■【俺様模様】■ 07

「…だから、まず公式を覚えろって言ってんだろ!」
寮に帰ると今度はプライベートレッスンが待っている。フランシスやアントーニョは学年が変わったせいか、遊びに誘って来もせずに、ギルベルトの不満は溜まるばかりである。
勉強を教えてくれるのがまだぼいんのお姉ちゃんが、手取り足とり時々腰取り優しく教えてくれるって言うのなら、まだやる気も出るものの、現実はちょっと可愛いだけの男の鬼教官。
「俺様は他人の敷いたレールに乗りたく無いんだよ!お前らもっと人生に疑問持てよ!」
「そーゆー問題じゃねえ!!公式は公式だ!先人が考え抜いた素晴らしい遺産だ!お前は足し算も掛け算もレールに乗りたくないって使わ無いのか?!そんな事ねぇだろ!兎に角覚えろ!」
「足し算掛け算はともかくこんな公式が一体俺の人生のどこで活躍するんだよ!」
「とりあえずはお前が進学するのに役立つんだから四の五の文句言わずにとっととやりやがれ!」
取り留めも無い応酬にギルベルトの不機嫌さもマックスに近くなっている。最初はこいつも自分の時間潰して大変だよな、なんて考えていたけれど、今となっちゃあいびって楽しんでいるような気さえして、イライラをぶつける事も厭わない、という気持ちになっていた。
「お前マジでウザいんだよ!自分の学年から留年出したく無いにしても煩くし過ぎだろ!!ちょっとは加減しろよ!だからアルフレッドにも逃げられるんだって!あー、俺様も部屋変わりてー」
「…………」
『あの人一々煩いだろ?強引だし!こっちの事ももう少し考えて欲しいよね!君には同情を禁じ得ないよ!』
先日アルフレッドに言われた言葉が頭をよぎって、それを深く考えもせずにぶつけると、アーサーはピタリと口を閉じた。
アルフレッドと対峙していた時のアーサーは『なんだとこの野郎!俺はお前の為を思って』とか食ってかかっていたから、きっとそんな風に切り替えして来るんだろうなと言った後で思ったのだけれど、ギルベルトの考えとは裏腹に、アーサーは口を閉じたまましばし押し黙った。訝しく思って顔見やってギルベルトは絶句した。
「………、」
「……………好きにしろ」
何かを言おうと思ったが、それよりも前にアーサーがそれだけ言うと踵を返してしまった。
「ちょっ、おい…!」
慌てたが、行動には何も結びつかない。そのままその後ろ姿を見送ってしまって、ギルベルトは頭を抱えた。
(…なんだよ、あれくらいで傷つくたまかよ…。フェリシアーノちゃん時みたく演技じゃねーの)
あの時は確実にフェリシアーノを操ろうとする意志が伺えた。今回だって、ギルベルトが頭を下げるのを待っているのかもしれない。
(アルフレッドの時は言い返してたワケだしよー…)
なんだか溺愛しているように見えるアルフレッドに対してもそうだったのだから、ギルベルトのセリフくらいで傷つくとも思えない。
初日に酒を飲んで泣いていたのは気になるが、酔っ払いとはそもそもそんなものである。
(ま、明日にはいつもの通り追い掛けて来るだろ…)
ギルベルトはそう結論を出すとこれ幸いとばかりにベッドに潜り込んだ。


予想に反して、アーサーはギルベルトを捕まえに来たりはしなかった。
教師の目があるからか、とりあえず探しに出たようではあるが、次の授業が始まるまで、アーサーには捕まらなかった。
代わりに授業が終わった後、教師に呼び出されて一時間も説教を食らった挙げ句、課題を山ほど渡されてしまったが、それはそれである。
ちょっと留年したくらいで皆ちょっと煩すぎやしないか、とギルベルトは思った。去年よりひどい。
辟易として溜め息を吐きながら廊下を歩く。少し離れた場所にある寮へ向かい、課題を目の前にしてがっくりと項垂れた。
(あー面倒くせー…)
いつもならアーサーが朝ギルベルトを叩き起こしてくれるので、最近は遅刻しないで済んでいるが、今日はアーサーが起こしてくれなかったから遅刻ギリギリになってしまって朝食は食いっぱぐれるし、アーサーの態度を見てギルベルトが悪いと余計教師には怒られるし、課題は山のように渡されるし、散々である。
(くっそー、これを狙っていやがったんじゃねーのか?)
アーサーとは昨日の夜以降一言も口を聞いていない。ギルベルトに対するアーサーの態度は無関心、と言った所で、特に当て擦りをするでも無く、空気のような扱いをされたのだった。それが余計に『怒っています』を周囲に伝えて、ギルベルトは教師直々に早く謝れなどと諭されてしまった。
(誰が謝るかよ)
言い過ぎたかな、とは思うけど、干渉し過ぎなのは本当だ。一から矯正しようという態度が気に入らない。
ギルベルトは10分ほど机に向かって飽きて止めた。全然、分からない。
(…フランシスの所に行ってみるか)
流石にやらなきゃヤバいのは分かる。留年、挙句にサボリで、優等生を怒らせる。これ以上心証を損ねる事も出来ないような気もするが、あまりに態度が悪ければ、追試の融通すら利かせて貰え無くなる。
しかし、アーサーには頼りたくは無い。
ギルベルトは課題を持ってフランシスの部屋に向かった。


