■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 09

顔から火がでそうな、とはこの事だ、と
月は溜息をつきながら規則正しい寝息を立てる竜崎の顔を見つめた。

【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#9



(まったく、情けない―……)
火の番のすると言っておきながら、勝手に傍を離れた竜崎も悪いには悪いが、だからと言ってあんな風に怒鳴りつけることはなかった。
怒鳴りつけたのは、不安だった反動が大きかったからだ。だがそんなのは八つ当たり以外のなにものでもない。
そして、理不尽な八つ当たりを受けた当人はといえば、冷静に謝ってみせ、大袈裟にならぬ程度にこちらを気遣ってみせた。
これまで月は竜崎を、幼稚で負けず嫌いな人間だと思い続けて来たが、どうも認識を改めなければならないようだ。
確かに、竜崎の本質は幼稚で負けず嫌いなんだと思う。常に自分の思い通り事を運ぶし、目的の為には手段を選ばない。そしてアテが外れたからといってあからさまに怠けてみせたりもした。その上爪は噛むし、きちんと座れないし、散らかすばかりで片付けもできない。頭ばかりが良くて、大人になれない子供だと。
(ずっとそう思って来たんだけどな…)
だが、こちらに来てからというもの、どうだ?
キラとLという枠組みを外した危機の中でも、常に竜崎は冷静だった。まったく弱気にならないではなかったようだが、それはごく小さなものに過ぎない。
(対して僕がとった行動はといえば…)
自失して一々竜崎に引っ張ってもらって、かと思えば対抗心に燃えて素っ気無くしてみたり、耐え切れずに諦めてみたり…。挙句の果てには癇癪起こして怒鳴りつけて―…
(一体どっちが子供だよ…)
なまじ頭が良かっただけあって、一度として間違いを起こしていないといっても過言ではない身上だけあって、自分の過ちを認めるのは苦痛でしかない。
苦痛でしかないが…、認めてしまえば、何かがすこんと削げ落ちたように楽になった。
「流石はLっていうのが正しいのかな…」
ぽつりと呟いて、月は眠る竜崎の寝顔をしげしげと眺める。
目を瞑っていれば以外と端正で幼い寝顔がそこにある。
部屋の温度は快適とはいかないまでも、暖かく寒さは感じない。
けれども人肌が恋しくなって、月はそろりと竜崎に近寄った。枕元に座って、思ったよりも柔らかそうな癖っ毛に触れようとして、一旦思いとどまる。
「…竜崎、寝てる?」
小声で耳元に囁いてから、呼吸が乱れぬのを確認すると、その頭を撫でるようにふれてみた。
一度、二度、三度と撫で付けて、今度はその毛を指に巻きつけてみる。思ったよりも柔らかく暖かい感触に微笑みながら、月は指を引き離した。

