■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 09

僕の幸せは氷の中に閉ざされて、
おそらく未来永劫、溶けることはない。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#9


その晩、月は眠ることが出来なかった。
追い討ちをかけるように通信機が鳴って、竜崎はそれを受けると、やはり月には見せない淡い笑みを浮かべて会話をした。月には「明後日の朝、到着するらしいです」と事務的に告げる。そしていつもと代わらず淡々と自分のやるべき事をこなしていった。
そんな中、月も表面上はいつも通りを装ったが、それが出来たのは身のうちが虚脱していたからに過ぎない。
帰るべき家が竜崎には存在する。同胞は月一人でも、愛する相手がイコールで月しかいないわけではない。
(…明後日にメロ達がやって来る…。僕が竜崎と話あえるのは明日まででー…、でもだからって何を話していいが…)
分からない、なんて初めてで、自分の無知を呪う。
不誠実を詫びて考えなおしてくれてと泣きつくか。そんなことをしても竜崎の心が手に入るとは思えない。
メロが到着すれば、当然のように月の邪魔をするだろう。通信だけでも随分と執着していたのが見て取れた。それでなくとも絶望的なのに、メロが―…
(…メロは竜崎の性別を知ってるのかな…。知った上で…?)
ドクン、と心臓が大きく脈動した。
(嫌だ。それは、嫌だ)
月相手でも了承したのだ。それが好意を持っている後継者であれば、望まれれば竜崎は体を開くだろう。
思いっきり叫び出したい気分に襲われて、しかし月はぎゅっと布団を握るだけに留めた。嫌な拍動に唇が、歪んだ。

そうやって夜を明かし、二人っきりの最後の夜、日付が変わったと同時に月は竜崎の手を取った。
「竜崎、したい」
竜崎の立場になって考えれば、月のこの提案は月の評価を下げるだけの結果にしかならないだろう。けれども、月にはもうこうする以外の選択肢を見つけだせなかった。
「明日の昼までには物資が到着します」
「分かってる。僕の睡眠時間はいらない。その時間以外は犠牲にしないと約束する」
「……睡眠時間を削らないほうがいいといったのは月くんだったと思いますが」
「分かってる。けど、…最後なんだろ?」
暗にニアやメロとの関係性を含ませると、竜崎は「分かりました」と肯定した。

向かい合って、唇に触れる。
何度も何度も惜しむように口付けると、竜崎は何も言わずに付き合ってくれる。
月はその物言わぬ唇に触れながら、竜崎の肩にかけた指先に力を入れた。
「……月くん、痛いです」
動物用の罠のように指先が白むほどきつく掴みあげて、漸く竜崎が口を開いた。
「………」
「…しないんですか?」
竜崎の肩を掴んだまま、項垂れる月の頭に平坦な竜崎の声がかかる。
その声に月は「したい」と答えた。
「…竜崎は、メロともするんだろ?」
「そうですね、それが必要で彼が望めば」
はっきりとした通告に、月は歪んだ面を上げた。
「……やだ、するなよ。」
情に訴えたってなんになる、と分かっていても、せずにはいられなかった。
「僕を一人にしないでくれ…」
縋るように抱きついて、どれだけ自分が竜崎のことを好きだったのかに気付かされる。このままずっと永遠に夜が明けなければいい。
しかし、竜崎は月の願いさえ否定するように強く月の体を押しのけた。
「貴方が勝手に一人になったのでしょう」
「竜崎……」
竜崎の言葉には思わぬ怒りが含まれていて、月は目を見開いて竜崎を見遣った。
竜崎は感情を隠すのが上手い。その竜崎が怒りも露に吐き捨てるように言って、月は戸惑った。
「すれ違いはあったとしても、努力しなかったのは月くんです。幼い頃からそういう環境だったのならば仕方ないのかもしれないとも思いました。けど、理不尽に過ぎませんか」
「………」
「私とのことにしたってそうです。私は貴方の玩具ではありません。いい加減にしてください」
睨みつけられて声を失う。竜崎が畳み掛けるように続けた。
「責任の全てを他人に押し付けるのをやめてください。全ての非が相手側にしかないなんて事はほんの僅かです。後は自分自身と相手との折半なのに、月くんはそんなことにも気付かないのですか」
瞬きさえも出来なかった。ぐいっと竜崎が濡れていた唇を拭って続けるのをただ声もなく眺める。
「……過去のことだから、と言わずにおこうと思いましたが、もういいです。月くんは私が、貴方が記憶を失っていると知った上で、それでどうするのかに賭けていたようですが…、私だって記憶を失った貴方に賭けていたんです。どうして私が弥に聞いたことを貴方に聞かなかったか分かりますか」
竜崎の淡々とした声にタイム・リープした日の事が、そして手錠生活の間の出来事が頭に甦った。
「私は青山でのことをミサさんに聞きました。彼女の回答は疑問に溢れているものの、それだけを押さえれば彼女が第二のキラだという事に納得がいくものでした。そして私は月くんとミサさんが記憶をなくしているのだと結論付けた。…けれど貴方にはペンバーのことも南空のことも聞かなかった。貴方がキラで記憶を失っているのならば決定的な言葉でなくとも、朧気ながら彼らの記憶が残っていて、そして答えてくれるかもしれないと分かっているにもかかわらず、です」
ゴクリと月は空気を飲み込んだ。あの時月は、竜崎が火口の時と以前のキラと、裁きの基準が違うことを何故指摘しないのか、などと考えていたが、そんな甘い事を言っている場合ではなかったのだ。もっとその奥に隠された真意に、月ならば気付いていいはずだった。
「『僕を一人にしないでくれ?』巫山戯るのも大概にしてください。貴方が勝手に一人になったんです。…ですからもう、私には触れないで下さい」
竜崎がガリッと不機嫌そうに爪を噛みながらはっきりそう告げる。呆然とした月を置いて立ち上がり、衣服を改めると外に出て行った。
ぎゅっと指先に力が篭る。月はそれを追いかけることは出来なかった。
(僕の自白をずっと待っていたのか…)
竜崎のことを本当に理解していたのなら、記憶の無い月には出来ていいはずだった。
けれど、月にはそれが出来なかった。
月はその場に蹲る。
好き勝手にやってきた。自分のことしか考えてなかった、これが代償か。
声は殺した。
それが今の月に出来る精一杯のことだった。


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