■【タイム・リープ〜月の選択〜】■ 01

「帰れなくていいよ」
「帰らなくて、いい」



【タイム・リープ】
〜月の選択〜#1



「……死後の世界ってお腹空くんだね」
何かあった時の為にすぐに外に出ていけるよう厚着をしていた為、風邪を引くのを免れた月は竜崎に起こされるまで一緒に眠りこけていて、失態を紛らわせるかのようにぼそりと呟いた。
「そのことなんですけどね…起きますか?」
月くん風邪ひきますよ、とゆさゆさと揺さぶって起こした竜崎はというと月が寝入ってしまったせいで燻りかけていた焚き火の、火の回りがよくなるように工夫した一斗缶(※四角いオイルなどの入った18L缶)の中に燃料を足して部屋の適切な温度を確保すると、竜崎用に分けられたダンボールの中から甘味を取り出し朝食と決め込むことにしたようだった。
「…起きるよ」
寝るなら布団の中で、と言われ少しばかり視線を逸らしながら答える。月も竜崎と同じように月用として分けた自分の食料をあけてからペットボトルを開けて紅茶の葉を入れお湯を沸かす。
「…寝たほうがいいんじゃないですか?」
「いや、大丈夫。眠くないし。暖かいお茶でも飲めば」
薬缶をかける際にくしゅんと小さくくしゃみをしてしまって、竜崎が窺うように視線を投げてくる。それに肩を竦めてからカップを用意して煮出した紅茶を注ぎこむ。
食料にも限度がある。消費期限を気にしないならば優に一年を過ごすだけの食べ物があったが、嗜好品に限ればそう多くはない。この状態がどの程度続くのかも分からない以上贅沢なことは言っていられず、少しでも量を節約した紅茶を、月は竜崎に手渡した。贅沢に慣れた竜崎は何の不平も言わずに受け取るとずずっと啜り温かいです、と唇の端を上げる。
昨日、あれだけの重大な遣り取りをしたにも関わらず、竜崎の態度は何も変わらないらしい。もともと月をキラと確信した上でずっと傍にいたのだから、それも当然のことなのかもしれない。そんな竜崎にコイツらしいよな、などと思いながら月は自分の席についた。「それで?」と先ほど『死後のこと』について何か思いついた事があるらしい竜崎の言葉を促す。月はトンネルの記憶以外はまだ何も思いだしていない。
「ああ…。私が思うに、ここは死後の世界では無いと思うんですよ」
「えっ?…でも、お前死んだ記憶があるんだろう?」
「はい。あるにはあるんですけど…、どう考えてもここ、死後の世界じゃないでしょ」
「………」
「お腹が空くのも、ここに二人きりなのも、あの光を抜けたのが原因だと思いますが、わざわざ10年後という表示があるのは…変です」
言われてみれば、確かに。
死後の世界に身体的な欲求があるかないかは分からない。だから欲求の有無で今いる世界が死後なのかそうでないかを判断するのはどうかと思ったが、それでも死後の世界に『10年後』という表示があるのは酷く不自然な気がした。
カップを持ったまま黙りこくった月はしばらくしてから「じゃあ、まだ生きているのか?」と漏らした。
「そうですね、そうなんじゃないかと思います。一度死んでいるので、まだ生きている…という表現をするのもちょっと不思議な話な気もしますが、おそらく私達は一度死にはしましたが今現在は何らかの理由で生命を維持している。…関係があるとしたら私達が最初ここに来た時の記憶にヒントがあるんじゃないでしょうか。」
「…確かに。…まだ僕の記憶はあの日の続きなわけだし…」
頷いて眉を顰めた。散歩に出た日に何か特別なことがあったかと探る最中、脳裏に何かが閃いた。
「そういえばあの朝、うなされただろう?あの時に見てたのがあのトンネルに似た夢だった」
「…トンネルの?」
「ああ。僕はノートを拾ってから数日、あんな感じの夢を度々見る事があったんだ。だから、あの夢もノートで記憶を戻したことのリバウンドだと思ってたんだけど、この夢が何か関係あるのかな?」
「似た夢だそうですね…、どこがトンネルと違ったんですか?」
竜崎の瞳がキラリと謎を捉えるかのように光を弾き返した。月は小さく頷いてから細部を思いだすように視線を泳がせ答えた。
「あの日の朝と、あの頃の夢には白い道なんてなかった。ただただ暗いだけで。けど、感覚だけはあのトンネルにそっくりだった。きっと何か関係がある」
「ノート…トンネル…死神…神…」
「竜崎?」
「死神のノートに書かれた人間の寿命は、死神の寿命になるんでしたよね?」
「そうだよ」
「では、私達の寿命とやらを決めたのは誰なんでしょうか」
「!…そうか、そうだよな…。死神がいるんだ…もし、神がいたとしても…」
