向き合うことしばし、
「分かりました。1時間なら付き合いましょう。皆さんが集まるまでそれなら間に合います」
竜崎がふと目を逸らして頷き、月達は二人揃って捜査本部を後にした。
それが、月の運命を変えることになるとも思わずに。




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