■【俺様模様】■ 01

ギルベルトは拗ねていた。盛大に拗ねていた。
今日はギルベルトの快気祝いのパーティーだと思っていたら、弟であるルートヴィッヒとその友達のフェリシアーノ、…と双子のお兄様であるロヴィーノの進学祝いのパーティーだった。
(まあ、俺様は心が広いから、可愛い弟達の入学が祝えねーって事はねぇけどよ!)
ギルベルトが落第して、弟達と同じ学年になったとしても、ギルベルトの自称寛大な心を持ってすれば、そのくらい取るに足らない無い事である。
(畜生!誰だよあんな所にバナナの皮なんか落としたヤツ!)
しかし、それで全ての苛立ちが消えるワケでも無い。ギルベルトは悪態を吐きながら、寮へと続く道を辿る。
ひと月前にあった学年末の期末テスト。ギルベルトは悪友であるアントーニョと共に進級を賭けた戦いに身を投じていた。その崖っぷちたるや、一緒に勉強して乗り切ろう…なんて甘っちょろい事を言える状況では無く、ただひたすら部屋に籠もって頭の中に叩き込む…という方式しか残っておらず、ギルベルトとアントーニョはただひたすら机に向かって教科書と睨めっこをした。
理解なんかしなくていい。ただひたすら、暗記しろ。
フランシスの呆れ混じりの助言に従って、ギルベルトもアントーニョも血の滲むような努力をした。…一週間だけだけど…。
そして、試験の初日。元から赤い目を充血させながら、寮の玄関を出た所で、バナナの皮を踏んづけて、転んだ。
寝不足と疲労が祟り、まともな受け身も取れずにすっ転んだギルベルトは、あばらの骨を折り、脳震盪を起こして病院に搬送された。
(…くそっ!今思い出しても腹立つぜ!)
ギルベルトは軽く舌打ちすると、ずんずんと大股で道をゆく。入学式を目前に控えて、寮の周りにはあまり人がいない。皆、だいたい実家に戻っているのである。今日パーティーに出席したアントーニョも同じだ。ギルベルトはフランシスが今年寮長に就任して今日も寮に留まっているので、彼の部屋に遊びに行こうと思っている。何しろ寮長、部屋が広くて綺麗という特典付きだ。実家に戻ったって留年した事を五月蠅く言われるだけである。
ギルベルトは人がいないのをいい事に、道の真ん中を占領しながら寮までの道のりを進む。ふと、前方に人を発見した。
赤のタータン・チェックの耳付きキャスケット帽、覗く髪は少しくすんだ金の糸。ほっそりと白い項の下を覆うのは、白いブラウス、それから帽子と揃いのジャケットだ。同柄のキルトスカートの下は黒のスキニーパンツという出で立ちの可愛い子ちゃんはキャリーケースと地図を片手にキョロキョロと辺りを見回している。その様はまるで小ウサギのようだ。
ギルベルトはここに来て、ぐんと意識が浮上するのを感じた。胸は無いが、可愛い顔立ちをしている。年齢と印象的な眉毛にも目を瞑れば、かなりの高得点を叩き出せるだろう。
どうやら道に迷っているようだし、教えてあげればお茶くらいなら付き合ってくれるかもしれない。そしてゆくゆくは彼女になってくれる可能性だってあるのではないだろうか。未来は明るく持つべきだ。
(俺様は格好いいから切欠さえ掴めばこっちのもんだぜ!)
ギルベルトは全寮制の男子校に通っているので、偶然の出会は大切にしないといけない。好みのタイプはエロ可愛いボインちゃんだけど、一年ここで過ごしてその理想は捨てた。童貞のままか、それともホモになって卒業する羽目に陥るくらいなら、年下のペチャパイちゃんでも構わない。顔は可愛いし、もしかしたら将来ボインちゃんに育つ可能性だってあるかもしれないのだし。
よし声をかけるぞ、と意気込んで近づけば、向こうも此方を認識したらしく、ぱっと笑顔を見せた。
(あ、すげー可愛い…)
ギルベルトはにやけそうになる顔を引き締めると片手を上げて声を掛けた。
「ハロー可愛いお嬢ちゃん何かお困りかよ?」
フランシスの真似をして誉め言葉をつけると、相手はパチリと瞬きをして辺りを見回した。
「いやいや、お前だって、小兎ちゃん」
ぽん、と肩を叩くとびっくりしたのか、メロンソーダ色をした大きな瞳を見開いてギルベルトを振り仰いだ。それからカッと頬を赤く染めると涙目で眦を吊り上げる。
(え…俺様何か不味い事でも言いましたか?)
