■【Lovers】■ 22

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 西

ドイツに起こされると、いつの間にかロマーノが隣で寝ていた。
昨夜、深夜とは思えない喧騒に何かあったのかと思ってロマーノの所に駆けつけたというのに、部屋に入れてすらくれなかったので寂しい思いをしたものだが、こうして隣で眠っているのを見ると心が和む。
「ほらロマーノ、朝やて」
ドイツはスペインが起きたのを見届けるとロマーノはスペインに頼んでフランスの部屋へと移動したので、スペインはまだしょぼしょぼした目を擦りながらロマーノの肩を軽く叩いた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せてロマーノが「うぅ」と呻く。
「ちくしょー…朝メシいらねーから寝かせろコノヤロー…。どうせブルストが出て来るんだろ…」
「そない言いなや。せっかく作ってくれたんやから」
「うー…」
文句を言いながらも起き上がった子分におはよーさん、とスペインはキスをする。
「…おう」
ロマーノのお返しを受けてスペインは今日もいい朝やな!と笑った。
なんだかんだで昨日は会議もまとまった。打ち上げでは頭を打って気絶してしまったけれど、今はもうたんこぶは殆ど消えている。向う脛の辺りが若干痛いが、こちらもたんこぶと一緒で、昨夜よりも随分と回復していた。へばる程の物ではない。結果としていい朝と言えるだろう。
ぐぐっと背伸びをしながら朝の支度を終えてロマーノと一緒に階下に降りると既にドイツとフランスが待っていた。
「あれ?イタちゃんとイギリスはどーしたん?」
「イタリアはイギリスの着替えを取りに行った。イギリスはその服待ちだ」
「そーなん?」
「食べておけと言われたので先に食べてしまおう」
「分かったわー」
隣で胸を撫で下ろしているロマーノに、そういえばイギリスが苦手やったな、と納得すると席につく。
「ほな、いただきます」
「ああ」
感謝の意を表明して料理を口に運ぶ。文句無しに旨いが、重い空気に耐えられず口を開いた。
「何でこんなに暗いねん!通夜や無いんやから、やめてやー!」
「…いやしかし…俺はいつもこんなもんなんだが…」
「俺だって普通にしてるぞコノヤロー」
「そやな。やったら何が違うんやろ。イタちゃんおらんだけでこんなに暗くなるもんか?」
呟いて首を傾げる。二人の言い分は確かにそうだが、だからといってこれはない。ざっと辺りを見まわした所で原因に気がついた。
「…せやっ、お前が喋らんからやろ、フランス!」
「えー…。俺だって何時もペラペラ喋ってるワケじゃ無いんだけどー?」
「せやけど絶対的に口数少ないやん!しかもちょっと暗いでお前。この通夜のような空気はお前の所為やろ!あとよう思いだしたらプーちゃんおらへんやんか、ドイツプーちゃんどないしたん」
「…今頃気付いたのかよ…」
ロマーノが呆れ顔でこちらを眺めている。スペインはぽりぽりと頬を掻いて「仕方ないやんー」と笑った。この面子で顔を合わせる会議の場で、常と言っていいほどその姿は無いのだ。うっかり忘れてしまっても仕方ないだろう。というか、気付いていたのに所在も聞かれないなんてむしろそっちの方が可哀想である。
(可哀想なプーちゃんやなぁ…)
プロイセン自身はロマーノの事を『イタリアちゃんのお兄様』なんて呼んで機嫌良さそうにしているというのに、つれないものだ。
(まあ、ロマーノがつれないんは今に始まったことや無いけどな!)
