七転八倒堂

溜息を吐いて降参したギルベルトに、アーサーは出来る範囲で手伝うからと、ほっとした様子で微笑んだ。
「…でもよ。そうすると、お前の部屋どうすんだよ」
なんだかいいように事を運ばれているような気がして、最後の抵抗とばかりにそう告げるとアーサーは小首を傾げて、「え？のらりくらりと部屋の掃除先延ばしにして、お前自分のベッドに引っ張り込むじゃねぇか。今更だろ？」と不思議そうに言われたので、ギルベルトは赤面して俯いた。
どうやらばれて、いたらしい。

そんなこんなで会いに行った弟になる筈だった幼稚園児と顔を合わせて、ギルベルトの心はすぐに決まった。
「貴方が僕の兄さんになる人か？」
そう聞かれて、「ああそうだ」と答えてしまったのは、もう仕方のないことだろうと思っている。
小さな手、守るべき対象。
『兄さん』
家族。
「ちょっとごたごたがあって、迎えに来るのが遅くなっちまってごめんな」
そう言って子供を抱きしめて、でも泣かなかったのは、偉かったと自分でも思う。
それから、ぎゅっとしがみついて来た子供が愛おしくて、どうにかなりそうだったとギルベルトは思った。
弁護士は当然のように渋い顔をしたけれど、親父の遺産もあるし、勤め先も決まっているから、男一人の若輩者ではあったが審査はギリギリだが確実に下りそうだった。
その夜、ギルベルトは、ルートヴィッヒを抱きしめて泣けなかった代わりに、アーサーを抱きしめて、泣いた。
アーサーは「良かったな」とギルベルトの背中を叩いてくれた。

４９日。
４９日でギルベルトは見事に自分を立てなおした。
やはりフリードリヒの言葉は正しかった。
ギルベルトにはルートヴィッヒが必要だったのだろう。
子供を引き取るまでの間、ギルベルトがルートヴィッヒを受け入れる準備を一緒に手伝って、それでもがらんとした部屋は、ルートヴィッヒと相談しながら埋めればいいと言って笑うことが出来るようになっていた。
ギルベルトが会社に慣れるまで…
できれば、二人の生活が安定するまで付き合うことが出来ればよかったのだろうけど、
仕方のない時間が、目の前に迫っていた。

side　アーサー

「なあ、アーサー」
「ん？」
「お前、ルートヴィッヒを引き取っても、本当にどっか行ったりしないよな…」
ギルベルトが暗闇の中でそう言ったから、
アーサーはくすっと笑って
「お前が死ぬまで見守ってるよ」
と言った。
ギルベルトは真っ赤な顔をして、
「お前それ、プロポーズみたいだぞ」
なんて言うから、
「バカな事言ってないで早く寝ろよ」
と促したら、「ちぇー」っと言って額をぐりぐり押しつけられた。
この辺はまるで甘ったれな子供である。

翌日、朝食だけは上手く作れるアーサーの手料理を食べて出勤したギルベルトを見送って、今度はカップを割ってしまわないように、綺麗に痕跡を片付けていくと、
ちょうど、４９日の時間が来て、
アーサーの体は実体を失った。

長いようで短い、４９日間だったなあと、アーサーは思った。

後日談

「なあ、兄さん。この写真の人だ誰だろう」
「んー？どうしたルッツ」
見た事の無い人だ。
そういうルートヴィッヒに促されて、アルバムを見たギルベルトは、はて、と自らも頭を傾げて唸った。
写真の二人は、至近距離で笑顔で映っている。
どう見ても親しい間柄な筈なのに、何度考えてみても、名前はおろか、関係性さえ思いだせない。
隣でうんうん唸っているとルートヴィッヒに呆れられてしまったが、どうしても、どうにも思いだせないので、困るばかりである。

そういえば、

親父が逝った後の一カ月程度の記憶も思いだせないんだよな、とギルベルトはルートヴィッヒを見下ろしながらそう考えた。
思いだそうとすると、とても悲しくて、苦しくて、でもどこか甘い気持ちになるのだが、
悲しいと苦しいは分かっても、甘い気持ちというのが理解出来ないでいる。
何度思いだそうとしても、あの頃の記憶はどこか不鮮明だ。
その事を周りに言ったりすると、ショッキングな出来事があったのだから仕方ない、というけれど。
ギルベルトはとても思いだしたい。

「なあ、ルッツ」
「なんだ、兄さん」
「その写真取り出してくんねぇ？」
２年経ってもまだまだ幼い手が、はい、と二人の写真をギルベルトに手渡した。
ギルベルトは「ダンケ」と短く礼を言ってから、おたまを片手に写真を掲げると、またもやううんと唸り声を上げて、目を閉じた。
写真の絵姿を脳裏に描く。
どこか甘い感じがした。

ＥＮＤ

※因みにアーサーに関する地上の記憶は全て抹消されているのにもかかわらず、
どうして写真だけ残ったのかというと、幽霊が写真に映るあれみたいなもんだと思ってスルーしてくれたいいと思います。

≪new[3] NOVEL back≫

[0]TOP。