上目で睨みつけられて、ドキドキしながらギルベルトは自身に問う。
(誉め言葉に慣れてないとか…それともお嬢ちゃんがまずかったか?)
幼く見えるけれど、もしかしたら、中学生では無く、高校生かもしれない。よく見たら、それなりに身長もある。
「…ええっと、道に迷ってんじゃねぇのかな?送って行ってやるからさ、もし良かったら一緒にお茶…」
しないか、と言う前に小兎ちゃんはぷるぷる震えると大声を上げた。
「誰がお嬢ちゃんだこの腐れ野郎!俺は男だっ!!!」
ばしん!と手が叩き落とされて、腹に拳がめり込む。ギルベルトはぐえっとカエルを潰したような声を上げながら膝を折った。
(…嘘だろマジかよ…)
だったらそんな紛らわしい格好してんじゃねーよと、腹から響く痛みと、男をナンパしてしまった情けなさで涙目になる。
ギルベルトが鉛のようなバンチを食らってうずくまっていると、聞き慣れた声がした。
「あっ、坊ちゃんこんな所にいたの?遅いから見に来たんだけど…何お前、なんか可愛い格好してるね」
「フランシス!…別にこれは俺の趣味じゃねーんだからな!マシューのおじさんにどうしてもって言われたから仕方なく…!」
「ああ、叔父さんか。あの人お前にこういう格好させるの好きだもんねぇ…ってお前ギルベルトじゃん。うずくまってどうしたのよ」
「「……………」」
『坊ちゃん』と呼ばれた小兎…訂正、凶暴兎ちゃんは、どうやらフランシスの知り合いらしい。
その凶暴兎ちゃんと、喋る事の出来ないギルベルトが黙っていると、フランシスは人の悪い顔でニヤリと笑った。
「なぁに。もしかしてアーサーをナンパしちゃった?」
「「…………」」
「アハハハハ!!マジかよ!アハハハハ!!」
「うっせえ変態!」
「痛い!暴力反対!」
ゴッ!という鈍い音と共にフランシスの悲鳴が上がる。ギルベルトは腹の痛みが収まると立ち上がって紛らわしい格好をしたフランシスの知り合いを見下ろした。
「…なんだよ変態」
視線に気付いたのか、ジロリと睨みつけられた。ギルベルトはカチンと来て口を開く。
「変態じゃねーよ!この暴力男!いきなり殴りつけやがって!テメーが紛らわしい格好してんのが悪いんじゃねーか!お前その格好鏡で見て見ろよ!すっげー可愛いだろ!俺様は悪く無い!」
言い切るとフランシスが吹き出した。凶暴兎ちゃんは顔を真っ赤にしている。
(勝ったな!)
