■【俺様模様】■ 08

そのまま夕飯はフランシス達と一緒に食べ、点呼までだべって、自室に戻ると早々に部屋に引き籠もった。
アーサーは特に何も言わなかったので、今度からフランシスの部屋に入り浸たろうと決める。気心は知れているし、向こうの方が広くて綺麗で快適だ。コーヒー淹れてくれと頼んでも文句が出ない。
「あー、久々に快適だったぜー」
朝飯を食いっぱぐれたのと教師に説教されたのは面倒だったが、久しぶりにゆっくり出来た。まあ、明日はちゃんと朝飯を食って、授業も出るかと眠りについたが、朝から見事に目論見は崩れた。
「うおー!ギリギリアウトどころかアウト超過してんじゃねーか!」
まるっと一時間目を寝過ごしてしまったのだ。
慌てて着替えていると、重たい足音が猛スピードでギルベルトの部屋に向かって来て、ざっと青くなる。
「兄さん!まだ寝ているのか!」
ガン!と叩かれた音と共にルートヴィッヒが吠える。「今起きた!」と慌てて部屋を飛び出せば、暗雲を背負ったルートヴィッヒに「…貴様という奴は…」と凄まれてしまって、ギルベルトはどうにか誤魔化そうとわたわたと両手を振った。
「いや、え〜〜〜とな…!」
「ええい、説教は後だ!2限に間に合わなければプラス3時間説教だからな!」
これでは兄の威厳など丸潰れになってしまう、などと思ったが、威圧的に言われて、しかしギルベルトは反論出来ず、結局弟であるルートヴィッヒに平謝りしつつ空き腹で全力疾走する羽目になった。勿論、そのお陰で午前中ばったりと机に伏せる羽目になってしまった事を特記しておこう。
「…うう…マジでキツいぜー…」
ギルベルトは5時間目をサボるとぐったりと用具室の屋根に横たわった。
授業中は狙われたように当てられるし、昼休みも含めて休み時間は代わる代わるに説教された。朝から何も食べてなくて、ギルベルトのお腹が切なく鳴いた。
(…あー…目が回るってーの…)
こんなので午後の授業を受けられる筈が無い。
受けないと不味いだろうなとは思っているものの、腹が空き過ぎてそんな気力はどこにも無かった。
(…最早買いに行く体力もねーっての…)
教師の目をすり抜けて脱走して、コンビニまで行く気力すらない。しかし腹は減る。悪循環だと思いながら目を閉じた。もうピークを過ぎるのを待つしかない。
「兄貴」
そこに、ルートヴィッヒの呆れ顔が見えた。
「…一体貴方は何をしているのだ…」
「…………」
『おー、ルッツ』と呼びかけるのも面倒臭い。ギルベルトがぎゅーっと腹で返事すると、大きな溜め息と共に白い袋を差し出して来た。ギルベルトは反射的に起き上がる。
「流石はルッツ!俺様の弟!」
手渡たされた袋の中身を見ると、ギルベルトの大好きな焼きそばパンが入っていた。他にもカレーパン、あんパン、サンドイッチ、おやつのクーヘン。飲み物も量に合わせて牛乳とコーヒー。気が利いている。口喧しい弟ではあるが、愛されてるなぁ、としみじみ思いながらパンを頬ばった。
「…せめて6限は出るのだろうな…」
「ほふ!めひはへふへへはほっひほほんほ!」
「…何を言っているのかさっぱり分からんぞ。飲み込んでから喋ってくれ」
ルートヴィッヒに指摘されてゴクリと嚥下すると、牛乳で喉を潤してから喋り直した。
「いや、飯さえ食えりゃこっちのもんよって言ったんだよ。勿論出るぜ。マジ有難な、ルッツ」
「…本当にそう思ってるのか?」
「おうよ!腹が減り過ぎてダウンしてただけだからな!ホント死ぬかと思ったぜー!マジ助かった!それも俺様の好きなもんばかり!流石は俺様の弟だよな!俺様ってば愛されてる!」
「…愛されているかどうかは知らんが…」
「…何だよ、照れるなって」
ギルベルトがうりうりと肘でつつくと、ルートヴィッヒは真面目腐った顔で「いや」と前置きして言った。
「照れてなどいない。これを用意したのは俺では無いからな」
「…………じゃあ誰だよ、あっ、天使のようなフェリシアーノちゃんだろ!」
何か嫌な予感がして、笑い飛ばそうとしたが、ルートヴィッヒはさらりと言った。
「アーサーだ」
「…………」
「勿論、『兄さんへ』、などとは一言も言わなかったけどな」
「…じゃあ違うんじゃねーの?」
ギルベルトがふてくされて言うとルートヴィッヒは苦笑して口を開いた。
「わざわざ購買部に寄って兄さんが好きなものん選らんでから、フランシスに食事に誘われるのか?」
「……………」
「フランシスに食事に誘われたからと言ってサンドイッチ以外は保存の利くものだろう。後で自分で食べればいい。何もわざわざ俺の所に持って来て、『フランシスに昼飯誘われたからこれやるよ。良かったら5限目の後にでも食べればいい』などと言う必要性など無いのではないか?」
「………………」
「時間指定して来る所が面白いとは思わんか。因みに昼休み、俺は兄さんの事でフランシスに相談を受けたんだが、一体アーサーは誰と食事を取ったんだろうな?」
「………………」
「…素直に謝って課題も手伝って貰え。俺は掛け算からつきっきりで面倒見るなんて気長な事は出来んぞ」
「………………」
「分かったな」
「ヤー…」
「因みにここを時間内に見つけられたのもアーサーのお蔭だからな」
口を尖らせて頷く。
ルートヴィッヒは軽く苦笑した気配とともに、タイミングよく、鐘の音が鳴り響いた。

ギルベルトは放課後リビングのソファーに座り、わざとらしく課題を広げながらアーサーの帰りを待った。今日は真面目にやってますというアピールの為、いつもは学校の机に入れっ放しの教科書だって持って帰っている。自力で簡単そうな設問を少しだけ解いてみた。
アーサーが戻って来たら昨日は言い過ぎたと言って、でももう少しだけ手加減して欲しいと頼もう。
何だか飯で懐柔されたようで格好悪いが、まあ俺様大人だし仕方ねぇよな、などと不遜な事を考えながらふんぞり返る。
(…まあ?あそこまでするって事は、格好イイ俺様に惚れてんだろうから、ちょっと素直になれなくても大目に見てやるべきだよな!)
更にどうしようも無い妄想を展開しつつ目の前の問題に取り組む。
(頑張ってる俺様を見て惚れ直すに違いないぜ!まあ、俺様ホモは願い下げだけど、あいつ結構可愛いしチューまでならしてやらない事もねーよな!)
勘違い甚だしい妄想を飛躍させながらケセセとギルベルトは笑う。
アーサーが帰って来るまであと数十秒。

ギルベルトが昼の差し入れについての種明かしをして、真っ赤になったアーサーの頬にキスをして殴られたのはその数分後の話である。


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