■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 10

その日の朝は、とても綺麗に澄んでいて、
朝陽に光る白銀が、とても綺麗だったけれど、
僕には却って、その風景が胸に痛かった。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#10


気がつけば朝になっていて、月はのろのろと起き上がると支度を整えて部屋を出た。
最上階に上がり、昨日のうちに雪掻きを終えた屋上に足を踏み入れると、そこにはもう竜崎がいた。
一体いつからここにいたのだろうか、昨晩は一体どこで過ごしたのか。
建物の中は安全とはいえ、本来出て行かなければならないのは、月の方だったのに。
そんな事が今更頭に浮かんで、いかに自分自身のことしか考えていないのかを思い知らされて、唇を噛んだ。
そこに誰もいないような沈黙が落ちて、二人とも明けた空をただ眺める。
竜崎が何も言わなかったので、月も何も言えなかった。
言うことが出来なかった。
折角やり直すことが出来たのに、また一人になってしまった。
朝焼けが寝不足の眼球に眩しく、そして痛い。
しばらくすると飛行音と共に、明けた空に2台のヘリが現れて、陽光を弾くその機体が今の月には眩しすぎて顔を伏せた。
すぐに機体は真上にやって来て一台ずつ着陸態勢に入った。
辺りの粉雪を吹き飛ばしながら、一台が着陸したと思ったら、すぐに操縦席の扉が開き人影が飛び降りて来る。
「L!」
光の象徴のような金の髪を撒き散らしながら細い体躯が素早い動作で降り立つと、一直線に竜崎に向かって突進し抱きついた。
月はこいつがメロか、と初めて見るその容姿の端麗さに関心し、そして頬についた傷に息を飲んだ。
「メロ…、その傷痕は…」
竜崎もその傷跡に目がいったらしく、難しそうに尋ねると、メロは「ああ」と皮肉に唇を吊り上げてチラリと月に視線を流す。
「これね。ちょっとキラ事件の時にヘマしちゃってさ」
「メロもですか…」
その一言で分かった。こいつもタイムリープしたのかと目を瞠る。デスノートで殺された人間、というのにメロは当てはまる。未来が変わったとはいえ、月の体に銃痕が浮かび上がったからには、変わらない未来から同じようにタイムリープした人間がいてもおかしくはない。
「…で、そっちが夜神月か」
すっと細められた眼光が月とカチ合う。月は無表情を決め込んでその視線を受け入れた。
しばし無言の応酬を交わす。
(なんの躊躇いもなく竜崎に触れるメロをこの視線で焼き尽くしてしまえればいいのに…)
「ワタリ」
だがそんな考えは竜崎の声に打ち破られた。その声音は多少弾んでいるものの平坦で、しかし、隠し切れない歓喜を帯びていた。それが月には、切ない。
「竜崎、ご無事で」
「お前も来たのか。言わなかったから、分からなかった…」
「秘密にしておきましたから」
深々と丁寧に礼をし、深い皺が刻まれた顔に笑みを浮かべるワタリに向かって竜崎は足を進める。メロはすぐに脇に避けて、竜崎はそのままワタリの目の前に辿り着くと、その手を伸ばした。
年齢を重ねた少し小さく見えるワタリが、竜崎に抱き寄せられてたたらを踏んだ。
「竜崎…」
「こんな時くらい許せ…」
嬉しさ半分、それでも諌めるような声音に竜崎が苦く笑った。それに被さるような笑い声が後部の扉が開くと同時に降りかかった。アイバーとウエディだ。
「Lでも分からないこともあるんですね」
「あら嫌だ。貴方ってばちっとも変わっていないのね」
それぞれが再開の挨拶を交わす。竜崎が「元気そうで何よりです」と呟いた。
そして竜崎はメロが乗っていた1台目の機体の助手席を開くと一向に出てくる気配のない赤毛の青年に「マット、相変わらずですね」と唇の端を僅かに上げた。
青年はゲームをしながら「L、さみーよ」と肩を竦めた。

疎外感、というのはこういう気分を言うのだろうか。
キッチン手前の物置と化していたリビングは彼らが来る前に竜崎と片付けておいた。
そこに火をいれて、部屋を温めている間に、皆で手分けをして新に運び込まれた梱包物を移動させる。
それを終えて戻るとワタリが丁度よいタイミングでお茶を振舞ってくれた。
「生き返りますね」
「大変うれしゅうございます」
にこりと口端をあげる竜崎を月は彼の斜め横の席から眺める。
3人用のソファが向かい合わせて二つ、そして一人用の椅子がその斜め前に一脚ずつ。竜崎は3人用のソファの真ん中にワイミーズの後継者に挟まれる形で座っていた。
そしてウエディとアイバーが竜崎の真正面のソファに腰掛け、ワタリが月の正面に座って皆が一口紅茶を含むと竜崎が「では」と口を開いた。
「皆さんわかっているとは思いますが、私はここを試験的な救済所本部にしたいと思っています。今までの事件とは違った勝手になると思いますが、人類のピンチです、宜しくお願いします。…そしてやることの一つ目ですがこの本部を出来る限り現状に沿って改築したいと思います。手先の器用なマット、そしてウエディ、指揮は月くんにお願いします。」
「え、俺も?」
「…貴方もに決まってるでしょう。一体何をしに来たんです?」
マットという青年が驚いたように言って、竜崎が半眼で呆れたように見遣る。
「あー、まー、そうなんだけどさー」
こっちに来ればニアよりかはマシだと思ったのか。月はそんなマットと「分かった」とふたつ返事で頷くウエディを確認してから了承した。
「そして、外部を探ること。これはメロとアイバーにやって貰います。また金庫などセキュリティ面、また女性であることが必要な場合措いてウエディにも同行してもらいます」
「ええ」
「総括的な連携は私かワタリが執ります。またワタリにはここで発明品の開発を続けてもらいます。一応これを基本スタイルにして後は臨機応変に変更です。宜しいですか」
竜崎の言葉に皆が頷いた。
月は竜崎がメロと別行動をとるという事にほっとしながら、竜崎の隣に当たり前のように座っているメロを見遣る。それからついっと視線を逸らした。


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