「あー…兄貴はその…二日酔いだ」
一人で納得していると、ドイツが言いにくそうに答えを返してくれたので、スペインは小首を傾げて昨夜の様子を思い浮かべた。
「そうなん?あまり呑んでへんかったような気がしたんやけど」
「帰ってから呑んでいたからな」
「へー。珍しいなぁ」
「…そういう時もある」
ドイツが視線を逸らして言うのでそんなに深刻なんやろか、とスペインは頭を捻った。失恋したとはいえ、酒場では元気そうに見えたのだが、意外に深手だったらしい。
「後で見舞いにいったろー」
「…頼む。俺には話せない事もあるだろう」
「…ぷはっ、プーちゃんはええ兄弟持っとるなー。ええこっちゃ」
「からかうな、スペイン」
ジロリと睨まれて、「からこうたワケやないって」と手を振った。本心だ。
ただ、厳つい顔でそれを言うから笑ってしまっただけで。
何気に酷い事を考えながらスペインは『そうかー』と心の中で呟いた。
(そう考えるとイギリスは不憫やね。)
スペインにはロマーノがいる。プロイセンにはドイツがいて、周囲の人間とどこか一線を越さないフランスにもなんだかんだ言ってスペインやプロイセンという相談役がいる。イギリスにはカナダや日本がいるが如何せん遠く、しかも二人とも奥手で遠慮しがちなので、あまり近しい感じはしない。そもそもイギリス自体に『相談』という機能がついているように思えない。
(距離感で言うたらフランスやけど…)
相談とまではいわなくても、愚痴の相手というならフランスであるだろうが、今はそのフランスが使えない。畢竟、イギリスは限りなく一人に近い。
だが、スペインはイギリスに声をかけようとは思わなかった。昨日は元気のでるおまじないをしてやったが、休暇中に海を渡ってまで様子を見に行く程でも、ベッドの誘い以外で連れて帰るほど酔狂でも無い。
そもそも一人でじめじめしているのが好きなヤツだ。放置しておいても大丈夫だろうとスペインは思った。わざわざ厄介ごとに顔を突っ込む暇も無い。時間はもっと有意義に使うものだ。
だから、イタリアの台詞には驚いた。

「皆ただいまー!」
晴れやかな声がして、イタリアが帰宅を告げる。
スペインはその大量の荷物を見てぽっかりと口を開けた。
何故かトランクの他に大量の紙袋を抱えている。
「どうしたんだ、イタリア」
「その荷物なんなん?全部イギリスのなんか!?」
驚いて聞くとイタちゃんは「うん!」と得意気に笑った。
「イギリス今日から俺ん家に泊まるしついでに買って来たであります!」
「「「はあ?!」」」
聞いてねーぞ!とロマーノが突っ込む。スペインも「止めとき!」と咄嗟にイタリアを止めた。
「何でイタちゃんとこに?!イギリスなんてイタちゃんには荷が重すぎるて!手に負えへんよ!」
「ヴェー、そんな事無いよ、スペイン兄ちゃん。イギリス結構素直だし優しいよ。ねぇ兄ちゃん」
「…だけど、泊めるとか…」
ロマーノが難しい顔で唸る。だがその頬は熟れたように赤い。それにスペインは仰天した。いつの間にかロマーノまでたぶらかされている。なんという事だ。
「ちょおロマーノ!イギリスの事苦手やったんとちゃうん?!」
「…得意では無いけど…」
「今朝やて親分のベッドに来とったやん!」
「…あれは…」
「兄ちゃんイギリスのノーブラに驚いたんだよね!でも大丈夫!ちゃんと下着も買って来たから!サイズもバッチリだから安心して!!」
おまっ!と赤くなるロマーノをよそにイタちゃんがえへんと胸を張る。今度はフランスが「はあ?!」と素っ頓狂な声を上げた。
「俺、絵とか得意だから、スケッチ描いて定員さんに選んで貰ったんだ!あと、マネキンで決まりっていうか!」
「…イタリア、お前というヤツは…」
イタリアがわさわさと手を動かしてイギリスのボディラインを表現しているのに目眩でも感じているのか、ドイツが額に手を当てて天井を仰いでいる。
「それじゃ、俺、イギリスの所に行って来るね!」
「ちょおイタちゃん!」
恐るべき行動力に呆気に取られている間にイタリアが消えてしまって、スペインはどないしたもんかと頭を悩ませた。予想以上にややこしい事になっているではないか。
一同がそれぞれ頭を抱えている間に、イタリアがイギリスを伴って下りて来て、スペインは内心、余計に『ああ〜〜〜』と頭を抱えてイギリスの顔を確認した。
目が赤い、瞼が腫れぼったい。なんか悲惨な顔をしている。
それで、なんだか納得してしまった。イギリスとはいえここまで弱っている相手をイタリアは放置しておけないだろう。ましてや今のイギリスは女の子なのだ。
ドイツが険しい顔でフランスを睨みつけたので、原因はコイツか、とスペインは肩を落とした。道理でフランスの様子もおかしい筈だ。
なんとなく、色々と想像がついてしまった。スペインが溜息をついていると、隣のロマーノも冷めた視線でフランスを一瞥してから「仕方ねーなーコノヤロー」と呟いている。
スペインも「これはしゃーないわー」と小さく吐きだした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 仏

「「フランス」」
異口同音に呼びつけられて観念した。あまり関係の深くないこの二人に呼びつけられる程にイギリスは悲惨な顔をしていたと思う。
ちょっと追いつめ過ぎただろうか。
「あれは一体どういうこっちゃ」
「…部屋の物は弁償すると言われたのだが?」
「…………悪い」
フランスが吐き出すと二人揃って肩を落とした。
「なんとなく想像はついたわ」
「レイプしたというのなら俺にも考えがあるが?」
「いや!それはねぇから!」
ドイツが怖い顔で迫るので首を振る。流石にそこまではしていない。強引ではあったが、一応合意の上だ。
「…本当だろうな」
「本当です。神に誓って!」
慌てて釈明する。此方に非があるとはいえ、あまりの嫌疑に「お前にそんな風に思われていたなんて、おにーさんちょっとショック」と呟くと、冷たい声で「前科者の台詞では無いな」と批判されてしまった。
「「は?!」」
フランスは思わず声を上げると、スペインの声と被って、でもそんな事はどうでもいい。慌てて両手を上げて「濡れ衣だ!」と首を振った。
「ちょっと待って、どういう事?!」
「フランスお前…」
スペインに白い目で見られて「違うから!」と重ねて否定する。
「…ほう。心当たりが無いと?」
「それはあかんわ、フランス」
「…お前もだろう、スペイン」
「へあっ?!なして俺もやねん!」
スペインが飛び上がって、ドイツは薄く笑んだ。
「揃いも揃って。お前達は一体イギリスを何だと思っているんだ」
「「…イギリ…」」
そこではたと思いついた。
お互い揃って「「あ」」と声を漏らした。
「あんなん遠い過去の事やんかー!それに一応合意の上やで!?ちゅーか、それ言ったら親分かて酷い復讐受けたんやけど?!」
「っていうか何でお前が知ってんのよ!」
こんな事は当事者くらいしか知らないものである。
「まさかイギリスが…」
スペインが呟いてお互い顔を合わせる。視線で『お互いそんな話、他人にして無いよなぁ?』とアイコンタクトを取った。なんとなく知ってはいたけど、まさかワザワザ話の種なんかにはしない。だとしたら、当事者なんてのは、イギリスを除いて他にはいないのである。自分達で無いというのなら、イギリスしかいない。
(ちょっと待ってよ。まさかイギリスがドイツにあの事吐くとか…。その暇もなかった筈だよなぁ?!)
と思ってアイコンタクトを交わしていると、世にも恐ろしい声が二人の名前を呼んだ。
「フランス、スペイン、そこに直れ」
あまりの圧力に日本に習った正座をしてしまう。座ってからしまった足痛いと思った。
「…まぁ、当時はそういう風潮があって、それは仕方無いとは言っていたが、忘れるとは何事だ」
ドイツが大きな溜め息を吐きながらこちらを責めるのでどうしたもんかとスペインを見やった。スペインも困った顔でドイツからフランスに視線を移動させた。無言で見つめあう。
これは一体どうすればいいのだろうか。まさか今頃ドイツに断罪されるとは思わなかった。
お互い同じタイミングで視線をドイツに戻すと、ドイツは眉間に縦皺をいくつも入れた厳めしい顔で威圧感をムキムキにして、言い聞かせるように口を開いた。
「イギリスとてあくどい事をしていたのは知っている。しかし少なくともイギリスは自分が酷いことをしたという自覚を持っている。嫌われていると思う謙虚さまで持っているでは無いか。それをお前達と来たら」
「「ええー」」
それをそういう解釈で取ってしまうのかとフランスとスペインは不満の声を上げると、ドイツに鋭い目で睨まれてしまったが、こんな若造の視線などちょっと落ち着いてさえしまえば屁のかっぱである。スペインと二人して溜息を零した。
