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ひやり、とした夜だった。 【アルミライトの月】 限りなく黒に近いキラ容疑者を手錠でとらまえ、約二月。 「竜崎」 「はい」 「息抜き」 私がモニターから目も逸らさずに月の呼びかけに答えると、意識を惹こうとするように彼が鎖を鳴らす。 『容疑者とはいえ、僕を鎖で繋いだのはお前だろう？息抜きくらい付き合えよ』 言外の催促を受けて私はそのままのそりと椅子から足を下ろした。 向かう先はビルの屋上。 手錠で繋がられるようになってから、息抜きというと夜の屋上ということになっていた。 外の空気に触れたい、という月の要望を一番少ないリスクで叶えるにはここしかない。 私が、ロックを解除した重い扉を開くと、夜風が二人の間をすり抜けた。 「少し、冷えるな」 「そうですね」 空に近いからか吹き付ける風が平均気温より少し低い。 新月の夜、空には月明かりさえなく、離れた高層ビルの明かりは足元さえ照らず、暗かった。 アルミライトの自動照明がゆっくりと柔らかい明かりを灯すのを確認してからゆっくりと足を踏み出した。 「竜崎、」 「はい」 端まで歩み寄って、地上を見下ろしてしばし、月が生真面目な顔をして顔を上げた。 「…僕を避けてないか」 そろそろ来るなと思ってはいたのだ。 確かに今現在、私は彼を避けている。 『友達』であったポジションでさえ一歩引くように。ただの『監視者』と『被疑者』であるように。 キラとの接触は命を賭けたものだったが、いつの間にか心を賭けた戦いになっていた。 それも、戦っているのは私だけ。 記憶をなくした夜神月は、友達として『Ｌ』に対する純粋な好意を見せ近づく。こちらの感情など無視をして。 それはキルシュともワイミーズハウスの子供達とも違った温かさ。 憑かれれば、次の一手に迷いが出る。引き摺り込まれるわけにはいかないとずっと思っていた。 監視の目以外の意識を惹かれないよう気をつけながら月の視線を真っ直ぐに受けた。こんな腹芸とも言えない駆け引きなんて息をするより簡単なはずだ。 「私が月くんを避けている？鎖で繋いで２４時間一緒です。変な事を言いますね」 なのに、真っ直ぐに向けられる気持ちが、僅かに痛い。 トゲが刺さったかのように小さいけれど、無視が出来ない痛み。 「…お前はいつだってそうなんだな」 友達という言葉すら嘘なんだろう？と自分の事を棚に上げて顔を逸らす男に俄かに怒りが湧いた。 それを感じるようになったのは、一体何時からだったろうか。…少なくとも、ジャラリと揺れるこの無機物で繋いでから。夜神月が本音を隠す必要がなくなってから。 ふらりと感情が揺れた。 「私が、なんだと？」 怒気を表した声に、彼は驚いて丸くした目を向けてきた。 それに私は一々動揺してしまう。滅多に表にまでは出さないが。 なぜならこれは、 罠だから。 「竜崎？」 「………」 時々、思う。これは世界が私に用意した最高級の罠ではないかと。 夜神月はキラの能力を手に入れて、自分こそが選ばれたのだと思っているかもしれないが、私から見れば、それはむしろ私に用意された生贄のような気がしてならない。 世界の切り札は謎を喰って生きていた。感情は簡単に制御できるほど容易かった。 もしも私がキラとしての能力を得たとしても、そこに空腹を満たす為の謎はない。些かなりとも心は動かされなかっただろう。 だからこれは退屈な探偵を嘲笑う為に世界が用意した、『私』を乱す為の最上級の餌なのだ。 「なんでお前が怒るんだ…」 傷ついているのは僕なんだぞ。 そんな声が聞こえた気がして私は口端を微かに持ち上げた。 （最終的に傷つくのは私かもしれないんですよ？月くん。） 命は賭けた。心も賭けろと世界が告げる。私の魂がそう告げる。 元より全てを賭けた戦いだったはずだ。今更しのごの迷うだけバカらしい。 叩きつけられた挑戦状、最高の値段で買い取ってやればいい。 「月くん」 「…なに」 「私が貴方を攫ったら、私と一緒に逃げてくれますか？」 「…は？」 「私と一緒に逃げてくれますか？」 パズルは解かねば、ゲームは勝たねば、敗者。 イーブンなんてＬにとっては汚点でしかないが、負けではないだろう。 アルミライトの柔らかく届く光のお陰で、栗色の瞳が見開かれたのが見えた。一瞬頬が上気して、次いで眉間に皺が寄せられた。 「…それは僕にキラだって認めろってことなんじゃないのか？」 「そうですね」 声音を変えず告げると奇跡みたいに綺麗な顔をして「チッ」と悪態をついた。 「最悪だよ、お前」 「よく言われます」 「………」 月が憮然とした面持ちで再び地上を見下ろした。 「月が無い夜は光がよく映える。都会もそう悪くない」 「それはここを離れるつもりはないと、遠まわしに断っているのですか？」 「結構冷えたな。戻ろうか」 ぽん、と気軽に彼の手が私の肩に触れた。 それを私は熱いと感じる。 月が鎖の距離だけ先に扉に向かう。すぐに鎖が張った。 「竜崎」 月明かりのように柔らかいアルミライトをバックに月が振り返った 冴え冴えとした金属の、冷たい殻で覆った、暖かい光。 「月くん」 「何？」 「答えは？」 「せっかちな奴だな…」 月が眉を顰めて、それからふっと笑った。 「キラ事件が解決した後なら、いいよ」 「誓えますか？」 「お前が誓いだって？まあ、いいよ。神に誓ってもいいし、なんなら僕の名前の月に誓ったっていい。もういいだろう、戻ろう」 そして再び背を向けて鎖を引っ張るようにして歩きだす。 （貴方だって最悪です…） 神は神でも、新世界でも作ろうとする貴方自身なら簡単に反故にされるではないか。 月の無い新月の夜で何に誓うというのだろう。 キラの記憶を失ってさえ、無意識に自分の不利を避けるなんてなんて強情。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |