■【タイム・リープ〜月の選択〜】■ 08

月は竜崎のことを何ひとつとして知ろうとしなかった。
知りたかった。知ってみたかった。


【タイム・リープ】
〜月の選択〜#8



時間を見計らって、エレベーターから脱出した。
外は案の定吹雪に見舞われ、その挙句陽も沈みかけていた。相手に見つからないというメリットもあったが大変危険な帰り道となった。
「月くん、休んでください」
死ぬ思いで捜査本部に辿り着き、転がるように二人の部屋に戻ると体が限界を訴え、月は着替えもそこそこにぐったりと座り込んだ。それに竜崎が寝床を示す。
ここ数日は月の夜這いを限りなく少なくする措置として、竜崎が先に休むことになっていたので『いいのか?』というように億劫な頭を持ち上げて視線で問うと、竜崎が小さく頷く。
「ショックで熱もでるかもしれません、早く休んでください」
指摘されてわき腹に手をやる。確かに撃たれたところから波及するように体が熱っぽい。
それで言葉に甘えて半ば這うようにして寝床に移動した。竜崎の手を借りて横になると目を瞑る。
苦痛の為に眠れないかと思ったが、カクンと眠りに落ちた。月が目を覚ましたのはすっかり夜も更けた頃だった。

「目が、覚めましたか?」
思ったよりも近い声が枕元から聞こえて、竜崎がすぐに月の視界の中に映った。
「りゅうざき…今、何時?」
熱で乾いた喉を引き攣らせながら問うと、「午前3時過ぎです」と言ってから竜崎が視界から消える。
それに一抹の寂しさを覚えて視線で追っていくと、竜崎が体を浮かせてペットボトルを手に再び戻ってくるのが見えた。
「少し水分を補給してください」
うん、と鉛のように重い体をゆっくり起こす。羽織を肩にかけて貰ってから壁を支えにして背中を預けると、ゆっくり水を口に含む。ひりひりとした喉にただの水がとても芳しかった。
「何か、口にする事はできますか?」
問われて少し考える。お腹はすいているような気もする。何しろ朝食を摂って以来、竜崎に貰ったチョコを一欠片口にしただけだ。けれども、固形物を食べたいとは思えなかった。
「オートミールのようなものを作ってみましたが…」
「竜崎が?」
「一応気を使って甘さは控えてみました」
どの程度控えてくれたのかな、と苦笑する。だが、好意を無碍にするのも偲びなかったし、もどきでも柔らかいものの方がマシなような気もした。竜崎の『一応』を信じてみるしかない。
それで月が頷くと竜崎は立ち上がり、温めてからもどきを皿に盛って戻ってきた。月の前で少し考えるそぶりを見せてからローテーブルを月の前に移動してくれる。丁度病院の看護ベッドのような体勢だ。
「どうぞ」
と皿を置かれて、月はその中身を検分する。
まず、色は大丈夫なようだ。
ぱっと見た目、乾パンを牛乳で煮ました、という体裁だ。
恐る恐るといった体でもどきを口に運ぶ。ふー、ふー、と少し冷ましてから口に含んだ。
「どうですか」
少し真剣な面持ちをした竜崎に聞かれて、月はスプーンを咥えたまま押し黙った。
強烈な甘みは襲ってこない。舌が麻痺しているのだろうか?
「美味しくないですか。やっぱり甘みが足りなかったのですね」
重ねて問われて月は瞬きを数回、首を振った。
美味しくなくはない。
というか、暖かく仄かに甘い食事が…美味しい。
「大丈夫、甘さはこれでいいよ。美味しい」
「…本当ですか?嘘でしょう」
「…だから、どうしてお前は僕のいうことを一々嘘だって決め付けるんだ…」
「捜査の第一は疑ってかかることです」
「…一体なんの捜査だよ…」
がっくりと肩を落としてから「嘘じゃないよ、美味しいよ」と重ねる。
すると竜崎は「そうですか」と少し安心したようだった。
勿論絶品とは言い難いが、それでもほっと心が休まるような味だった。
「でも、牛乳なんてどこから?」
「これはスキムミルクです。…すみません、月くんを起こさずにここを少し離れてしまいました…。約束を破りました」
月はそれに「いいよ」と答えた。約束を破ったといっても、それは月の為を思ってしてくれたことだ。それに隣の部屋ならば、月が目を覚ましても、すぐに分かる。
竜崎は真実を言わないことも多いし、ハッタリをかます事も多いが、約束を破ることは無いに等しい。その竜崎が約束を反故したというのなら、それだけの理由があったのだ。
「何かないかとあちこち広げてしまいましたから、治ったら片付けるのを手伝ってくれますか?」
竜崎が月の穏やかな声に追従するように問う。月は「うん」と頷いた。それは極力傍にいてくれるという事だ。
そしてトロトロとした微睡が襲う中「それは大変そうだな」と返しながら、月は幼少の体験を思いだしていた。
まだ自分の体のコントロールもできない小学生の頃だった。風邪で苦しさに苛まれながら聞いた子供の声がやけに寂しさを増長させた。自分の部屋もやけに広く見え、月だけが世界に取り残されたような気になった。本当の友達なんていなかったけど、心底学校に行きたいと思ったし、様子を見に来た母親が顔を覗かせるのが、普段より優しいのが、とても嬉しかった。月のために作ってくれた味の無いおかゆがとても美味しかった。
体が弱ると心も弱るという。今も『そう』なのかもしれない。なんだかとても心細い。
「ではもう眠ってください」という竜崎の言に従って体を横たえる。
相変わらずわき腹も痛むし、体も熱っぽい。
しかし、今脳裏を過ぎるのは、暖かい思い出だ。
ごろりと体を横にして、視線をあげる。
竜崎が枕元に座るのを待って、そろりと手を伸ばした。
当時は体が弱っていると気持ちの方まで取り繕う余裕がなかった。そしてそういう時は甘えていいのだと知っていたから、月は母親に声をかけた。…今も、そうしてもいいだろうか。
「手」
「?」
「手、握ってて」
成人していないとはいえ、いい歳をした男がいうようなセリフではないと思う。傍から見れば赤面ものだ。
でも、子供ではないが今は弱っているのだし、いいのだという事にして、竜崎を見上げる。
竜崎はというと、困ったような、途方に暮れたような顔をしてから、壊れ物でも触るようにそろりと月の手に触れた。
その手を月はぎゅっと握り込む。ひんやりとした手がとても気持ちよかった。
睡魔に深く誘われて、眠りに落ちる。
いざなわれながら、竜崎のことを思った。
生前も死後もずっと独りで走り続けた竜崎の、月は何を知っているのだろうか。
(ああ、ずっと独りとは違うか…。竜崎にはワタリがいたんだっけ…。…でも僕はその二人の仲がどんなものかも知らないし…。そのワタリさんも僕が奪ってしまったんだった…)
知りたい、と月は強く思った。
記憶を失くして、素直な気持ちで竜崎の傍にいた、あの頃と同じように。



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