「そうは言うけどなぁ、あいつの悪どさはそれはそれは酷いもんやったんやで?」
そうよねー、とフランスは隣でうんうんと頷いた。
同じくらいあくどい事をしていた自覚はあるが、イギリスよりも可愛げはあると自負している。イギリスの事は憎からず思っているというか、縺れまくって雁字搦めになるほど想ってはいるが、それはそれ、これはこれである。
「三枚舌だしー、可愛げ無いしー」
「ほんまになぁ」
二人で頷きあっていると、腕組をしたドイツが一際大きな息を吐いてから「それは個人的にか?」と聞いてきた。
「へ?」
「国としてでは無く、個人として向かいあった事はあるのか、と聞いている」
「…それは、やなぁ」
「フランス、お前はあるだろう。だから今日もあんな無茶をした。違うか」
そこまで言われて、フランスはすっと目を細めてドイツを見た。
イギリスの表面上に騙されているだけなのかと思ったらどうやらそうでもないっぽい。ある意味世間知らずの可愛い坊やは、短期間にイギリスの性質を見抜く目を持っていたらしい。
そしてイギリスだけでは無く、フランスの事も。ぽっと出の若いのに、自分達が生きた時代の全てを、イギリスとフランスの間の関係を理解していると思われたくも無いけれど。
(こいつが聡明なのは知ってるけどね…)
ドイツの言葉を何だか少し気に食わない、と思うのは、イギリスがドイツに過去の事を話したからか、プロイセンの弟だからか、そうでなければ、イギリスにプロイセンの名前を呼ばれて苛立っているから、だろうか。…その全てかもしれない。
フランスは薄っぺらい笑みを浮かべて、表情に似合わない重い口をゆっくりと開いた。
「………そこまで干渉されなきゃいけない?」
「ウチの客間を汚したのは誰だ?」
「…うっ」
そうだったとフランスは思う。油断していたとはいえ、痛い所を突かれた。他人の家のこと、愛着も歴史もある品々を弁償すればいいんでしょ!と言って済まされないくらいの負い目はある。
しかし何だってこんな目にあっているのだろうか。何だか色々つれなくて、フランスがちょっと泣きたいと思っているとドイツが大きな溜息をつきながらフランスとスペインを順に見て言った。
「…今回の事で、少なくとも評判だけの人物ではないと俺は思った」
「せやけど…お前…騙されとるんとちゃうん?」
「俺が?イギリスに?」
「…お前はまだ若いんやし。イギリスは海千山千やんか…」
「確かにな。全く無いとは言い切れんだろう。だがそれでウチの兄貴が惚れるとは思えん」
ドイツがざっくりとスペインの意見を切り捨ててフランスはちょっと笑ってしまった。この兄弟の互いへの信頼感は目に余る。国の化身だって助けあう事も愛する事だって出来るが、それでも『国の化身』を越えられない。人間のように立ち場を捨てて逃げることなんて出来ない。そういう風に産まれているのだ。
結局、いざとなれば互いが傷つけあう存在でしかないというのに、何でこんな風になったのかねぇとフランスは苦笑した。ヘタレのイタリア兄弟だとてここまででは無い。
だから、イギリスはプロイセンに惹かれたのだろうか。自分が与えて貰うことが出来なかった、そして築きあげることができなかった信頼関係と優しさをプロイセンに見出したから、だから…
(それもまた一つの要因なんだろうねぇ…)
フランスが苦い想いを噛み砕いているとドイツが「兎も角、」と言い置いて続けた。
「イギリスの様子はしばらく俺とイタリアで見る。お前達は干渉するな」
「は…?…ええっ!それって、どういう」
だいぶ傾倒しているな、とは思っていたが、まさかイタリアに続いてドイツのガードまで増えるとは思っておらず慌ててフランスが問うと、ドイツは自棄になったみたいにフン、と吐き捨てた。
「兄貴は適役は自分では無いと言う。おそらく適役とはお前の事だろうが、俺達はそうは思わん。だったらイギリスの傍にいるのが俺達で悪いワケもない」
どう考えても宣戦布告だ。まさかこんな事態になると思っていなかったフランスはあんぐりと口を開けてドイツを見上げた。
(ちょっ、ええ?プ、プロイセンがどうしたってぇええええ?!)
「以上だ」
生真面目に終わりを告げられたが、フランスもスペインもしばらくその場を動けないでいた。


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