「なぁにギルベルト、坊ちゃんに見て貰えばいいじゃ無い」
「嫌だね。あいつ鬼だろ。出来るまで夕飯は無しとか言うんだぜ。こっちは腹減って力でねーっつーの」
「飯は大切やもんなぁ」
フランシスの言葉にトゲトゲした気持ちで答えると、のほほんとアントーニョが同意してくれたので、ギルベルトは力強く頷いた。飯は大切だ。
なのにフランシスが、
「…でもお前らご飯食べたら寝ちゃうじゃ無い」
などと言うのでギルベルトはムッとして、
「何だよ、フランシス。あいつの味方かよ」
と唇を尖らせて批難すると、フランシスは苦笑して「そういうワケじゃ無いけどさ」と言いながらギルベルトの為にコーヒーを淹れてくれた。
「で、どこが分かん無いのよ」
立派なコーヒーメーカーがあるにも拘わらず、出て来たのはお湯に粉を溶かしただけのインスタントコーヒーだ。
…しかしまあ、催促する前に淹れてくれたのだし、ちゃんと本格的に淹れてくれる時は淹れてくれるのだから、今日は疲れていたのだろうと、ギルベルトは礼を言ってカップを受け取ってから質問に答えた。
「全部」
「………」
熱々のコーヒーを啜って言えばフランシスが絶句する。
「…いやいやギルちゃん二回目でしょ?流石に全部とか無いんじゃ無い?」
気を取り直したらしいフランシスが笑いながら言ったが、その顔はひきつっている。ギルベルトは唇を尖らせて「だってよー」と反論した。
「一年も前の事覚えてるワケねーだろ」
「一年前はちゃんと覚えとったような台詞やんなぁ」
「…うっせ。お前だって似たり寄ったりだろ」
「そうやけどなー」
アントーニョとの会話を聞いてフランシスが顔を覆った。「もうやだこいつら」と嘆かれた所で今更だ。
「早く教えろよー」
「…ああもう…何でこんな子になっちゃったのかしら…」
フランシスがめそめそ言いながらプリントを繰る。内容を全部見て「本当に全部分かん無いの?」と溜め息混じりに言った。
「おお。さっぱりだぜ」
「…鬼だって言ってたアーサーは一体何を教えてたのよ…」
「あ?そうだな…連立方程式とか?」
「…ちょっと待って…それ中学ん時…」
「おお。後な、なんか時々分数覚えろとか掛け算ちゃんとマスターしろとか言われっけど…」
「4×9=?」
「八苦」
「…お兄さん漫才しろって言って無いから…!」
ギルベルトが自身満々で答えると涙目で「そういうのマジでいいから!ちゃんと言って!!」と詰られたので、ギルベルトはその気迫に押されながら口をもごもごと押し開いた。
「…分かってるって!ほら、冗談だっつーの!63、…だろ!」
「無理!お兄さんには無理!不安そうに言った挙げ句間違ってるからそれ!!」
「そうやでー、64やろ!」
「あ、そうだったっけか!悪ぃ!悪ぃ!でも惜しいだろ!」
「惜しくも何とも無いから!っていうか何でアントーニョは自信持って答えちゃうのよ!ちゃんと考えてみてよ!4が10個あっても40にしかならないのになんでそれを上回っちゃった答えを堂々と言っちゃうの!」
フランシスは叫んで、ソファーに転がった。ギルベルトが幾ら呼びかけても「無理」「問題外」「ここまで酷いと思わなかった」と起き上がってくれない。
「おいフランシス、俺様がもっかいダブってもいいのかよ」
「お兄さん知らない。本当無理。アーサーが無理っていうならルートヴィッヒに頼んで、お願い」
「なんだよー。弟にんな事頼めるワケねーだろー」
「じゃあ数学は捨てて、他の科目頑張れ、超頑張れ。ともかくお兄さん、数学には付き合えない」
「ちぇー」
「…お兄さんは大人しくアーサーに頭下げた方がいいと思うんだけどね」
「…ぜってーヤダ。」
「じゃあ仕方ない、諦めて」
言われてギルベルトは数学の課題を放り出した。


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