「少なくとも死神と死神大王がいるのはハッキリしてます。その他の神がいたとしても驚きはしませんし、いなかったとしてもその摂理を作っているのは死神大王とやらでも通ります。とにかく、そのルールを決めた何かがいる。」
「………デスノート」
「はい、その可能性がありますね」
「死神と人間は捕食の関係にはあるが…それはいわゆる僕達がエネルギー代謝のために食す行為とは全く性質が違う。元々あったっていう寿命を死神がノートという媒介で奪っているんだよな。ノートに関わった僕達は奪われたその寿命分だけ、走らせていた?」
「ノートを使用したことで間接的に寿命が延びる人間もいるというのが引っ掛かるので、定かではありませんが、そんなところじゃないでしょうか。デスノートで狂っただけの人生分を走り続けた人間にだけにこんな風になにがしかが与えられる、そういう特典があったとしても驚きませんが…。月くん」
「ん?」
「月くんのトンネルに似た夢とは、ノートを拾ってからの話なんですよね?」
「ああ。僕は単に、…その、人を殺めてしまった、うん…恐怖から見た悪夢だと思っていたんだよね。四方八方から何かに追いかけられてさ、そういえば時折白い光がチラっチラっと見える事もあるんだけど…、待てよ。それも何か関係があるのか?」
「無いとはいえません。人を殺してしまったという罪の意識と解釈するのが一般的なんでしょうが、その話はあまりにもトンネルと似通っています。月くんは…自分の死因を思い出せましたか?」
「いや…まだだ。僕の記憶は相変わらずあの日のままで止まってる…」
「そうですか…。これはただの推測なんですけど、トンネルを走ることができるのはデスノートで命を奪われた人間、という事は無いでしょうか?」
「ノートで、命を?」
「はい。月くんの死因が分からないので、なんともいえませんが。…ノートで狂わされた寿命分だけあの道を走らされる…とするとスッキリするんですよね、原因が。そして月くんは何度か同じような道を走っていますが、それはデスノートが奪った他人の命の道、なんじゃないでしょうか。自分の命では無いので白い道は見えない。そういうことなのでは」
「…そうだな。そっちの方が確かに辻褄があう気がする…。ただの推測だけどね」
「はい。ただの推測の輪からでることはありませんが、可能性はあるかと。7%くらは」
「それって殆ど確定って事なんじゃないか?」
月が揶揄するようにいうと、竜崎はそうですね、とニヤリと笑う。
「でも、きっと当たってる。そんな気がするよ。そう、確かにあれはそんな感じだった。重苦しくて、纏わりつくようなあの気配は…、僕の罪の意識というのもあるんだろうが、人の死が四方八方から襲ってくる…。謂い得て妙なあの感じは、恐らくそうなんだろう。僕は自分の死因はまだ思い出せないけど、あの白い道も黒いだけの道もよく覚えてる。確かに、似ている。…そうか、僕の死因はデスノート、か」
思いつくと、はあっと息を吐き出した。どのようにしてノートに名前を書かれたのかは知らないが、あの後ノートを持つのは月とミサと父とリュークだけの筈だ。父がノートを使うとは思えないので、何年後に殺されたのかは知りようもないが、ミサの気が変わったか、リュークが飽きたかなのだろう。
ミサの事はいつまで経っても愛することは出来ないだろうと思う。愛嬌はあるし、うっとおしいくらいの妄信的な愛情は便利ではあるが、不幸な娘だという以外の感情はない。それは何年経っても変わりはしないだろう。
それにミサが我慢出来なくなり月の名前をデスノートに書いた…という事は考えられないでもないが、いくら女が自分勝手な生き物だとしても可能性は途方も無く少ない。
「やっぱりリュークかな」
「リューク?」
「死神だよ。退屈だからと僕のところにノートを落した死神。あいつなら飽きたらから、面倒くさくなったからって僕をノートであっさり殺してもおかしくはないね。10年後がこうなんだとしたら、尚更だ。どうやって生き延びるか見ものだと思ったかもしれないけど、その時数年しか寿命が残ってなかったとしたらリンゴは食べられないし、結末は見えてるってことで殺す。人間が絶滅してしまえば死神も死に絶えるしかないんだし、面白くもないものを数年生かすよりも自分の寿命を確保する方を優先するよ、あいつなら」
「リンゴしか食べない死神ですね」
「ああ。死神も死の恐怖に直面すればいい。退屈だなんて言ってられなくなるさ」
自嘲気味に笑って月はカップの中身を酒でも呑むように煽る。竜崎がそれを見て、「もうそれ冷めてますよ」と呟いた。



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