■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 10

一瞬、何か危害を加えられるのかと思った。
月は竜崎のとった行動を見て、笑いを止めた。


【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#10


「どういう、つもりだ?」
竜崎はぬっと白くて長い指先を突き出すようにして伸ばすと、ガシリと月の手を取って此方を見つめてきた。
多分に険のある表情で睨みつけると、竜崎は飄々と「ですから逮捕しました」などと口にする。
「私、思い出したんです。私が死んだ理由に到達した瞬間、思いだしました。死ぬまでのこと、その後の事を。私は息を止めた瞬間からずっとトンネルを走っていたんです」
「その後?トンネル?」
「死んだ後の、あの、真っ暗な闇の続く、白い道の事です」
「……ああ」
「私はあの後ノートを検証しようとして、殺されました。月くん、貴方の腕の中で息を引き取ったのです。それから、私はどことも知らぬ場所をずっとわけが分からないままに走り続けていました。どこにゆくのか、どこまでゆけばいいのかも分からないまま。
ずっと、ずっとです」
ふぅ、と竜崎はそこで一旦言葉を止めると、ぽつりと独白するように呟いた。
「でも、このままじゃ終われないと思いました。走っている最中私はキラのことも、自分がLだということも頭にはありませんでしたが、それでも何かを捕まえなければならないと思っていました。繋ぎとめなければならないと思っていました。貴方が死んで道が交わるまでずっと」
そこに無数の寂寞と後悔が滲んでいるのを聞き止めて、月は何もいう事ができなかった。
あの、恐ろしいトンネルは月も知っている。月もあの道をひたすら走っていたのだから。
(…と、いうことは…だ。僕ら、もう死んでるって事、なんだ。)
ここに紛れこんだのは、散歩の帰り道なんかではなかったのか、と思うと肩肘から力が抜けて、月はずるりと壁に凭れた。
そういえば、あの捉えようのない恐怖は死に似ている。
(似てるっていうか、あれが死そのものだったのかな…)
リュークは死は誰でも平等だ、と確か言った。
あるのは『無』だけ。天国も地獄もないと。
だとしたら、ここはどこなのだろう。
(…無の果て?それとも?…まあ、どこでも、いいか。独りじゃ、ない)
ゆっくりと月は顔を上げる。
あの時、もしかしたら、共にあったかもしれない、未来。
竜崎も後悔したのだろうか。
再び、重々しい何かから解放されたような、気持ちになった。
死んだから罪が帳消しになったというわけにはいかないだろうけど、もう素直になってもいいのかもしれない。
そんな事を考えながら竜崎の顔を真正面から見る。
掴まえました、と竜崎が少しだけ震えた声で言って笑った。
月もその笑みが移ったかのように「捕まりました」と微笑んだ。



元々、キラになりたかったわけじゃない。
キラになるしかなかっただけだ。
ふあっと竜崎が欠伸をしたのをみて、月は「今度こそちゃんと寝なよ」と声をかけた。
竜崎はそれに「そうですね」とこくりと頷くと、再び布団に潜り込み、あっという間に眠りに落ちた。月の手を離さないままで。
その姿がまるで怖い夢を見て泣き出した子供のようで、月は微笑み、その手をぎゅっと握り返す。うんと昔、粧裕が生まれる前、そういえば母親にこうして手を握って添い寝をしてもらいながら眠りについたことがあった。
理由は一体なんだったのか。あまりよくは覚えていないが、とても怖い思いをしたということだけは覚えている。
それはこの世に月が独りだけしかいないかのような、
酷く寂しく、恐ろしい世界だったような。
けれど、もうそんな思いも夢も見はしないだろう。
この手を握っている限りは。
月もふあっと欠伸をして、目を閉じた。

FIN
→後書き


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