それからまんじりとせずに10日が過ぎた。
通信機器が中継地点で全て断絶しており、外は刻々と吹雪が強くなっているとなれば、情報を得られる為にすることなど一つもない。
仕方がないので、幾日続くかも分からない吹雪を乗り越えるために、一番遠い部屋から順番に資材を近くの部屋に集める。ひと段落したら食事をとり、吹雪が止んだ後の対策を論議し、偶にはチェスをしたりしながら、夜になれば交代で休息を取る。
そんなパターン化された生活が続く夜のうち、月は次第に竜崎の枕元の近くで火の番をするようになった。
10日もすれば一人の時間、これからの事も考えつく事は少なくなる。自然と過去の事に思いを馳せながら竜崎の髪を弄る。
「まったく何の因果でこんな事になったんだか…、ねえ竜崎」
異常事態を前に気丈に見えても気を張っているのか、竜崎の眠りは深い。
月も相手が眠っていれば多少素直になれるから、ここ数日は眠る竜崎に話しかけるのが日常と化した。
「なんだか世界にもう二人しかいないような気がするよ。…でも最近はそれも悪くないと思ってるんだ。竜崎と二人だったら、一生閉じ込められてたとしても、飽きなさそうだし、死ぬのもそう怖くはない気がする」
生まれて初めて味わう穏やかな気持ちに身を任せて、頭もこつりと壁に預けてみる。
そうして天井に揺らめく赤い光を見つめながら、吐息と共に吐き出した。
「本当におかしな話さ。世界中に人がいっぱいいて、そのどれもが汚らしくて。その穢れを一掃しようと思ってノートを使った…。…そんな僕が一番孤独だった時に…、誰よりも憎かったお前と二人きりになった途端…」
二人ぼっちになるなら、その相手がお前でよかったと思うなんて。
「…勝手だろう?」
「本当に勝手ですよね」
一瞬空耳かと自分の耳を疑った瞬間、竜崎の髪を弄っていた手がガシリと捕まえられた。
「自白ですね、逮捕します」
「…っお、お前…っ!!!!」
むくりと起き上がる竜崎の手を払い、目を剥いて見つめながら、腹の底から黒いものが這い上がってくるのを感じた。
これは、キラの感情か。
「…ずっと起きてたのか…っ!?」
「はい。ところどころ眠りに落ちてしまいましたけど…。いつ吐くのか気になって眠れませんでした」
「…!!!最悪だ…!」
「最悪なのはこっちの方ですよ。私はこっちに来なければあの後すぐに殺されたんでしょう?」
「…分かってたのか」
「分かっていたというより、分かりました。こっちにきて。長年この捜査本部が使われていなかったのもあって、月くんはそう不思議に思わなかったかもしれませんが、『All data deletion』。全てのデータを消すのはこの捜査本部が解散した時。ワタリが殺された時だけなんです。それを見てからもしかしたら…と思ってはいたのですが、地下に降りて疑いは確信になりました。もし何らかの理由でここを離れたのならば、この本部をそのままにしておく筈がありません。万一の確率でセキュリティーがあるから、いざという時のためにとっておいたと考えてもみましたが、それも地下の保存食の日付を見て否定されました。あれは2004年からまったく更新されていません。つまり、ワタリも私も殺された、そういうことです」
「…!」
ならば、あの時表情を曇らせたのは、あの大量の食料庫から甘味を探し出すためなどではなく―。
「考える時間は沢山ありました。敗因は一体なんだったのか。検証すべきデータの全てが消えたとしても、私の頭の中には全て残っています。辿り着くのは、容易でした。状況を見るにミサさんが第二のキラだったことに間違いはありません。服の繊維などの物証もありますしね。私はずっと月くんがキラ、弥が第二のキラだと確信していました。でも13日のルールに否定された。だとしたら私はノートを検証する事を考えるでしょうし、もしキラが再び復活したとすれば弥に疑いを戻さざるを得ません。何故名前の知らないワタリと私は殺されるのか。ミサさんが死神の目を再び持ったから?だとしてもワタリは死なないはずです。ミサさんはワタリに会ったことなどないのだから。ならば、一体誰が?私とワタリの名前を見ることが容易出来る人物…。その人物がどうしてキラの味方をするのか。何故、キラが顔も名前も知っている第二のキラを殺さなかったのか…。気付いてみれば答えは簡単でした」
顔色も変えずに淀みなく答える竜崎に、月はくつくつと偲び笑いを漏らした。
どうせ、戻れるかも分からない。戻れたとしたって結果は同じだ。ルールを検証しようとすれば、ミサに疑いを戻せばレムに殺される。しなければ、キラは復活。
しかし、どんな魔法を使って形勢を逆転したとしても、10年後には人類滅亡だ。キラを捕まえてなんになる。
「何?逮捕、するの?」
笑いが止まらない。
尚も嗤い続けながら、底冷えのする視線を竜崎に向ける。竜崎はというと、やはりいつもと変わらぬようすで簡潔に「はい」と答えた。
「逮捕します」
そう言って竜崎は手を伸ばした。



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