流石俺様!と僅かに溜飲を下げた所で、笑ったフランシス制裁を加えようとしたのだろう。奴が「ちょっ!アーサー!タンマ!タンマ!」と両手を上げた。
『アーサー』
どこかで聞いた事のある名前だ。
ギルベルトははて、と記憶を探る。気付いた瞬間、「あっ」と声を上げた。
「お前、もしかしてフランシスの幼なじみかよ!」
「…だったら何だよ…」
「やっぱそうか。ふーん、お前が顔だけは可愛いフランシスの幼なじみのアーサーか」
「なっ…!さっきからお前、可愛いとか失礼だろ馬鹿ぁ!」
怒鳴られて、ギルベルトは目を丸くする。可愛いって誉め言葉じゃねーか、何が悪い。
っていうか、『馬鹿』のイントネーションもやけに可愛い。本当にこいつ男かよ?とギルベルトはアーサーを観察する。声はそれなりだけど。
思考の通りに体が動く。胸を触ると、悲しいかなペッタンコだった。
「…なんだよ、本当に男かよ、あーあ俺様ツイてない…って痛いじゃねーか!」
頭に拳骨を貰らい食ってかかると、片腕で胸を隠したアーサーに「変態!」と罵られた。
「ちょっと確かめただけだろ!別に減るもんでもねーだろ!」
「うっせぇ馬鹿ぁ!触って確かめようとか流石この変態の友達だな!」
「なんだと?!フランシスと一緒にするんじゃねえよ!」
言い争いを続けていると「ちょっと待って!」とフランシスが間に入って来た。
「あー、もうお前ら、同室同士なんだから、もっと仲良くやってよね…!」
「…は?」
「ああ?」
「ちょっ…どーいう事だよフランシス!俺様一人だったよな?!」
「おい!アルフレッドと一緒じゃねーのかよ!」
お互い言い分を告げて顔を見合わせる。「「フランシス!」」と声を併せると「あーはいはい」とかったるそうに声を上げた。
「いやぁ、アルフレッドがお前と一緒じゃ嫌だってごねちゃってさぁ…」
はぁ、とフランシスが溜め息を吐く。そういえばここ最近、フランシスはアルフレッドという餓鬼に振り回されっ放しだった。フランシスは今年寮長なので、アルフレッドを宥めすかせたり、脅したりしていたのだが、そいつがそこまで嫌がってたというのはコイツの事だったのか、とアーサーに視線をやると、酷く傷ついた顔をしていて驚いた。
「…それでも普通なら部屋割りは変えないんだけど、アルフレッドは何故か一人部屋になってたマシューの部屋に勝手に移動しちゃうし…、お兄さん大変だったのよ。学園側も前寮長もそれならいっその事、部屋を変えちゃえば…って事になってねぇ。本来は二人部屋が基本だし、ギルベルトとマシューを一緒にするより、落第組みで一緒にした方がいいんじゃ無いかって…」
「えっ?!コイツ、転入じゃねーのかよ?」
「…あー、うん」
フランシスが頷くのを見てギルベルトのテンションが少し上がる。大学ならともかく、高校の浪人はちょっと恥ずかしい。でも仲間がいるじゃねーか!…とホッとした。これで弟に説教される時に俺様だけでは無いとかわす事が出来る筈だ。
「あー、なんか喜んでるところ悪いけど、違うから。アーサーは落第組みって言っても単位落としたワケじゃ無くて、他の事情があっただけで…」
「はっ、何だよお前、単位落として落第したのかよ。ダッセーな」
「なっ!なんだと!」
「あー、ギルちゃん、こいつ全教科満点のトップ入学だから…。っていうか、今回お前らが一緒にさせられたのもギルちゃんのお目付役ってのもあるんだよねぇ…」
「「はぁ?!」」
声が重なって顔を見合わせる。同時にフランシスを睨みつけて、口を開いた。
「「どういう事だよフランシス」」
一言一句違わずに重なって奇妙な沈黙が降りた。フランシスは吹き出すと「いやいや結構いいんじゃなーい?」と笑った。
「馬ぴったりじゃん。なっ、アーサー、同室の誼でこいつの面倒見てやってよ。じゃねーとこいつまた落第しちゃうかもしれないしさぁ。そんな事になったらルートヴィッヒの胃に穴が空いちゃうよ」
「ルートヴィッヒ?俺の次点のか」
「そっ。一緒に新入生代表読む奴ね。こいつら兄弟なのよ」
「…………可哀想な物を見る目で俺様を見るなよ。…どーせ俺は弟と違って出来が悪いっつーの!」
ギルベルトが叫ぶとフランシスが畳み掛ける。
「なぁなぁ、やっぱり弟にそんな心配かけるもんじゃねーと思わないか?」
「……………たっく、了承すりゃいいんだろ?って別にコイツの為でもルートヴィッヒの為でも無いんだからな!俺が総代やるのに落第させる奴が出てくるのが嫌なだけだからな!」
「うんうんナイスツンデレ、それでいいから宜しくね、アーサー」
「ツンデレって何だよ。…まあいい。おいお前、覚悟しとけよ」
「はぁ?!何で俺様抜きで話が進むんだよ!」
「じゃあアーサー、悪いんだけどコイツに寮内案内されてよ。俺今から総会があるんだよね」
「仕方ねーな。おい、行くぞ変態」
「だから変態じゃねー!っつか、お前ら人の話聞けー!」
夕暮れの空に虚しくギルベルトの声が響いた。


【ハロー同室さん】


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