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「沼には主がおるが。ずうっと昔の話に同じ思いをして身ぃ投げたお人がよ。もう、悪いものになちゅうけぇ、ただ、娘を食らうがよ」 「………」 「それを全部受けれんが、望みは叶わんき。じゃけど、娘さんには酷な話じゃろうが。食うゆうのはレイプされると一緒やき。抵抗したり途中で目ぇ開けるとそのまま死ぬが」 「………」 「会えたとしても、目ぇ開けた瞬間に終わるけぇ気ぃつけんといかんぜよ。朝になるまで、けっして目ぇ開けることはいかんがよ」 「でも…もし」 「会えて最後に一目なんて考えたらいかんが。目ぇ開けるのだけはやめちょき。連れていかれるのは主の元やが。死んでも一緒になれんがよ」 「………」 「約束できんちゅうなら、連れていかん。おんしゃまだ生きちゅう。やれること、できることが沢山あるが。死んだら思うことも出来んのぜよ？」 「………」 「ええか。えかったら、それ食って体力つけちょき。主の試練は過酷ぜよ」 「………」 ぎゅっと私は拳を握る。そんな事は初めて聞いた。どうすればいいか、頭は混乱する。 でも、会えるなら、気持ちを伝えることが出来るのなら、声だけでも聞けるなら。 パクリ、とお握りと卵焼きに食いついた私を、老人は憐憫の篭った目で見つめる。 「…ここの山荘の朝は、おんしの好きなあまーい卵焼きの匂いがするき。それがしてから目ぇさますがよ」 「…はい」 ぬるり。 それは本当に来た。 山荘につく直前で老人が恋し沼の場所について教えてくれた。 『女将さんにわしがゆうたが、言わんでおいて欲しいが。迎えにいったっちゅうのも聞いたらおんしゃ外出禁止になるぜよ。知っちゅー人は知っちゅーき、また人が死んだじゃここも困るんやが。じゃけえ、な。二人の秘密ぜよ』 お茶目に口許に指をたてる老人に私は有難う、と伝えて言いつけ通りに地元の人に言われた道を道なりに来たと伝えた。登山自体は経験があるので、とにっこりと嘘八百を並びたてた。 目的が定まったのと、昼のご飯が私に力を与えてくれたのだった。 そして、散策と称して、沼を見つけてただひたすら祈った。 会いたい 逢いたい 月くんに、あいたい。 夜になって、敷かれた布団の上で目を閉じる。 夢と現との境目がぼやけて来た頃に、それは来た。 ゾロリ、と肌を何かが這う感覚がして、身の毛がよだった。 ずるり、と纏わりつく感じが生理的に受け付けない。 「ん…」 やけにぶよぶよしているが、どうやら人間の形はしているらしい。 唇らしきものが押し当てられて、割って咥内に侵入してくる。 冷たくもなく、熱くもない舌が絡められてぞっとした。 （気持ち悪い…） 手らしきものが乳房をまさぐり、躰を撫でる。 人間のものとは思えない感触に総毛立ったが、月くんに会うためだ、と目をきつく瞑った。 嫌だといわないように口も閉じたかったが、それは叶わず、妙な粘液と絡まった唾液を飲み下して、吐かないに最新の注意を図った。 「う…ぃ…」 首筋に舌の感触が移った瞬間、ぬるり、とそれが秘所を這って思わず「嫌だ」と言いかけて、誤魔化すように私はそれに縋るように腕を回した。 ぎゅっと力をこめると、どうやらセーフだったらしく、止まりかけた愛撫が再開される。 「っは、ぁ…」 しつこいくらいの愛撫に、思わず声が漏れた。 「ぁ…、ぁっ…」 なんて愛おしそうに抱くのだろうか。 主が元はどんな人間だったのか知らないが、きっととてもとても相手を愛していたのだろうと思うと、胸が切なく軋んだ。 「ゃ…、ぁんっ」 くちゅりと秘部が音を鳴らして、躰の芯が一人熱くなっていくのを感じた。 男性経験は月くん一人なので、比べる相手はいないが、月くんの抱き方によく似ていると思った。唇を何度も奪うその遣り方も、飽きることなく、躰に触れるのも。 『月くん』と呼んではいけないだろうか？ 主が臍を曲げるだろうか。 でも、愛しい。恋しい。名前を、呼びたい。 それで死んでしまうとしても、いいような気がした。 主の名前ではないけれど、私が愛した唯一の名前。 否定しているのではない、目を開けるわけでもない。 「…っは、ぁっ、月くん…」 思い切って口に出して、動きの止まったその体の、顔を手探りで引き寄せて口付ける。 体温の一つもない、固体とも思えない身体だったが、関係ない。 月くんに似ているというだけで、こんなにも、愛しいのだから。 「ん…ふ…っ」 舌を絡めて抱きしめると、頬をそろりと撫でられて、急に涙が溢れてきた。 （月くん…、月くん…！月くんだったんですね！？） 何故そうなっているのかは分からないが、元々夢うつつ。 主を受け入れると同時に愛しい人の気配も強くなる。 「ぷはっ…、ら、ライトくん…。私…。月くんに謝りたくて…。最後の夜、喧嘩してしまったことが、悲しくて…っ。怒ってしまいましたけど。私、許可もなく避妊するのをやめた月くんのこと、詰ってしまいましたけど…、別に嫌ではなかったです。月くんと新しい命を育てることが嫌ではなかった。…怒ってしまって、ごめんなさい―…」 『いいよ、Ｌ―』 優しい声が耳の奥に聞こえて、もう少しで私は目を開けてしまうところだった。 『分かってるよ、大丈夫だよ』 彼の手が瞼を撫ぜてくれなければ、私はもう少しで、この密会を途切らせてしまうところだった。 まるで黄泉の国に妻を連れ戻しに来たイザナギのようだ。立場は反対だし、連れて戻れるわけではないけれど。 「月くん…」 ぎゅっと背中を抱き締めると、気づいたら、ぶよぶよだったそれはきちんと形を保っていた。 「月くん、貴方が欲しいです…」 『怖くない？』 「怖くなんてないです。怖いのは終わりが来ることです。本当はずっとこうしていたのですが…、無理でしょう？だったら…」 『そうだね、Ｌ。しようか…』 ズッと彼が入ってくる感覚に声をあげた。 しがみついて、顔を見たいのを我慢して、全ての感触を覚えておこうと脳裏に刻みつけた。 「あっ、あっ…もう、駄目っ、月く―…っっ」 ドクン、と中で弾ける感触がして、大きく息を止めた。 ビクビクと痙攣が終わると、寂しさで涙がとまらない。 『Ｌ、目を開けちゃだめだよ。朝になるまで。脱力したからって、気まで抜いちゃ駄目だからね。生きてよ。僕の子と一緒に生きて、絶対だよ』 「え…？」 『いるよ。お前の中に。だからちゃんとご飯も食べて、前を向いて。お前がそのままだったら一緒に死んじゃうよ』 「…そんな、まさか」 『僕の勘は結構当たるんだよ。あの日も、どうしてもそうしなきゃいけない気がして』 「………」 『僕と一緒に愛してよ。約束だよ、Ｌ。朝だと確認できたら、起きるんだよ？分かってるよね？だから…お休み、Ｌ』 すっと、眠りに落ちる感覚に襲われた。 そんな、まだ。 まだ沢山話したいことがあるのに！！ 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |